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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
16/375

16.トリ引き

「シュン…… シュン……!」


 抑えた声と肩を揺すられる感覚に目を開けるも、見えるものは無かった。


「……! 寝てた…… か……」


 急速に記憶が戻り、真っ暗な物置に入り込んだ現状を理解する。


「ごめんユアナ…… どれくらい寝てた?」

「十分くらいかな、どうしようかと思ったけど…… 休めるならと思って」


 浅い眠り特有の、全身が敏感になったようなだるさと冷えが体にあった。


「悪かった、廊下に敵は?」

「ううん、感じ無いわ、シュンが寝ている間も誰も通ってない」

「……よし、出よう。おかげで思ったより休めたよ」


 二人は物置を出、再び廊下を歩き始めた。


 短い夢の内容は、まだシュンの中にあった。

 この三週間の中でも、決して忘れることの出来ない出来事。たった五日前の出来事でもある。夢といわず、常に彼の心の中にあった。

 黒騎士という尊敬すらも覚えた強敵の最期に、彼はまた教えられていた。あの一件以来、シュンは自らの力を奮うことに迷いがなくなった。

 一人の人間の死が、相手に死をぶつけることに対しての覚悟を生み出していた。真摯な想いで奮う力に対し、真正面から力を振り絞って応えるという覚悟。それが無ければここへ来てからの戦いはおろか、その後の日々でさえも生き残れなかったと彼は思う。


 だが疑問は尽きない。黒騎士にしても、先ほどのアスタリッドにしてもわからない。

 彼らはなぜ、レラオンに命を投げ出せるのか、何が彼らをそうさせるのか。その答えは、今のシュンにはわからなかった。


 迷路のような廊下を歩み、やがて階段を見つけ、下りる。

 階段を下りきり、シュンとユアナは地下五階へと足を踏み入れた。


 彼らの前に、青と紫の石材を基調に作られた、広い、さながら大聖堂へと繋がるのではと思わせるような通路が広がる。

 これまでの迷宮のようではない、誘うような長い一本の廊下。


「ユアナ……」

「うん……」


 自分達は最下層へと降りた。言葉にせずとも、それが理解出来た。

 その長い廊下の先、待っているのは神の祭られた一室などではない。人の身でありながら、神をも怖れぬ一人の男だ。


 シュン達は歩き出す。

 冷たい荘厳な廊下を、二人の足音が並んで木霊していく。


 一つ歩けば緊張が高まり、一つ歩けば重圧がのしかかった。


 シュンは少し遅れて歩く彼女を振り返り、その手を取った。

 冷えた空気の中を、温かな体温を手に、彼らは歩んだ。


 やがて、彼らの前に果てが現れる。

 大きく、豪奢な鉄の扉。その最奥に待つ宿敵への、最後の扉が彼らの目に――



「……?」「……?」


 ――そこで二人は、()()()()()を目にした。



 廊下の隅、ひどく無愛想な、巨大な『鳥』がいた。


「シュン…… あれなんだろ?」

「さぁ……? 着ぐるみ…… だよな?」


 呆気に取られ、口を中途に開けて二人はそれを見る。

 ずんぐりとした体型、飛べないだろう翼、太くモコモコした足。唐草(からくさ)模様の袋を首に背負う、のっぺりした頭。前面の黄色いクチバシの上部からは、ものすごい眼光がシュン達を睨んでいた。

 その様は巨大化したヒヨコのようにも見えるが、愛らしいにはほど遠い。茶色い羽毛と相まって、どことなくスラムに居住している人々のような、そんな近寄りがたさすら漂わせている。


