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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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72.解けき、氷塊


 見慣れたアーデリッドの風景を左手に、ダテは進路を郊外へと取る。ほどなく、シャノンの住処を内包する森が目に入り、彼は近場の草原へと降下した。


「『ロード』……?」

「はい、祖父はそうであったと、父が言っていました」


 地面を踏む足に、柔らかな草地の感触が伝わる。

 都での滞在時間に加え、決して近くはない距離。陽はもうそろそろと高みから、傾きを見せようとしていた。


『ヴァンパイアロードっスか! なんかカッコいい響きっスな!』


 欠落していたファデルの調査。アーデリッドへの空の中、残された時間ではとてもそれを埋めることが出来ないことを悟ったダテは、最低限知っておかなければならない情報へと手を伸ばすことにした。

 『ヴァンパイア』。かたわらにいるシャノンを含めた、領域に住む一族についてである。


「絶対的な暗黒の魔力を持ち、全ての魔の者をかしずかせる存在…… 領域の力を現世にさえ影響させ、千の姿を持ち、その身を至高の存在である金色の狼へと変貌へんぼうすることをも可能とする。私達にとって、その力の域に達することは最大の誉れであり、憧れでもあります。かく言う私も、幼い頃はいつかそうなれることを夢見たものです」


 シャノンは柔らかく、今は遠いその頃を見るように口の端を上げた。



 一口にヴァンパイアと言っても、その存在の在り方は『世界』によって様々。

 書籍、映像、伝記―― 千差万別の物語や伝承がそうであるように、ある程度の共通点を有する以外には、まるで別の生き物とも取ることが出来る。



「ヴァンパイア・ロードか…… そう思えるやつは確かにいたな……」

「え……?」

「ああ、いや、こっちのことだ。気にしなくていい」



 この『世界』におけるヴァンパイア。シャノンとファデルは、比較的オーソドックスで、大人しい―― 妙な言い方をすれば、可愛らしい部類のそれと言えた。


 風貌は飛び抜けて端正でありながら、羽を持つこと以外は人と変わらず、不老不死でもなければ死者というわけでもない。夜の方が力を出せるというだけで、陽光に弱いわけでもなければ、信仰の力に怖れを感じるわけでもない。

 ヴァンパイア、というくくりにいながらも、「吸血」がなければ生きられないということもなく、食生活も普通。

 人間と違う点といえば、その身に大きな暗黒の魔力を有することと、それゆえに聖なる魔力に弱いこと、「吸血」行為によりその力を増せるという部分や、高い身体機能以外には主立った特徴も無い。


 別の括り、『種族』という観点から見れば、彼女達の種族は『魔族』よりも、やや特殊な力を持つ『人間』に近い生き物であると見ても、相違無かった。



「ふーむ……」


 ダテは彼女に歩み寄り、指先でほっぺたをつんつんした。ぷにぷにと、温かく、柔らかい。


「ひゃっ……!?」


 突然の奇妙なコミュニケーションに叫び声を上げ、頬を抑えてシャノンが後ずさった。


『何やってんスか、大将……』

「あ、いや…… 今更ながら…… 本当に人間と変わりないんだなと……」


 衝動的にやってしまった奇行を弁解する。


『ま~、たしかに、見た目もただの可愛い女の子ですしね』


 頬に両手を当てながら真っ赤になっているシャノンを見つつ、『あ、ただの、ってことはないスな』と、クモがにへっと笑った。シャノンの服装は今だ、クモ好みのままである。


「わ、わわたしは…… なおさらに、にに人間に……」

「とりあえず、変なことをしてすまなかった。『ロード』について、もうちょっと聞かせてくれ」

「え? あ…… は、はい……!」


 胸に手を当て、呼吸して気持ちを整えたシャノンは、折られていた話の腰を正す。


「先にも申しました通り、私達の中には『ロード』と呼ばれる力の域があります。ただし…… その力は独力で、個人で得られるものではありません」

『……? 誰かの協力が必要なんスか?』

「吸血による、力の増幅がいるのか?」


 彼女は静かに首を振った。その表情に、わずかにかげりが見える。


「『ロード』とは『ロード(君主)』です。その名の通り、前代の主から引き継ぐものなのです……」

『え? ってことは……』

「『ロード』であった祖父は、神父様に敗れ、もうこの世にはいません。祖父は今際いまわきわにその力を父へと贈ろうとしたそうですが、二十五年前当時、まだ未熟であった父は受け継ぐことが出来ず、ロードの力は失われてしまいました」

『え~……』



 ――『ロード』


 ほとんどがダテの予想の範疇で、確認に終わってしまったようなシャノン自らによる『種族』の語り。その最後に現れたのは、彼女らがそう冠をつける、種族の至高存在についてだった。



