32.麗しき優雅の奇行
『へ? 合月魔法が撃てるっスか?』
『ああ、可能性とっ、して、だがな……!』
体の中にいる妖精と話をしながら、ダテはローブ姿の幽霊が振り回す大鎌を避けつつ、白く光る拳をその胴体に叩きこむ。幽霊は叫びを上げて黒い霧になった。
『でも大将、前に言ってたじゃないスか。式通りなら誰が使えるんだってくらいに力の大きい魔法だって』
『よく憶えてたな、確かにそうだ。俺を除けば勇者連中くらいだろ、出来そうなのは』
一直線に走り、すっかりお馴染みになった狛犬の魔物を蹴り込む。目先の魔物の群れに当ててやろうと思ったそれは空中で霧散してしまい、彼は一つ舌打ちをする。
『だが、「合月の日」ならば別なんだろう』
両腕を空に向ける。機械のような振動音と爆ぜる音が鳴り、頭上に掲げた両の手のひらから放電現象が起こる。
『別って…… もう間近でしょう? 何も変わらないと思うっスが……』
勢いよく前へと突き出された両手から発光とともに稲妻がほど走った。魔物達へと向かった歪んだ紫電が炸裂し、重く乾いた轟音を立てる。
魔物達は木々もろともに爆散し、林には白と黒の煙や霧が浮いた。
『……俺はそうじゃないと見てる。きっとその日―― いや、完全に合わさった瞬間にだけ、とんでもない魔力が吹き荒れる時間が生まれるはずだ。でなければ合月魔法の存在が成り立たない』
『う~ん……』
腕を下ろしたダテは、再び片腕だけを高く上げ、一気に振り下ろす。稲妻によって引火した木々に強烈な勢いで「滝」が降り、木々は水圧とともに鎮火した。
『ねぇ大将、それだとちょっと…… おかしいっス』
『あん? 何がだ?』
油断無く、ダテは周囲を見回す。目には見えずとも魔物の気配はあった。
『そんなすごい時間があるなら、誰でも知ってるはずっス。大将がここに来た時点で二十五年に一度まで後一ヶ月ってわけっしょ? なのにこれまで一回も聞いたことが無いのはおかしいっスよ。カウントダウーン! みたいなのやってる人見たことないっスよ?』
気配の方向へと歩もうとしていたダテの足が、ぴたりと止まった。
『……確かにそうだな。どういうわけだ……?』
『なんかまだ、情報が足りないんじゃないスか? 何かアイテムがいるとか……』
ダテは考えを巡らせながら、魔物が潜む場所へと突撃していった。
~~
午前中にも訪れた林の入り口近くへとやってきたアロアは、牧場の柵に座り、ダテが現われるのを待っていた。
「なんかたまにすげぇ音するな…… 張り切ってんのかなあいつ……」
教会の方角からすればわざわざ遠回りになる場所だが、教会側に出る道を知らなかったダテを考慮してこちらにした。向こうから帰ってしまったらどうしようとも思うが、地元の人間としては分かりづらい林の内部から、そちらに行くことはないだろうという判断だった。
「こんだけ長い時間魔物と戦って、帰ってからわたしの相手すんのか? お疲れさんなやつだ」
ダテが来たばかりの頃、ここで助けられた時のことを思い出す。当時は感情も手伝ってか、助けてもらった事実があっても彼の印象は良いものではなかった。それが今になってみれば、人にからかわれての苦し紛れとはいえ、「友達」と呼べる人間になっている。
「パンでも持ってきてやればよかったかな…… あっ、飲み物がいるか」
魔物達の前でもちもちと硬いパンを食べながら、飲み物を欲しがっていた彼を思い出し、くすりと笑う。ああいう少し間の抜けたところが歳相応じゃないから、十五の娘に友達扱いされるんだぞと、林にいるだろう彼に想いを飛ばした。
「ん……?」
林に向かう視線の先に、ごく小さく、見慣れない人の姿を捉えた。
瞬間には、遠目すぎて錯覚かと目をしばたいた。これまで数回しか見たことのない、都会から来た来客が着ているような貴族然とした青いドレスに身を包み、陽光に煌めく白い金髪を揺らしながら歩いて行く少女。その完成された佇まいに、どこかのお姫様かと素直に思った。
「な、なんじゃありゃあ……」
対して、呆気に取られて口をついた自分の言葉は修士どころか底辺の村民のそれだったが、彼女は特には気にしない。それよりも――
「あっ、あっ! ド、ドド…… ドアホッ!」
小さく見える人形のようなお姫様は、その軽い足取りを止めることなく林へと吸い込まれていく。
アロアは咄嗟に、ウサギのように走り出した。
~~
大剣を携えたフルプレートの騎士が迫り、その凶刃を振りかざす。
「うわっと……!」
上体を反らしたまま下半身を波打たせ、しゃがみバックステップという不自然な動きでダテが間合いを取った。
「ぅおいおい…… さっきの幽霊もそうだが、急にレベル上がり過ぎだろ!」
『ただの田舎の林がラストダンジョンみたいっスな……』
「お前見てきたならなんで言わねぇんだよ、明らかに今までと格が違うだろうが」
『いやー、すみません、遠目に一周しただけでして……』
木の上から、跳びかかる人影があった。手斧らしきエモノを持った人影はそれをダテに目がけながら急降下する。
「ふんっ…… しゃあっ!」
