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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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17.古き知識を求めて


 食後、一日の終わりを飾る祈り。最後の仕事を終えたダテは自室にてベッドに横になっていた。教会の就寝は早く、二十時を前にほとんどの修士達は眠りに就くが、彼は別に寝ようというわけではなく、ゴロゴロしているだけだった。


「ん…… やっぱ電波は無しか」


 開いて見た携帯電話、画面左上にはこの世界に来てから微動だにしない「圏外」の文字が躍る。


『繋がらないんじゃただの時計っスね、壊れないようにしまっといてもいいんじゃないスか?』

『ああ、それもそうだな……』


 すでに一ヶ月。最近では日照にっしょうの感覚で今のだいたいの時刻は察せられた。誰かの目に留まっては面倒な代物でもある。

 携帯を持った右腕を上げ、中空に『吸い込ませて』いく。紫色の切れ目を見せる空間の中、ダテは腕をごそごそとやり、やがて引っ張り出した。


「ふーっ!」

『うわわっ……! だから埃スゴイですって! 掃除してください!』


 手についた埃に息を吹きかけ、飛ばす。


『……? なんスか? それ……』


 埃を払ったダテの手の上に、携帯の代わりに銅製の平べったく丸いものが乗っていた。


『懐中時計だ。昔貰ったのを思い出した』

『おー…… ってそんなことありましたっけ?』


 それには答えずダテはフタを開き、上部のダイアルを回し始めた。


『携帯はいらないにしても、ここでははっきりした時間はわかっといた方がいいからな』

『あー、祈りの時間とか、大将が守れないんじゃ示しがつきませんもんね』

『そういうことだ』


 機械式の古くさく味のある、時を刻む音が流れ始める。


『んー、いい音っスな』

『悪く無いな。持ってて不自然じゃない場所なら使ってもいいかもしれん。いちいち巻いてやらんと止まっちまうのが難点だが』


 時刻は二十時半。そろそろと皆が寝静まっておかしくない時間だった。


『さて、じゃあ行ってみるか』


 ほんの何気ない会話に現われた小さな『キーワード』。

 「気取り」ではないプロとしての勘が、それに興味を持たせていた。


~~


「はっ……!」


 むくりと、床にうずくまっていた青いカタマリが身をもたげた。


「い、いかんいかん、眠ってしまったのか……!」


 祈りを終えて部屋に戻り、床に座ったところまでは覚えている。慣れない練習の疲れか、慣れない相手と一緒にいすぎた疲れか、気づけばそのまま眠っていたらしい。


「……いかんってこともないか、寝る時間だ」


 床をめがけ、ぽてっと横になる。ひんやりとした床が顔に当たり、再び――


「はっ!? いかんいかん! アホかわたしはっ!」


 寝ぼけていた思考を無理矢理正常なものに戻す。着替えていないどころかベッドを目の前に床で寝ようとしていた。

 目を覚ませとばかりに、被ったままだったベールを脱ぎさる。短く整えられた白い緑色の髪が露わになる。


「む、むぅ…… ちょっと汗くさいか……?」


 思えば今日は冷や汗だのなんだの、色んな汗をかいた気がする。思わずベールを嗅いで、確かめてしまった。


「もう暗いし入浴は出来んが、顔くらいは洗ってこよう……」


 アロアはベールを片手に、自室の扉に手をかけた。


~~


 ルーレント教会は一番屋根の高い中央に礼拝堂を挟み、東西に別れた横長の建物だ。東側は応接や執務室など、業務に関わる場所が置かれており、西側は修士達の居住空間となっている。

 ダテは薄ら寒くも感じる暗い礼拝堂を越え、東側に来ていた。


『確か…… この辺りの部屋だったな。おっ、ここだ』


 ドアの先を「透視」し、ダテの目が目的の部屋を捉えた。別段開かずの間というわけでも秘密のある部屋というわけでもなく、鍵はかかっていない。

 扉をくぐると、むせかえるような本の匂い。その場所は教会の書庫だった。


『んー、暗いっスなぁ』

『じゃ、お前が出てこい』

『いいんスか?』

『別にかまわん。ランプ点けるのも面倒だし、俺は本を見に来ただけだ。誰に見つかったところでなんてことはない』


 煙とともに妖精が現われ、羽から舞うほのかな光の粒子が辺りを照らす。本を読むには難しい明るさだが、ダテは僅かな明かりでも周囲を見られる魔法を常態化させている。充分な光度と言えた。