 シュンは周囲を見渡し、左手で自分の頬を張った。


「シュン?」

「夢の続きじゃ、ないようだな……」


 夢で頬を張れば痛いのかは知らない。だが、現実であることはたしかなようだった。


「ね、ねぇ…… どうしよっか?」

「どうもなにも……」


 扉は見えている、行かざるを得ない。そして目の前の気になるものも無視するわけにはいかない。シュン達は注意深く、その『鳥の着ぐるみ』へと近づいていった。


「へっへ…… いらっしゃいませ」

「うわっ!」 「ひゃっ……!?」


 唐突に鳥が話しかけ、二人が仰け反る。妙にしわがれた作ったような老人声だった。


「おや、これはこれは、驚かせてしまいましたか。面目ない」

「しゃ、喋った……!」


 巨体を揺り、ひこひこと両手の羽を動かす愛嬌というより不気味な動きに、釘付けになったユアナが声を上げた。


「な、なんだお前は……」


 中に人が入っているらしいことはわかる、が、場所が場所だけに意味不明だった。シュンは敵だった場合に焼き鳥にする準備すら思いつかず、呆れ顔で尋ねていた。


「私、危険な場所を好き好んで商売を行っております、ボッタと申す者」

「ぼ、ぼった……?」


 シュンにはなんとなく、その名前がひっかかった。なんだかとても良くない響きだ。

 しかも、よく見ると鳥の右目の上部から頬へと至る部分に縫い後があり、それもなんだかとても良くない感じだとシュンは思った。


「商売って……」


 ユアナはただただ面食らっている。


「こんなところで出会ったのも何かの縁、仲の良いお二人さんにはお安くしておきますよ?」


 はたと、二人は繋いだままだった互いの手を見、慌てて離す。鳥が「ふぇっへっへ」と嫌な老人笑いを聞かせた。


「あっと! いけません、お二人さんは一見(いちげん)さんですな。初めての方には宿以外は提供しておりませんで、ご休憩していかれますか?」


 冷やかしたかと思えば、勝手に商売を推し進めてくる鳥。相手にするのもどうかと思いつつ、シュンは今聞かされた内容のおかしさを尋ねる。


「や、宿……? 休憩?」


 通路の先、扉はある。その豪奢さや緻密(ちみつ)な装飾のレリーフから言って、十中八九、レラオンが待ち構えていると思われる。そしてこの場所は綺麗な石畳の、ただの廊下だ。


「ご心配には及びません、かなりお疲れの様子ですからな…… そうですな……」


 鳥は何か値踏みするように思案を溜めた後――



「へっ?」「安っ!」


 お菓子でも売るような金額を提示した。


「いかがなさいますかな?」


 ボッタを名乗る鳥の怪しい問いかけに、二人は顔を見合わせた。


「ど、どうする? シュン……」

「どうするったって……」


 見渡す限り相変わらず、寝具はおろか椅子すらも無いただの廊下。敵の目の前、しかもいつ襲撃を受けるかもわからない場所で、休憩も何もないだろうとはシュンも思う。


「……でも、疲れているのはたしかだしな……」

「え、ええ……」


 シュンは制服のポケットから財布を取り出した。


「は、払ってみるか……? 回復魔法の一回でも、貰えるなら今は嬉しい」

「そ、そうね…… あ、私出そっか?」

「いや、いい……」


 小銭を取り出し、ボッタへと差し出す。羽の中からぐにゅんと手らしきものが伸びて小銭をつかみ取ったが、そこにはつっこまないでおいた。


「へっへ…… まいどあり、それでは――」


 ボッタの全身が紫に光り、一瞬にして世界がフェードアウトする――


「……!?」


 爽やかな、耳にしたことの無い音色のジングルが流れ、シュン達の周りを何か光るものがくるくると駆け回る感覚があった。そして一瞬と、意識が途切れ――

 目を見開くシュンの前に、視界が戻った。


「えっ!? なに!? 嘘……!?」


 耳に響いた声に、シュンはユアナを振り向く。彼女は自らの体を見回し驚いていた。その顔は学校で過ごしていた頃の元気な彼女で、戦いによって痛んでいた制服は新品の白さを取り戻していた。

 そんなまさかと、シュンは我が身を見る。


「なんだこれは……」


 力が戻っていた。少し前の浅い眠りなど関係無く、今日の出発以前、いや、こうして戦いに明け暮れた日々などなかったかのように疲労が抜けていた。ユアナ同様、制服すらも真新しく蘇っている。


「へっへっへ…… 毎度あり」


 驚く彼らに向け、ボッタが満足げに言った。

 何かの罠かとも思ったが、そうではないらしい。彼は間違い無く『宿を提供』していた。


「では、またの機会をお待ちしております。それでは……」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」


 そそくさとその場を後にしようとするボッタを、シュンは思わず呼び止めていた。声が上擦る。ボッタは怪しい、とんでもなく怪しい、見過ごせない怪しさだ。


「お前は、何者なんだ?」

「ボッタ商業組合の商人ですが?」

「い、いや、そうじゃなく…… 今のはなんだ? 真魔法なのか……!?」

「真魔法? 聞いたこともありませんなぁ…… 私は宿を提供しただけでございまして……」

「聞いたことが、無い……? 真魔法を……?」


 シュンがこの戦いに巻き込まれてから、そんな人物は初めてだった。


「レラオンとは無関係なんですか?」

「れらおん? よくわかりませんなぁ…… 私は情報を(あきな)いにはしませんで、扱えるものは物と宿くらいです、はい」


 これ以上もなく場に不釣り合いにして珍妙ではあるが、二人はこの鳥に異様な興味がわいてきた。

 あるいは「真魔法」を知らない、そんな自分達の戦いから離れた存在に対し、束の間の安らぎを求めていたのかもしれない。


「ね、ねぇ、ボッタさん、初めてじゃなければ、商品って見せてもらえるのかしら?」

「お、おいユアナ……!」

「ちょ、ちょっとだけ、気になるの。お願いします! 宿代はまけてもらったっぽいけど今から二回目のお買い物ってことで!」

「おやおや、嬉しいですねぇ…… ふぇっへっへ…… では、お見せいたしましょうかねぇ」


 拝むユアナに意気揚々と背中の風呂敷を広げ、ボッタは商品を並べていった。


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