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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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38.遠き都会の中心へ


 翌朝のダテの自室。簡素な部屋の扉付近の一画に、この世界にはそぐわない意匠の座席が出来ていた。


「なんだかチャイルドシートみたいだな……」

「こ、これでいいでしょうか大将……」


 全体をすっぽりと覆うような風防を備え、一見して黒い箱にしか見えないそれは、背もたれの背面部分から伸びる上部二本のベルトと、下部にはそれを固定するシートベルト式の差し込み口が見える。


「見た目はギリOKとして、性能は?」

「ベルトの固定はバッチリっス…… 大将側はもちろん、座席側にあるベルトもト●タやG●もびっくりな代物に仕上がってるはずっス…… 外す気がなきゃ外れません……」

「Gの問題は?」

「そこは無理っス…… ただ、カーボンフレームの丈夫な風防がありますんで…… 高速飛行であっても呼吸にはなんの問題もないっス……」


 伊達は腕を組み、人差し指で眉間を掻きながら吟味した。


「……そういやシャノンがどれくらいの速さで飛べるのかもわからんし…… まぁ、あの程度の距離で空中一直線なら車程度の速さでも問題無いか」

「風防には除き窓もあるっス…… またとない空の旅を楽しんでいただくのもよいのではないかと……」


 ひょろひょろと弱々しい妖精の声に、伊達はうなずいた。


「よし、よくやった。いいだろう、「電球の刑」は勘弁してやる」

「あ、ありがたきしあわせ~……」


 ぽてっと、床に膝立ちしていたクモが前のめりに倒れた。

 ちなみに「電球の刑」とは、全身を紐で縛って逆さ吊りにし、夜の明かりとする無慈悲な折檻せっかんである。


「うん…… 今日もいい天気だな……」


 窓の外にはアーデリッドの空。どこまでも蒼く続く、吸い込まれそうな蒼天が広がっていた。



~~



「うはぁ~! 鳥だ! 群れて飛んでるぞ! すげぇ! すげぇな!」


 今朝出来たばかりの特等席から、感動が溢れんばかりのはしゃぎ声が響く。声の主は今日の道中、唯一の飛べない子。そろそろと飛び立って一時間が経とうというのに、興奮は収まらないようだった。


「元気だなぁ……」

「ん? なんか言ったか? ダテ?」

「いいや! 危ないからあんまり動かんようにな!」


 背中越しに「おう!」と返った。ベルトで繋ぎ、リュックのように背負った座席。安全で、楽しませるには充分だったが、会話は少し面倒だった。

 ダテは二メートルほど離れ、併なって飛ぶシャノンに手を振った。


『シャノン、辛くはないか?』

『大丈夫です。アロアは平気そうですか?』

『ああ、さっきからうるさいくらいだ』


 その返信に、彼女がくすりと笑うのが見えた。

 アロアの誘いによって魔法を教わりに来ていたシャノンだったが、彼女は別に魔法を苦手としていたわけではなかった。単純に他者を回復できる魔法を知らなかったというだけで、こういった長時間の飛行や思念による会話などはなんなく出来た。通常の声による会話に大声を要する今は、彼女の器用さは有り難かった。


『ダテ様、都です』

『おう』


 眼前に、数日前も訪れた放射状に広がる建築物の群れ、美しい石壁の迷宮が近づく。

 シャノンに着いてくるようにと指示を出し、ダテはその一画を目指し速度を上げた。


~~


 上空から真っ直ぐに降り立ったのは、三階建ての白い石壁が印象的なアパートメントの屋上。ずっと背中合わせになっていたアロアを下ろした後、ダテが二人を招いたのは屋上から一つ階段を下った、真下の一室だった。

 薄暗い廊下にて、懐からポーチを取り出したダテが鍵を差し、木造の扉が開かれる。


「いらっしゃい」


 先に入り、振り返って微笑むダテ越しに二人は部屋を見回す。陽光射し込む広い一室。窓際にはベッドが一床、少し離れて机や本棚。住居のようでいて、生活感の薄い部屋だった。


