11.轟き、加速音
昨日暴れ回った林の中、昨日以上の暴風を撒き散らしながら法衣の男が跳ね回る。
「おらおらおらおらぁっ!」
狛犬の魔物、スライム、昆虫型の魔物、ただの毒蛇―― 分け隔てなく目が合った端から彼の前から姿を消していった。
手のひらから放たれた無数の真空の刃が魔物ごと木々の枝や雑草までもを刈り取り、林は静かに、暗黒の魔力を失い、色彩を艶やかなものにしていった。
「ふぅ、よし…… これで数日放っておけそうだな」
午後に行われる神父の仕事、魔物の討伐はダテにとっては理解のしやすい、おそらく村の者や教会の者達以上に理解のある仕事だった。
魔物とは、暗黒の魔力によって生じる「世界の淀み」のようなものだ。彼らはその魔力がある場所に自然発生的に生まれ他者に向けて様々な悪さをする、いわば悪意のカタマリである。世界の中に高い魔力がある以上、そこには少なからず暗黒の魔力が存在する。人々の中に魔法が浸透している世界では避けられない害敵とも言えた。
「おー、キレイになったっスねー、林は大被害ですけど……」
「何、暗黒の魔力が小さくなったんだ。木々にとっちゃ願ったりだろ」
そんな彼らに対して行える一番の手段は晴らすこと、倒して暗黒の魔力を霧散させてしまうことだ。倒せば倒すほどに暗黒の魔力は減り、その地域の魔物の弱体化にも繋がる。アーデリッドでは神父の仕事となっているこの討伐は、魔物が出没する世界においては別段珍しくもない、ありふれた仕事だった。
「さて、かなり巻きでやったからな…… 時間的には余裕だろ」
「あい! まだお昼の二時ってところっス!」
「よし…… 行くか!」
一声とともにクモがかき消えダテと一体化する。ダテは地面を蹴って空高く跳躍すると風の魔力を操作し、北へと滑空を始める。
『……クモ、方向はこっちだよな』
『あい、間違いねぇっス! ドンと行きましょう! 「ドン」と!』
クモの思念にニヤリと笑う。彼にとっては久々の魔力溢れる世界。「ドン」と行きたくなりもする。
『うっし……! 飛ばすぜぇ!』
『ひゃっはー!』
加速を始め、背後に円錐形、霧状の波紋を纏い、彼は瞬く間にアーデリッドから姿を消した。その日、村の各地では真昼に起きた謎の爆発音が話題に上がることになった。
~~
「姉代わり、ですか?」
「はい! そうなんですよ~!」
教会へと向かう馬車道の途中、無駄に元気に語られるノナからの話。それはアロア本人から聞くことは出来ないだろう、彼女を知るに貴重な情報だった。
「ローラさんって言ってすっごくキレイな方なんですけど、アロアちゃんが物心ついた頃から住み込みでいた人で、姉ちゃん姉ちゃんってアロアちゃんすっごく懐いてました!」
「へぇ……」
「それが二ヶ月前にいなくなっちゃって…… それからしばらく元気なかったんですよねぇ~」
ダテは足を止め、真横を歩いていたノナに振り向いた。
「いなくなった……? なぜです?」
基本的に生涯学び続ける修士に年齢の制限などは設けられていない。今の話によれば十年と務めていた修士ということになるが、それほど長く務めた修士が「いなくなる」という理由がダテには予想つかなかった。
半ばあまり良くない内容なのかと思いきや、ノナはぱっと表情を綻ばせた。
「結婚ですよ!」
「は……?」
「ですから、ローラさん結婚したんです!」
ダテは笑顔満面のノナから顔を逸らし、思念を飛ばした。
『クモ…… 結婚って、どういうことだ?』
『はい? そのままじゃないっスか?』
『いやいや、出来るのか? ドゥモ教の信徒は』
クモがしばし沈黙。唐突に明後日の方向を向いて黙り込んだダテにノナが首を傾げた。
『……あっ! 出来るっス! 都で会った信徒の方々って役職とか関係無しに所帯持ってる人いっぱいいたっスよ!』
『なるほど…… そういやそうだったか。その辺りは自由か』
神に仕える者の婚姻の是非は宗派それぞれ色々とややこしい。にわか修士であるダテには今ひとつ把握しきれていない部分だった。
「ダテ様?」
声をかけられ、放置していたワンコを思い出す。
「あ、ああ、いえいえ…… そうですか、ご結婚なされたのですか」
「はいー、そうなんですよー、それでダンナさんのお仕事の都合で修士を辞められて、都に引っ越して行かれちゃったんです」
「それが、二ヶ月前?」
「はいー」
そうであれば今現在も、ダテが以前までいた都に住んでいるということになる。結婚早々矢継ぎ早に引っ越しを繰り返すとも考えにくい。
「思い切ったことをなされましたね…… 長く務められた修士を辞め、都に移り住むなんて。相当な決心がいったことでしょう」
「でしょうねー、そんなわけでー、ダテ様もアロアちゃんに警戒されているわけですよー」
「そうですか……」
止めていた足を進め、再び歩き始める。
五歩ほど歩いた所で「ん?」とダテが足を止めた。
「いや、ちょっと待ってください。それでなんで私が警戒されるのです?」
「へ?」
「いや、へ? じゃなくて」
ローラという女性の情報を得られてうっかり歩き出してしまったが、今、明らかにワンコの話がぶっとんでいた。
「確かにアロアにとっては寂しいお話かもしれませんが、私が警戒されることには繋がらないでしょう?」
ダテの指摘にノナがぴくっと動きを止める。その動きはやはり何かに気づいた時の犬に似ていたが、気づいてくれるならそれでよかった。
「おお! アロアちゃんは呼び捨てなんですね!」
「……いえ、そこはいいですから、私が警戒される理由を教えてください」
こめかみに青筋を立てながら、ダテは話を促すのだった。
〜〜
景観の統一化最中にある黄色い石壁の建物群。住む者達以外には迷宮のようにも感じる町並みに、見えない妖精を伴い、白い外套を羽織ったにわか修士は来ていた。
『この辺りのはず…… なんだが』
『商会っていえばこの地区ですよね』
都―― アーデリッドから馬車を乗り継ぐこと二日とかかる距離にあるこの場所は、国の首都であり、ドゥモ教の本部がある、以前ダテがお世話になっていた場所でもあった。
滞在していた一週間ほどの記憶を頼りに入り組んだ住宅街を抜け、大通りの外れへと向かう。
『でもなんて言うか…… 大将とんだとばっちりっスなぁ……』
『とばっちりと言うか間が悪かったというか…… あいつちょっと幼過ぎんじゃねぇか?』
『そんなことないっスよー、十五歳くらいならそんなもんっス。責めちゃ可哀想っスよ』
『お前に人間の思春期がわかるのかね?』
『わかりますともー、よーく見てましたしー』
やがて、石壁の大きな建物や木造の簡易な売り場が並び、個人から仕入れの商人まで、様々な人々が往来する一画が現われた。
ダテは周囲を確認し、見知った顔が無いことを確かめながら雑踏へと入る。
『……!』
『大将……?』
まさか、とダテは遠く、人の波を離れ、路地へと入っていく人影を凝視する。
「間違い無い…… どういうことだ……?」
『……?』
路地へと消えた人影は壮年の、体格のいい法衣の男。
――レナルド神父だった。




