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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
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17.トリ引き後のサービス

「うげ……!」

「えぇ~?」


 ありていに言って、ボッタの扱う商品は途方もなく高値だった。


「さてさて、どれもこれも貴重な一品、手に取ってたしかめて頂いてかまいませんよぉ?」


 緑地に、白いシマシマの渦巻きが描かれた布の上に並んだ商品の数々。

 ちょっとした日用品から、使いどころのわからない金属製の道具、市販されているような薬にまで、どれもこれもに赤く「㊧」マークが手書きされており、見知った物だけでも相場の何倍もの値段がつけられている。

 シュンは雑多に並ぶ商品を眺め、げんなりといった表情を浮かべるよりなかった。


「……?」


 その中の一冊、どこかで見たような『本』にユアナが首を傾げ、指を差した。

 ハードカバーの茶色い表紙、辞典のような分厚さ――


「あれ…… これって……」

「……? はぁ!?」


 シュンは思わずと、怒鳴り声に近い叫びを上げた。

 忘れもしない、全ての始まりの書物――


「……ガラの書!? なんで!?」


 ぴくっと、ボッタが体を震わせた。


「おっといけね! ……ああ~、これは、植物辞典です! はい!」


 ささっ、と外見に見合わない速度でボッタの手が伸び、頭と胴体が一瞬の分離を見せて本が消えた。


「いやいやいや! 今のどう見ても!」

「いやぁ、お見苦しい、ついと私の趣味の品を置いてしまいました~、お目こぼしを~」


 怪しさ満点だった。しかも一瞬、声が若返ったところが尚更に怪しかった。

 目線のわからないボッタを、二人はじっと凝視した。


「……ふぅ、仕方ありませんなぁ~、しばし、お待ちを」


 ボッタの中がごそごそと動く。ちらちらと、ボッタの口元や体の隙間から金色の光の粒子が散った。


「はい、これですな……」

「……!」


 そしてボッタは先ほどの本を彼らの前に出した。それは紛れもなく、かつて触れたあの本だった。


「嘘…… だろ……?」


 レラオンに奪われて以来、見ることのなかった本がシュンの手元にある。

 国から指示された彼らの任務は、「レラオンの打倒」と「ガラの書の奪還」にあった。重要なのは後者、ガラの書が手元に戻ったのならば、彼らは戦いを放棄しても構わないとさえ言われている。

 呆然とする頭で、シュンは表紙をめくった――


「……?」

「あれ……?」


 そこには見たこともない、読めない文字が「縦書き」で印字されていた。

 ぱらぱらとページをめくっていくと、精巧が過ぎる植物の絵がそこかしこに並ぶ。


「なんだ!? なんで……!?」


 シュンは本を手に、ページをめくったり表紙を見たりを繰り返すが何も変わらない。ガラの書の表紙を持つ本は、たしかに異国の植物図鑑だった。


「言いましたでしょう? 植物図鑑だと」

「でも…… 表紙が!」

「似ているだけでございましょう? ガラの書? とやらに……」


 訝しげに、シュンは本を見続けていた。厚さといい、表紙の感触といい、三週間前の記憶にあるガラの書と寸分違わない。


「シュ……! シュン!」

「え?」


 唐突に、仰天しそうな驚き顔を見せてユアナが叫んだ。普段見られないような顔を少しかわいいと思いつつも、シュンは彼女の指が示す裏表紙に目をやった。


「ぶはっ……!」


 思わず本を取り落としそうになりながらも、シュンはおっかなびっくり、本を緑の布の上に戻した。


「あ、あぶねぇ……」


 裏の上部に小さな値札シールが貼られており、屋敷が買えそうな値段が印字されていた。


「ふぇっへっへ、お買いになりますか?」

「……い、いらない」


 ふぅ、とシュンはため息を吐く。ユアナが困った顔で笑っていた。

 逆に、ガラの書でなくてほっとする気がしないでもない。仮に本当にそうだったとすれば、ボッタからこれを買わなければならなくなる。

 何より、この三週間の終わり方としてしまりが無さ過ぎる気もした。


「まぁ、売り物ではありませんで、冗談ですがね。ささ、気を取り直して、商品をどうぞ」


 ボッタが無造作に本を片付け、話は終いになった。

 まだ追及したくもなる出来事だったが、そんな都合のいいことも無いかとシュンは諦めた。どの道レラオンは自分が倒すと自らに誓っている。今は目の前の商品から役に立ちそうなものを探した方が建設的だろう。