咄嗟に右腕を体に巻き付けるように半身になり一撃をかわしたダテは、その体勢から体を開き、右拳による裏拳を叩きこんだ。人型の鬼人のような魔物が吹き飛び、木にぶちあたって消滅した。
「まぁ、来ておいてよかったぜ、こんな連中間違って村にでも出て行きゃ大問題だ」
『ここの魔物がなわばり持ってるタイプでよかったっス……』
魔物の多くは暗黒の魔力が溜まりやすい場所、自らが生まれた場所を好む性質がある。それは各世界で一般的に「エリア」と呼ばれ、用例として「あの場所は~~が出るエリアだから」のように使われる。だが、彼らが決してその場所を出ないというわけではない。人里にひょっこり顔を出す熊のように、村を荒らしにこないとは限らないのだ。
「いい機会だ。ちょっと久々に練習しとくか……」
言って袖口を捲り上げたダテの右腕がジャバラに裂け、見るに堪えない赤黒い触手へと変形する。
『相も変わらず、グロいっスなぁ……』
「何年見ても慣れないもんは慣れんな……」
触手は波打ち、隙間無く合わさり、刃を形作っていく。
――彼の肘から上が、一本の剣となった。
鎧の騎士を目がけ、ダテが突っ込む。騎士はその動きに合わせ、大剣を振り下ろす。
「はっ……!」
上段に掲げた右の手刀がそれをナナメに抑え、ダテは左へと回身しながら大剣を逸らせ――
「ふんっ!」
刃が離れる最後の瞬間に力を込めて下方へと押し、大地へと大剣の切っ先を埋めた。
鎧の騎士がそれを引き抜く前に、ダテは激しい横回転とともに跳び上がり、手刀により騎士の頭部を薙ぎ払い、すっ飛ばした。
続き、放たれた左手からの聖なる魔法が鎧の全身を吹き飛ばし、騎士は霧すら残さず消滅した。それを確認したダテが、右腕の変形解いて元の腕に戻す。
「ふぅ……」
『おお! 大将! 最近は拳ばっかりでしたが剣の方も衰えて無いっスな』
「これが剣って言えるんならな…… と、まだ何匹かいやがるな……」
林に入り、既に二時間ほどの時が経過していた。暴れ回るダテによって目立った魔物のそのほとんどが消滅していたが、まだ全滅には至っていない。
「これだけ減らしゃ充分だと思うが……」
『アロアちゃんとの約束もありますし、そろそろ帰りますか?』
「だな、ラスト十分にしよう、測ってくれ」
『あい!』
ダテは気配を探り、辺りを見回す。動物の気配ではなく、暗黒の魔力のみに絞ったそれが一つの方向を導く。
「こっちか……! ん……?」
一際大きな暗黒の魔力を感じ、狙いを定めた目線の先。それを見たダテの表情から、林に入り込んで初めて余裕の色が消えた。
そこには恐ろしさの欠片も無い、それでいて彼にとっては途方も無く恐ろしい、対処に困る存在の姿が映っていた。
「あ…… が……」
『大将?』
それは優雅に優雅に、まるでパーティーにでも出かけるような足取りで辺りを見回しつつ、こちらへと近づいてくる。
「と、とうっ!」
『えっ? えぇ!?』
思わずヒーローのような掛け声でダテは跳躍し、高い木の上へと登った。
『大将? いきなり何やって…… って、ああ!』
「さ、さわぐなさわぐな、さわぐんじゃないぞクモ……!」
クモがその存在に気付いた。三日前に夜の教会に入り込み、昨日は懺悔室に現われ、その言動からさんざんにダテを動揺させまくった少女、その人だった。
ひょるんとクモはダテの体から抜け出した。
『何言ってんスか大将! どう考えても『主要人物』じゃないスか! 夜の教会に入ってきたこと忘れちゃったんスか!? コンタクトするチャンスっしょ!』
「し、しか……」
はたと、少女との距離を見やり、言葉を切る。
『しかしだな! 昨日のアレから考えれば、うかつに近づいたらどんな展開になるかだな!』
『それ大将がイヤなだけっしょ! 彼女が「仕事」のカギ握ってるのは明らかなんスからしっかり対応してください! もう時間無いんスよ!』
「ぐ……」
モロに図星と正論を突かれ突きつけられ、もう声の届く範囲まで迫ろうとしている少女を視界に捉えつつ、次の行動を探る。探りつつも、これだけはとクモに尋ねる。
『……で? 本音は?』
『そりゃあもう! こんな面白い展開スルー出来るわけないじゃないっスか! さっさと飛び降りて昭和の少女漫画に出てきそうなテンプレラブコメ主人公っぷりを見せてくださ――』
すぱこーん!
妖精が林のどこかに飛んでいった。
『ぐぬぬ…… しかし、どうする……!』
クモの期待する展開がイヤかイヤじゃないかという問題よりも先に、明らかに何かありそうな相手に準備無しに接触するのはどうかという問題があった。
彼女は自ら「敵」だと語った。「敵」も「味方」もダテの情報の中には未だ無い概念。ならば彼女は今のダテよりも数段上の情報を握っている可能性が高い。そうであるならば、彼女が本当に「敵」だった場合、あるいは彼女の裏にもう一匹「敵」が隠れている場合、予測と勘で動いているだけのダテは相手の情報量に丸め込まれ、真相へと辿りつけない事態が起こりうる。
今の状況での彼女への接触は、絶対に下手を打てない危険な場面だ。
「……!」
その時、彼女の背後から、スッと影が動いた――




