24.煩わしき倍々ゲーム
翌々日―― 礼拝堂の入り口東側に設置されている狭いボックス席の中で、ダテはぐったりしていた。
『大将! 大将!』
呼び声に、うつらうつらと力の入らない目を開き、眼前を飛ぶ妖精を見る。
「――そういうわけで…… どうしても誇大と言いますか、嘘に嘘を重ねてしまうのが私の癖なんです、私はこのままではダメだと自分に言い聞かせるのですが――」
聞こえないように注意を払いつつ、ダテはあくびをかみ殺す。
『……聞く気ゼロっスな、大将』
『アホらしい、いちいち内容なんざ聞いてられるか……』
顔も見えない隣室からは、ひたすらに自分語りを続ける中年くらいの女の声がする。ダテはもうひとつ、あくびをかみ殺した。
~~
「えっ? 私が、ですか?」
「ええ、お願いします」
昼を一時間と前に往診より戻ったダテは、礼拝堂にてイサに捕まっていた。
午前中のダテの仕事。昨日は休みだったが、毎日と繰り返した往診の結果、村の中に診療が必要な患者がいなくなってしまっていた。そもそもの人口が少ない村内。老人も多いとはいえ、毎日と看て、毎日と治療を施さねばならないような患者もそうそういない。
なによりこの世界でのダテの魔法が、本人はいつものつもりでやっていたとしても少々以上に効果を出しすぎていた。今では巡回するポイントに人がいないことも多く、ただのスタンプラリー、オリエンテーリングにもならない散歩同然の仕事になりつつある。自然、教会への戻りも数時間と早くなってしまっていた。
需要と供給。供給が勝ちすぎた結果である。
「いつも担当してくれていた通いの方がしばらく来られないとのことで…… 是非にダテ様に務めをお願いできないかと」
雇い主が神であれ、仕事とは過酷な理不尽を強いる。早い仕事、良い仕事を行えば、解放されるどころかその量は次々と倍々ゲームとなる。
――「仕える」立場は、己と皆を守るためにやり過ぎない。
これはそんな労働者の基本である暗黙のルール、自らも労働力を提供する個人事業主であることを忘れた子羊への、神からのプレゼントだった。
「しかし…… 神父代わりとはいえまだ若い身ですし…… 私のような青二才が人様の懺悔を聞くなどと……」
「アオニ……? よくわかりませんが、お互いに相手はわからないようになっていますから、問題はありませんよ」
そう言ってイサは礼拝堂の入り口の隅を指差す。いかにもな感じの木目のボックスが一画に陣取っていた。
「……やったことがありませんが、出来るのでしょうか?」
「ご安心を。この務めは、言葉を差し上げることに意味があるわけではありませんから」
穏やかな微笑みに、抵抗の無意味さを感じるダテだった。
~~
『クモ、悪い…… 聞いてたなら要約してくれ』
『あい。えっとですね…… つまりこのオバサン、結構な嘘つきなんですな。全部が全部嘘ってわけじゃないんスけど、ついついと調子に乗ってつまらない嘘をホントのことに上積みしちゃうらしいっス。自分でも嫌気が差してるみたいなんスけど、どーすればいいのでしょーか? って感じっス』
『……ラジオにでも送っとけよ』
面倒この上無い仕事だった。年下の少年少女ならともかく、平凡であろうと自分より何年と生きてきた人間の悩みを聞くというのはなんとも煩わしい。
ダテは適当に、言葉が途切れたところで打ち切ることにした。
「ご自分で、充分に反省なされているようですね」
柔らかく、言葉を相手の話の合間に滑り込ませた。
「えっ……? は、はい……」
こっちの言葉を聞く気はあるのだなと、ダテは返答に救われた思いで続ける。
「ならば一つ一つ、過ちを重ねないようにこれからを歩んで行きましょう。嘘を重ねそうになれば一度言葉を切って、それが必要であるかを考えましょう。あなたに必要なのはそれだけだと思います」
「……そ、それだけですか……?」
