68.忙しき最後の捜査
『はー…… やっぱり似合うっスね~、何着てもぉ~』
くねくねと、シャノンの周りをクモが飛び回る。
『あ、ありがとうございます…… お手数をおかけして……』
胸元にリボン付きのカタランブラウンのブラウスに、白いフレアスカート姿のシャノンは相も変わらず周囲の目を惹きつつ、都の大通りを歩いていた。
服は例の店ではなく、適当にそこらで手に入れたものをアレンジしたクモのお手製である。つまるところ、クモのおっさん趣味が爆発している。
『いいんスよぉ~、可愛い子には可愛い服をですし~、殊勝なシャノンたんへの私めからのご褒美っス~』
『い、いえ…… 私のためでもありますし……』
都に着いてすぐ、ダテはシャノンの助言を活かすためにダードゥリの元へと向かった。追跡魔法をまだ解いておらず、行くことになんら問題は無いらしかったが、やはりシャノンは二日前の騒動もあるということでダテの自宅の鍵を渡され、そこで待つようにと彼に申しつけられた。
しかし、せっかくついてきたのであれば、何か役には立ちたいものである。
『あ、ここっスよ、ここ。大将なら絶対ここで聞き込みするはずっス』
やがて、クモの案内のままに歩いていた彼女は、大通りの外れにある市場を抱える問屋街へと辿り着いた。
白い天幕の屋台が並ぶ活気ある市には、一見して観光客と見られる人々や、仕事として品物を仕入れているらしき地元の人間がひしめいている。そこはかつて、ダテがアロアの姉を訪ねるために聞き込みを行った場所でもあった。
『何かすごい場所ですね…… ダテ様はここに何かあると……?』
『はい! 以前レナルド神父を偶然に見かけたのはこの辺りですから! 大将ならとーぜんにここで聞き込みしてまわるっスよ!』
『な、なるほど…… それは道理ですね……』
納得はしたものの、シャノンはひいていた。
うかつに入れば押しつぶされそうな気配―― というほどのものでもないのだが、田舎者であり、人慣れの薄いシャノンにはここでの聞き込みは結構な難題に思えた。
「あっ……」
はたと、遠巻きに市場の様子を窺いながら、シャノンは気づく。
『……クモさん、私…… 神父様の容姿を拝見したことがございません』
『ほぇ!?』
聞いてまわる以前の問題に、妖精が間抜けな声を発した。
~~
ダテは地を蹴り、壁面に描かれたライオンのレリーフを蹴り、屋根を蹴り、荘厳な建物を遙か遙か高みへと外から登って行く。最後の足場、垂直の壁から突き出たわずかな出っ張りを力強く蹴ると、彼は地上五十メートルのバルコニーへと登頂し、慣れた様子でガラス戸にノックをかける。
「はいー、ダテちゃん。また不作法ねぇー」
そして、最早馴染んだ感じのある最高位の人物に目通りした。
「やぁ、法王様、またちょいとお邪魔するよ」
「私忙しいのよー? 簡単に会いに来られても困るんだけどー」
どこが困った様子なのかわからない、楽しそうな表情で法王は答えた。
ダテは案内されるままに以前と同じ円卓につき、法王も対座した。
「はい、それで、何かわかったのかしらん?」
「早速だな、まぁ、それが一番助かるが」
「忙しい身は同じでしょ?」
「だな」
お互いに含みのある笑顔を返し、やりとりは始まった。
~~
この世界からすれば謎の白い板に、謎の書いては消せるペンをシャノンが走らせる。
『うまいっスねシャノンたん、大将とは比べものにならないっス!』
『そ、そうですか? 私このような道具は初めてで、なかなか上手く扱えないのですが……』
小さなホワイトボードには、太いペンにしては妙に写実的なレナルド神父の肖像が出来つつあった。
『クモさんもダテ様も…… 不思議なことが出来るのですね。外の世界では普通なことなのでしょうか』
『いやぁ、さすがにそれは…… 大将より変な人は見たことありませんし』
