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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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55.静けき森の場


 アロアを抱えたダテはルーレント教会より西へと飛び、ファデルの領域が潜む森の前へと降り立った。


「っと…… ここだ」


 体を傾け、アロアを足から下ろしてやると、二、三歩とふらふら前へと歩みながら彼女はその場に立ち止まり、ダテに振り向いた。


「ここってお前…… どこだよここ……」

「教会から、多分歩いてなら一時間くらい行った場所だ。魔物が出たりはしないらしい、安心しろ」

「安心しろってお前……」


 森の前―― らしきことはわかった。しかしアロアには、月の光に照らされた今立っている場所と、森のおぼろげな輪郭りんかく以外には何もわからない。視界の下半分、そのほとんどに、何をうかがうことも出来ない真の闇が広がっていた。


「クモ」


 アロアから視線を逸らし、彼だけに見えている金色へと呼びかける。白い煙が上がり、見知った妖精が顕現する。


「あい!」

「クモ……!」

「おひさっス、アロアたん。昨日の夜以来っスね」


 ダテと別れたのは今日の昼だったが、クモの姿を最後に見たのは確かにそうだった。もう見ることもないかもしれない、そう思っていた暢気のんきな姿に、アロアの胸に何かがこみ上げた。


「クモ、強めに光ってやってくれ。この暗さはアロアには厳しい」

「お任せっス!」


 羽をはためかせ、クモの羽から舞い降る光の粒子が輝きを増す。


「じゃあ、足下に気をつけてな、行くぞ」

「行くってお前…… まさかあの中か……?」


 光で周囲はわかれども、森は変わらずに闇一色。

 その一歩後ろへと退いた様に、ダテはにやりと笑った。


「なんだ? 怖いのか?」

「ぐっ……」

「負ぶって行くか? 俺は構わんぞ」

「ヒュー、今日はお優しいっスな大将!」

「ああ、この先に待ってる人の前で恥をかいてもらうのも面白い」


 そこまで言ってやれば、もちろん彼女は引き下がらないだろう。


「だ、だれが怖いか! こんだけクモが光ってりゃ子供でもいけるわっ!」


 ダテが知る、ここ数日見てきたアロアはこういう面白い子だ。


「よし、その意気だ。結構待たせてるからな、急ぐぜ?」

「お、おう……! って、誰だ? わたしの知ってるやつか?」

「ああ」


 今度は意地悪では無い微笑みを一つ、ダテは森へと歩き出す。彼の後ろを、アロアは離れまいと早足になって歩み出すのだった。


~~


 いかに夜の闇が深かろうとも彼女には問題にはならない。彼女の目は闇を見通し、昼間と変わらない風景を捉えることが出来る。いや、例え見えずとも、一族の持つ「信号」の能力は辺りの地形をつまびらかにする。歩むことにも、ただ一人留まり続けることにも問題も不安もなかった。

 しかし今は、こうして来たるべき人を待つことにだけは、不安の色を消すことは出来なかった。


 住処のある領域より少し離れた森の一画。そこだけが輪状にくり抜かれたように開けている場がある。

 決して、憩いの場などでは無い。

 その場所こそが、長きにわたる因縁の地であり、そして、これまでの一族の者達にとっての最期の地でもあった。


 シャノンは一人、ダテにより指示されたその場所にて、来たるべき人を待つ。

 ダテがなぜこの場所を指示したのか、知っているのか、これから何をするつもりなのか、それはわからない。

 ただ、ここで待てといい、人を呼んでくると言っていた。呼ぶべき人、それが誰かは見当はつく。

 きっと、あの子なのだろう。


 月は今にも合わさろうとしている。だが、まだ今日では無い。


 ――木々の間に、ランプの光が見えた。


「……?」


 こちらに近づく人―― ダテではない。その人物は――



「あなたが、シャノンね?」


 教会の法衣を纏った女性、おぼろげながら見覚えがあった。


「あなたは……」


 一人で現れた、穏やかな微笑みを向ける女性に尋ねる。


「私はイサ…… ルーレント教会の修士で、『合月の儀』の見届役(オブザーバー)よ」

「オブザーバー……?」


「遅くなりました」


 金色の光に照らされながら、イサとは別の方向よりダテが現れる。そのかたわらには――


「アロア……」


 おっかなびっくりという様子でこの場へと足を踏み入れ、目に映ったシャノンとイサを不思議そうに交互に見る青い法衣の少女―― 『選ばれし道士』がいた。


~~


 イサとダテが隣り合い、シャノンとアロアが隣り合い、向かい合う。


「イサさん、持ちましょう」

「あら、ありがとうございます」


 イサの手にあったランプを預かり、ダテが少し距離を置いた。彼の肩からは妖精が、少し心配そうな表情で少女達に視線を送っている。

 前へと拳を差し出し、開かれたダテの手から輝く光の玉が生まれ、皆が囲む中央へと飛んだ。玉は上昇して明かりとなり、皆の表情を照らす。ダテはそれを確認し、ランプの火を消した。


「な、なぁイサ、ダテも…… これはいったい……」


 わけもわからず連れてこられたアロアは、重い空気に堪えきれず目の前の大人達に問いかけた。自分と同じように二人に目を配るシャノン、彼女も自らと同じく、呼び出された側なのだということは雰囲気で察せられた。


「お前達に大事な話があるんだ」

「大事な話……?」


 イサの前であるというのに、ダテの口調には取り繕いはなかった。妖精さえも隠していないその違和感が、尚更にアロアへとこの場の真剣さを伝える。

 戸惑うアロアに視線を合わせ、いつもと違わぬ穏やかな表情のまま、イサが言う。


「『合月の儀』のお話ですよ、アロア」

「……!? イサ……!」


 その言葉に、アロアは口を出さずにはいられなかった。


「ちょっと待てイサ! それは――」


 シャノンとダテの顔をちらりとうかがい、視線をイサへと戻す。


「大丈夫です、アロア。そちらのお嬢さんも、ダテ様も、今度のことについては既にご存知です。それも、あなたよりももっと詳しくね」

「知ってる……?」


 呆気に取られるアロアに、ダテが口を挟む。


「イサさん、合月の日のことは教会では秘密とされているのですか?」

「ええ、お察しの通りです。その日、それに関わる儀式があるということは教会の皆も知っておりますが、口外は禁じられています。そして、実際にその内容を知り、関わる者は神託により選ばれた『選ばれし道士』と、限られた一部の者のみ。り行う当人でさえも、その詳細は当日まで伝えられないのが通例です」

「なるほど…… では、アロアは……」

「まだ、何も。それ以前の状態であるとさえ言えます」


 イサはアロアに向き直り、シャノンを一瞥いちべつし、言う。


「よくお聞きなさい、アロア。これより語ることは『合月の儀』においての『選ばれし道士』、あなたにゆだねられた使命です」



 天に輝く二柱の神は、容赦の無い顔で運命の時へと寄り添いを見せる――

 語られる過酷への時を、まるで我が意に関せぬようにと――


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