46.荒々しき喧嘩の祭り
緑色の光に包まれるアロアとそれを見守るシャノン。彼女らを背にするダテの周りには揃いの防具然とした外套を纏った大柄な男達が取り巻き、彼を小さくも見せていた。
「それで、錫杖を持っている様子からすると本部の方達のようですが、あなた達は?」
ダテは辺りを見回し、一番大柄な主格の男に歩み寄る。
「……失礼だが、ダテ殿か?」
「質問しているのは私です。答えない方が失礼ですよ」
安い話術になど乗らぬとばかりに、ダテがぴしゃりと言い放つ。その冷淡な物言いに、男はやり口の変更を余儀なくされた。
「……守護修士隊、私は執行部隊長のダードゥリと申す」
「守護修士隊…… なるほど、知りませんね」
男―― ダードゥリの眉がぴくりと動いた。
「知らぬ……?」
「ええ、知りません。年端もいかない女子を追いかけ回すのがお仕事なのですか?」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、ダードゥリはアロアやシャノンにも聞かせた守護修士隊のあらましを端的に述べた。
「ほう…… ポリ公っていうか、自警団みたいなもんか……」
「ぽり……?」
「だとすれば…… この子達は何を? お金は充分に持たせてありますし、シャノンはあの通り可憐で物静かな子です、咎められるようなことをするとは思えませんがね。アロアはともかく」
言って振り返るダテに、「えっ?」という感じでシャノンがぽっと煙を飛ばした。アロアの体がぴくっと動いた気がしたが、多分気のせい。
「法衣の偽造、その疑いをかけている」
「偽造……? 青い法衣ですか?」
ダードゥリが目配せをし、部下の一人がアロアの法衣を持って彼らの傍に現れた。
「……確かに、アロアのものですね」
「都においては偽造は犯罪となる。まさかそれも知らぬと?」
「ええ、初めて聞きましたね。『聖職者』ダテはドゥモの出身ではありませんので」
言いながら勝手に法衣を手に取り、ダテは高く持って広げ、あちこちの破れや穴を見つつ「ひどいな」等と呟く。アロアの放射魔法により付けられた傷だった。
「ダテ殿…… で間違い無いようだが、その法衣の釈明は可能か?」
「……しますか? 私としては、しなくてもいいのですがね」
「何……?」
ダードゥリを見るとも無しに、ダテは法衣を放り投げた。放り投げた先、シャノンの細腕がそれを絡め取り、裾が石畳に垂れる。
「何を……!」
押さえた疑惑の品を断りもなく返却され、ダードゥリだけになく周囲の男達の気分もが害される。
「いえね……」
ダテの顔がダードゥリへと向けられる。温厚そうな笑顔――
「どの道お前らはここで俺にボコボコにされるんだ……! だったら一緒だろうが……!」
その笑顔が、途端に鋭い眼光の獣の形相へと変わった。
「なっ――」
身構える間も無く、強烈な右ストレートがダードゥリの顔面にめり込んだ。
「ぐはぁっ……!」
たまらず、どうと倒れ込むダードゥリ。
「あっ……」
シャノンが口元を抑え、その行動に目を見開いた。
「部隊長!」
「貴様! 何をす――」
「うるせぇ!」
びりびりと、その怒声が周囲に緊張を走らせ、入り混じる殺気が聞く者をすくませる。
「ボンクラどもが揃いも揃ってアホなことしくさりやがって! 疑いだ釈明だ!? んなもん聞きたきゃ普通に聞きに来い! 丁寧に聞きにくれば丁寧に答えてやるってだけの話だろうが! 女子供ぶん殴って吐かせるのがてめぇらの仕事だってのか!? 笑わせんのも大概にしろっ!」
ダテの右手が持ち上がり、指先が取り囲む男達をなぞるように右から左へと動き、最後に起き上がろうとするダードゥリに向けられた。
「それでも聞きだしたいことがあるから殴るってんなら俺が相手になるぜ…… ただしこっちもぶん殴らせてもらう。甘えんなよ、俺は玄人だ。相手がどれだけ偉いやつだろうがどれだけ強いやつだろうが、一方的に相手に譲るような取引はしねぇ。来るならてめぇも命懸けでこい」
鼻の片側に手を当て、ダードゥリが路上に鼻血を噴いた。ゆっくりとした動作で立ち上がる彼の顔は、笑っていた。
「くっ…… これは手厳しい。だがこれは、宗派とこの都を守るための我々のやり方。今はドゥモの修士とは言え、本来部外者である貴方に口出しされるいわれはないな」
「ほ~う…… その口ぶり…… 実のところはこの俺にご執心のようだな」
「それはどういう?」
その笑みに応えるように、ダテが強い眼光はそのままに口の端をつり上がらせた。
「どこから来たかも知れん馬の骨―― 素性の知れん男がやんごとなき身分である法王と懇意にしてるんだ…… しかも俺は別にドゥモの信者というわけでもない、勇者と共にいたというだけの男。やっかみだなんだを受けてることくらいはわかってるさ」
ダテは白い外套を脱ぎ、シャノンへと放った。シャノンはアロアの法衣の上から抱きしめるようにして大きな外套を受け止めた。
「さて、俺が気に入らないという誰かさんの指示で、俺を失脚させられるネタを探しているのか、それとも魔王を退けた俺の実力に嫉妬しているのか、お前はどっちかな?」
目を伏せ、ダードゥリがふっと鼻で笑った。
「……図星か、どっちもって感じだな」
周囲を取り囲む男達を、ダテがぐるりと見回す。
「災難だなお前ら! お前らの隊長は俺との殴り合いをご所望らしい! せっかくだ、お前らにも権利をくれてやる!」
パンッと高らかに、ダテは左手の掌に右手の拳を打ち合わせた。
「喧嘩祭りだ! やりてぇやつは表に出やがれ!」
男達の間に動揺が走る。怖れる者、憤慨する者、試してみたい者、ダテを認めている者、認めていない者、彼らの頭の中は様々だった。
そんな彼らに対し、ダテと対面するダードゥリが錫杖を掲げた。
「かかれ!」
大声での号令、しかし二の足を踏む修士隊達。ダードゥリは彼にしては珍しい、笑顔を彼らに向けた。
「自由参加だ…… 好きにやれ」
「へっ……」
隊長の笑顔での指示、それに笑うダテ。二、三と、隊の者達は互いに顔を見合わせ――
わっとダテに殺到した。
「ははっ……! そうこなきゃ―― なぁ!」
ダテの大ぶりな拳が率先して前に出てきた男を吹き飛ばし、数人の男が巻き込まれた。
続きダテが、ダードゥリの脇をすり抜け、男達から十メートルと間合いを空ける。
「おらおらどした! こっちだ!」
挑発されるままに修士隊達がダテへと跳びかかっていく。錫杖を振るい、魔法を放ち、それにことごとく刃向かうダテと混ざって盛大な喧騒が始まる。
閑静な住宅街の一画は、飛び交う怒号と暴れる男達の熱気に包まれていった。




