42.厳しき様相の男
それは彼女らが言われた通りの用を済ませ、紙袋を手に帰路を歩んでいる時だった。
「な、なんだか落ち着かないな……」
「そう? よく似合ってると思うけど……」
暑い時期に村の若い娘達が着ているような服装。洒落た白いペザント型のブラウスと、涼しげな薄い青色のスカートを中心に上から下までコーディネイトされてしまったアロアは、なんだか心細そうに背を曲げていた。
「シャノンはいいよな…… 何着ても似合いそうで……」
「う~ん…… それはどうかしら……」
レースとフリルを程よく袖や裾に配された白いワンピースの上から、柔らかな生地の短い黒のベストを羽織ったシャノンは、元の服装からすれば若干親しみやすくも見えるが、上品な雰囲気は損なわれていなかった。
「服売ってる店ってのはああいうもんなのか……? 都の人って大変だな……」
「そうね、ちょっとびっくりしたわ……」
ダテに紹介された店に入って服を見始めた二人は、あれよあれよという間に店員達の着せ替え人形になってしまった。シャノンの服装から懐具合を計られたこともあるのだろうが、妙な服ばかりを手に取ろうとし、素材をぶっ殺そうとしていた二人のセンスが職人達の魂に火を点けた結果だとは本人達は思いもしない。
可愛さで推す派と上品さで推す派の二派に別れ言い争う職人達のもと、服以外には特に頭になかったはずの二人は、気づけば靴や帽子までもをあてがわれ、最後は少々ぐったりな感じで店を出ることになった。
目の保養代と称して、大負けに負けてもらえたことはせめてもの救いだったが。
「でも、楽しかったし、動きやすい服装って新鮮でいいわね」
「う、うん…… 軽いな、軽くていいとは思う」
アロアはすっかり都の人に溶け込んでしまった自分の服装に、ついと浮かれる気持ちを持ちつつ、横を歩くシャノンを見ることが少し恥ずかしくもあった。
二人で行って、二人で並んで違和感無く揃うようにあてがわれた服。友達というか姉妹になったような感覚がなんとも言えず、照れくさい。
「と、ところでアロア…… 結構な時間だと思うけど、ダテ様は戻ってらっしゃるかしら……」
「ん? そうだな…… 一時間くらいっていってたし……」
目に見えて落ち着かない様子のアロアに対し、そうは見えないシャノンではあるが、彼女は彼女で実のところまったく地に足がついていなかった。普段着ないような服、庶民然とした服装がダテの目にどう映るかで気が気ではなかった。
同年代の友人も持たず、箱入りに父と二人で育ってきた彼女にはいわゆる比較対象というものがこれまで無く、人目を惹かずにはいられない自らの器量が理解出来ていないところがあり、先ほどからチラチラと感じる周囲の視線にも嘲笑を感じているくらいだった。
周囲はいいとしても、ダテに「変だね!」とさわやかに言われれば自決しかねない所存である。
「ど、どれくらいお店にいたのかしら……」
ベストにしまったダテの懐中時計を取り出し、時間を確認しようとシャノンの手が動き――
「止まれ!」
「……!?」
「あ?」
二人の前に、地面へと錫杖の柄を叩き付け、男が立ち塞がった。
二人に対し頭二つ分以上背の高い大柄な男は、肩口のとがった威圧感のある白いマントを身につけ、彼女達に鋭い目を送っていた。
「な、なんだよ、なんか用か?」
多少おっかなびっくりではありつつも、もともと勝ち気な性格のアロアはシャノンを庇うようにして前へと出る。男は黙し、鋭く二人を観察するままに微動だにしない。ダテよりも一回りは年上と思われる角張ったその顔には、冷徹さ以外の感情は見えなかった。
「ん……?」
アロアの目に、男のマントにある良く知る記章や、その下に着ている服が映った。
「法衣……? ドゥモの修士なのか?」
男に問いかけたアロアの一言に、はっとシャノンが視線を逸らせ、胸元に手を当てた。
そこには小袋に入れ、首から下げた球の感触がある。店で着替えている時も外した覚えのないその球、霧生の守りは間違い無くそこにあった。
自らに疑いが及ぶはずはない、そう思い直し、彼女は男の目線を追う。その目は自分にでは無く、アロアへと注がれていた。
男の持つ、先端に六角形の枠を持つ錫杖の柄が動き、アロアの左手へと向けられた。
「中を見せろ」
「あん?」
高圧的な態度に怪訝な顔をするアロアの目が、自らの左手を見る。そこには先ほど店で貰った紙袋が持たれていた。
「見せろって…… さっきまで着ていたわたしの服だぞ? お前ヘンタイなのか?」
――ドゥモ教のお膝元だぞ? 色違いなんて来てたら街中にいる信者達が怪しむ。
シャノンの脳裏に、ダテの家でかわした彼の一言が浮かぶ。
「いいから見せろ、改めさせてもらう」
