41.長き推考による解
二人並んで歩く大通りまでの道。すれ違う人々、ひしめいてそびえる高い建物、舗装された石畳の道。そのどれもが類を構わず、アロアにとっては気分を高揚させる代物だった。
「すすすすっげぇな! これが都かー!」
「アロア、ちょっと声抑えようね……」
はしゃぐアロアを少し恥ずかしくも思いつつ、仕方が無いことだとも思う。住処は違えど、同郷ではあるシャノンにとってもこの光景は心躍るものだった。
「お、おお? あれ…… なんだ?」
「ワッフルね、知らないの?」
「え? ワッフルなんかあれ? わたしの知ってるのと違うぞ……」
ピンクの屋根の小綺麗な露天から、メープルシロップの甘い香りが鼻をつく。そういえばと、そろそろと人の社会では食事時だなとシャノンは思った。
「……食べたい? アロア」
我知らず立ち止まり、シャノンの声に我を取り戻したアロアは間一髪、人の良さそうな露天のおじさんと目が合いそうになる寸前で顔を逸らすことに成功した。
「い、いやいや! そいつはステキなゆうわくだがダメだ!」
「ダメなの?」
「お、おう! あいつはまっすぐ行ってまっすぐ帰って来いみたいなこと言ってたからな! あいつの言うことはなんだかんだで間違いは無いんだ!」
くすくすと、シャノンは笑ってしまった。時折見せる、こういったアロアの生真面目なところが彼女はお気に入りだった。
「な、なんだよシャノン……」
「いえ、ごめんなさい。そうね、ダテ様がお戻りになればお昼になさるでしょうし、間食は我慢しましょうか」
楽しそうに笑った時のシャノンには、見惚れてしまうような可憐さがあった。アロアは辺りを見回し、シャノンの手をとって歩き出す。
「ア、アロア……?」
「あいつが帰るまでに服買っとかないと何言われるかわからんからな。とっとと行くぞ」
道行く数人の人がシャノンに視線を運んでいるのを感じ、ついそうしてしまった。自分とは違う割れ物のようなお姫様。よくわからない、自分が守りたいという衝動がアロアにはあった。
「……ええ、そうね」
繋がれる、手の感触。シャノンはその温かさに顔をほころばせていた。
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広げられたダテの手帳が法王に向けられる。紫の本に書かれていた魔法式、それを書き写したものがそこにはあった。
「この魔法には、不自然な点がいくつもある」
詳しく見ずともその式は知っているのだろう。法王は覗き込み、一瞥しただけで身を戻した。
「まず、発動に際しての魔力の負担が大き過ぎる。封印魔法に大量の魔力が必要なのは普通だが、それにしてもこれは度を超えている。これだけの魔力消費量となると、どれだけ大きなパワースポットで放ったとしても本人の魔力負担が計り知れず、使用者は魔力切れを起こすどころか、普通の人間には使うことすらできない」
体内に保有する魔力を失うこと、それは体力を失うことに等しく危険なことだ。過ぎれば意識を失い、下手をすれば命に関わる。一度の魔力切れにより本来持っていた魔力を大きく失ってしまう可能性も有り、魔法を知る者であれば常に危惧すべき、使用者としての基本でもある。
「ならば、複数人で行うべき魔法かと言えばそうでもない。合月魔法を記した本にはこうもあった。『選ばれし者』のみが扱える、と。つまり、この魔法は選ばれし者「のみ」、たった一人で負担を背負って放つものであると考えられる」
「「のみ」が一人であるとは限らないのでは?」
ダテは首を振った。
「それはない、そいつは一人だ」
見せる必要のなさそうな手帳を閉じ、懐にしまった。
「次に、この魔法の効果だ。内容としては間違い無く封印魔法。聖なる力により相手を取り込み、力を圧縮させて暗黒の魔力を霧散させる。必中とも言える命中の精度や、相剋関係の魔力を消失させるという特殊な部分はさておき、対象を一度魔力の中へと閉じ込める過程は別段珍しいものでもない」
