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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
130/375

25.狭き隔てられた小屋にて

 今日も蒼く澄み渡った空の下、教会の庭をアロアが歩く。


「あれぇ~? あいつさっさと帰ってきてたはずなんだけど……」


 誰かを探すように辺りを見回しながら歩く彼女の目は、教会の入り口に机を置き、何か忙しく作業をするイサの姿を捉えた。机の上には、礼拝堂の祭壇にある柱と同じ、音叉の形をしたお守りが広げられていた。


「……? 何してるんだ?」

「あら、アロア…… ちょっと手伝ってくれる?」

「ん、ああ……」


 机の下に置かれたカゴからお守り、陶器、お守り付きペンダント、自家栽培の茶葉―― ルーレント教会がお土産品として販売している品々が机の上へと並べられていく。


「イサ、今日はどっかから団体客でも来るのか?」

「いいえ、予定はありませんよ?」

「……? だったらなんでこんなところに――」


 イサを手伝い、並べているアロアの手元に影が差す。いつの間にか、真後ろに近所のおばさんが立っていた。


「にょわっ!」


 突然のことに驚きさっと身を引くアロア。おばさんはまじまじと机の上を見、お守りを手に取った。


「お一ついかがですか? 修士「様」が心を尽くしてお祈りされた品ですよ」


 おばさんに向け、イサが優しく微笑みかける。


「修士「様」がですかっ!? いただきます!」

「一緒にお茶もいかがです? 修士「様」がお気に入りの一品です」

「では! それも……!」


 おばさんは勧められるがままに、ちょっと割高なお代を気前よく払って足早に帰って行った。


「ななな、なんだ? こんなの買ってどうすんだ!? 自慢じゃないが売れないぞいっつも!」


 ルーレント教会のお土産は「なんとなく」で置いているような微妙な品である。ごくたまに訪れる旅行者程度にしか売れず、その中では売れ筋なお茶にしても地元では珍しいものでもないため、村の者が買っていくことは少ない。


「だいたいあのおばさん信徒なんだから家にお守りあるだろっ!」

「アロア、声を荒げるものではありませんよ」

「で、でもよぅ…… なんか…… 変だったぞ? ちょっと心配になるというか……」


 異様な雰囲気におののくアロア。彼女が悲鳴をあげることになるのは一時間後のことだった。


~~


 暗黒の魔力。魔法に長けた者にその黒く淀んだ気配を感じることは容易い。そして更に長けた者であれば、その気配の特徴から、個人を特定することも可能だった。


『大将……?』


 ダテは怪訝な顔で隣室を睨んだまま、動かなかった。


『だ、誰か入ってきたっスか? いつの間に……』


 クモが騒ぐ中、思索を巡らすダテ。その耳に隣室から声が届く。


「あ、あの…… どなたか…… いらっしゃいますか?」


 ためらいと吐息の入り交じった可愛らしい声だった。はたとダテは現在の自分の立場に立ち戻り、少し思案した後で、答えた。


「はい、おりますよぉ…… いらっしゃいませ」


 クモがずっこけた。妙にしわがれた老人声、ダテの持ちネタの一つだった。


『ちょ、ちょっと大将…… いくら飽きたからって遊ばなくても……』


 半笑いでダテを見たクモは、彼が遊んでいるわけではないことを察した。真剣な表情と眼差しが隣室を貫いている。


「懺悔は初めてですかな? お嬢さん」

「は、はい……」


 ダテの目が閉じられ、開き、ぐっと眉間に力が入り、瞳に僅かな魔力が帯びられた。『透視』を使い出したことが目線の方向からクモに伝わる。邪魔にならないようクモは静観を決め込んだ。