「お前な…… わたしも大概だが、人にものを頼む時っていうのは――」
錫杖が、動いた。
その動きを捉えたシャノンが声を発する間もなく、アロアの手元、紐の真下を目がけた一撃が紙袋を裂き、青い法衣が路上へと落ちる。
「てっ、てめぇ何しやがる!」
あまりの暴挙に声を荒げるアロアが衆目を引き、通りを歩く数人が彼女らの方を向いた。男は全く、悪びれる様子も無く落ちたそれを拾い上げ、確かめた。
「ドゥモの記章……? 偽物ではないようだが…… なんだこれは……」
「お、おい……!」
さっきまで着ていたものを道ばたで広げる男に怒りを露わにしてアロアがつっかかり、男が手にした法衣の袖を掴む。だが、男は離さず、射るような目を彼女へと向けた。
「貴様、この法衣をどこで手に入れた?」
「あ?」
「法衣に青などは無い、勝手に作ることなどもっての他だ。だが、記章は本物…… 詳しい話を聞かせてもらおう」
ようやくと、アロアがことに気づき、服を掴んだ手から力が抜けた。
「……ちゃんとした、わたしに与えられた法衣だ。今日は休みを貰ってる。着ていなくて何か言われる日でもない」
法衣の取り扱いの厳格さはアロアにも理解はある。だが、男の暴挙を許したつもりは無い。言葉に非難は消えていなかった。
「……所属教会は? 本部ではないだろう」
「……!」
答えるに詰まらざるを得ない問いだった。
「どうした? 言ってみろ?」
「くっ……」
都からアーデリッドまでは二日の距離。今この場所で口にするには不自然な距離と言える。
「ル、ルーレント…… アーデリッドにある教会だ」
「何……?」
だが、不自然なだけでもある。別段、修士が教会を離れてどこかの地方へ出かけてはならないという決まりは無い。移動手段はともかく、嘘をつく意味は無いと思えた。
キッと睨み付けるアロアの目を、逸らすこと無く睨み続ける男。シャノンがはらはらと見守る中、男の口元が動いた。
「……代表者、神父の名は?」
「レナルド。今は代理で、ダテがやってる」
「……!」
厳しさ一辺倒だった男の顔、眉が僅かに動いた。
その目元に見えた一瞬の隙をつき、アロアは強引に服を奪い去る。
「わかったんならもういいだろ! お前が知る知らないは別にして、今のはウチの教会にいるやつじゃなきゃ普通は知らんことだ! とっととごめんなさいして失せろ!」
戻す場所の無い服を腕に抱え、険しい顔で啖呵を切るアロア。謝罪が入るかは別にして、どうやら面倒にはならずに済みそうだとシャノンは胸をなで下ろした。
「……そうはいかんな」
「ああ?」
だが、男に素直に引く気は無い様子だった。
「確かに、ルーレントは実在する教会で、そこにおられるのはレナルド神父だ」
「知ってんじゃねぇか、だったらもういいだろ」
「だが、そんなことはドゥモの信者であれば大多数の者が知っていることだ」
「えっ……?」
表情を変えることなく、怯むことも無く言い張る男にアロアは口を開けて呆けた。
「ちょ、ちょっと待て、田舎のちっこい教会だぞ? 神父だってずっとアーデリッドにいるし、そんなわけないだろっ」
「所属を語るには遠すぎる場所、真偽の疑わしい法衣も見逃すわけにはいかん。素直に信用しろというのが筋違いだ」
「お前! 話聞け――」
激昂するアロアの眼前に錫杖の柄が突きつけられ、彼女の言葉が遮られる。
「ドゥモ教の発祥の地はアーデリッド…… 我らが教の始まりの学び舎がルーレントだ。そんなことも知らずに「田舎のちっこい教会」などと言う修士をそこの人間などと判断出来るか?」
「な……」
しまった、とアロアは思った。小さな頃から教わり、今となっては当たり前過ぎて失念していた。ルーレント教会の伝承について男の言うことにはなんの間違いも無い。ドゥモの経典にさえ記載されている内容。信者であれば、なかろうとも、「ルーレント」の名称は知識のある者であれば知っていておかしくないことだった。
「己の無知が理解出来たのなら、無駄な抵抗はやめろ。今お前には法衣偽造の疑いがある。真偽がはっきりとするまでの間、しばらく拘束させてもらう」
「こ、拘束……? なんだよお前…… 修士じゃないのかよ?」
穏やかな話ではなかった。物置に押し込められる程度ではない。重量を感じる厳めしい錫杖や、防具のように硬質に見える外套からしてただの修士とは思えなかったが、まるで犯罪者のような扱いにアロアは戸惑っていた。
男は変わらず、厳しい表情のまま告げた。
「私は都の不正を取り締まる、守護修士隊の者だ。自らに罪が無いのであれば、大人しく連行されるがいい」
錫杖を下げずに語る男。突きつけられたままに呆けるアロア。シャノンはそんな二人を、固唾を呑んで見つめ続けていた。




