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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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22.小さき手に宿る指先の舞

「あっ、ダテ様ー!」


 夕日に赤く色付く教会へと戻ってきたダテに、無駄に元気に手を振って、パタパタと忙しなく近づいてくる修士の姿があった。


『揺れてるっ! 揺れてるっス!』


 なぜか大興奮のクモに『黙れおっさん』と思念を飛ばしつつ、ダテは襲撃に身構えた。


「おかえりなさいです! 魔物は捕れましたか!?」

「い、いや…… 捕るものでは……」

「お怪我はないですか? ちょろっとだけなら回復とかできますよ?」

「私も出来ます……」


 接近してきて早口でダテの前で動き回るノナ。しかも距離が近い。おすわりを要求したくなる心持ちだった。


「そうそうそう! そうでした! ダテ様! こっちこっち!」

「えっ? な、なんですか……?」


 いきなりダテの手を取り、引きずりだすノナ。待てを要求したくなる心持ちだった。


「えっへっへー、なんと今なら面白いものが……」

「……?」


 ノナは教会正面、礼拝堂への扉を前に、振り返っていたずらな笑顔を見せる。

 その後ろで、扉がガチャと重い音を立てた。


「聞こえてるぞ」

「えっ? あ…… あれ?」


 ノナに比べると色々ちっこい青いのが半開きの扉から覗いていた。彼女はダテの姿を見とめ、外へと出て来る。


「おうダテ、戻ったか。どーだった? 怪我したか? ……ってするわけないか」

「ええ、しませんとも。残念ながら」


 ダテは手を広げ、当たり前だろとばかりにかぶりを振る。ちなみに怪我をした場合、アロアは喜び勇んで回復魔法を使おうとするだろう。成功確率はこれまでの練習から推定するに七割。三割でアフロになる。


「……お前そのきしょい喋り方はなんとかならんのか?」

「なんのことでしょう? これは地ですよ」


 慇懃いんぎんにすっとぼける。彼の演技の才能は並なのでそろそろとボロが出そうなものだが、今のところ教会内では当初の物腰柔らかな修士ヅラは保たれていた。


「まぁいい…… かまわんから入ってこい」


 体を反転させ、アロアは再び扉の中に戻ろうとする。


「えっ? いいの? アロアちゃん」

「いい、もう練習は充ぶ―― い、いや、どうせ明日になったら見せる―― 見られるもんだしな!」


 何を泡食っているのか、一度ノブで手を滑らせた後、彼女は中へと戻る。開いた扉にノナが続き、その後ろにダテが続いた。


「おっ……!」


 いつも清掃の行き届いている礼拝堂だが、今日は普段よりも輝いて見えた。

 祭壇にかかったクロスは真新しい物に取り替えられ、並べられた長椅子は丁寧に均一に配置され、祭壇までの道には普段敷かれていない、紫の絨毯が続いている。


「なるほど…… 豊穣の日の準備が整っているのですね……」

「はいー! ダテ様が仕事の間…… と言っても午前中の往診中には出来てたんですけどね。みんなでがんばって用意しました-!」


 褒めろ。愛でろ。そんな空気が伝わってくる。ハッハッハッハッハ…… という呼吸音が聞こえてきそうだった。


「お、お疲れ様です…… せっかくの男手なのに、何か手伝えればよかったですね。見事なものです、素晴らしい手際ですね」

「あー! 慣れてるんで大丈夫です! 祭事って毎月のようにありますから!」


 そう答えながらも、彼女は嬉しそうだった。


「おい! ノナ! こないのか?」


 礼拝堂の左奥から、不満そうな声がかかる。


「あー! ごめんごめーん!」


 パタパタと、忙しなくノナがアロアの元へと走っていった。ダテはやれやれと、彼女のダッシュによってシワの寄った絨毯を軽く直し、そちらへと近づいていく。

 アロアは一人掛けの椅子へと肘を置いて突っ立っていた。椅子の前方には、ここへ入って何度となく目にした机大の楽器、オルガンが座す。


「オルガン……? 弾くのですか? 誰が?」


 そこにあつまった彼女達の顔を見比べながら、ダテが言った。オルガンは大きいが物置ではない。お世辞にも「まさか」な人選だった。


「誰がって、わたしに決まってるだろ。ここではイサとわたし以外は弾けん」

「えっ? マジか……?」


 まったく似合わない、思わず素に戻っていた。


「なんだ!? わたしが弾いたらなんかおかしいのか!?」

「い、いえ…… おかしくは…… ないです」


 ものすごく怪訝な顔をしたダテが気に入らなかったのか、ものすごい勢いでアロアが詰め寄った。


「ふん…… まぁ見てろ」


 プイとそっぽを向いて椅子に座り、軽く引く。座った瞬間にスッと伸びる背を見る限り、確かに何か様になっているようにも見えた。

 ダテの翻訳魔法でそのまま伝わる通り、目の前の鍵盤楽器は間違いなくオルガンだった。異世界であろうと人が人の形をしている世界では、かなりの割合で似通った文化というものが存在する。世界や神族の趣味が似通っているという説や、人類の想像力が至る道が同じという説など様々な説を聞いてきたが、それもこれまでダテが聞いてきた話に過ぎず、確証もなければ確かめる方法も無い。

