表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
175/375

70.知り難き器の秘


 一旦の静寂を見せた部屋に、入り込む真昼の日差しと、遠方の大通りからのざわめきが際立つ。


 ――『聖杯』


 ここに来て初めて現れたキーワードが、口にした者が再び話し始めるまでの奇妙な間を作った。


「法王に聞いた話によると、白銀の、このくらいの大きさのグラスらしい」


 手のひらを上下に向かい合わせ、ダテが大体の大きさを示す。その空間は二十センチ程度、クモの体長とさして変わらない。


「あ、ああ…… さかずき…… 『聖杯』なんスな」


 「せいはい」と聞き、単語の意味を理解出来ていなかったらしい妖精が示されたものを理解した。


「それはいったい、どういったものなのでしょう?」


 ダテの言葉を翻訳を施された音声として聞くシャノンの言語体系には類似の単語は無く、その言葉は彼の思考のままに伝わっていた。

 腕を組み、ダテは目線を左上へと向ける。


「残念だが、詳しいことは法王にもわからんらしい…… 前法王が魔王の手にかかって急逝きゅうせいしたせいで、詳細がわからず終いになっちまったものの一つだそうだ」

「はい? 大事な宝物なんっしょ? なんか記録とか無いんスか?」

「一部のものは記録じゃなく、直接口で伝えられている…… とのことだ」

「その一部っスか、あちゃ~」


 クモが頭を抱えた。


「……口伝くでん以外で残しておくには、危険過ぎる品ということなのかもしれませんね」


 口元に手をやり、考え入るような様子をシャノンが見せる。一時とはいえ、実際に数々の宝物を我が目にしたダテにとっては、その深刻な口振りは妥当なものに思えた。

 一見して何をするためのものかわからない道具。用途が分からないものほど注意が払いにくく、恐ろしいものであることをダテはよく知っていた。


「ん~、その大きさなら目立たないでしょうし、神父がこっそり持っていったと考えて間違いないんでしょうが…… なんか合月の儀に関係ある品なんでしょーか?」

「いや、それなら後に、法王が『二柱の杖』を取りに入った時に確認されて、なくなっていることに気づいていただろう。法王自身もそう言っていた。宝殿に入れられた宝物はただの倉庫のようにじゃなく、それぞれがまつわる内容によって定められた位置に安置されている。『聖杯』は全く別の場所に置かれていたようだ」


 ならばと、シャノンが目ざとくダテの言葉に口を挟む。


「では…… 『聖杯』は何か、別の曰くの品々が並ぶ場所へと……」


 目を合わせ、ダテは大きく頷いた。


「そこに本来並んでいた品は二つ…… 『聖剣』と、『聖杯』だ」

「えぇっ……!?」


 ほんの数週間前、何度となく耳にした単語にクモが飛び上がる。


「『聖剣』……! って大将……」

「ああ、聖杯は『合月の儀』ではなく、『勇者』に関わる品なんだ」

「勇者……? 勇者というと…… ダテ様とともに旅をしていたという……」


 今現在、ダテ達とは離れたいずこかの地にて動いている勇者と魔王の戦い。人の世界に訪れている一つの危機が、無関係のもう一つの危機へと、小さな道具のみを介した。

 その事象に、道具は不可思議から、大きな警鐘へと心象を変える。


「そ、それ…… 確実に何か悪用したらマズいブツなんじゃ……」

「わからん…… 法王は、勇者が窮状きゅうじょうに陥った際に使うもの…… とだけ前法王から聞いていたそうだが……」

「狙って持ち出したからには神父様はわかっていらっしゃるのでしょうね…… でも、法王でさえ存じない詳細をどうして……」


 三者三様に、新たな情報に頭を巡らす。しかし今聞いたばかりのシャノンやクモはもちろん、直接に情報を仕入れ、持ち帰るまで思考を続けていたダテにも、この場で何か閃くというようなことは無い。『聖杯』そのものにしろ、そこから神父の動向の意図を探るにしろ、情報量の不足は否めなかった。


「……いいところまで来たと思ったんだが、こっから先を調べる手段はなさそうだな」

「難しそうですね…… 聖杯については、おそらく誰に聞いてわかるというものでも無いでしょうし……」


 話を打ち切るとばかりに、ダテは持っていたパンを呑み込み、コーヒーで流した。彼が切ってくれたパンを一つ手に取り、シャノンも食事を始める。

 様々な考えを頭にぎらせながら黙として食事を続ける二人と、空中にてあぐらをかき、腕を組んで深く考え込む一匹。

 ややあって、大きく目を見開いた一匹がぽんっと手を打った。


「あっ、そうっス! 一応ですが、私達の方でも探りは入れてみましたよ?」

「あん? 探り……?」


 新たにパンを手に取り、咥えようとしていたダテの手が止まった。


「大将をただお待ちしているのもどうかと思いましたので、先んじて例の市場の方で聞き込みを」

「お、おいおい…… それって聞き込むのはシャノン一人の仕事になっちまうだろうが……」

「いえ、シャノンちゃんたっての希望でしたので」

「シャノンの?」


 ぴくっと身を震わせ、口にパンを含んだシャノンが顔を逸らせた。

 ダテは仕方無いなと表情に出しつつ、シャノンをちらと見る。服装が変わっていることから、なんとなく察していたことではあった。


「……気持ちは有り難いが、無茶すんなよ。で、何かわかったか?」

「はい、鍛冶屋でした」

「カジヤ?」


 あまりに短すぎる答えに、訝しげな顔でクモに説明を促す。


「レナルド神父はがっしりしてて背が高いわりに綺麗なアゴ髭が上品そうで、モノクルをしてるなんて特徴のある人っスから、お店の人で覚えている人が多かったっス。前に大将がご覧になったように、路地裏に消えていく姿が何度となく見られていたようでした」

