15.眩き才能
翌日、往診から戻り、昼食を取ったダテはイサに呼ばれて「説教の花壇」へと入った。先に呼び出されていたのかそこにはすでにアロアが待っており、一見にして呼ばれた理由が理解できた。
「では、ダテ様、本日よりお願いします」
「はい…… 私に出来うる限りのことは」
「アロアも、よいですね?」
返事はしなかったが、アロアは頷きを返した。
「イサさん、お聞きしておりませんでしたが、お時間の方はどれほど? 神父の方の業務もありますので今時分からですとそれほど長くは……」
昨日先んじて行う必要性を減らしておいた討伐の仕事、そちらは週に二、三度ほどのものであり、毎日行うというわけではない。だが、そちらのない日も冠婚葬祭など、いかにもな神父の仕事がある。人口の薄い田舎で来客も少ないだろうとはいえ、立場上放置していい仕事とは思えなかった。
「お気になさらずとも大丈夫です。神父の仕事は魔物の討伐以外の内容でしたら私どもでまかなえます。急なお話が入るようでしたらご足労頂くかも知れませんが…… そうですね、ダテ様はどれくらいがよろしいとお考えですか?」
逆に質問されてしまった形のダテは、頭を捻ってみる。
「そうですね…… 二時間…… と言いたいところですが、一時間と少し、それくらいが適切だと思います。魔法の練習は集中力が全て。人の集中力は二十分と持ちませんから、真剣にやるなら休みを入れながら三セットくらいが限界でしょう」
「まぁ、ご立派な見識をお持ちで…… どこかでご指導なされていたのですか?」
「え? いや、まぁ、指導…… というよりは自分の経験ですが」
「そうですか…… きっと厳しい訓練を重ねられてきたのですね」
妙に感心されてしまい、ダテは気恥ずかしくなって頭をかいた。
その後、終了後の休みも考慮し二時間程度と決まったあと、イサは一礼して裏庭を出て行った。
「なんだか悪いな…… 遊ばせてもらってるみたいで」
イサが去ったことを見計らい、妖精が煙と共に顕現した。
「別に遊びじゃないっしょ。頼まれた以上はこれも仕事っス」
「まぁ、それはそうか」
とことこと、ダテのそばにアロアが近づいてきた。
「なぁ、何をするんだ?」
「ん?」
ダテが振り向く、目が合いそうになると、やはりアロアはさっと顔を逸らした。
「か、回復魔法…… 教わらなきゃいけないんだろ? わたしはそういうの…… できないし、魔法なんてちゃんとは勉強したことないからわからん」
時間がほとぼりを冷ましてくれたのか、多少慣れてくれたのかダテにはわからなかったが、相変わらずたどたどしくも話は出来るようになったらしい。ダテは彼女と会話を重ね、方針を探っていくことにした。
「ちゃんとか…… ここでは魔法は教わらないのか?」
「ここには先生はいない。神父とかイサとか、使える人がいるだけだ。だからみんな教え方もバラバラだし、魔法の本だって古くて難しすぎて誰も読めないようなやつが二冊くらいしかない」
「そうか……」
そうだとすれば、奇妙だとも思った。
「攻撃魔法の方はどうなんだ?」
「えっ?」
「昨日俺が林に行った時、あたりの木が結構無残なことになってた。あれはあんなちっこい魔物どもに出来ることじゃない。お前がやったんだろ?」
言われてアロアが少し身を引いた。ダテはその様子に、首を振りながら話を続ける。
「別にそれを責めようってわけじゃない。確認しておきたいだけだ。攻撃魔法は誰から教わったものなんだ?」
目を逸らし、咎められてる風にアロアが言う。
「……もとからちょっとは出来た。あとから危ないからって神父が正しい撃ち方ってのを教えてくれた。そっからは…… 自分で色々試した」
魔法のある世界では、生まれつきで魔法を使えてしまう者は多くはないが珍しくはない。そんな子供に大人が早い段階で制御する方法を教えることも普通だ。だが、最後の一言は気になった。
「……? 色々試したって…… 何をだ?」
「どうやったらすごいのが撃てるのかとか…… 手以外からは撃てないのかとか…… 他に使い方はないのかとか……」
「……何か出来るようになったのか?」
「一応…… おっきいのを撃ったりとか、全身から光にして出すとか……」
ダテは顎に手をあて、考えた。
一口に「魔法」とは言っても、その在り方は地域や世界によって様々。しかし使い方に関して言えば大きく分ければ二通りにわけられる。