 そんなことを考えつつ、シュンは商品を眺めていく。

 しかし――


「高過ぎじゃないか……?」


 触るだけでも躊躇(ちゅうちょ)する、そんな商品達をジト目で見ながらシュンは尋ねた。


「ご当地価格というものでしょうか、どれも適正なお値段ですよ? なにせこのような場所ですから」

「うー」


 困ったことにドのつく正論だった。

 ユアナがちょっと悔しそうにうなりつつ、眉をひそめた。


「商売とは双方の納得あればこそ、押し売りなどはしませんとも、ふぇっへっへっ……!」

「くっ、つけこまれてるのはわかるが買わない後悔も怖い……!」


 シュンは目の前にある、さっきもこれまでも散々にお世話になってきた、軍御用達の魔力回復薬を見ながら頭を抱えた。この小瓶をボッタがどうやって仕入れているのかはともかくとして、欲しいものは欲しい。まさかのまさか、ここまで来ての金の出費に対する苦悩である。

 彼らに対する国や学校からの支援は物資のみ。今手元にあるのは、ちょっとお金持ちな学生の小遣い程度だった。


「シュ、シュン? 無理に買わなくても…… 買ったところで今からじゃ飲むところなんてないと思うよ?」

「ん…… それも、そうなんだが……」

「シオンもリイクも帰っちゃったわけだし、路銀にいくらか置いておいた方がいいと思うんだけど……」

「むぅ……」


 一個なら買える、そう思い始めた頃に差し出されたユアナの一言で、シュンは踏みとどまれた。

 最後の戦いの前に金を惜しむ。己の器や男としての甲斐性との戦い。脳内で行われていた危険な戦争は、信頼する仲間の手によって救われた。だが、彼女とて帰還魔法が使えるシオンが先に抜けていなければ、ボッタの手の内だったかもしれない。

 悔しげに一つ首を振り、シュンは立ち上がった。


「と、とりあえず商品はいい。休憩ありがとうな、ボッタ」


 思えば大分、緊張がほぐれた。体の調子は完全に戻っている。よくわからない怪しい相手だが、有り難いことに間違いは無かった。


「どうやってここに来てるのかわからないが…… 危ない所だ。送ってはやれないけど、気をつけて帰ってくれ」

「ボッタさん、ありがとう」


 ユアナが立ち上がり、礼をした。彼女がすっかり元気になっている。それだけでも話しかけた意味はあったとシュンは思った。それにつけてもよくわからない、怪しい相手だが。


「ふぇっへっへ…… セーブもお売り出来ませんですのに、有難うございます。おっと、そうだ……」


 嬉しそう(?)にいそいそと、ゴソゴソと何かを取り出すボッタ。一瞬羽がダランとなり、内部から妙な音が聞こえたがそこには二人は突っ込まない。顎の辺りが一瞬開いたことにも、もちろん。


「こちらなどはいかがでしょう?」

「い、いや、だから値段が……」

「お代は結構です」


 品を強引に受け取らされたシュンは「え?」とボッタを見つめる。ボッタは広げていた包みを器用に片付け始めながら、彼を見るともなく答えた。


「先行投資、というやつですかな。良いお客さんには良いサービスを…… これも商売の秘訣なのですよ」

「い、いいのか?」

「はい…… お守りみたいなものです、身に付けておいてくださいな。それでは、お元気で」


 ぽかんと見送る二人を残し、風呂敷を背負ったボッタは飛び立つこともなく、どすどすと歩いてその場を後にした。

 シュンは受け取った物を見る。親指の先ほどの小さな灰色の玉、大きな魔力を感じるが、使い道のわからない道具だった。


「なんだろうね、これ……」

「さぁな…… でも、一応もらっておこう。邪魔になるようなものでもなさそうだし」


 首を捻りながらも、シュンは制服の胸ポケットにそれをしまう。


「卵…… とか?」

「……投げ捨てていいか?」


 彼らは軽くなった足取りで、最後の扉へと歩みだした。


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