「ええ、また重ねてしまっても、よいのです。重ねずに済んだ時が増えていけば、あなたも自らに理解出来るようになるはずです。見栄を張って嘘を作らずとも、ありのままのあなたであっても誰もあなたからは離れていかないのだと。神は人を自らに似たものとして作られました。誰もが誰も、生まれながらに神に等しい魅力を持っているのですよ?」
がたん! と、隣室から立ち上がる音が聞こえ、ダテの体がびくっとなった。
「あ、ありがとうございました! これから、頑張ってみます……!」
バタバタと、隣室の扉を開けて出て行く様子が聞こえてくる。音が止んだ暗がりの中、ダテは一つ息を吐いた。
『お見事っスな、大将。毎回毎回その口車はどっから出て来るんスか?』
『適当に言っときゃいいんだから適当なこと言ってるだけだ……』
――言葉を差し上げることに意味があるわけではありませんから。
イサの言った言葉の意味は、ダテからすればもとより理解出来ていることだった。悩みを打ち明けるということは、その重荷を誰かに背負ってもらうこと。要は聞いてもらえれば打ち明ける本人はそれで満足。乱暴に言ってしまえば、誰が聞いてようが聞いていまいが、この場にダテがいなかろうが、当人が口から吐き出すことさえ出来ればそれで務めは九割方終わっているのだ。
『ま…… これでも人の役に立つってんなら悪い気はしないか……』
無論、残り一割で面倒になることもあり、気の抜けない仕事ではある。だが、ここに入り込んでから訪れる客にはそれほど厄介なものを抱えた者はいなかった。牧歌的な村であり、複雑なストレスを抱えるような生活をしている者も少ないのだろう。
それでも人の悩みは止まらないのだが、幸いなことにここは「懺悔室」(「告解室」という方がふさわしいが、その言葉を知らないダテにはそう翻訳されて聞こえている)。さっきの客のように勘違いして相談を持ちかけられることはあっても、本来答えを求めてくる場になく、罪を告白する場だ。やってくる客のためにも、聞き流しておくだけでいいというスタイルを変える必要は無いように思われた。
『……せっかくだし、時間は有効に使わせて貰うか』
懐に手を入れ、手帳を取り出す。手帳には例の本に載っていた魔法式が写されていた。クモの放つ光を光源に、彼は手帳に目を通す。
『いいんスかぁ? 大将……』
『ああ、お前が聞いとけ。さっきみたいに要約してくれりゃ、後は俺が適当に締める』
『……ありがたみ無いっスなぁ』
魔法式の発見から、二日がかりで空いた時間を解析に回したダテ。未だ全貌は明らかにならずとも、新たな発見が無いわけではなかった。
『やっぱり、おかしいな……』
『……? 何かわかったっスか?』
『……必要な魔力が多すぎる。封印の威力が大き過ぎる点から見ればわからないでもないが、そもそもこんな魔法、やり方がわかったところで誰も発動出きんぞ』
日を空けて今朝に見つけた問題点。基本にして基本である問題は、更なる謎を彼に与えていた。
『でも、大将やってたじゃないスか』
『俺を「誰も」に含めるなと言いたいところだが…… 正式なのは俺にも出来るかわからん。かなり偏った、莫大な『聖なる魔力』が必要なんだ』
『え? じゃあ前に大将がやったのって……』
『あれは軽く再現しただけだ。あの本に書いてある通りなら威力はあれの数百倍になる』
『マジっスか!?』
ただの石ころとはいえ、人の頭ほどあった石を完全消滅させた魔法。ぞっとしない規模の封印魔法だった。
『き、気になることが多すぎるっスね…… 今回……』
『だな…… 月の合わさり方を見る限り、あと数日で終わる仕事なんだろうがまだまだ先が見えん。何か結構、ネタが揃いつつある予感はあるんだが……』
アーデリッドへの来訪、アロアとの出会い、『合月魔法』の存在、迫る合月、そして――
「……!?」
これまでを回想し始めたダテの知覚に、まさかの力が触れた。
力は教会の中へと入り、そのまま歩み寄り――
『マジか!? なんで……!?』
『大将!?』
唐突に慌てたダテの目線を、クモが追いかける。
――その目は、『隣室』へと向けられていた。