 ダテは今現れ、そして消えてしまった『ロード』という新しいキーワードについて一考する。意味があるのか、ノイズなのか、それよりも、情報に正確さを求めて。


 俯く彼女の表情へと、その視線が動いた。


「シャノン…… 失われた場合は、どうなる?」

『へ? 襲名式なんでしょ? なくなっちゃうんじゃ……』

「いや、引き継ぐ者が未熟だったなんてそんな簡単な理由で失われるのなら、もう何度となく失われて来たはずだ。合月が選ぶ二人は、『この地方で最も「暗黒」と「聖」の魔力が強い者』だからな。ロードなんて存在がいれば、選ばれることは避けられん」

『あれ……? 選ばれるのって…… そういう基準なんスか?』

「ああ、そうだ」


 アロアが身に付けていた、『選ばれし道士』を選出する儀式に用いられるという記章。昨日手に取り、確かめたダテは、その記章の「仕組み」を見破るために「聖なる魔力」をそれに流した。記章が手に吸い付く感覚から、彼は「仕組み」の理解を得た。

 選出の基準はひどく単純。体内の「聖なる魔力」、その先天的な保有量である。


「今際の際に継承しようとしたってことは、わざわざ前もってやっておく必要も無いわけだが、これまでいざ戦って、やろうと思う前に倒されたってケースも無かったとは考え難い。失われたのは前の戦いが初めて…… ってことはないだろう?」


 彼女は俯いたまま、沈んだ声を聞かせる。


「……次代の子へと、引き継がれます」

『次代の子……?』


 ぱたた、と羽をはためかせ、クモが彼女を凝視する。


「引き継げなかった代の、その子供から先…… 才ある子が目覚めると言われています」

「隔世遺伝か……」

「……私にも才があれば、力に目覚められていたのかもしれません。祖父にも父にも、申し訳無い限りです……」

『シャノンちゃん……』


 幼い頃より努力を重ねて来た彼女にとって、想うところは大きいようだった。例え戦いは望まなくとも、領域の豊かさには関わる。自分の無才を憂う彼女を、クモが気まずそうに見つめていた。


「……妙だな」


 彼女らの視線から外れたダテは、一人呟きをもらす。


 何かに関連するのかどうか、それすらも不確かなまま、ただの情報収集の一環として聞いていた『ロード』の話。

 彼女の話に嘘は見られず、嘘をつく理由も見当たらない。憂いた表情も本心だろう。

 しかし明らかな矛盾が、有り得ない事象が、その話の内容と目の前にある。


 ――シャノンは十二分に、強い。


 『ロード』となったヴァンパイアがどれほどのものなのか、それはわからない。だが、極めてはっきりしていることがある。


 ――そんなものは、『合月時のシャノン』とは比較にはならない。


 今をして、ダテが驚嘆するほどの力を持っているシャノン。世界が力を注いだ場合、彼女の実力はこの世界の魔王をも凌ぐと、ダテは見ている。

 仮に『ロード』が彼女を遙かに超えた存在であるのならば、人間に過ぎない『聖なる道士』にまともにやって勝てる見込みなどあるはずもない。実際に『ロード』と戦ったレナルド神父は、『最大の合月魔法』を使うこともなく、ほんの数分という時間で事も無げに葬っているのだ。

 言わば、『その程度』の存在に過ぎない『ロード』。

 現状で既にその枠を越えている可能性のあるシャノンが、なぜその力に目覚めていないのか。彼女ほどの才を持ってしても目覚めないのならば、誰が目覚めるというのか。

 極めて奇妙な、辻褄つじつまの合わない話だった。


『ねぇ大将』

「ん? ……あん?」


 いつしか風景さえもおぼろげになっていたダテの視界が、クモの声に引き戻される。


『どっスか? ここは一発ちゅるりとシャノンちゃんに噛まれて見るというのは?』

「はぁ!?」


 意味不明な提案に、ダテはすっとんきょうな声をあげる。


『いやほら、ひょっとしたらそれがきっかけでロードになれちゃうかもと~』

「アホかてめぇは…… 合月前にアロアとの差をさらに広げてどーすんだよ……」


 げんなりと、ダレた目で言い返しながらダテはシャノンに目を向ける。俯いていた彼女は今の冗談に顔を上げ、愛想笑いをこちらに送っていた。クモなりの空気の切り替え方なのだろうと、脳天気な妖精の心遣いに少しだけ乗ってやることにした。