 ともかく今ダテの前、アロアの目の前にはオルガンが、いわゆるリードオルガンと呼ばれる運べるタイプのオルガン。それのかなり大きめの物が置かれていた。


「小学校以来だな……」

「ん? なんか言ったか?」

「いや……」


 思わず口を突いて出たダテの独り言を流し、アロアがオルガンへと向かう。


 ――アロアの周囲の、空気が変わった。


 複数の鍵盤に指が乗せられ、オルガンの風箱が和音を礼拝堂に響かせる。音色は重く、柔らかに、聞く者の体を包み込むように流れ、大気に振動を与えていく。

 奏でられるは神への讃美。まさに神性と呼ぶべき作り物のように人の呼吸を真似、無限の息を吐く吹奏楽器は寸分違わない均一なロングトーンを伸びやかに、伸びやかに斉唱し、人々が集う神の学び舎を音の絵の具で塗り替えていった。


 奏者の動きが止まり、音の無い終局にまでテンポを刻み、演奏が終了を迎える。


「お、おお……」


 何か言おうとしたが、ダテは言葉が発せなかった。圧倒的。熟練の演奏から、演奏者の普段とのギャップ、オルガンの見ため以上に盛大な音量、ホールとしての礼拝堂の効果。何もかもが圧倒的過ぎてどう反応していいのかがわからなかった。


「わー、やっぱりすごいですねー、アロアちゃん」


 ノナが感心したように手を叩く。


「ふふん、どうだ。バカにする気にもなれないだろう?」


 ご満悦という表情でニンマリとダテに向かい、両腕を腰に胸を張るアロア。その頭に、ぽんっとダテの手が乗った。


「お前、すげぇな……」


 ぐりぐりぐりぐり、と結構強めにダテの手が頭部をなで回した。結構強めにコキコキコキコキと首やら肩やらが鳴った。


「やめろっ! 痛いわっ!」

「いや、すげぇ、お前すげぇよ……」


 素直に感動したのか、早々にはやめてくれなかった。ダテが素なだけに、痛い。


「やーめーろー!」

「あっはっはっはっ……!」


 痛いやら褒められ慣れないやらで涙目で真っ赤になるアロアに、ノナが大笑いしていた。



~~



 その夜―― 二十一時頃。


『いやぁ…… すごかったっスね。アロアたん』

『びっくりしたな、人間一つは取り柄があるもんだ。って、たんってなんだ』


 皆が寝静まったであろう時間。ダテは自室の窓辺に置かれた机に向かって手帳を開き、安いボールペンの柄で自らの額を小突いていた。その脇には開かれた紫の本。

 軽く伸びをし、ベッドでごろごろしている妖精の方へと体を向ける。


『まぁ、なんとなくはそういうこともあるんじゃないか、とは思っていたけどな』

『ほぇ? そうなんスか?』

『昼間の回復魔法の練習中、腕を持たせるだろ? あいつが握ってくる時の感触だが、指先だけが妙に硬いんだ』

『おお、何かやってる手ってやつっスね!』

『ああ、あいつのイメージとは結びつかなくて、まさかオルガンだとは思いもしなかったけどな』


 ダテはクモに向けていた体を机へと戻した。


『うんうん、かわいいもんスよねぇ…… やっぱ女の子は鍵盤っスよぉ~……』

『……お前意外とムサイおっさんみたいな趣味してるよな』


 姿形こそちっこい人形みたいな女の子であり、心はオンナノコを自称するクモだが特に性別は無い。イケメンよりもダンディが好きなようだが、かわいい女の子は輪を掛けて大好物なようだった。


『はかどってるっスか? 大将』

『ん? ああ……』


 手元の手帳にダテは目を落とす。


『……ダメだな。イマイチってところだ』


 紙面は未だ真っ白だった。


『あらら、大将らしくないっスね…… 学校的な勉強は全然なのにそういうのはやたら強いのが大将なのに……』

『魔法式の解析ってのは理論よりも閃きだからな…… どうにも今の俺は色々凝り固まってるらしい。なんかきっかけがあれば正体も掴めそうなものなんだが……』


 ダテは小一時間と例の『合月魔法』の式と格闘していた。一見して失敗作にしか見えない封印魔法。その正確な正体を探るために。


『なんだろうな、これ…… 魔法の方向性はわかるんだが、無駄な式が多すぎる気がするんだ』

『無駄な式っスか…… なんでしょうね? 隠された効果とか…… 単にブラフとか?』

『どっちも言えるな……』


 手帳と本を閉じ、ダテが立ち上がる。椅子がガタリと音を立てた。


『……? 終わりっスか?』

『ああ、今のところはこれくらいが限界だ。祈りやら往診やら…… ここに来てから結構お疲れだしな、今日くらいはさっさと寝よう』


 のろのろと、ベッドへと歩む。


『じゃ、寝ましょうか』

『おう…… ってお前、何マクラ元に移動してんだ。とっとと体に戻れよ』

『え~? たまには一緒に寝ましょうよ~』

『……朝起きて轢きつぶしてても知らんぞ?』


 微妙に恒例になっているたまにあるやりとり、その最中に、ダテの感覚が何かを捉えた。


『……? どうしたっスか?』


 ――ダテは目を、天井へと向ける。


『来たぞ、クモ…… ようやく「仕事」が動きだした』


 その確かな感覚に、ダテは力強くほくそ笑んでいた。


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