49.遠き都の陽は落ちて
クモ、絶笑。
『ぶわっはっはっはっ! どこの! どこの英国紳士なんスか! あんたわっ!』
例の緑と白の縞々の日除け屋根、服屋の扉を開けて現れたダテは驚くほどに…… 普通だった。
「うるせぇな……」
白いシャツの上から茶系のベストとスラックスに身を包んだダテには、元の修士の印象は完全になく、上品な紳士という出で立ちだった。締まるのが嫌いで首から胸元のボタンをラフに開けてある辺りは彼なりの抵抗らしい。
『もー! どうせ笑わせるならもっと強烈なのにしてくださいっスよー! シュール過ぎっス!』
「いや、なんか最初はもっと意味不明なゴテゴテしたの持ってきやがったんだが…… 外で待ってるやつらがいるから早くしろって言ったらこれが出てきてな……」
この世界では『絶世の美形』であるダテは、当然のことながら店に入って即オモチャだった。それこそ謎の腕周りがふんわりした中世的シャツやら、暑いというのに金装飾満載のブラックコートやら、ぴっちりしたタイツやら―― 不安感しかわかないブツばかりが勧められた。
仮にダテが一言文句を言わなければ、クモは笑いにより昇天していたかもしれない。
『あ~、バランスっスな。うん、並んで歩くにおかしくないのにしてくれたんでしょう』
ひらひらと涼しげに、少し上品な街の娘になっている二人。ダテの一言から彼女らを店外に見とめた店員は即決でシンプル路線を選んだらしく、釣り合いという意味では悪く無い選択だった。
だが――
『ぷっ、くっ…… ぶははははははっ!』
「ああもうっ、うっせぇ……」
キマりにキマったダテの現代でも通用しそうな紳士スタイルは全くもって彼らしくなく、長年連れ添っているだけにクモにとっては滑稽なことこの上無かった。
『服に着られ過ぎっス大将! それ、何センチ裾上げしたんっス…… ぶはっ!』
「しゃーねーだろっ! 日本人なんだよ俺はっ!」
はっと、そこまで叫んで思念ではなく地声だったと失敗に気づいたダテは、周囲の人々をさっと見渡し、取り繕うように咳払いを一つ打った。
『はぁ…… 足伸ばしてやろうかな……』
『ぶふぅー!』
送ってしまった思念に再び笑い転げる妖精を無視し、店と対面する反対側の通り、待たせておいたアロアとシャノンを確認し、歩き出す。
二人はなんだか棒立ちでこちらを見ており、ダテの気を超重くさせた。
「は~い、お兄さん、お一人?」
「へ?」
そんなダテに、左側から声がかかる。
「なんだか浮かない顔ね、遊ばない?」
「へ?」
右側からも声がかかる。
「うおっ!? 見ろシャノン! あいつ店から五歩でナンパされてる!」
「たたた大変っ!」
実はうっかり見惚れていただけの二人が目の前のトンデモな事態に泡を食った。
平均より背は高い(彼の国では)とはいえ、微妙な日本人体型による紳士スタイル。
それは世界に類を見ないダテの魅力の前では、美点にしかならないようだった。
~~
一度アパートメントに戻り、ダテの元の服を置いた一行は、クモの案内により都観光に乗り出した。都を周回するように流れる人工的な川で小舟に乗り、中には入らないまでもドゥモの本部の建物を見、展望台から都を眺めた。
人が作った石壁の世界。アーデリッドに住む彼女らはこの異世界を見、歩み、感じ―― 興奮と楽しさの中に時を過ごしていった。
ちなみに――
「あっ、そこのお兄さ――」
「あんだ? うちの兄になんかようか?」
また女に声をかけられるダテ、強引にダテの左腕をぎゅむと抱きしめ睨むアロア。
「アロアっ!?」
その大胆なやり口に思わず絶叫のシャノン。
「あっ、そこのお嬢さ――」
「何か、ご用でしょうか?」
妙な男に声をかけられるシャノン、割り込んで相手を見据えるダテ。
「すいませんっしたー!」
あまりのイケメンっぷりに逃走する男。
「うん? お嬢ちゃん――」
「あっ、すいません、この子は……」
国の警備隊の人に声をかけられるアロア、迷子ではないと弁解するシャノン。
「気をつけてねー」
にっこり笑顔で手を振って離れていく警備隊のいいひと。
三者三様に少し離れただけで声をかけられてしまうという、ちょっとスリリングな観光となった。
~~
「なんか、わたしだけおかしいぞ……」
方々に遊び回り、夕食も終わると辺りは既に薄暗く、合わさりつつある二つの月も徐々にと輝きを増しつつあった。
「うん? アロア、何か言った?」
「いや、なんでも……」
