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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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26.伏せき修士の過去

「抜ける!? 何を言い出すんだダテ!」


 冒険者の集う酒場に、隆々とした筋骨の武術家の声が響いた。年の頃は二十代半ば、清廉潔白な、真の武道を極める者として恥じない真っ直ぐな若者だった。


「現行の戦力では回復は必須…… 魔王と戦うにはあなたの力が頼り」


 最年少にして十代の魔法使い。いつもは沈黙の眼鏡の少女が珍しく彼の言葉に意を発した。


「そうよダテさん! わたし…… わたし達はあなたがいないとダメなの!」


 ピンク色のショートカットを揺らす賢者が、若干胸を寄せる感じで両脇をしめて彼に迫った。


「いえ…… 私も考えたのですが、これ以上は……」


 哀しげな目で彼らから目を逸らし、テーブルの対面に座った男を見る。蒼いとがった短髪の男、この世界の勇者である男は黙したまま、彼から視線を逸らせていた。


「おい、お前からも何か言ってくれ! ダテが抜けちまうなんてオレには考えられん!」


 武術家が勇者の肩を揺する。


「私は攻撃魔法しかできない、あなたの回復が無いと戦えない」

「わたしだって回復ばっかり得意で中途半端なの! どちらも出来るダテさんがいないと……!」


 ダテの両脇から、魔法使いと賢者が詰め寄る。詰め寄るというか、賢者の方からは白いローブごしに若干ぷにっとした感触が押しつけられていた。


「い、いえ…… ですが…… 聖剣の前では私は―― うっ……!」


 突然に、ダテは右手を押さえてうめきだした。


「ダテ!」

「ダテさん……!」


 魔法使いと賢者がそんな彼の肩に触れ、心配そうに彼の腕を見ていた。彼の手は変形し、赤黒く裂け始めていた。

 武術家はその様子にかぶりを振って立ち上がり、勇者に向けて言った。


「決まりだな…… 聖剣を捨てよう」


 皆の顔が勇者と武術家へと集まる。


「な!? お前…… 正気か!?」


 勇者が怖れの表情を武術家へと向けた。


「わかってるのか!? 法王から授かった聖剣だぞ? これがないと魔王は……!」

「んなもんたかだか鉄の棒きれ一本の話だろうが…… こっちゃ仲間一人の話なんだ。考えても見ろ、そんなもんとダテと、どっちに価値がある」

「う…… そ、それは……」


 都の酒場。ここに至るまでの間に理解は出来ていた。伝承であれば聖剣無しには魔王は倒せないはず、だがダテは有能。比べればダテに軍配は上がるのだと。


「お前だってダテの力は知ってるだろう、そんなもんなくても勝てるはずだ」


 武術家はダテの武術に惚れ込んでいた。軽やかな身のこなし、一撃必殺のその技に。


「ここで見捨てるの? 剣なんかと比べたらダテが可哀想……」


 魔法使いはダテに心を開いていた。理解されない強い力、初めてそれを理解してくれた彼の心に。


「一生恨むわよ? あんたが剣と人を比べる人だなんて思わなかったわ」


 賢者は―― 最早トリコになりつつあった。勇者である彼、幼なじみを見捨てるくらいに。


「待ってください! 皆さん!」


 困惑する勇者を前に、ダテは立ち上がった。皆の顔が彼に集まる。


「聖剣の伝承は本当です…… 魔王はそれ無しには倒せない。私は、世界のためにここに身を引くことにします」

「ダテ……! お前いいのか!?」


 野太い武術家の声が彼を打つ。彼はいつもの優しげな笑顔を向け、武術家に言った。


「あなた達と別れるのは…… この戦いに最後まで参加出来ないのは残念でなりません。ですが、私のわがままで世界を救えないのでは本末転倒です…… 終わりにしましょう」

「ダテ……」


 一言彼の名前を呼び、武術家はジョッキを一気に煽った。全て飲み干し、机にダンッと打ちつけ、彼はダテに歩み寄った。


「すまない友よ…… お前ほどの男はこの世界にはいなかった…… 恩に着る」


 武術家の大きな手が握手を求め、ダテはそれを握り返した。


「まさか聖剣を捨てようとまで言ってくれるとは思わなかった…… ありがとう、サモハン」

