43.猛き非道への怒り
「しゅ、しゅご……? なんだそれ……」
男の名乗り、それは訪れたばかりで都のシステムを把握出来ていないアロアには理解の及ばないもので、シャノンにも同様だった。
「この都の治安は国の警備機関と、我らドゥモの守護修士隊により守られている。暴動、魔物の鎮圧などを合同で行い、修士達の不正は我々が専門に受け持つ。数十分と前、警備機関の方より見慣れぬ法衣を着た者がこの辺りを歩き、服飾店に入ったと通報が入った」
アロアに突きつけた右手の錫杖はそのままに、男は左手を挙げる。
「都においては法衣の偽造は教義に反するだけになく、犯罪となっている。これ以上無駄な時間をかけさせるな」
足早に、通りの脇道や物陰から五人の同じ格好をした男達が現われ、彼女達を取り囲んだ。大柄な男達の威圧感に、アロアの表情に焦りが浮かぶ。
「お待ちください」
アロアの背後から落ち着いた声が発せられた。芯に強さを持つ、淀みの無い発声に皆が彼女の方を向いた。
「シャ、シャノン……」
振り返ったアロアの弱々しくなった表情に、シャノンは彼女の肩に手を置き、一度微笑んだ。
「時間をかけさせるなと私は言った。同行していたのであれば疑いは同じだ」
「今現在、ルーレント教会にてダテ様が務められているということは一般的なのでしょうか?」
大柄な男の厳しい態度にも臆すること無く、シャノンが言い放つ。ただの少女とは思えないその迫力に錫杖が僅かに動いた。
「元の教会の神父様は今、アーデリッドを出ており、その仕事をダテ様が代行なされていると聞いています。噂の方とはいえそのような本部の人事、一般的に知られているものなのでしょうか? それも彼女のような貴方たち守護修士隊も知らぬ、都に明るくないと一見でわかる者に」
男が言葉に窮する様子が、表情には出ないが動作に出た。ここに来て初めて、男が左右へと首を振った。
「話にならんな…… そのようなことで言い逃れは――」
「答えられないとおっしゃるのですか?」
穏やかにして厳しい詰め。取り囲んでいる男達の中には、彼女の声に僅かながらも身を引く動作を見せた者もいた。
何より一番驚いていて、何が起こっているのか理解出来ていないのはアロアだった。
「では、はっきりと申しましょう。私達はこの都へと、アーデリッドよりお帰りになったダテ様に連れられてやって参りました」
男達に明らかな動揺が走った。シャノンは冷静にそれを見やり、一番動揺の少ない、問い詰めてきた男がこの中の「主格」であることを確認した。
「お、おい…… シャノン……」
嘘が混じったことに焦るアロアを安心させるように一瞥し、シャノンは続ける。
「残念ながら、今はそれを証明する術はありません。ですが、後二十分としないうちにダテ様は私達の元へとお戻りになるでしょう。その時に、貴方たちの行動が世界を救われる一端を担った『聖職者』様に対しての非礼にならなければよろしいですね」
少女の余裕のある物言いに、周囲の男達が呑まれる。仲間へと目配せをする者もいる。その様は、あからさまに困惑の様子だった。
「ひどいでまかせだな……」
「事実を述べているだけです。貴方にしても、それが事実か否かを確かめる術はなくとも、事実と見られるだけの推測は可能なのではないですか? こちらの彼女も、そして私も、ダテ様のお側についていなければまず知り得ぬ内容を知っているのですから」
日除けになるほどに大柄な男に囲まれながらも、シャノンの声には一切の動揺が無い。それは彼女からすれば当然のことだった。
合月を前にするシャノン。ただでさえ人間を遙かに凌ぐ力を持った彼女にとって、周囲の男達はただの大きな物体に過ぎない。彼らの威圧感など、彼女にとっては問題ではなかった。
ただ彼女は、自らの物言いには不自由を感じていた。
