67.厳しき真摯な眼差し
ドゥモの本部より三間と程近い、役所などの公的機関や、職員の宿舎が並ぶ一画にその建物はあった。彼は堂々と正面から入り込み、阻む者達を睨みだけで屈服させて奥へと進んでいく。古めかしい白い柱や壁のそこかしこに芸術的な装飾があろうともどこか無機質な廊下を歩み、三階建ての詰め所、その奥の扉を開く。
「よぉ、こないだぶり」
「……!?」
扉の先、建物全体の雰囲気を更に濃くしたような、味気の無い個室の奥、木製のデスクでペンを走らせていた男が突然の来客に驚きの色を見せた。
「ダテ殿……」
「悪ぃ、名前は忘れちまったが…… あんたに用があって来たぜ、隊長さん」
ずかずかと入りこんで来客用のソファーに腰掛けるダテに、ダードゥリは首を振って立ち上がり、ハンドベル型の呼び鈴を一つ鳴らすのだった。
~~
アーデリッドを飛び立ち、空路を都へと向かう。シャノンが空の移動を不得手としないことを知り、アロアを背負わないダテは前回とは比べものにならない速度で彼女の先を飛ぶ。
『昨夜の話、神父が都に行った目的が聞いたままだとすると、一つひっかかることがあるんだ』
『……どのようなことです?』
『滞在期間が長すぎる。アーデリッドから都までは馬車で二日、神父が『二柱の杖』…… だったか、それを法王から受け取るだけの用事で訪れたのなら、最短で四日で戻ってくることが出来るはずなんだ』
実際に神父が戻ったのは昨日。彼はダテが教会へと到着したその日から、十二日間の時をその行動にかけていたことになる。
『ふむふむ…… そう考えるとちょっとおかしいスな。一日二日、都に泊まったとしてもまだ五日間くらいは余分な時間があるっス』
ダテと同化しているクモから、二人に思念の声が飛んだ。
『もちろん、母親の危篤という内容をそれらしくするためのカムフラージュというのも考えられるし、本当の神父の実家がそれくらい遠方であるという可能性もある。だが――』
『大事な儀式を前に、意味も無くそれほどの時を不在にするとは思えない…… というわけですね』
後方より思念を運ぶシャノンへと振り向き、彼は小さく頷いた。
『神父は二十五年前もアーデリッドにいた。ならば今の、林にいる魔物の脅威を知っているはずだ。戦うべき魔族に目を付けられているであろうアロアのこともある。そんな状況で、長々と村を空けることがどれだけ危険なことか、わからないはずは無いだろう』
『大将がいるから大丈夫って思ったんじゃないスか?』
『いや、俺がドゥモに入ったのはつい最近のことだ。それ以前から計画されていたとなると、その考えは当たらない』
『たしかに……』
『むぅ』と、クモが唸る声がダテの頭の中のみに響く。
『神父が本当にアロアの代わりにシャノンと戦うつもりなのか、それとも他に何か意図があるのか、正直なところまだ俺には判断がつかない。だがどちらにせよ、これまでアロアを育てずにいた神父は、自らシャノンに挑む…… 向かい合う必要がある』
『……そうですね。当初の計画にダテ様がいらっしゃらなかったとなると、選ばれし道士であった自らで魔族の侵攻を抑えようとなさる以外に、自らを含めた、人の世界が助かる見込みがありません』
前方より現れ、滑るように後方へと過ぎていく景色の奥に、人が作った迷宮が小さく姿を見せた。
ダテが速度を緩め、シャノンがその様子に続き、彼が空中に静止を見せると、彼女は彼の隣へと制動をかけていく。
彼は都の遠景を見下ろしつつ、自らの考えを口にする。
『何かあるはずなんだ…… 村やアロアを放置してでも時をかけるに値する、世界から力を与えられた状態の魔族に生身で敵う術が。彼はそれをこの場所で得た…… この場所で計画の仕込みを完成させたはずなんだ。俺はそう見ている……』
真剣な表情を見せ、自らにそう言い聞かせるように呟く彼。都を見つめる彼の視線に、深く考えを巡らす様子を見たシャノンは、何とは無しに彼が見つめている方向へと目をやった。