「ああ…… オレは、サモナンだ」


 それは男達の別れだった。その光景に、周囲の酒場の客達が目頭を熱くした。


「待って!」

「待つのです!」


 そんな光景に水を差し、賢者と魔法使いが武術家を押しのけてダテに詰め寄った。


「ダテさん! 考え直して! ここで別れなくてもまだ呪いを解きさえすれば!」

「そう! ここは法王のいる場所! きっと手はある!」


 すがる二人にダテは静かに首を振る。


「よいのです…… 呪いは魔王を倒さなければ解けません…… あなた達も、もうわかっていることでしょう?」

「うぅ…… だけど……!」

「きっと…… なにか……」


 困った顔をするダテの肩口から、ぽんっと妖精が現われ、二人に告げた。


「お二人とも。大将を想うならどうかここは綺麗にお別れして、魔王を倒して欲しいっス。そうしてくれれば、もう大将も呪いに苦しまずに済みますから」

「クモちゃん……」

「クモ……」


 妖精の説得に俯く二人。彼女らの頭に向けダテは手をかざした。

 手のひらから光が舞い、蝶のように彼女らを包む。


「あなた達の旅に、神の加護を…… 大丈夫、傍にはいなくとも、私は神と共にみなさんのことを見守っています」


 ほうっと、二人の少女が微笑むダテを見上げた。彼女らの後ろでは、武術家が力強い笑みをダテに向け、後のことは任せておけとばかりに軽く腕を上げた。


「では…… 勇者よ」

「あ、ああ……」


 若干、蚊帳かやの外に置かれていたチームのリーダーがダテの声に顔を向ける。


「短い間でしたが、お世話になりました。あなたの実力と仲間の皆さんの力、そして聖剣の力が合わされば魔王を討つ事は成るでしょう。最後までお供出来ず、申し訳有りません」

「あっ、いや、そんな…… 滅相も――」


 深々と頭を下げるダテに、勇者が手をぱたぱたやった。


「よし! じゃあダテの送別会だ!」

「って、ええ!?」


 いつの間におかわりしたのか、勇者に横から割り込んだ武術家がジョッキを掲げた。


「え? いや…… お気持ちは嬉しいのですが、私はこれで――」

「よし! 聖職者様の今後を祈って!」

「おっ、いいね! 酒場一同盛り上がるか!」

「乾杯だ乾杯!」


 颯爽さっそうと去る気まんまんだったダテの周りに常連の酔っ払い達が集まる。


「うっしゃあああ! かんぱーい!」

「かんぱいっスー!」


 ――武術家の音頭とクモの叫びを皮切りに、酒場は一夜聖職者様祭りとなった。


 翌朝、ダテは彼らと改めて別れを交わした。

 涙を流しながら見送ってくれた彼らの中、一人だけほっとした、救われたような表情を浮かべていた勇者の顔が、彼にはとても印象的だったという――



~~



「だああぁっ、何がっ―― へいまいどありっ―― どうなって―― ありがとうです―― いるんだぁっ!」


 昨日の豊穣の日、その日の進行や演奏の成果のご褒美に、振り替えの安息日を貰っていたはずのアロアは今さんざんな目に合っていた。


「アロア、お茶が切れたわ、奥から持ってきて。あとノナも手伝いによこして」


 お金を握って群がる妙齢の女性の群れ。それがこぞって教会グッズを買いに訪れ、教会の庭は新年の祈りの日を超える忙しさとなっていた。

 それもこれも――


~~


『ク、クモ! なんかおかしい! 懺悔って日に何人くるんだ!?』


 衝撃的な告白から自らの失敗、それに落ち込んでいる場合ではなかった。


 ――はーい! 一人! 一人五分まででーす! 押さないでくださーい!


 それは最早懺悔と呼べるのだろうか、箱の外ではいつの間にやら入場制限や時間制限までもが設けられている。


「それでね、修士様、今度私引っ越ししようと思うんですけどぉ」

「えっ? ひ、引っ越し?」


 しかも何か、懺悔ではなく世間話の類いが増えている。


『た、大変っス大将! 教会の入り口からこのボックスの前まで女の人の列が!』

『は? はぁ!?』


 あくまでこの世界基準。あくまでこの国、この地域基準。

 それは彼が勇者達とたもとを分かった真の理由にも繋がる奇っ怪な実態――



 この世界におけるダテは、絶世の『美形』だった。


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