『ああ、言っとくが人が来たら消えろよ? お前が見つかるのはさすがにまずいからな』

『……見つかるのはやっぱまずいっスか?』

『今回ばっかりはな、宗教ってのは繊細なんだ。アロアは大丈夫だったみたいだが、お前の存在が何かに触れるとなると下手すりゃ追い出されかねん』

『む~…… ちょっと退屈っス』


 基本出たがりの妖精は不満そうだった。出ることを許可されていない時は話しかけてくる頻度ひんどが上がる。上がったところで元々が高いのでダテとしてはどうでもいいことなのだが。


『さてと……』


 両手を本棚に向け、ダテが魔力を集中し始める。手のひらに白に近い灰色の魔力―― 「時空」属性の魔力が集まり、薄いもやが霧のように棚中の本の背表紙をなぞる。「解読(ディサイファ)」の魔法が効果を現し、意味不明な文字の羅列が「日本語」へと塗り替えられていく。


『どうスか大将?』


 ダテの目には日本語として映るそれは、彼以外には変化はわからない。ある程度の魔法効果や感覚を共有出来るクモにおいても、変化を確認出来ない魔法だった。


『ん~…… やっぱ宗教関係の本やら、児童書が多いな』

『じどうしょ?』

『子供向けの本ってことだ。安息日には子供への本の読み聞かせなんかもやってるってイサさんが言ってたろ?』

『あ-、そーいえば』


 自分がその役目を仰せつからないことをドゥモの神に祈りつつ、ダテは目を泳がせていった。

 農耕、牧畜―― 歴史、経典―― 植物図鑑、魔法――


『あった……!』


 ダテが一冊の、紫で染められた本を棚から引き抜く。本棚全体を覆っていた解読(ディサイファ)の魔法が集束し、ダテが手にした本のみを囲んだ。


『おー、それが多分、アロアちゃんが言ってた本なんスね』



 ――魔法の本だって古くて難しすぎて誰も読めないようなやつが二冊くらいしかない。



 昼間、回復魔法を教える前、確かにアロアはそう言っていた。


『でも大将、本なら都のでっかい図書館でたっくさん読んだっしょ? 「仕事」のためとはいえ、こんな田舎でまで読まなくても……』


 趣味としての読書、ダテにはそんなものは無い。彼がむさぼり読むのは極めて実践的な「魔道書」や「秘伝書」の類いだ。彼の世界ではまず見られない異世界特有の書物の数々。それによって得られる新たな力が、時として彼の生命線になっている。

 そしてそれは同時、皮肉にも先の「仕事」の難度を上げていくことにも繋がるのだが、それは彼にとっては望むところでもある。


『確かにそうなんだがな…… まだ図書館で読んだのも全部は理解出来ていないし、今はお腹いっぱいって感じだ。だが、こいつはちょっと別件だ』

『……? 勉強じゃないんスか?』

『このルーレントって教会は代表であるはずの神父でさえ「いつからあるのかわからない」っていう習わしがあるようなところだ。なんせ、千年と続くドゥモ教の発祥の地だからな』

『え? そうなんスか?』


 以前都にいた際、修士として最低限のことはとドゥモの経典を読んだダテ。当時は難解にして長すぎる内容に三分の一と読まずに放置したが、その中身のことはここ数日の神父代理として皆と共に読む祈りの時間の書物にもあり、「ルーレント」の記載にも何度となく触れていた。

 経典や書物によればドゥモにとっての教会第一号、それがこの場所らしい。


『そんな場所にある「古くて誰も読めない本」。なにか意味はありそうだろ?』

『は、はぁ…… 言われてみれば確かに』

『「主人公」に会えたのはいいとしても、まだ「仕事」のヒントすら出てない段階だからな…… わらにもすがるってやつさ』


 話しながらもめくられ続けていった紫の本。その中程のページで、ダテの指がぴたりと止まった。


『……!』

『どうしたっスか?』


 ダテの目が忙しくページを走る。

 彼の目には何度も、その項の中心である文字が躍っていた。


『合月……』

『ごーげつ?』

『わかったぞ、クモ……』


 本が閉じられ、ダテの顔がクモを向いた。

 その表情には、久々の力強い笑みが灯っていた。


『二つの月が合わさる日。それが決着の日だ』


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