「そうですか、ご安心を。私は神の代わりにお話を聞くだけ、誓って口外などはなさいませんのでご存分に、心安まるまでお話しください」

「……ありがとうございます」


 スローテンポな低い老人声に安心したのか、幾分落ち着きのある声が戻ってきた。


「それでは…… あなたの思う、自らの罪を告白ください。流暢りゅうちょうである必要も、まとまっている必要もございません。あなたの言葉で、神は理解くださいます」

「あ、は…… はい……」


 ためらいと、心を落ち着けようとする呼吸の音が聞こえた。


「じ、実は…… その……」


 なかなか切り出せない様子の少女の声に、ダテとクモは耳を澄ませる。相手が視えているダテは注意を逸らすまいとし、見えていないクモは「がんばれー」と心のエールを送った。

 彼らが見守る中、ややあって、心を決めた少女から罪の告白がなされる。



「……恋をしてしまいました」



 ――ガタッ! ドガッ! べちゃ!


「きゃっ……!」


 いきなりの大きな物音に小さな悲鳴を上げる少女の隣室では、ダテが椅子から横に滑り落ちる形で壁に頭を打ちつけ、クモが巻き添えを喰って地べたに突き落とされていた。


「あ、あの…… 大丈夫…… ですか?」


 少女の声にはっと意識を取り戻し、ダテは体勢を立て直す。


「あっ、えっ、こほん……! いやぁ…… 申し訳有りません…… どうにも少し、椅子の調子が悪いようでして、転んでしまいましてな。怪我などはありませんので、ご心配なく。ふぇっへっへ……」


 本当に大丈夫ですか、と隣室から心配するような声がかかる。老人を装ったことがあだとなりそうな状況に、心配のあまりこちらへ来てしまわないようダテは先を促すことにした。


「……しかし、ここ、恋ですか……」

「はい……」


 まさかの内容に動揺が収まらず、ちょっと声が上擦ったが聞き流してくれた。


「お気に障れば申し訳有りませんが、それは…… 罪などではないのでは……? 誰でも抱く感情であり、普通のことのようにお見受けしますが……」


 隣室から、ため息が流れた。


「……いけないのです」

「いけないことはございませんでしょう…… まさか、道ならぬ相手なのですか?」

「……はい」


 ダテに真剣さが戻った。だがその真剣さは先ほどまでの言動への注視ではなく、純粋に懺悔に対する、相手の境遇に対するものだった。


「……そうですか、それはお辛いですなぁ」


 優しい言葉が効いてしまったのか、「はい」と返す少女の声に少し震えが見られた。


「詳しくお聞きするのは心苦しいのですが、既にお相手のいる方なのですか?」

「……わかりません」

「では…… いくらも歳の離れた方とか……」

「……そんなことはありません。不自然とは思えません」

「確かに…… 恋に年齢は関係ありませんな。失言でした」

「いえ……」


 不倫、援助交際、近親―― ダテの世界でも社会問題になるような恋愛はいくつもある。だが、目の前の「相手」が「相手」だ。何を当てはめても何かが違う。道ならぬ恋、その正体が掴めずダテの頭が空回りしていた。


「失礼、導いて話しやすくしてあげられればよかったのですが、私には出来ないようですな…… 申し訳有りませんが、なぜいけないのかお話くださいますか?」


 ついと相手に見えないにも関わらず軽く諸手もろてを挙げて降参を見せるダテ。その馬鹿馬鹿しい動作をしてしまったおかげか、そういえばと自らはそういった話は別に得意ではなかったこと、ここは相談室ではなかったことを思い出し、少し苦笑した。


「これは、秘密にしていただきたいのですが……」


 間を空け、少女が語り出した。当然と秘密になる場所なのだが、言葉は差し挟まない。


「私はいわゆる、普通の人々とは少し違うのです……」

「……違うのですか?」

「ええ、長く長く、それ故に人々から離れ、人に仇をなす存在として忌み嫌われてきた、そんな存在です。言わば…… あなた達神に仕える者の…… 敵です」


 押し黙り、動向を見守っていたクモが目を見開いた。


『大将……! この子まさか……!』


 ダテは答えない。目は隣室の少女に注がれていた。


「……そうですか、私達の敵」

「信じられませんか?」

「……いえ、信じましょう。神と、それに創られた私があなたを信じたいと思っています」

「ありがとうございます……」


 口から出任せ。だが、ダテは信じている。当然に、知っている相手だ。


「そんな私が…… どど、どうして…… ここ、恋などと出来ましょう……!」

「いえ、別に…… 異教徒であろうと恋は自由――」


 ダテの言葉が遮れられ、衝撃的な一言が彼を打ちのめす。



「こちらの修士様を好きになってしまったなんて……!」



 ――ガタッ! ドガッ! ぐしゃ!