未だ遠くに見える都の一画を、彼女の人を超えた視力が捉える。それは単なる隣にいる者との同調、意識の外にある行動ではあったが、その行動が彼女の脳を刺激した。
「あっ……! そういえば……!」
彼女の声に振り向くダテ。
シャノンの瞳には、あの日騒動の発端となった、緑と白の縞の日除け屋根が映っていた。
~~
「ほう…… 聡い子ですな。そのような失言を覚えているとは……」
表情に乏しい厳格さのみが漂う顔の、目が閉じられる。
丁寧さを見せつつもやはり尊大である、そんなダードゥリの口調に苦笑しつつ、ダテは自らに運ばれた紅茶を口にした。
「……失言だったと素直に言ってくれるってことは、色々聞かせてもらえるってことかな?」
目は閉じたまま、ダードゥリは頷いた。
「私は守護修士隊の長、なんら後ろ暗い所など持ちませぬからな。聞きたいことがあるのなら、教の人間として秘匿せねばならぬこと以外はお答えしよう」
「そいつはどうも……」
ダテは考えを巡らせる。「なんら後ろ暗い所を持たない」、だが、「失言」。
並べて違和感を抱くその言葉の意味を探ることが、ここから先への鍵となると彼は察した。
「じゃあ率直に聞こう。あんたと、レナルド神父は繋がってるのか?」
「ほう……」
ダードゥリの目が開く。はっきりと、ダテの考えに対する興味が見て取れた。
「率直と言えば率直ですが、えらく飛躍しますな…… どういったお考えで?」
確かな手応えに、ダテは口元を緩める。
「俺が都に戻る期日を推測するには、神父がアーデリッドに戻る期日を知っておく必要がある。それは個人的に、ある程度親しくなければ無理な話だ。簡単なことだろ?」
「なるほど、さもありなん」
一昨日、都での騒動の際、シャノンにより「ダテが戻らぬうちに退け」と責められたダードゥリは、ついと「戻るのはまだ先」との、彼をしての失言を晒していた。
それは当時のシャノンにしても奇妙に感じる発言であり、その後の強引な封殺がなければおそらくと彼女により、その場で問いただされていたことだろう。
機会は逸されてしまったが、未だ彼女の記憶からは棄てられてはいなかった。
「しかし…… どうしてそのようなことが知りたいのです? 真意がはかりかねますな」
「個人的な興味――」
質問を質問で返してくる相変わらずの姿勢、それを突っぱねようとし、ダテは留まった。代わりに――
「『合月』」
「……!?」
カマをかけた。
「……知っている、みたいだな」
僅かに動く、表情筋の流れをダテは見逃さなかった。
「ダテ殿…… そのお話は……」
「なんで知っている? レナルド神父から聞いたか?」
「……いえ、我々は本部の実働部隊…… 言わば戦力です。隊長たる私には、有事に備えての指示が本部より、法王より直々にしたためられていますゆえ」
一つ頷き、ダテは納得を見せた。
有事、とは、『選ばれし道士』が『邪悪』により敗れた場合だと見当がつく。ここに来るまでに都の中にものものしい警備などは見られなかったが、今の言葉から察するに、ある程度以上の備えはすでに配備されているだろうことは理解に難くなかった。
「聞かせてくれ、あんたは既に分かっているはずだ。レナルド神父は今度の儀式で、何か例外をやろうと考えている。俺はドゥモからすれば部外者ではあるが、守ってやらなきゃならんやつらを抱えている人間だ。なんでもいい、この都で妙なことをやっていなかったか、それを聞かせてくれ」
言って、失敗だったと、ダテは自らの口の交渉下手さを疎ましく思った。情に訴えかけることが意味の無い相手に、今の物言いは相応しいとは思えなかった。
しかし、ダードゥリは低く唸った後。
「……よろしいでしょう。私の知ることは、全て」
そう言って、厳しくも、真摯な表情でダテを見据えた。




