33.深き林間での邂逅
どこかの深窓の令嬢が木漏れ日の下を散歩に出る。まさにそんな使い回された物語のワンシーンのような光景に、不釣り合いな影が現われた。
人の背丈ほどもある巨大な棍棒を片手に携え、筋肉質な体に体毛を纏い、頭部が狼となっているその魔物は、木々の間から彼女の背後へと出現し、今その瞬間にも棍棒を振り上げんとしていた。
巨躯の出す、圧巻の気配に彼女が振り向きを見せる――
「まずい……!」
高みから見ていたダテが身を沈め、飛びだそうと足に力を込め――
「こぉぉおの! アホンダラァァアアーー!」
木々が隔てた一本道の真横から豪快な叫び声とともに光が吹き、彼女目がけて巨大な白い球が突っ込んできた。球は周囲の木をめりめりと砕き除けながら吶喊する。
その巨大過ぎるエネルギーボールに彼女が驚く様が見え――
「ぐぅううっ……!」
気づけばダテは飛び込んで彼女をかっさらい、地面に自らの体を擦りつけて倒れていた。
爆発音、獣の断末魔の咆哮――
魔物ごと吹き飛んだ木の屑がパラパラと、周囲に降り注ぐ。
「いつつ…… 何が……?」
首を向け、白い砲弾が放たれた方向を見る。U字に刈り取られた林の中、優雅さの欠片も無い全力ダッシュで近づいてくる、見慣れた青いのが見えた。
「はぁ…… はぁ……! な、なにやっとんじゃ…… ぼけぇ……!」
辿り着き、なぜかちょっと広島弁っぽいセリフを決めたそいつは、息も絶え絶えに避難の目でダテを―― ダテの腕の中にいる少女を見ていた。
「アロア…… 何してる……」
「な、何もなんも…… そいつが林の中に入ってくから…… 危ねぇと思って止めようとしたら…… 見失って、迷った……」
「迷ったのかよ!」
強烈な魔法とさっきのダッシュが足に来たのか、アロアがぺたんと草の上に座った。
「……いたのかよダテ、だったらあんなん撃つんじゃなかった……」
「あ、ああ…… 危ないし、ほどほどにな……」
魔物狙いだったのだろうがあわや大惨事。しかし人助けのつもりだったことは確かそうなのでダテは小言を止め、半ば大惨事になった林の現状に空を仰いだ。
「で……?」
「あん?」
一息吐いたダテが声に目をやると、アロアがキッと厳しい目を向けていた。
「お前いつまでその役得続けるんだ?」
「……!? どわっ……!」
倒れたまま少女を包み込む形で抱きしめていた腕を離し、飛び退きながら彼女を座らせ、舞い降りた木屑やら埃やらを払ってやる。
「す、すまんすまん! 大丈夫か!? すまないなこいつアホだから……!」
「誰がアホじゃ! わたしのせいにすんな!」
「う、う~ん……」
力無く座り込んだ彼女は頭をふらふらさせながら目をぐるぐるやっていた。真っ赤になった頭部からは煙出まくりな感じだった。
「だ、大丈夫か…… これ……?」
「ま、まぁ…… 大丈夫…… かな?」
アホ扱いされて飛び上がったアロアが彼女に近寄り、覗き込みながら心配していた。
「だぁいじょうぶっスよアロアたんっ」
「うぉっ……!」
にょろん、という感じで湯気立つ彼女の頭部からクモが顔を出し、ダテが仰け反った。
「大丈夫なのか? なんか真っ赤だぞ」
明らかに妖精はニヤニヤしているのだが、アロアは素で聞いていた。
「そぉりゃあ真っ赤にもなるでしょう、だってこの子ったらうちの大将が――」
――ひょい、シュッ……!