「まぁ…… よくわかんねぇけどよ。『吸血』で力を増す種族なわけだし、やってみりゃ本当に、それがきっかけでロードになったりすんのかもな」

『おお! マジっすか? 噛まれてみたいっスか? このヘンタイ!』

「ドアホ! やるわけねーだろっ! 俺は『選ばれし道士』じゃねぇんだ! 吸っても大した力には――」


 ぴたりと、妖精とのじゃれあいを始めたダテが言葉を止めた。

 目を見開き、目の前のクモから視線を落とし、愕然とした表情で体を硬直させる。


『……? 大将?』


 クモが声をかけるも彼は反応せず、その手をゆっくりと自らの額にやり、指を前髪に絡ませる。


「え、えらばれし…… どうし? きゅうけつ……? なんで俺は今まで…… こんなバカな見落としを……」


 口惜しそうに強く目を瞑り、髪をくしゃくしゃと掻く。


「いや、待て…… だとすると…… 『邪悪』が勝ったとしても……」


 溢れ出る思考を抑えきれないといった体で独り言を呟く彼に、心配そうにシャノンが歩み寄る。


「ダテさ――」

「ああっ!?」


 彼女が声をかけたとほぼ同時、彼は叫びとともに顔を上げた。


 目を見開き、呆然と虚空を見つめて固まる彼を、クモとシャノンが驚きとともに凝視する。そして――


「ふふっ…… ははっ…… ははは……!」


 愉快そうな表情を覗かせ、脱力して膝から地面につき、彼は笑いだした。


「すげぇ……! すげぇよ……! この儀式…… この世界ってやつは…… まったくもってよく出来てる……! よく出来てるじゃねぇか!」


 何事かと奇行を見守る彼女らの前で、彼は足を投げ出して座り込み、ひとしきり笑う。


『大将?』

「ダテ様……?」


 そして、長く息を吐いた後、その笑顔を二人に向けた。


わりぃ、時間をくれ」

『へ……?』

「はい……?」


 不思議そうな顔を向ける彼女らに構わず、彼は目を閉じる――


 一つ、風が空気を薙ぐ。

 流れる寒気が周囲の草木を揺らし、土と植物の香りがシャノンの髪をすり抜け、彼の頬を打つ。

 五感を曖昧に、脳裏に流れるもののみに焦点を当て、彼は思索の海へと浸っていく。



 回顧、読込、記録―― この二週間、探り続けてきたアーデリッドでの『仕事』に、昨日今日で加えられた劇的な情報の本流を浴びせ、新たな情報の渦を醸成する。


 分解、構成、整理―― 混ざり合い、色の分からなくなった情報をバラバラにし、人物、事象、時間軸をそれぞれに結い上げ、カテゴリーごとで分断する。


 俯瞰ふかん、再配置、適合―― 全体を見下ろし、もうわかったこと、わからないことに、新たな事実により判明したことを当てはめ、穴を埋めていく。


 繰り返し、繰り返し、これまでのように、これまで何度と繰り返してきたように、全ての情報をまとめ、洗練させる。


 ――彼は最後に、『仕事』の正体を流しこむ。



「わかった……」


 再び目を開けたダテは、真剣な面持ちで、そう開口した。


『わ、わかった? 何がわかったんスか大将!』


 草地に足裏を置き、彼は静かに立ち上がる。


「何がわかったって……?」


 クモへと顔を向けるダテ。その口元が「にやり」と動く。


『う”……』


 思わず、クモはたじろいだ。こういう表情をする時の彼は――


「んなもん全部に決まってんだろうがー!」

「きゃあっ!」


 ――十中八九、悪ノリする。


 猛然と動いたダテに、可愛らしい悲鳴を上げてシャノンがかっさらわれた。小脇に彼女を抱え、森の逆、だだっ広いだけの草原へと離れていく。


「はーっはっはっはっはー! ついに俺は見切ってやったぜー!」

「ひやあああああー!」


 遠く、両手で彼女の腰を掴んだダテが満面の笑顔を浮かべ、小さな子を高い高いするような姿勢のままぐるぐると回る。

 草原の真ん中で、青い空の下、ぐるぐるぐるぐると愉快そうに回るダテと、ぐるぐる目を回すシャノン。彼の歓喜の声と、シャノンの悲鳴が輪を描いて木霊していく。


 その楽しそうな光景を見つつ、妖精は一匹呟いた。


『はぁ…… 良かったっスな、大将……』


 久々に見せる、晴れ晴れとした笑顔。強がりでも周りへの気遣いでもなんでもなく、彼の中で全ては氷塊したのだとクモにはわかった。

 一月ひとつきと、二週間に及ぶ『仕事』の調査。その長い苦闘が今、終わった。


「はーっはっはっはっはー!」


 ぐるぐるぐるぐる……


『ちょ! ちょちょ! やりすぎやりすぎっスー!』


 妖精は羽を忙しくはためかせ、幸せそうにぐったりし始めたシャノンの救出に向かうのだった。


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