47.深き怒りの鉄槌
「あり……? ここは……」
目をぱちぱちとしばたかせて見る天井はなんだか真新しく、綺麗なものだった。
「目が覚めたっスか? アロアたん」
「お、おお…… クモ…… って! シャノンは!?」
「いるわ。もう大丈夫なの? アロア」
上体を起こし、いつもと違う小綺麗な部屋を見回す。アロアはそこがダテの家で、寝かされているのがダテのベッドだと理解する。
「た、助かった…… のか?」
「ええ…… ダテ様が来てくださったわ」
「そ、そっか……」
記憶が飛んだ最後の場面を思い出し、違和感を感じる。確かに背中に錫杖を受けたはずだった。
「あれ? あれれ……? 痛くない……」
「それはよかったっス。大将が結構強力な回復魔法使ってくれたんで大丈夫だとは思ってたっスけど、何事も無いようっスな!」
「回復魔法……? そんなにひどかったのか……?」
「多分だけど…… 背中の骨が折れるか、ひびが入ったかしてたと思うわ……」
今更ながらに、アロアはぞっとする。これまで骨など折ったことが無い分、余計に怖かった。
唐突に、柔らかくふわりとした重みに包まれ、冷えたと思った体温が急上昇した。
「もう心配かけないで…… 心臓に悪いわ……」
腹から背中へと手を回し、シャノンが抱きついていた。どどど、どうしたらこんな良い匂いになるんだろうとアロアはなんだか真っ赤になって思った。「ど」がいっぱい。
「あ、ああ、そ、そういえば…… ダテは?」
「ダテ様?」
体を離してくれたシャノンが窓の外を見た。
「んー、そろそろと鉄槌が終わる頃だと思うっスけど……」
「へ? てっつい?」
~~
男達の喧騒が始まり、ダテが仕掛けた誘導によって安全な場所へと置かれたシャノンは、未だ緑の光に包まれた状態のアロアの傍に座っていた。
目線の先、ダテは殴られ蹴られ、殴り返し蹴り返ししていた。
「あんまり見ない方がいいっスよ、シャノンたん」
「……!」
声を掛けられた方向、いつの間にか金色の妖精が傍へと寄り、笑顔を向けていた。
「クモさん……」
「大将珍しく相当にキレてらっしゃるようっスから、お目の毒っスよ」
殴る蹴る、遠目にはわからないが、その表情は笑っているようにも見えた。
「ほら、大将ったら大振りな攻撃ばっかりして、無防備に殴られたりしてるっしょ? あれワザとなんスよ」
「わざと……?」
そういえば、一人で多人数を相手にしているとはいえ、精細が無いように思える戦い方だった。これまで実際にダテが戦っている所は見たことがない。だがそれでも彼から感じる雰囲気や、あの夜に魅せられた途方も無い大きな力からすれば、今の戦いぶりはお粗末なものにしか見えない。人間相手の手加減、そうも思えていた。
「大将はね、今よりちょっと若い頃はえらく力任せな戦い方ばっかりしてたんスよ。そりゃ基本的にべらぼうに強いっスから、それでも戦いには困らないんスけど。でもちょっと、強い相手もいっぱいいましたからなぁ…… 三、四年くらい前からっスかな? ちゃんとした戦い方っていうのを色んなところで学ぶようになったんスよ」
突き出された錫杖を腹で受け、にやりと笑ったダテが打った相手をぶん殴った。
「だから本当ならあんな連中くらいノーダメっていうか、こう…… くるくるくるっと華麗にかわすような動きやフェイントを織り交ぜたコンビネーションなんかで一発ももらわずに終わらせられるはずなんス」
「では…… 今はどうして……?」
「傷つけてるっスよ」
「傷……?」
ダテが豪快な蹴りで足下をすくって倒した相手の両足を取り、ジャイアントスイングでまわりをけちらし、最後にぶん投げた。
「あの人達って多分スけど、ちゃんとした技術っていうか、杖とか魔法とか素人じゃない動きが出来る人っしょ? そういう人っていうのはプライドとか色々ありますんで、ああいうチンピラみたいな戦い方に負けるとすっごい傷つくんス。玄人が素人に負けるほど、悔しいこともないっスからな……」
