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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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23.麗しき少女の降臨


 夜の空をしなやかな黒い人影が進む。外周を触れ合う双月が、そのシルエットの輪郭りんかくを白く浮かび上がらせていた。


「なんて軽さなのかしら、体が無くなったよう……」


 眩く輝く双子の月。その光を受けるほどに魔力が溢れ、今まで味わったことのないような容易さで体が宙を走る。

 やがて彼女は目的地である、ルーレント教会の上空へと辿り着いた。


「いつ見ても綺麗な建物…… ここに、いるのね」


 目を瞑り、教会の中にある「力」を探る。教会の西側から、二つの力を感じた。


「二つ……? そうか……」


 小さな力と、大きな力。事前に父親から説明を受けていなければ戸惑うところだった。


「勇者の仲間…… 場所が近すぎる。少し離れてはくれないかしら……」


 二つの力と、特に力は感じない普通の修士達。皆が西側に集まっていた。力を持たない者達は問題にはならない。だが、林に爪痕を穿うがった『聖職者』。どのような人物なのかはわからないが、その存在に察知されることだけは避けたかった。


「偶然動くまで…… 月でも見てようかな……」


 動きにくい状況、しかし教会に入り込むことに手段が無いわけではなかった。ただ、気が乗らない、それゆえの逃げだった。やれと言われた以上、やらなければ怒られるかもしれない。でも言い訳は見つかった。

 今日の自分の動き一つで、計り知れないほどの年月を越えて続いてきた一族の悲願は達成される。それはわかっている。使命感も責任感も、一族への想いも十二分にある。だが――


「やだな……」


 ぽつりと一つ、月へと呟く。全てを見守る彼らは、何も答えてはくれなかった。

 長々と、それでも双月を見つめる彼女。その表情には美しいものを目にする法悦と、寂しげな憂いがたたえられていた。


「……!」


 彼女の意識が下方に向く。探っていた力に動きがあった。


「小さい方が…… 動いてる……!」


 彼女の自我を、十二分にある使命感と責任感が打ち消した。

 注意深く見守る小さな力。それは建物の西側から移動し、中心の高い部分、礼拝堂の中へと移動していった。

 瞬時に下降を始め、彼女は中心部の建物の屋根へと降り立つ。礼拝堂の中、正面の大きな扉の方へと向かった小さな力は、そのまま外へ出るのかと思いきや動こうとはしない。


「一人になった……?」


 長くその場へと留まり続ける力。

 これはチャンスではないのか、今すぐに行くべきではないのか、そんな逡巡を続ける彼女を待たず、力は唐突に、きびすを返して建物の西側へと戻ろうとする。


「いけない……!」


 夜中に少し起きてきただけであれば今夜はもう機会は無い。そんな想いが彼女を焦らせた。屋根伝いに侵入経路を探す目の前には天窓、彼女はその窓ガラスを――


「待って……!」


 勢いよく蹴破り、破片とともに中へと飛び込んだ。


~~


 あらぬ方向を見て呟くダテに妖精が身を浮かせ、彼の元へと飛んだ。


『なんスか? 大将…… なんかあったっスか?』


 答えず、ダテは目を瞑った。意識を集中させている様子が見られ、クモはそれ以上の追求をやめる。しばらくの時を置いて、ダテの目が開かれた。


『覗き見…… じゃないな。純粋に力を探っているか……』

『な、なんかいるんスか?』


 真似をしてクモも天井を見るが、天井は天井だ。

 無意味なことをやっているクモを見るともなしに、ダテは扉へと歩む。


『あ、待ってくださいっス!』


 扉を開け、ダテとクモは廊下へと出た。


『大将?』


 不敵な笑顔とともに歩くダテ。長年連れ添って来たクモには、それが何かを思いつき、実行している時の顔だとすぐにわかる。


『たまに感じていた力だが…… この辺りにはどうやら強い暗黒の力を持ったやつがいるらしい』

『暗黒の!? 魔物じゃなくてっスか!?』

『魔物っちゃ魔物だ。見方によってはな…… とにかく今、そいつが真上に来ている』

『えっ!? 狙われてるっスか!?』

『多分な…… 力を探っていた。俺か、アロアか、俺も知らない教会の何かか…… ここに用があることは確かだ』


 会話をしながらダテは、力強い表情とは裏腹に妙にゆっくりとした動作で歩き続ける。


『どうするんスか? 大将…… ふんじばりますか?』

『それもいいが…… 今はとにかく向こうの狙いを探ってみる』

『……? どうやって……』


 廊下から礼拝堂へと繋がる扉の前へと出る。


『相手さん、力を探っているのはいいんだが動かないんだ。なんらアクションも無しに、ただ空に張り付いている』


 夜にふさわしく、ダテは静かに扉を開き、礼拝堂へと入った。


『……ひょっとして監視ってやつですか?』

『かもしれんが、近くに似たような力は感じない。寝静まって誰も動かないだろう教会を一人で監視するのは意味が無さ過ぎる。つまりは何か狙いがあって、それも機会をうかがう形で上に留まっているんだ』


 まっすぐに礼拝堂奥の祭壇へと向かい、祭壇から直角に体の向きを変え、入り口の扉を向く。


『クモ、上空から力を探ったとして、この場所で大きく反応するのは?』

『……? そりゃ大将でしょ』

『もう一人は?』

『……アロアちゃんっスか?』

『そうだ』


 ダテは革靴を鳴らし、クモをおいて紫の絨毯を入り口へと歩む。


『この場所を探っている以上、俺の存在はもう知っているだろう。なら、二つの力が合わさっているところにわざわざ何か仕掛けてくるバカはいない。こっそりとどちらかに何かを仕掛けるつもりなら、反応が別れた時を狙いたいと思うだろうな』

