13.幼鳥達の軌跡
突きつけられる現実に呆然となるシュン。彼の耳に、嗚咽が届く。
「どうして…… こんなことに……」
頭を下げ続ける校長の前、ユアナがうつむき、目に涙を浮かばせていた。
「そんなの…… 出来るわけないじゃないですか…… あの人はガラの書でどんどん仲間を増やすんでしょう……? 私達だけで…… どうやって…… どうやって解決しろって言うんですか……!」
「ユアナ……」
昂ぶりを見せる彼女の肩に、シュンは手を置く。
彼女の感情の発露が、シュンに冷静さを取り戻させていた。冷静さを戻したところで絶望感が拭えるわけではない。ただ、校長の自分達を思う、痛ましい気持ちを汲むことは出来た。
「シュンは平気なの? 昨日の人とまた戦うんだよ……? あんなに簡単に人に血を流させる人と…… ううん、あの人だけじゃない、もっと沢山の…… どれだけいるかもわからない人達と戦わなきゃいけないんだよ……? シュンは…… 傷つけ合っても平気なの?」
「……!」
涙目で訴えかける言葉の裏に、シュンは彼女の心の内を見た。
――相手が怖いんじゃない。魔法で人を傷つけることが怖い、それだけなんじゃないのか?
彼女の問いかけが、青い帽子を目深に被った用務員の言葉に重なる。
シュンの内面を見抜いたのは彼だけではなかった。彼女も見抜いていたのだと、気づかされた。
「……もちろん平気なんかじゃない。嫌なものは…… 嫌だ」
シュンは彼女の肩から手を離し、校長へと向き直った。
「頭を上げてください校長。僕は―― やります」
校長が頭を上げる。両眉を上げ、見開かれた目の焦点がシュンを見つめた。
「キノムラ君……」
校長は目の前に少年の変化に驚きを隠せなかった。
気が抜けたように話を聞いていただけの少年。その顔つきに、はっきりと自らの意志が持たれていた。
「どの道逃げられないからなんて言いません。僕以外に出来ないからなんて、言いません。僕は誰に言われなくてもあの男を…… レラオンを倒します」
「なぜ…… かね?」
ほんの瞬間、シュンはユアナの顔を見た。たった少しだけ、大言を吐く勇気が欲しかった。
「あいつは僕の友達を傷つけた。殴るにはそれだけで充分です」
言って、彼は歯を見せて笑う。
その顔にはわずかに少年が思い描く大人、あの用務員の影響があった――
「よく言ったぞシュン!」
バンッと、校長室のドアが盛大に開かれ壁を打った。
「リイク!?」
ツカツカと、無遠慮に金髪の少年がシュンへと近寄り――
「あっはは! 君がそこまで想っていてくれるとは! なんて友達甲斐のあるやつだ!」
「ちょっ……!」
強引にシュンを立ち上がらせると、力一杯ハグをかましてシュンの足を浮かせた。
「はーはっはっ! 嬉しいぞシュン! 親友から盟友に格上げしよう!」
「や、やめろっ……! 気持ち悪…… ぐふっ……!」
見た目に細身ではあるがリイクの腕力はかなり強く、背骨が折れんばかり。
「やめんかバカ王子!」
「おふっ……!?」
聞き馴染んだ女生徒の罵声とともにリイクが吹っ飛び、シュンは解放された。
「シ、シオン……?」
座り込んだ絨毯から見上げた先には、紫の髪を揺らし、いつものスカートを気にしないハイキックをリイクに決めた後の、友人の姿があった。
「ひどいじゃないかシオン、盛り上がった僕の気持ちはどうすればいいんだい?」
「知るか! そこにある校長の胸像にでもぶつけとけ!」
シオンが指差す先、部屋の一画に確かにあった。今部屋で驚いている校長ではなく初代の像である。像ではない方の校長が乱入してきた二人に首を振った。
「き、君達……」
シオンがリイクへと目配せする。リイクは校長へと歩みより、慇懃に立礼を見せた。
「ご機嫌麗しゅう、校長先生。先生も、お人が悪いですね」
「……?」
呆気にとられる様子で、校長がリイクをまじまじと見る。
