21.今日清き林の中での考察
村外れの林。今は清々しくも感じる魔物の出没地帯にて、ダテは木にもたれて本を読んでいた。彼の足下には人一人寝そべられるほどのサークル。術式を描かれた六芒星が青白い光を放っていた。
邪気祓いの結界―― 害を成そうとする者を遠ざける結界だった。
「うーん……」
本が閉じられる。装丁は紫。
「どうです? 大将」
読んでいる間、木の実を物色したり変な虫を追いかけ回したりと、好き放題な時間の潰し方をしていた妖精が声をかけてきた。
「前に見た時にもそんな印象があったが、やっぱりこれはただの魔法書だ。魔法の使い方をまとめたってだけの本だった」
「そうっスか…… 何か新しい発見は?」
「そうだな…… あえて言えば、こいつはドゥモ教…… それもこのルーレント教会専用の本だったって話か」
「専用……?」
「イメージ系の魔法の書かれ方に、何度となくこのアーデリッド地方の地名が出て来るんだ。この魔法をイメージする際にはナントカ山のナントカの杉を想像して…… みたいにな」
「えらくローカルっスなぁ…… それってテレビでたまにある首都圏ネタくらい、当然みたいに言われてもそんな道路も駅も知らないっスよ! ってあるあるな気分になっちゃうやつじゃないスか?」
「ま、まぁ…… そうだな、だからこそ、ここの教会専用だと言えるんだ」
「なるほど~」
相変わらずこいつの知識は偏ってるなと、テレビはBGM派のダテは思う。
「で、残念なことにこいつはただの魔法の手引き書なんで、せっかくルーレント教会専用だってのに歴史的背景やらなんやらはバッサリとカット、魔法そのもの以外はわからん」
「あら~…… 空振りっスか……」
パラパラと、ダテがページを開き始める。
「ん…… ここだ」
「ほい?」
ダテが開き、指を差したページをクモが覗き込む。
「見てもお前にはわからんだろうが…… ここにな、『合月魔法』が載ってるんだ」
「ほうほう…… って、読めませんが…… ん? これ…… 祝詞っスか?」
「ん、まぁそうだな、呪文っていうよりは相応しいか」
異世界人には判別出来ない文字の羅列。ページの中程に、スペースを充分に取り、その部分が口語だとわかるような強調をされた一文があった。
「『空に真の姿を取り戻せし神よ。我らルネスの民は蒼空と黒を心に、あなた達と共に歩み、望まれるままの全うを願います。あなたの望みのままに、安寧を与え、争いを無くし、悠久の世界をもたらすことを我が意を持って全うします』――」
「あれ? それって……」
「ここの祈りの言葉に似ているが、ちょっと違う。合月の時のみ使える魔法ってのはいくつかあるみたいだが、「イメージ」じゃなくて「術式」だそうだ。この祝詞はその中でも、最大級の魔法に使われるらしい」
「へぇ…… って、口にしちゃって大丈夫なんスか?」
「魔力を込めなけりゃ大丈夫…… つーか、今お前とは日本語で話してるからな、込めたって何も起こりようがないさ。これだけ複雑な祝詞だと、翻訳を介しても無理かもしれん」
言いながら、ダテは次のページをめくる。そこには今ダテが乗っているような、術式の描き込まれた六芒星が記載されていた。
「そんで、こっちが式な。こっちも結構に複雑だが、読めないことはない」
「式」とは数学や物理よろしく、その魔法が起こる課程を記述したものである。魔法書において大きな「術式」魔法の際には、読み手の理解を深めるために記載されていることが多い。
「こりゃこりゃ、わざわざ書いてあるなんて親切っスなぁ……」
「この世界の魔法式は一般的で助かる。妙に進んだ世界だと二進数やらプログラムコードやら、パッと見じゃどうしようもないものもあるからな……」
「ふむふむ…… で? どんな魔法なんスか?」
