78.明かされし「仕組み」(前編)
夜の礼拝堂。天窓から射し込む月の光は、向かい合う三人の男を、一幕を演じる役者のように浮き上がらせていた。
「あんたはこの『合月の儀』で、選ばれし道士…… アロアが敗北するように仕向けている」
笑みを湛えた挑戦的な目がレナルドを睨む。
「ほう…… それはおかしいですな。どこで知ったかはさておき、儀式の中身をご存知ならばわかるでしょう? 選ばれし道士が負けてしまうことが、どういうことか」
撥ね除けるようにではなく、試すようにレナルドは笑みを返した。ダテがその様子に、一息鼻で笑う。
この場を楽しむ様を見せる二人。真顔でいるのはファデルだけだった。
「ああ、もちろんわかってるさ。だが、あんたがそう仕向けた事実は動かない。『選ばれし道士』には、前代の道士が指導にあたり、次の儀式に向けて戦える人材にするという慣習がある。でもあんたはそれをしなかったどころか、自らが前代だったことすら伏せていた。結果として、『合月魔法』はおろか、錫杖の振り方一つとて知らない、おそらくと歴代最弱の道士が出来上がっちまってるわけだ」
「合月魔法まで…… よくお知りで」
目を閉じ、レナルドは首を振った。
「ですがダテ様…… アロアは確かに、何も知らぬ最弱の道士ではありますが、それには何も問題は無いのですよ」
「へぇ…… なんでだい?」
「戦いに臨むのは私…… 前代の道士にして、彼女の育ての親でもある私だからです。わざわざと、娘を危険な目に合わせずとも、私自身の手で邪悪を払いさえすればそれでよい話でしょう?」
イサから聞かされていた通りの物言いに、ダテは首を反らし、天井を向く。
「なるほど…… その次の道士はどうするつもりなんだとツッコミたくもなるが、一応道理にはかなってるな。美談っつーか、いい話でもある」
ダテは首を戻し、真っ直ぐにレナルドに目を合わせた。
「だが、それはない」
「ありませんか? 根拠は?」
「あんたが今、ここにいる。それが理由だ」
一瞬と、レナルドの表情が「きょとん」としたものになり、ダテの鋭かった眼光がそれに合わせておどけるような丸いものに変わる。
二人は互いに含んだような、場にそぐわない愉快そうな笑い声を漏らした。
「お、おい…… レナルド!」
一人だけ、空気の外にいたファデルがふざけた様子に焦りと怒気をこじらせる。ダテはレナルドに詰め寄ろうとするファデルに向け、片手を前に彼を制した。
「なぁ、ファデルのダンナよ、あの二人は今どうしてる?」
「な…… 何?」
ファデルはダテの言葉に今更のように「二人」のことを思い出し、その鋭敏な感覚を探りに充てた。吸血鬼の感覚が、それをもってしなくても感じ取れる大きな気配を察知する。
「な!? こ、これは…… 戦って……!?」
レナルドと落ち合った、先ほど離れたばかりの領域の森に、その反応はあった。
一つはよく知る同族の力、もう一つは――
「『選ばれし道士』…… この感覚、間違い無い……!」
二十五年前、今、隣にいる男から受けた、畏怖の感覚そのものだった。
「くくっ…… それはひどすぎませんか、ダテ様。たしかに今、この場にいては私にはなんの言い訳も立ちませんが、推察に「今」を利用するなどと……」
「悪ぃな、俺はフィクションの名探偵でもなんでもなくてねぇ…… あんたが作ったもっともらしい理由を綺麗に否定してやれるような物言いは用意できないんだ。容赦してくれ」
再び、おかしそうに笑いだす二人。
「クッ……! 何を暢気にしている! 今ここでこんなことをしている場合では……!」
領域の森から感じる強大な力のぶつかり合いに、ファデルが苛立ちを見せる。
「安心しな」
「そうだ、急くことはないぞ、ファデル。それこそ「今」だ」
「な、なにを言っている……」
「ダテ様がそこにそうして落ち着いているのだ、向こうには何もないように策は巡らされている。そういうことなのでしょう?」
レナルドがファデルを諭しつつ、ちらとダテを窺う。ダテは短く「ああ」と笑った。
「策だと……? しかし…… 現に戦っているでは……」
「まぁ、そうだな…… ついでだ、話しておこう。あんたがしている勘違いと一緒にな」
「……? 勘違い……?」
ダテは椅子から立ち上がると、彼らを横目に数歩歩み、背中を向けた。
彼の視線の先にある礼拝堂の壁、遙か向こう。二つの魔力はぶつかり合っていた。
ダテからの僅かな期間を除き、指導らしい指導を受けたことのないアロア。今彼女が発し、この場にいる者達を惹きつけている聖なる力は、彼女の天賦の才そのものだった。
純粋にその身に宿す魔力量と、世界から生み出す魔力量の桁は、常人のそれを遙かに凌駕している。彼女はシャノンと同じく、『代表者』としてはまさに最高の才を得てこの世に生まれていた。
それはまるで―― 『世界』が二人を置き並べたかのように。
「神父はアロアに何も伝えることなく、戦いに臨ませた。前回の戦いで力を失わずにいた神父、その存在があってなお、『道士』に選ばれるだけの器を持つアロアだが、戦いは器だけではどうにもならない…… しかも相手は最強のヴァンパイア、シャノンだ。奇跡の一つや二つ起こったとしても、敗北は免れないだろう」
背中を向けていたダテが、背後へと首を向ける。
「さて…… ファデルのダンナ」
「む…… 先ほどといい、なんだその呼び方は……」
「じゃあ、お父様」
「やめろっ、なんだ?」
くるりと、楽しそうな表情でダテが全身を振り返らせる。
「『邪悪』が勝った場合…… あんたらは世界に席巻するために、その場でやらなきゃならないことがあるよな?」
「ぬ……」
しばし、考える素振り。
「……『吸血』、のことか……?」
考えずともわかるようなこと。ファデルは何かの思惑に絡め取られまいと抵抗するように、注意深くその答えを口にした。
「ああ、その通りだ。合月においてのあんたらの勝利、その形は選ばれし道士からの『吸血』に他ならない。恐るべき力を持った宿敵の血は、一族にとっては最上のものになるだろう。それこそまさに、最強の魔族として世界を作り変えられるほどに」
自らにとって当たり前が過ぎる答え。ファデルは特に反応は示さず――
「……って、勘違いをしているわけだ、あんたの一族は」
「……!?」
続く言葉に、大きな反応を示した。
「ど、どういう意味だ……?」
「まぁ焦るな、とりあえずそれは一旦置いといて、あんたの娘と選ばれし道士が、今何をやっているかを話そう。それが今の話の要約にもなる」
疑問に心を占められ、ダテの言うままに行動を制されるファデル。そんなファデルの様子を見るともなしに、レナルドが長物を一つ、床に鳴らした。
「そちらは興味深いですな。是非、お聞かせ願いたい」
目を細め、ちらりとダテがレナルドを見る。
――なるほど、レナルドは『勘違い』はしていない。
そう得心し、ダテは再び背を向けて森の方角へと向き、壁に向けて指を差した。
壁の向こう、『暗黒の魔力』と『聖なる魔力』は互いの気配を混ざり合わせ、間断することなくせめぎ合い続けていた。