「おお、そいつはラッキーだったな…… で?」

「路地裏にあるお店は一軒、古い鍛冶屋さんが一つだけでした」

「……鍛冶屋か」


 金属を加工した道具を扱う品物屋。その単語の意味がダテに伝わった。ダテの世界にも、今だ少ないながらも存在する「鍛冶屋」。しかし、その性格はこういった世界ではまた違った、やや物騒な特性を持つ。


「まさか…… 鍋やヤカンを買い付けに行ってたなんてことはないよな?」

「ええ、武具を専門に、マジックウェポンの加工も請け負う、ファンタジーなお店でしたよ」


 ダテの冗談めかした口振りに、ファンタジーを小馬鹿にしたようにファンタジーな存在が答えた。


「実際に行って、シャノンちゃんも頑張って聞いてはくれたんですが、職人さんは厳しいっスからな。さすがにお客さんのことは話してくれませんでした。でも、職人さんは不器用っスからな、態度からして、レナルド神父が訪れていたことは明らかって感じでした」


 見知らぬ少女に尋ねられ、かたくなに答えることを拒否する様が、雄弁に物語っていたという感じだったのだろう。そんなありそうな光景を想像し、ダテは苦笑した。


「……ご苦労様、シャノン。ありがとな」

「えっ? いえ…… お役に立てず……」


 魔族であり、人付き合いが得意とは思えないシャノン。想像に難くない彼女の気苦労をねぎらうと、彼女はそっぽを向いて恥ずかしそうにする。

 その献身は嬉しくも、昨夜漏らした歯痒さの感覚をも想起させ、ダテは中途半端な心情を持て余して頭を掻いた。


「でも…… 大将。残念っスが私達の方もここまでっス。結局の所はレナルド神父は鍛冶屋さんに通ってましたってくらいで、他に何がわかったってことも……」

「……そうみたいだな」


 ダテはポットを手に取り、中身全てを自らのカップに注いだ。


「都で得られる情報はここまでか…… 得たものは大きいが、要領は得ないな。仕方無い…… 諦めて、帰るとしますか……」

「え? もう帰っちゃうっスか? ひょっとしてアーデリッドの方にも何かあてがあるっスか?」

「いんや、まったく。そもそもいないはずの俺はアーデリッドでは動けんし、シャノンにしても神父が帰ってきている今の状況で外を歩かせるのはな……」

「じゃ、じゃあもうちょっと都で情報を集めましょうよ! 今日一日でレナルド神父を探らなきゃいけないんっしょ?」

「それはそうなんだがな…… あても無く今から動いて、何か得られることがあるとは思えん。第一、シャノンがあの隊長の失言を思い出して、聖杯に繋がったことでさえ幸運なんだ。不確実な情報を集めに行くより、今分かった情報を把握して、しっかり頭の中で整理した方がいいだろ」


 彼がカップを煽り、入れたばかりの最後のコーヒーを飲み下していく。その勢いには、早々に食事を終わらせて帰り支度を整えようという意図が見えた。


 ――「明日一日で、全ての情報を洗いたい。協力してくれるか?」


 昨夜の別れ際の、彼の言葉がシャノンの頭をぎる。

 その一言は、魔族としてのさがに抗いきれず、奇行に走ってしまった自分が気に病まないようにと彼が向けてくれた優しさ―― そうだとは思えなかった。

 彼の静かな声と自らに向けられた眼差しは、心からの協力を願ってのものだとそう感じられた。


 だから彼女はそれに答えたく、人慣れのない自らをかえりみずに雑踏に飛び込み、困難な聞き込みを続けることが出来たのだ。彼に頼りにされたこと、必要とされたことに喜びを感じ。

 たしかに、役に立つことは出来た。彼が幸運だったと言ってくれたように、新たな手がかりを導き出すきっかけを作ることは出来た。だが、「全ての情報を」と言った彼の願いにはまだほど遠い。


 「全て」は無理にしても、ここまでなのか、これ以上は期待に応えることは出来ないのか。せめて何か、もう一つだけでも彼に大きな進展をもたらすことは出来ないのか。そんなもどかしい思考に囚われ、シャノンはまだ残る、コーヒーの水面に映る自らを見る。


 黒い液体に映る不確かな自らの像。その人影に彼女は、なぜか自らとほとんど変わらない背格好の、宿命の少女の面影を見た。


「……!」


 月に対するもう一つの月、対称である存在の像が、彼女の思考を連想をともなって飛躍させる。


「……? シャノン?」


 それは発想の転換。

 自らに対してその少女がいる。

 ならば――



「ダテ様、私の父には…… ファデルには何か裏は無いのでしょうか?」



 合月の背後に動くレナルド、対称となるはファデルだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