「……? ダテ、ここは?」

「ああ、俺の家だ」

「ダテ様の?」

「ドゥモの方に世話してもらってな、まぁとりあえず入れ。あ、そこで靴脱いでな」


 二人は言われるままに、ダテに習って靴を脱いで扉の近くに置き、フローリングの上に敷かれた絨毯の上へと上がった。


「飲み物でも入れてやろう。そこにでも座っててくれ」


 そこ、と言ってダテが指差す先には丸く湾曲した白いローテーブルが一つと、座る場所だと言わんばかりに薄いクッションが一つ置いてあった。


「ダ、ダテ様? 床に座るのですか?」

「え? ああ…… そういう家なんだ。気にせず座ってくれ」

「は、はい……」

「怒られねーんだな、ブンカの違いか」


 物珍しそうに部屋を見回しながら、アロアは言われたとおりにテーブルに着いた。


「ほら、シャノン」


 アロアがぽんぽんとクッションを叩くと、別室へと入って行くダテを気にしつつ、ためらいがちにシャノンはその上へと座った。

 やがて、陶器のカップ三つとポットを盆に乗せたダテが現われ「あっ」と、二人と盆を見比べながら固まった。




「苦い、苦いぞこれ……」

「むぅ、すまん……」


 ついと客人をもてなす普通の感覚でコーヒーを煎れてきてしまったダテだった。自分がなんだか無性に飲みたくなったという裏もあり、少し悪い気にもなる。アーデリッドにおいても都においても、嗜む人は少数派の飲み物だった。


「悪いなシャノン、平気か?」

「いえ、それほど多くはありませんが飲んだことはありますから」

「そ、そうか……」


 問題無さそうに飲むシャノンを見つつ、その優雅に戴く所作に逆に紅茶を煎れなくて良かったとも思う。むしろいつも通り魔法で豆を速攻に砕いてしただけのコーヒーなどを出してしまった自分が恥ずかしくもあった。


「ふぅ、苦かった…… おかわり」

「おかわりするのかよ!」

「なんだ、ダメなのか?」

「いや、いいけどよ……」


 微妙に残ったポットの中身をアロアのカップへと注ぐ。苦いとは言った、まずいとは言っていない。案外ややこしいアロアだった。

 しばし、三人で陽当たりの良い部屋でコーヒーを飲む。上空の風に煽られた体に熱が入り、なんとも言えない心地良さがあった。


「よいしょっと……」


 アロアが立ち上がり、窓の方へと向かった。


「おー、すげー…… マジで都なんだなここ……」


 三階の窓から見る風景は、アーデリッドとは完全に別の世界だった。比較的ドゥモ教本部のある中心地に近いこの場所は、遠目にも最も栄えた大通りを見られる範囲に有り、それでいて人通りの少ない閑静な住宅街と言えた。石畳で舗装された道に、黄色い壁のアパートメントが並ぶ、この世界における都会である。

 感慨深げに都会を見回す裸足の法衣の少女と、西洋の名画からそのまま飛び出してきたような少女を前に、本来の住処である自らの六畳間にいる感覚で床に座ってコーヒーを飲む。そのあまりに奇妙な状況に平気で寛いでいる自分を想い、ダテは苦笑した。