シャノンは目を閉じる。瞼の裏には、クモより送られたレナルド神父の姿があった。
『うん、いいスな。そろそろ完成でいいんじゃないっスか?』
『そうですね…… 誰か見て、わかるといいのですけど……』
石段に腰掛け、ボードにペンを走らせていた少女が立ち上がると、そそくさと数人の人々がその場から歩き出した。
いつの間にか遠巻きにイーゼルを立て、『絵を描く少女』を模写していた老人が「あっ……!」と残念そうな声を上げていた。
『どんだけ可愛いんスか、シャノンたん……』
『はい?』
色々と、自覚の足りないシャノンだった。
『……で、でも…… どうしましょう、私これを持ってあの中に入っていかないと…… お仕事のお邪魔にならないかしら……』
『それは仕方無いっスよ。でも大丈夫っス! シャノンちゃんなら快くお店の人達も答えてくれるっス!』
『だと…… よいのですけど……』
根拠の無い励ましを受けつつ、彼女は人混みの中へと交じっていった。
~~
コツコツと、豪奢な本部の中では珍しい、肖像を映さないありふれた石の床を歩む。人の気配のまるでない闇の中を、光の玉が宙に一つ照らしていた。
「俺がついて行ってかまわない場所なのかい?」
「あらー、まさか私一人で行ってこいと? あの最上階からこの地下までの距離を一人で往復してこいって言うのー?」
「いやいや、そうは言わないが……」
余人には分からぬ高みの暮らしは存外不便そうなものだった。
たしかに随分と長い距離を降りてきた。息も切らさず、軽口を叩く余裕をも見せる法王は、今日も少なからず得体が知れない。
「ダテちゃんならかまわないわよ、どーせお宝なんて興味ないでしょー? それに……」
巨大な門扉が近づく。
「もし何かあるとすれば…… 内々で片付けたいところよ」
法王がローブの裾から、ドゥモの記章を配された四角い箱を取り出した。彼女は箱を門扉に穿たれた同じ形状の穴へと差し込み、ダテに目配せする。
一つ頷くと、ダテは両手を当て、門を押した。
門の隙間から射すような光がダテの目を打ち、辺りを白く染め上げていく。
電気のそれではない、魔力の発する明かりがその一室を絶え間なく照らしているのがわかった。
「ここが……」
「『宝殿』よ。ドゥモ始まって以来の曰く付きの品々が納められているの」
目に広がるは水瓶、刀剣、錫杖、絵画―― まさに大小様々といった種を問わない宝物の数々。数えて百は下らないと思われるそれらはだだっ広い、五十メートル四方はあろうかという一室に閉じられ、その一つ一つが崇められるかのように台に壁にと配置されていた。
「まるで美術館だな…… 納めているというよりは展示されてるみたいだ……」
「曰く付き、とはそういうものよ。粗相があっていいものじゃないの」
法王は宝物の野を歩みつつ、一品一品を目に入れていく。
「法王、あんたはここにある品物は……」
「把握しているわ。全ての曰く以外はね」
彼女の語尾が伸びないことが、事の重大さを物語っていた。それほどに危険性を帯びた物が群れているのだろうと、ダテは察する。
「ダテちゃんの持ってきた話が本当だとすると…… 何かとんでもないことが予想されるわね」
「嘘は無いとは思うが…… とんでもないこととは?」
「レナルドは底の知れない男よ、選ばれし道士としての才覚だけになく、知力も有り、肚も据わっている。はっきり言って一介の辺境の神父の器には収まらない人間だわ。そんな男が何か行動するとすれば――」
「安心しな」
言葉を遮ったダテに、法王は首を向ける。
「俺は人様の計画を崩すのは結構得意な方だ」
肩をすくめて一つ笑みを返し、彼女は宝物の観察に戻った。
そして――
「……! あった……!」
「……!?」
法王が「あった」と言った場所に、何もない空間が一つ、ぽっかりと出来ていた。