「確かに…… 氷結を使ったものや大地を利用した檻などと差異は無いのかもしれませんね」
「ああ。だが、やはりおかしい」
彼の目は自然と、先ほどまで黄色い花が横たわっていた地点に行っていた。
「命中と同時に極めて力の強い、完成された聖なる封印が出来上がるっていうのに力はそこで留まらず、対象に対して流れ続ける。しかも流れ続けた力はせっかく完成した封印の結界を内部から壊してしまうほどに膨れあがり、終いには結界の崩壊とともに周囲に広がる」
ダテはその地点を、手で二度、軽く叩いた。
「さっき程度の力なら対象は封印とともに消滅、対象の大幅な弱体化を狙った術としてはおかしいが、それで済む。だが式通り、魔法式の通りに魔力を込めたとすれば、大規模な消滅魔法として周囲に穴を空けるだろう。抑え込まれた力が一度に解放…… これでは封印なんかじゃなく、爆弾を置く魔法だ」
この部分を把握しているからこそ法王は先ほどダテを止め、防御壁を張ろうとした。今更に、この点について法王の意見を待つ必要は無いと見、ダテは話を続ける。
「そんで最後に、さっきの点だ、俺の作ったヒトガタが力を失っちまう点。これは俺も、昨日実際に祝詞による本式でやった実験で初めて知った内容で、予想でしか言えないんだがな…… おそらく、あの祝詞の中に本人の意思とは関係無く、魔力を継続的に放ち続けさせるスペルが込められているんだろう。それにより、この合月魔法は本人には制御が不可能な全力を持った大規模魔法として顕現される、ってわけだ」
話を聞き続ける法王は微笑していた。楽しんでいるかのようにも思えるその表情に、ダテはため息を吐き、円卓に頬杖をついた。
「ま、他にも突っ込みどころが満載な魔法だが、代表的な問題点を挙げりゃこんなところか。ひでぇ失敗作としか言いようがないが、仕組んだやつにとっては都合のいい魔法なんだろう。全くもって意味不明だがな」
表情を変えぬまま、法王は軽く目を閉じた。
「仕組んだ、とはどういうことです?」
「そりゃ、こんな魔法なら普通誰も撃ちたがらないだろうからな。本当はさっきやった程度の魔力で充分発動可能なのに、わざわざ余計な魔力を込めさせるわ、カラになるまで魔力を使わせる式を埋め込むわ…… 使っちまったが最後、確実に深刻な魔力切れに追い込まれる。助かったにしても後遺症は免れないだろうよ。誰ぞがなんらかの意図を持って誰かに使わせるために作ったとしか思いようが無い…… って、俺の最後の当て推量はあってんのかい?」
質問には答えずくすりと笑った法王に、ダテは自らの推測の正解を見た。
「お見事ですね~、ダテちゃん。魔法式一つからそこまで一人で解き明かすなんて、本部の研究員として働いて欲しいくらいです」
「そりゃどうも。まぁ、図書館に籠もらせてくれたおかげだ。久しぶりにみっちり勉強出来たあの期間が無けりゃ、ここまではたどり着けなかっただろう」
法王は一度椅子に深く腰掛けると立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。その先には、少し離れた位置に執務用の白い机がある。
「それで、ダテちゃん。「すべてを無かったことにする魔法」…… とは~?」
「うん? 今の話の通りさ…… 使えば何もかも消滅、使った本人は再起不能か、良くても力を失う――」
机の椅子を引き、法王が席へと着く。
ダテはそちらに鋭く目を放った。
「『合月の日』に勝者は無し、そういう仕組みなんだろ?」
法王はダテの顔を見、一つ笑みを見せると引き出しから紙を取り出し万年筆を取った。
さらさらと紙がなぞられていく音が、天上の一室に走っていった。