 TAKE2である。被害は一度目より大きかった。主にクモに対して。


「な、なな…… なんですとぉ……!?」


 懺悔に夢中になっているのか今度はこちらを心配する様子の無い少女に対し、ダテは起き上がりながら驚きを返した。


「……ひ、一目見て…… 見たこともないくらい美しい方で…… こんなに怪しい私なのに心配してくれたりとか…… 忘れられなくなって…… それで……!」


 ダテが透視した先にはあの夜の少女。少女は綺麗な白く長い金髪を乱し、隣室の台に突っ伏していた。

 あの夜に顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせていた少女に対し、ダテは今、ぐるぐる回る己の頭を律しながら事態を飲み込みつつ、とりあえずの言葉を探した。


「つ、つつつまりですな…… 道ならぬとは…… 言ってしまえば敵方を好きになってしまったと……」

「そ、そうです! それです!」

「そ、そぅれはなんとも…… またお相手がそれとは物好きな……」


 それとは自分のことだ。


「いえ! 彫刻のように美しい方だと! 誰が好きになってもおかしくないかと!」


 ダテはぎりぎりのところで「ヤメろっ!」と叫びたいのを我慢して頭を抱えて足踏みした。

 クモはもう、抑えきれないレベルでニヤニヤしていた。


 はぁはぁと聞こえないように息を吐き、真っ赤になった顔で締めの言葉を選び出す。ちょっとこれ以上は心臓が持ちそうに無かった。


「な、なるほど…… それは、問題なのかもしれませんな」

「ええ…… 大問題です……! こんなことがお父様に知られたとなると……!」

「ですが…… それは果たして問題なのでしょうか?」

「えっ……?」


 変な汗が出る額を拭いダテは続けた。


「誰かが誰かを好きになることは自由です。敵か味方か…… そんなことは関係無いのではないのですか?」

「そんな……! 咎められこそすれ、許されるわけが……!」


 ふぅ、と息を一つ吐き、ダテは教義の一つである、ここに来てから知った意外な神の偉大さを語ることにした。


「よいですか、お嬢さん…… よくお聞きなさい。神は決して、人を許すことはありません」


 少女が少し、その言葉に身を引く様が視えた。


「神は全てのものを慈しみ、無限の愛を与え続ける存在です。人々は誤解していますが、彼らは最初から、咎めるということをしていませんし、しません。ですから、許すこともないのです」


 一つ区切り、息を整えて言う。


「あなたにも、私にも、全ての者に罪はありません。あなたの罪はあなたが決めていること…… あなたはいつそれに解放されて、自由を得ても構わないのですよ」


 少女のまぶたが動き、はっと見開く。


「か、構わないのですか……?」

「構っているのはあなたです。誰かが誰かを好きになること、それは愛であり、喜ばしいことです。誰が何を咎めることがありましょうか」


 少女がガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、満面の笑顔で言った。


「ありがとうございます! おじいさま! 私一生の恩として、この時を忘れまいと思います!」

「ふぇっへっへ…… ありがとうございます、それでは」

「はい!」


 清々しい顔で、少女は隣室を出て行った。今更ながらに、ブルーのドレスに白い金髪の映える、人外の美しさを持つ少女だとダテは思う。

 ダテは掛けられた言葉に喜んで出て行く少女を微笑ましく見つつ、見つつ……


「大失敗だ……っ……!」


 勢いで掛けてしまった言葉の内容を反芻はんすうし、叫びとともに台に突っ伏した。

 そんな彼を、金色の妖精はいやらしい顔でニヤニヤと見ていた。


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