「貴方たちが賢明であるのなら、今すぐ道を譲ることをお勧め致します。ダテ様には何も言わないでおくことを約束しましょう」
怒り―― その感情が彼女の言葉を不必要に強くしていた。
それは男のアロアに対する無礼。目の前で自らを庇おうと立つ彼女への、非礼に対する感情だった。
「残念だが、やはり話にならんな……」
若干と、親しい隊のものにしか判別出来ないだろう憤りの険しい表情を男は見せる。
守護修士隊、その主格と見られる男はぎりぎりの所で踏みとどまり、シャノンの慇懃な物言いを「屁理屈」と、自らの負けを吹聴して片づけるような恥ずかしい真似には至らなかったが、それでも彼の感情は揺さぶられていた。
「ダテ殿が戻られるのはまだ先の話だ。でまかせはそこまでにしてもらおう」
その一言に、シャノンの形のいい眉が上がった。
「取り押さえろ!」
張り上げた男の声に、ワンテンポ遅れて男達が二人に掴みかかった。
「くっ……!」
一瞬と判断が遅れ、小さなシャノンの体が羽交い締めに持ち上がる。
「シャノン! ……うぁっ!」
抱えていた青い法衣が石畳に落ちる。両腕を押さえこまれ、アロアが地面に片膝をついた。
「アロア……!」
背後から持ち上げた男を吹き飛ばすのは簡単なこと。だが、シャノンは戸惑った。アロアの前にいた今までの自分は、ただの人間の少女。空を飛べるということは知られても、ただの人間の少女であったはず。
間違っても―― 爪で拘束する腕をかぎ裂き、両腕にて首をへし折り、暗黒の魔力で沈黙させる――
そのような生き物であってはならない。
「アロ――」
「……!?」
ドッ、と音を立て、アロアに手を伸ばそうとするシャノンの腹部に錫杖が打たれた。
「あっ……!」
抵抗する様に意識を奪おうと放ったのだろう一撃は、アロアの目には凄惨なものとして映った。例えそれが本人にとって、それほどの衝撃ではなかったとしても。
「てめぇら…… っ……!」
アロアの体に光が渦巻く様が見え、シャノンは息を呑んだ。
「こ、こいつ……!」
修士隊の男達にもそれは見えたのだろう。少女にしては危険な魔力に、抑え込む力を強める。
「アロア! ダメっ!」
例の林での一件を思い出し、シャノンは声を放つ。大型のワーウルフを周辺の木々もろともに一撃で葬り去ったアロアの力。人に向けていい力ではない。
しかも今に感じるアロアは、あの日よりも格段に力が強い。
「はなしやがれぇ!」
青白く全身を光らせるアロアの力に、男達はいともたやすく振り払われた。
そして間髪を入れず、アロアは眼前へと両手を組み――
左右へと両手を大きく開いた。
アロアの全身から光が吹き荒れ、男達が悲鳴とともに吹き飛ぶ。
「うあぁっ……!」
それは引き離されていたシャノンにも届き、彼女は咄嗟に腕で顔を庇った。長袖の下、腕が焼ける感覚。その力は彼女にとって、周囲の男達の何倍も恐ろしい「聖なる力」だった。
「な、なんだと……!」
光が収まり、遠目に見守っていた人々を含めその場にいた者達の視線がアロアへと集まる。だが、そこに彼女はいない。
「……?」
主格の男と、シャノンの目が何も無い同じ地点へと注がれ、目が合う。先に目が動いたのは主格の男だった。視線の先は、シャノンの背後――
「離しやがれエロオヤジ!」
足先の鎌首がもたげられ、シャノンを羽交い締めにしていた男の足と足の間へと滑り込むように吸い込まれた。
革袋を打ったような打撃音が辺りへと木霊し、男が腕を放して言葉も無く地面へと倒れ込む。通りの見物人達の何人かがギョッと前のめりになった。
「アロア……!」
「行くぞ!」
解放されたシャノンの手を握り、アロアが一目散に走り出す。
「追え! 逃がすな!」
そんな彼女達の背後を、復帰した男達が追いかけていった。