一つ目は「イメージ」。脳内で魔法が作用する様を想像し、火や水など、それに必要な魔力属性を自然や自らの体から引き出し、放つもの。
二つ目は「術式」。動作や言葉、文字や図形など、人々が探し出してきた魔法を発動するためのキーをなぞり、放つもの。
それぞれに長所、短所があり、どちらが優れているかは判断し辛いが、どちらにも共通して用意されている壁のようなものがある。それを越えられるか越えられないか、それは「才能」を要とする領域だった。
「なるほど…… ならお前には、結構立派な「想像」の力があるな」
「イメージ……?」
「ああ、この世界に広まっている魔法の使い方の多くは「イメージ」。ある程度頭の中で使いたい魔法を想像して使う。魔法を使う時、アロアだってそうしてるだろう?」
「……! お、ぉぅ……」
僅かにアロアが身じろぎした。
「……? どうした?」
「な、なんでもない……」
「……ならいいが」
確かになんでもなかった。初めて「お前」じゃなく、名前で呼ばれたことに驚いただけだ。
「そうだな、例えば火のイメージ」
ダテが軽く目を閉じ、手のひらを上に向け、拳を握り、開く。ぼぅっと小さな火の玉がダテの手の中に踊った。
「おぉっ……!」
「氷のイメージ」
火の玉を握り消し、また拳を開く。拳大の氷塊が宙に現われ、ダテの手の中に降りた。
「こんな感じで、最初に知識として属性ごとの魔力の引き出し方、そのイメージを覚え、後は細かく使いたい魔法ごとのイメージの仕方や魔力の込め方を教われば発動は成る」
ダテは氷塊を地面に放った。どっと音を立て転がるそれは、この世界の文明では冬の時期にしかみられない水の固まったもの、そのものだった。
「だが、この魔法のやり方は、イメージ次第で比較的自由に見えて、大きな「壁」がある」
「……?」
「人間の想像力ってのは大したことないからな…… 最初に教わって、成功した時のイメージの仕方で頭の中が凝り固まっちまうんだ。適当な、あやふやなイメージで発動出来るほど魔法は易しいものでもない、ちゃんと教わるか、本かなんかでしっかり勉強しないと出来ない。でも、一度覚えてしまうとイメージの仕方が凝り固まる。こいつがイメージを使った魔法の「壁」を作るんだ」
聞いているアロアが難しい顔をしだした。とりあえず、理解しようという気はあるのだなと、ダテは少し笑った。
「まぁ、そうだな…… 普通は習った魔法から新しい魔法を作ろうと思っても、想像力が足りないから出来ない。実はお前は結構すごいことを一人でやってた、そういうことだ」
「えっ? そうなのか?」
大げさな感じで驚くアロア。教えている側としては微笑ましくも思う。
「ああ、才能はあるってことだな。俺にも出来ないことだ。そいつはまさに神様からの授かり物ってやつだぞ」
「そ、そうなのか……」
てれてれと、嬉しそうだった。そういやこいつの機嫌の良さそうな顔は二回目くらいだなとダテは思った。
ちなみに「術式」の方の「壁」は知識量と理解力。こちらはこちらで独特の「感性」を必要とされる。難しいことに違いはない。
「……? 大将?」
「どうした?」
「いえ、大将にはできないんですか? ひょいひょい色んな魔法を好きなように使ってるように見えるっスけど……」
ぱたぱたと、クモが小首を傾げた。
「俺のはアレンジっていうか、改造だ。知ってる魔法を組み合わせてちょっと違う使い方を考えたり、もっと効率のいいやり方を編み出したり、そんなことをやってるに過ぎん。新しい魔法を作っているわけじゃない。小さな攻撃魔法を大きな攻撃魔法にするくらいは出来るが、撃ち方そのものに大がかりな変更を加えたりは出来んさ」
「はー、そういうものなんスかー」
「ああ…… っていうかなんでお前が知らねぇんだよ……」
げんなりしながらクモから目を外し、アロアを見る。アロアは「ん?」と機嫌の良さそうな顔を向けた。
「……じゃあ、そろそろ始めるか。飽きんじゃねぇぞ」
「お、おう!」
服装に見合わない、両手をぐっと握る奇妙で勇ましい返事を見せるアロア。才能はある、成長は早いだろう。教えることに悪い気はしなかった。
だが同時、不安も感じた。
――なぜアロアはここまで力が強いのか。
この世界の人間には類い稀な、本人すら自覚が薄いだろう大き過ぎる力。
その力にダテは、この「仕事」に潜む脅威の影を感じずにはいられなかった。