ダテのアパートメントの屋上。柵の一つも無い高台からは、すでに姿を消した太陽の最後の輝きが都の向こう、山の向こうへと去ろうとしている。
アロアとシャノンはそんな光景を二人並び立ち、ぼんやりと見送っていた。終わった一日を、はしゃぐことに火照った体を抜けていく、夜の風に感じながら。
「都か…… 面白い場所だったな……」
「そうね…… アーデリッドには無い色んなものがあって、沢山の人がいて…… 賑やかで良いところね」
遠く、今日に訪れた名所の高い建物が点々と見える。この屋上よりも高い、アーデリッドには無い人工の頂。
「ねぇ…… アロア?」
「うん……?」
腕を上げ伸びをするアロアに、景色を眺めたまま優しい声でシャノンが問う。
「この都に…… アロアのお姉さんが住んでいるのよね……」
「ああ、ローラの姉ちゃんなら…… ダテが言う通りならあの辺だ」
すっとアロアが右手を伸ばす。彼女らの右手側より更に右、大通りの外れをその指が差していた。
「会わなくてよかったの?」
アロアは腕を下ろし、その方向を見つめながら答える。
「ああ、いい…… どうやって来たとか、説明しようが無いしな。落ち着いたら里帰りしにくるとも言ってたし…… それに……」
「それに?」
シャノンへと、笑顔が送られた。
「今日はシャノンとダテと、一緒に遊ぶ日だからな!」
その笑顔には一点の曇りも見られず、シャノンは知らず、微笑んでいた。
「おーっす、待たせたな」
屋上の木戸が開かれ、法衣に戻ったダテが紙袋を手に妖精と共に現れた。
振り返った二人に彼は歩み寄り、シャノンに向けて手を差し出す。
「シャノン、俺の時計を」
「あっ、はい」
シャノンがベストの胸ポケットから懐中時計を取り出し、ダテに手渡す。
受け取ったダテはフタを開いて盤を確認し、しばし無言になった。
「ダテ様……?」
ダテは目を閉じ、さらに間を置く。二人の目線が彼に集中する中、カツカツと、時を刻む音が鳴っていた。
やがてダテは、二人に文字盤を向けた。
時刻は十八時五十九分――
「わっ……!?」
「……!?」
ジリジリと、内部のぜんまいが擦り合わさるようなくぐもった音が鳴り響き、二人が身を引いた。
「今日は楽しかったな、二人とも仲良くなれたようで良かった」
十九時を指した時計を掲げたまま、ダテが笑う。
「滅多に来れる場所でもない、今日のこと、忘れんなよ」
音は鳴り続け、数十秒の後に止んだ。後にはカツカツと、普段の音が流れる。
「びっくりした…… なんだよそれ……」
「ああ、アラーム―― まぁ鳩時計みたいなもんだ」
「ハト時計?」
「知らないのか? こう…… 時間が来るとだな、くるっぽ、くるっぽって鳩が時計の小窓から顔を出して教えてくれるっていう……」
「ぶははっ! なんじゃそりゃ!」
鳩のマネなのか、ダテが首を前後に動かす様子にアロアが笑った。
「時間を知らせてくれる時計だったのですね、小さな時計なのに珍しい……」
「遊び過ぎて帰りが遅くならないようにな、一応仕掛けてあったんだ。驚かせてすまん」
軽くシャノンと笑顔をかわしつつ、ダテは時計を懐に忍ばせた。
「あっ!? あっ……!」
笑っていたアロアが唐突に声を上げ、ダテを指差す。
「どうしたよ?」
「い、いかん! なんも考えてなかった! わたしも法衣に着替えないと!」
「別にいいんじゃないか? 今日は休みだし、別にそのままでも……」
「ならお前、なんで着替えたよ……」
「ぐっ……」
教会に戻る用意をと一人自宅に戻ったダテ。事実の建前の裏側にあったその考えは見透かされていた。
「わたし一人だけさらし者にするつもりか? うちの姉ちゃん達に見られたらどうするんだ、まったく……」
目ざとくダテが手に持っていた紙袋に自分の法衣を見つけたアロアは、彼の手から袋を奪い取り、そのまま屋上の戸口へと向かう。
「おい、ちょっと待てアロア」
「なんだ?」
ダテが懐から出した皮のポーチを探り、「ほれ」と一言とともに引き抜いた中身を放った。
「おっとと……」
「カギだ、ちゃんと閉めて出てこいよ」
「お、おう」
鍵を確かめたアロアが、背中を向けて扉をくぐる。
「大将、んじゃ、私も行ってきます」
「ん?」
「あの法衣、破れてるのまだ直してませんでした。一緒に戻りますんで」
ぱたぱたと、アロアの後、半開きになっていた扉を妖精が追いかけていった。
ダテはやれやれと苦笑をシャノンに向け、彼女はそれに答えるようにくすりと笑った。




