69.気高き少女がもたらした心
都か領域か、見た目のまるで変わらない部屋に奇妙な感覚を抱きつつ、ダテ達は彼の自宅のローテーブルを囲む。テーブルの上には入れられたばかりのコーヒーとともに、彼が戻りで買ってきた、チーズや腸詰め、野菜などが挟み込まれた数種のパンが乗っていた。
「で? どうだったんス? 結構長いことかかってたみたいスけど、あの隊長からはなんか聞けたんスか?」
もくもくと、千切り渡されたパンをかじりながらクモが聞いた。
「ああ、やっぱりあの隊長…… 神父を知っていた」
「お知り合い…… だったのですか?」
前に置かれた細長いパンに手をつけないシャノンを見、ダテは彼女のパンへと手をかざす。風を操る魔力が走り、腸詰めを挟まれた総菜パンは一口サイズに切り分けられた。
「そうだな、知り合いっていうのが一番しっくり来るか…… それほど深い間柄ってわけじゃない」
「と、言うっスと?」
「レナルド神父は代々続く由緒有る資産家の出身でな、言わば元々は、本人だけでもまったく食うに困らない立場の人間なんだ。だが、彼は人々の心の安寧のためにとドゥモの道を志し家を出、その実力を持って歴史あるルーレントの神父となるまでに務めた。宗派にしても結構な変わり種なんだそうだ」
「人々のためにお家を出られたのですか……」
自らの境遇に照らし合わせてしまう部分もあるのだろう。シャノンが感心したように呟いた。
「実家の方との関係はわりと早くに修復されたそうだが、やはり並々ならない苦労はあったろう。全てを捨て去る覚悟を持ってまで神への道を歩んだ彼は、それ故に信奉者も多いってことさ」
「んじゃ、あの隊長も?」
「ああ、神父の志と、その才覚に魅了された者の一人ってことだな。なんでも、前法王が魔王に倒された際、レナルド神父を法王の座につけようとしたメンバーの中にもいたそうだ。メンツの中には神父のビジネスの手腕を見込んで、美味い汁を吸うために推すような輩もいたそうだが、自分だけは決して違うと豪語していたよ」
「筋金入りなんスな……」
かり、と音を立て、ダテは長い総菜パンを噛みちぎった。
「……それで、ダテ様、神父様はあの方に何を?」
「ん?」
「今回の来訪で、それほどの知り合いでも無い方にお会いして、神父様は何をなされたのです?」
神父とダードゥリが出会っている。言わずとも察しているシャノンの理解の良さに笑みをこぼし、ダテはコーヒーをすすった。
「……本部の地下に、宝物庫のようなところがある」
「おお? お宝部屋っスか?」
「まぁそんなところだ。そこには例の、合月の儀用の武器である『二柱の杖』も安置されていてな。神父はそこの警備を預かる守護修士隊の隊長に、問題が無いかどうか、法王から授かる前に一度目にしておきたいと言ってきたらしい」
コーヒーカップを取った手を止め、シャノンが小首を傾げた。
「妙なお願いですね…… お話からすると神父様が法王にお会いになる前のようですが、直接渡されるものならば受け取ってから確かめになれば……」
「あいつも最初はそう言ったらしいがな…… なんでも、布に包まれた中の杖を見ていいのは『選ばれし道士』のみという話だそうで、持ち帰ってから問題があるようでは法王の沽券に関わるどころか、人の世界のこれからに関わると押し切られたそうだ」
「ご、強引スな……」
「強引ではあるが、何せ前回使った人間が杖の具合を心配しているんだ。前の戦いの際に何か思うところがあったのかと思うし、一度見ている人間がもう一度見るというだけの話でもある。信奉している相手の物言いなら、通してやろうとも考えるだろうよ」
ダテの言った内容を吟味するようにコーヒーを喉に通し、シャノンはカップを置く。クモがパタパタと、ポットを持ち上げておかわりを注いだ。
「では、ダテ様…… 神父様は宝物庫に?」
「隊長の手引きでな。これは神父が法王に会う前日の話で、あいつから聞けた情報はここまでだ」
「……? ここまで? 感じからして絶対中で何かやってるっしょ? あの隊長はなんか見てないんスか?」
「あいつが持ってる権限は警備だ。中に入る権限は無い。これまで法王以外に単独で中に入ったのは、神父が初めてだったかもしれんという話だ」
「ザ、ザル警備っスなぁ…… 変なところで真面目というか……」
「それだけ神父を信用しているということだろう。今度のことで、あいつに悪びれた様子は無かった」
事実、ダードゥリは神父の行動を訝しんではいなかった。事柄だけを並べれば違和感の多い内容ではある。だが、その違和感さえも、彼にとっては自らのわからぬ崇高な考えによって神父が動いていると、そう捉えられていた。
彼にとっての「失言」とは、『出会ったことさえも黙っているように』との神父の言いつけを反故にしかねない、そんな発言だったという意味に過ぎず、秘密裏に神父を宝殿へと導いたことに関しては、まさに「なんら後ろ暗い」ことだとは思っていなかった。
「神父様は何をしておられたのでしょう……」
「まさか…… 本当に杖を確かめていたとか無いスよね……」
「ああ、無かった」
俯いて、神父の行動に思いを巡らせかけたシャノンとクモが、ダテの端的な一言に顔を上げた。
「法王に案内してもらって確かめた。『聖杯』が無くなっていた」
「せーはい……!?」
「聖杯…… ですか……?」
それは法王の見つけた「あった」と言った空間。そこに無ければならないはずの、人の手を超えた宝具だった。
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厳めしい顔つきの男は、ソファから腰を上げたダテを見上げる。
「ダテ殿、これから、どうなさるおつもりで?」
「頼れるつては一つしかなくてね…… 確認するさ。悪いとは思わんが、お前はクビになるかもしれんな。恨むなよ」
「私は何一つ、ドゥモにとって不利益となることを行ったとは思っておらん。それで法王が私を破門なさるというのであれば、それも教の選択。素直に従うまで」
「変なところで潔いな、あんたは」
ダテは首をすくめ、背中を向けて扉へと歩んだ。
「なぁ、ダードゥリ…… だっけ?」
「……思い出しましたか」
「あんた…… なんでこれ、教えてくれたんだ? 神父には口止めされてたんだろう、黙っていた方が良かったんじゃないか?」
ダードゥリは目を閉じ、一つ息を吐いた。ダテの背中越しに、緩んだ表情の厳めしい男がいた。
「……詫びですよ。私なりの、あなたが守りたい者達へのね」
目を閉じた男の瞼の裏に、何が見えているのかはわからない。
ダテは男を後に、扉を開けた。