錫杖を失い殴りかかってきた男の拳を顔面で受け、強引に胸ぐらを掴んで引き回す。
「あー、あー、ひどいっスなぁ…… あの人達が来てるマントってマジックシールドついてるのに…… 大将ったら素手しか使わないから意味無いじゃないっスか……」
クモは見てられないとばかりに、目を両手で覆って嘆いた。
「わざと格下の動きで相手を制し、その尊厳すらも壊す…… それほどまでに、ダテ様はお怒りなのですか……?」
おずおずと尋ねるシャノンにクモはバッと両手を広げ、真顔で言う。
「何言ってんスかシャノンちゃん! 当然でしょう! 大切なものを傷つけられてブチギレるからこそ私の大将で、プロのヒーローなんスよ!」
「大切な…… もの……」
笑いながら頭突きを決めるダテを見つつ、シャノンは胸元のお守りを握りしめていた。
~~
鉄槌という言葉にアロアが間の抜けた顔を見せてほどなく、部屋の扉が開く音がした。
「ただいま~」
玄関に間延びする気の抜けた声が響く。
「あっ…… ダテ様……」
声の方へとシャノンが向いたと同時、彼女らの前へと飛んだクモが玄関に向けて叫んだ。
「大将! ストップ!」
「お、おう……? なんで?」
「いいから大将はそこでちょっと待つっス! ドアは絶対開けちゃダメっス!」
「……? まぁ、いいが……」
開きかけた扉が閉じられる音を確認し、クモはばたばたとアロアの前へと飛ぶ。
「なんだ? クモ……」
「服! 服着るっス!」
「服……? へ!?」
起き抜けで本人は気にもとめていなかったが、アロアは思いっきり下着姿だった。無論、そのままでは寝にくいだろうというシャノンの気遣いだ。
「わ、わわわわわっ!」
ベッドの隅に置かれていた街で買った服を慌てて掴み、急いで身につけていく。すぐそこにダテがいると思うと気が気では無く、チラチラと玄関側を見てしまう。
「……?」
見てしまう目線が、なぜかこちらを見て呆けるシャノンを捉えた。
「な、なんだ?」
「う、ううん…… 何でも……」
ちょっと赤くなり、シャノンは目を逸らした。どういうわけかぺたぺたと、自分の胸の辺りを触っていた。
「おーい、クモ、そろそろいいかー?」
「ちょ、ちょっとお待ちを! あと一分くださいっス! ふ、二人ともここに立つっス、立つっス!」
すっかり着替え終わったアロアがベッドから降り、クモに促されるままにシャノンと二人並んで立つ。
「ほいほいほいほい!」
光の粒子をバラ撒きながら、クモが二人の周囲を下から上へと回転しながら駆け上がっていった。そのあまりのスピードに二人が驚く暇も無く、準備は整った。
「たいしょー! もういいっス!」
二人はお互いを見て、はっと顔を見合わせた。
捕まり、暴れ、逃げ回り、地面に伏した。そんな今日の一件で汚れ、傷ついた服はすっかりと買ったばかりの状態に戻されていた。
あれだけのことがあったというのに新しい服に身を包んだ、着慣れない服に浮き足立った、あの時の高揚感が二人に戻ってくる。
「クモさん……!」
「クモ……」
笑顔で見てくる二人に、クモはウインクとともにびしっと親指を決めた。今日の妖精は、なんだか男前だった。
「入るぞークモ、もういいんだなー」
「いいっスよー、お早くー」
「待てとか早くとか…… 面倒だなお前は……」
玄関の扉が開き、ダテがこちらに現れようという気配が感じられ、並んだ二人は少し身を固くした。今更ながらに、新しい服を着た自分達の見た目が気になっていた。だが――
「よぉ、今帰った――」
「ぎゃあああああああっス!」
「ひぃっ……!?」
「っ……!?」
クモが盛大に悲鳴を上げ、アロアが後ずさり、シャノンが猫のように固まった。
「え? どうした……?」
上から下まで完全装備の彼女達は、上から下まで完全血みどろなダテにすっかりと意識をもっていかれたのだった。