「それで…… ダテ様?」


 飲んでいたカップをコトリと、テーブルの上に置いてシャノンが尋ねる。


「都へと来たのはよいのですが、今日のこれからは……」

「おお! そうだ! こんな遠くのお前の家に来たのも面白いが外には行かないのか?」


 我が意を得たりと窓辺にいたアロアが振り返り、質問を重ねた。

 ダテはくっとコーヒーをあおり、空になったカップを置いた。


「来て早々すまないが、俺はこれから少し出かけなきゃならない。小一時間ほどで戻ってくるつもりだが、その間に二人にはちょっと用事を済ませておいてもらいたい」


 テーブルに近づいてきたアロアがシャノンの横へと座り、訝しげな顔をした。


「用事? 何するんだ?」

「えっとな……」


 懐から皮のポーチを取り出し、ダテは無造作に中を引き抜いてテーブルに置いた。


「うぉっ!?」


 アロアが思わず仰け反り声を上げた。広げられた紙片は、辺境の十五の少女が見るには、にわかに信じられないくらいの枚数だった。

 驚くアロアをよそにダテは立ち上がり、先ほど彼女が張り付いていた窓へと歩く。


「アロア、シャノン」


 ダテは二人を窓辺へと呼び、ここから一直線上、大通りの少し手前辺りを指差した。


「あそこにある、緑と白のシマシマの日除け屋根が見えるか?」

「ああ、あるな……」

「モダンな雰囲気ですね、お店でしょうか……」

「俺は利用したことは無いが、若い子向けの服屋だ。二人で行って、好きなのを買って来い」


 並んでみると同じくらいの身長の少女達が、ぽかんとダテの顔を見上げた。


「えっ? えっ? 服屋? お前、何言って……」

「そのようなご厚意を受けるわけには……」


 首を振って、ダテが二人をアロア、シャノンの順で指差した。


「いや、二人ともな、ちょっと街中では目立ち過ぎだ。青い法衣なんて着てる修士はいないし、シャノンは上等過ぎる。フツーな服に着替えてきなさい」


 二人はそれぞれに、自らの服装を見回した。最早普段着な青い法衣、今日はグリーンだがコルセット付の時代がかったドレス。確かに、窓から見える都会人達とは違って見えた。


「べ、別にいいんじゃないか? 今日だけだし、わざわざ……」

「ダメだ。ドゥモ教のお膝元だぞ? 色違いなんて着てたら街中にいる信者達が怪しむ」

「私の方は別に…… 同じような型のドレスの方も歩いているようですし……」

「ダメだ。いかにもいいところのお嬢様ですって雰囲気がダメだ。妙なやからに絡まれかねん」


 ダテのダメだしに、二人が気まずそうにお互いを見ながら黙る。ダテはくすりと笑い、ベッド脇の壁へと歩いた。


「まぁ、せっかく都へ来たんだ。二人ともそんな動きにくそうなのじゃなくてさ、もっと気楽に、年頃の娘らしい涼しい格好でも楽しんだらどうだ? 都はアーデリッドよりも暑いしな」


 そう言って彼は壁に掛けられた白い外套を取り、法衣の上に羽織った。普段と違うその姿にシャノンが少しほうっとしたが、アロアは言ってることと真逆じゃねーかと心でツッこんだ。


「じゃ、じゃあ…… ちょっと、買ってみる」

「そ、そうですね…… ダテ様がおっしゃるなら……」

「ああ、そうしてくれ」

「か、金はいいのか? ほんとに……」

「全部いってくれて構わん。あんま高いのになると足らないかもしれんがな」

「ぜ、ぜんぶ……!?」


 アロアの目がダテとカネとを行ったり来たりしていた。


「ああそうだ、シャノン」


 シャノンへと歩みよりながら、外套の隙間から再び懐へと手をやったダテは懐中時計を取り出し、彼女に手渡した。


「時計を渡しておく、一時間半後にはここにいるようにな?」

「あ、はい……」


 コチコチと音を立てる黄金色の時計に見入るシャノンに、ダテは軽く、交差するように顔を寄せた。


『球はどうしてる?』


 彼女がはっと顔を上げ、意識を飛ばす。


『小袋に入れて、胸元に忍ばせています』

『そうか、手放すなよ』


 シャノンの背丈に合わせていた身を起こし、ダテは入り口へと歩む。


「じゃあ、俺はもう出る。カギはいいから好きな時に出てくれ。ただし、まっすぐ行ってまっすぐ帰ってくること、いいな?」


 そう言い残し、彼は家を出て行った。玄関扉の向こう、靴を鳴らして歩く音が遠ざかり、部屋には窓から入り込む街の喧騒がだけが小さく響く。


「普通の娘の服だなんて、よくわからないしどうしようかしら…… ねぇ、アロ――」


 扉の向こうへ消えるダテを追っていた目を外し、シャノンがアロアへと振り向く。


「服っていうのは、うちの土産全部より高いっていうのか……?」


 座り込んでカネとにらめっこをする青いのは、まだ見ぬ世界の相場におののいていた。


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