『えっ……? じゃあ…… こうしてる今って狙い時じゃ……』

『アロアは力の制御が下手で、抑え方どころか普段の自分がどれだけの力を撒き散らしているかも知らない。対して俺は、実力を隠すために漏らす魔力は最低限に抑えてある。相手の持っている情報次第だが、今の俺は相手から見て、高い確率で弱い方として見えているはずだ』


 革靴の音が止み、ダテが入り口の扉を前に止まった。彼は足を踏み換え、振り返ってクモへと向いた。


『つまり…… 今この場に何かあればアロア、アロアの部屋に何かあれば俺、何も反応が無ければそれ以外の何か…… それが相手の目的となる』


 ちらりと、ダテの視線が天井へと向けられる。彼の中では、すでになかば答えが探られていた。ダテは懐に手を入れ、丸く平べったい時計を取り出した。


『……? 懐中時計……? 何するんスか?』


 時計に目をやったまま、ダテは答えることも動くこともしない。

 カチカチと、機械式の秒針が手の中を周り続ける。


 そのまま、五分――


「よし…… 充分だ……」


 トントンと、ダテが軽く垂直跳びを見せた。


『大将? 何かするんスか?』

「ん……?」


 クモの言葉ににやりと微笑みを返し、彼は天井を見上げる。


「こうするのさ!」


 ダテは軽い足取りで、元来た道を小走りに戻り始めた。



 ――「待って……!」



 上方から高い音色の破砕音が鳴り、輝く破片とともに黒い人影が降る。


 ――乗ってくれたか……!


 成功確率は良く言っても半々以下、うまく乗ってくれれば有り難い。いつもそんな程度の読みに確信が持てる自分をおかしく思いつつ、褒めてやりたくもなる。自分が動き出した時から相手に動揺が生まれて、ここに来て気配が屋根の上に移動した時にはいけそうだとは思ったが、少し焦らしてやっただけでここまで簡単にかかるとは思ってもみなかった。

 西側通路への扉、その前まで走り抜けたダテは、ゆっくりと人影へと振り返る。


 高い窓を突き破り、祭壇の後ろ側から飛び込んできた人影――

 全身を黒く、タイトなミニドレスに包んだ少女は月光に白金、プラチナブロンドの髪をさらし、散らばり煌めくガラス片の中、かしずくようにして体を支えていた。

 思わずとその幻想的な光景に目を奪われたダテは、美しさとあどけなさを競合する目の前の少女に、ある種の確信を持つ。


 ――なるほど、人間じゃない。


 少女が動きを見せ、何事もなかったかのように身を起こし、立ち上がる。高貴を感じさせるたたずまいが嫌味を感じさせないほどに容姿に合っていた。


 ダテは扉際の影から、月光の当たる床へと踏み出す。

 少女がぴくりと革靴の足音に反応し、ダテへと体を向ける。


「こんばんは…… あなたが選ばれしどう――」


 何か言いかけた少女が目を見開くのがわかった。あてが外れたのだろう。ダテはそう思い、優しげな笑顔を持つ、噂の『聖職者』にして教会の修士の体で彼女に振る舞う。


「ええ、こんばんは、お嬢さん。当教会に何かご用ですか?」


 残念だが、お前の目論見は完全に失敗したぞ。そんな皮肉を交えた慇懃いんぎんな振る舞い。うろたえるであろう彼女の次の行動を予測し、舌戦に至るか、実戦で圧倒するかを示唆しさする。


「え…… あ……」


 だが、次の彼女の言動は、完全にダテの予測の範囲外だった。


「え? え? あ、あの……」

「……?」


 ――ぼふっ、と昭和的表現で彼女の頭部から煙が上がった。


「ああああわわ、ご、ごめんなさい! すすすいません! わわわわたし……!」

「えっ?」


 高貴で優雅で、幻想的な雰囲気を持つ少女―― だったものが顔を真っ赤に慌てふためき、何もない床で足を滑らせ、派手に後ろにコケた。


「えっ? ええぇ?」


 予想外。既に戦闘態勢を整えつつあったダテが心理的おいてけぼりを喰らい、間の抜けた驚きをあげた。そんな彼の前に、妖精が飛び込む。


『大将!』

「……!」


 ぐっ、と自分の胸の辺りで両の拳を握り込むクモ。しっかりしろっス! そう言われた気がして、ダテは真面目な顔を取り戻し、クモにうなずきを返す。


『黒っス! しかと見えました!』


 ダテは優しく笑いかけ、サッカーボールキックで妖精をシュートした。


「い、いたた……」


 天窓の高さから着地しておいて何をという感じだが、年端もいかない感じの少女がコケたことは事実なので、ダテはとりあえずいたわりの言葉を出してみようと思った。不審な相手ではあるが、コケた場所が心配なのもある。


「大丈夫ですか? ガラス片は大変危険です。お怪我などはありませんか?」


 ぺたりと座り込む少女に歩み寄り、ダテが手を差し伸べる。


「あぁっ!? ひゃい!」

「ひゃい……?」


 明らかに常軌を逸したスピードで少女が後ろに跳びすさり――


「……!?」


 ダテは目を剥いた。少女は突然に、背中より大きな『羽』を現わし、礼拝堂に浮き上がろうとそれをパタパタとやりだした。


「ささささようならぁ……! ご、ごきげんよぅ……!」


 顔は真っ赤に、目はぐるぐるな感じで少女が天窓へと昇っていく。確かに黒だったが、そんなことはどうでもよかった。


「お待ちください! あなたは……!」


 必死に呼びかけるダテを少女の目が捉え、まだ上があるのかというくらい真っ赤になって少女は飛び立っていった。


「……えぇ~?」


 ダテは追いかけることすら忘れ、呆然と『手がかり』を見送っていた。


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