「ん? ああ…… そうだな…… ちょっとやってみるか」
「え? 出来るんスか? 合月じゃないのに?」
「式を見る限りはな……」
ダテが立ち上がり、クモが少し離れながら上昇する。
目の前に転がっていた直径三十センチほどの石に向け、ダテは目を凝らした。
――片手を前にかざしたダテの手が流れるように様々な印を組み、数十回の印を超えて人差し指と中指を上へと立てた状態で静止する。ほどなく、指先に白い光が集まってきた。
「はっ!」
気合いと共に光が消失し、空から降った一本の細い光が石に落ちる。
石は白い光に包まれ、白い円の中へと姿を消していき――
光が収まり、何を残すこともなく消滅した。
「……? 消えちゃったっス……」
「消えたな…… ものの見事に」
最大の『合月魔法』。使ってみた結果は地味だった。
「大将? これ、なんなんスか? 失敗?」
「いんや、これであってる。祝詞は使っていないが、式を再現するなら結果はこうなる」
「でもなんか…… へちょいというか……」
「そう見えるだけだ。どうやら封印魔法のようだからな」
「封印……?」
封印魔法とは長くその地に術式を残し、対象を封じ込める魔法を言う。封じ込める物を用意したり、術を強化するための道具が必要であったりと、大がかりで困難な術式のものが多い。
「これは魔法をかけた相手を聖なる光の中へと封じ、暗黒の力を消失させる魔法だそうだ。どこかに閉じ込めるとかそういうのじゃなくて、単純に相手の力を霧散させるタイプの封印魔法だな」
「ほぇー、じゃあ弱体化みたいなもんっスね」
「だな、それの強烈なやつだと思えばいい」
なるほどなるほどと、二回ほど頷くクモ。その顔がダテに向き、傾げられた。
「……? でも石、消えちゃったっスよ?」
ダテは眉間にしわをよせた。
「……うん、俺もなんで? って感じなんだが。この魔法…… 作ったやつがどういう趣味してんだか威力が高すぎるんだ。はっきり言うがこんなもん封印魔法とは呼べん。式通りに使っちまったら対象は封印される以前に高圧縮された聖なる力の前に、ああなるだろうよ」
「うぇぇ……? そんじゃただの攻撃魔法、っていうか即死魔法じゃないスか……」
「そうなんだよな……」
額に手を当て、ダテは前髪を掻く。謎過ぎる魔法の仕様に、どうにも頭がすっきりしない感じだった。
「ひょっとして、『合月魔法』なだけに、合月の時に使うと何か違うとか……」
「さぁな…… まぁせっかく借りられたんだ。しっかり解析してみる」
「なんだか微妙な感じっスね…… その本とか魔法とか、重要なんでしょうか?」
「意味はあるとは思うが……」
あの夜に棚に戻した本。翌日にダテは真正面からイサに貸し出しを頼んだ。この教会でアロアを除く、現状一番の要人の反応を伺うためだ。
何か彼女が、ダテの「仕事」に関わるような事情を持っているとすれば、この本を絡ませることによって何か見せてくれるかもしれないと、半ばカマをかけるようなつもりだった。
だがイサは快く、諸注意も無く貸し出してくれた。心の読めない人物ゆえに判断は難しいが、正直肩すかしだったことは否めない。
「……もう一冊の方はどうにもならねぇしな」
青い本。小さな情報でも欲しい今、そちらが読めないことが悔やまれる。
「読めないってことは、読まなくても解決には関係無い…… そういうことなんだと思いますよ。大将には残念でしょうけど」
「……だろうな」
「なんなら私が…… いえ、すいません。無理っスよね……」
「ああ、それを考えただけで目眩が来た。無理だろう。ここやアロアを放りだすわけにもいかん、忘れるさ」
ダテは軽く頭を振って、懐から懐中時計を取り出した。
「……そろそろ戻るか、もう夕方だ」
「あい」
魔方陣を足で揉み消し、ダテは帰路に着いた。