ダテに持ち上げられた妖精が林のどこかに投擲された。
「ん、こほん……! 見るからにどっかのお嬢様っぽいからな、男の俺があんな助け方をするのはちょっとまずかった感じなんだろう」
「ああ、恥ずかしがりやさんなんだな」
なんだかイマイチな誤魔化し方だったが、アロアは納得してくれたようだった。ちょっとだけ、やっぱアホなのかなこいつ、とは思った。
「お~い、姉ちゃん、いい加減目ぇ覚ませ、ここにいたままじゃ危ないぞー」
埒があかないと思ったのかアロアが無礼にも彼女の額を指の腹でぴしぴしやった。
「はっ……!」
はたと、正気に戻ったらしい彼女は周囲を見回し、荒れ狂った林の状態を見とめ、アロアを見とめ、最後にダテを見た。
「はぅ……」
ぼしゅっと煙が上がり、長くなりそうなやりとりにダテは額に手を当てて前髪を掻いた。
~~
復帰した彼女とアロアを連れ、ダテはひとまず林を出ることにした。帰りにはまた遠回りになってしまうが、教会の逆側の方が出口としては近いため、そちらの方がいいだろうというダテの案に反対はなかった。
「へぇ、シャノンか、いい名前だな!」
「ええ、よろしく…… アロア…… さん?」
「アロアでいい、さんとかガラじゃない」
後ろではなんだか自己紹介が始まっている。ちなみに今、明らかにシャノンと名乗る少女が「ちゃん」か「さん」で迷っていたように思えたのは言わずにおいた。背丈としては若干シャノンが高いくらいでさほど変わらないのだが、雰囲気的なものなのだろう。
「私はクモっス! 実は大将だけが見ている幻覚っス!」
「さらっと気持ち悪いことを言うな……」
げんなりと、ダテが妖精に目を向ける。シャノンが合流してついにたまらなくなったのか顕現して好き勝手を始めたが、いつものことなので放っておくことにした。
「で、前歩いてるあのなよっちいのがダテだな。変なやつだが一応は偉いやつらしいぞ」
「誰がなよっちいんだよ……」
無駄なく鍛えているため細身に見えるダテだが、今は体のラインのわかりづらい修士服がその中身を隠している。
「みんなの前じゃ丁寧なんだがほんとはあんな風に口が悪い。わりと残念なやつなんだ」
「お前な、もうちょっとマシな紹介できねぇのかよ」
顔を後ろに向け、アロアに抗議する。その振り返り方は修士というよりチンピラっぽい。
「ほらな、あんなやつなんだ。多分みんな中身知ったら寄ってこなくなると思う」
「大将は現代っ子っスからねぇ~、人前で取り繕うのだけはうまいんスよ~」
「ぐ……」
人前で取り繕うのは現代っ子関係ないだろうとは思いつつ、今回は修士ヅラを過剰に演出していたために言い返し辛かった。
「ほらほら、そんな顔をしていると、女の子に幻滅されるっスよ~」
「むぅ……」
前を向いてすごすごと歩き出すダテ。なんだかんだと言われながらも、後続が歩きやすいようにと枝や茨を魔法の刃で刈り取りながら歩む。「仕事」で身に付けてきた習性は勝手に出ていた。
「……わいるどで素敵……」
そのぼそっとした呟きが耳に届き、ひょっとしてイケメンならなんでも許されるのかとこの世界限定の彼は少し思った。
「そういやシャノン、なんでこんな林なんかに入ったんだ? ここ魔物出るから危ないんだぞ? まさか知らなかったのか?」
外までの道程も後わずか、今更ながら少し咎めるようにアロアが言った。
「いえ、もちろん知ってますけど…… こ、こちらに、彼が――」
彼女が答えようとした矢先、前を歩くダテが片腕を横にやった。
「なんだ……!?」
「魔物っスか?」
油断無く、ダテは周囲に目をやる。開かれた出口付近であるためか強力な魔物ではなかった。見知った狛犬の魔物が数匹、木々の間から彼らを見張っていた。
「ちょっとじっとしてろよ、すぐに俺が始末し――」
そんな彼の腕の下をくぐって、シャノンが前へと出た。
「お、おい……」
流れるような洗練された動作で、シャノンがダテを振り返る。
「ダテ様のお手を煩わせるわけには参りません……」
その所作に見とれ、誰もがしばし、時を忘れた。
前へと歩む彼女の前に、草むらを掻き分け四匹の狛犬達が現われる。
「あ、あぶね――」
アロアが声を発しようとした途端、変化は起きていた。
彼女を前にした狛犬達が尻尾を垂れ、怯えたように力無く林へと戻っていく。
僅かな時をおいて、周囲から魔物の気配が消えた。
「え? え……? どういうことだよ……」
何が起こったのかわからず呆気にとられるアロアに、シャノンが振り返る。
「……少し見つめてやれば魔物は逃げていく。私の家に古くからある力なのですよ?」
そう言ってアロアに向けられたシャノンの微笑。
ダテはその憂いを帯びた微笑みを、真剣な面持ちで見つめていた。