「話は聞いておりましたが、そのような大切なお話…… どうして僕達にはなされないのです?」
「……! それは……」
シオンがソファに座ったままのユアナの後ろへと移動し、彼女の首元からしな垂れかかるように両腕を回して抱いた。
「ユアナとキノムラは真魔法を使えるから呼ばれたのですよね? だったら、私達も一緒に呼ばれないとおかしいと思うのですけど?」
はっと、シュンが校長へと振り返った。校長はその目を避けるように、瞳を横へと流した。
リイクがやれやれといった体で両手を上げ、首を振る。
「なるほど…… 国の方から、僕達に対しての配慮があったわけですね」
沈黙する校長を見やりつつ、リイクはユアナの隣、先ほどまでシュンが座っていたソファへと腰掛けた。
「お気になさらず。僕達も自分の立場はわかっています、あなたに上に逆らってでも僕達を呼んで欲しかったなんて言いませんよ」
「……君達が、友人なのは知っていた。すまない……」
リイクがユアナの頭の後ろ、シオンへと顔を向ける。シオンは彼に、口元に笑みを浮かべて頷きを返した。
「ですが先生、これだけは言わせてもらいます……」
リイクの表情から、笑みが消えた。
「友人とは、手を差し伸べ合うものです。僕達は友人を見捨てたりはしない」
シュンが目口を開き、ユアナがシオンへと振り返った。シオンがユアナへと微笑む。
「リ、リイク君……! しかし……!」
「あの男…… レラオンは世界を相手に戦おうとしているのですよ? 王子だの司祭の娘だの言っている場合ではないでしょう。無謀をする者には正々堂々、無謀で応えましょう。それが高貴たる者達の流儀です」
リイクは椅子から立ち上がり、まだ絨毯に座ったままのシュンへと寄った。
「シュン、たった二人だが仲間に入れてくれ。共に最悪を乗り越えよう」
シュンの眼前へと、リイクの右手が差し出される。
「いいのか? 俺は一人でもやるつもりだぞ?」
強がりだ、だが嘘ではない。シュンはリイク達が現れるその瞬間まで、ユアナを置いていくつもりでいた。
「馬鹿にするな、僕とて同じだ。君がやらずとも一人でもやる。彼女達も、今は同じ気持ちだと思うよ?」
リイクの後ろ、ユアナとシオンが笑顔を見せていた。まるでこれから、四人で遊びにでも行く時のように。
催促するように、リイクの手が揺れる。
「ならばどうせなら、みんなでやろうじゃないか。四人でやれば負ける気はしないだろう?」
シュンが右手を伸ばし、彼の手に重ねる。
「……ああ!」
そして固く、握った――
見上げるほどに大きな鉄の門。冷たく濡れた表面に添えた、グローブをつけた右手。
彼は壊すために当てた自らの手を、じっと見ていた。
「シュン…… どうした?」
動かない彼に、背中から金髪の少年の声がかかる。
それは変わらない、気品のある声。
「……いや、あの時から…… 始まったんだって、な……」
「……?」
シュンは門から手を離し、後ろへと振り向いた。
暗く厚い雲が覆う空、緑がかった眺望。越えてきた森を背に、小雨の下三人の友人の姿があった。
――あの日から、三週間。
傷ついた、仲違いもした。多くの戦いと、大きな試練を乗り越えた。
それはわずか三週間。だが途方も無く長い、少年達の日々。
そして彼らは今、この場所にいる――
少したくましくなった顔を上げ、シュンは彼らを見る。
「これで最後だ…… 今日この日で、決着する」
三人がそれぞれに、強い笑みを浮かべて頷いた。あの日と同じようで、もっと深く心に入り込むような笑みを。
シュンは門へと向き、右手をかざした。
青い光が煌めき、激しい輝きを散らす。
門は爆炎によって崩壊し、溶けた破片を撒き散らした――
「俺達は勝つ……! 学校へと…… あの毎日へと帰る! いいな!」
彼らは臨む。悪夢の日々、その最後の一日へと――




