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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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9.貴き年長者のお願い

「死にたい」


 翌日。教会の門から往診へと、三歩歩いたダテが青空を仰ぎ、告げた。


『た、大将…… 主人公がいきなりそれはどうかと……』


 横を飛ぶ、ステルス状態のクモがいまだに続く主人の落ち込みっぷりに苦笑した。


「主人公だって、いや…… 主人公ってのは落ち込むものさ……」


 朝日の眩しさから目を逸らすようにクモへと向き、呟くダテ。運良く誰もいなかったが、はたから見れば何も無い空間に話しかける変な人であり、不気味だった。


『いや、そんな昔のロボットアニメじゃあるまいし…… 元気出してくださいっスよ』

「昔…… 昔か…… そういえば、数え切れないくらい昨日俺がやったパターン…… 昔の漫画ではあったよな…… パン食いながら走ってぶつかるレベルで……」


 ちなみに昨日のパンはもう無くなっていた。彼の食欲は気分に左右されないらしい。


『ああ…… えっと…… 仕事っス! 大将!』

「……!」

『落ち込んでるのもいいっスけど! 村のおじいちゃん達が大将の往診を待ってるっス! 仕事に行きましょう!』

「……そうだな、そうだった」


 ダテは両手で、一度自分の顔をはたく。目を開けると背筋がスッと伸び、足下にも力が入っていく。


「よし、往診だ。行くぞ!」


 やや早足の力強い動作で歩み始めるダテ。

 その背中にクモは、家庭の問題を抱えたお父さんが仕事に逃げていく様を見たという。


~~


 土中に埋もれた根が千切れる音を手元に感じながら、一心不乱にそいつらを引っ張り上げる。菜園のイモの収穫。気分としてはハサミで果樹を採取する作業よりは今日の気分にあっていた。


「なんだよちくしょう! あいつ…… めっ!」


 こいつは重いぞと、勢いこんでひっぱったそれは思いの他軽く、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。


「どうしたの? アロア」

「えっ? あ、な、なんでも…… ないっ」


 尋ねられ、真っ赤になってそっぽを向くアロア。そんな彼女の様子を周りの修士達はクスクスと、微笑ましく見ていた。

 昨日、夕刻に教会へと駆け戻りイサに説教をくらって以来、彼女の口からは事あるごとに「あいつ」という単語が飛び出していた。

 つまるところ、周りのお姉さま方にはそれが誰を指し、アロアが「あいつ」をどれくらい気になっているか、どんな気になり方なのかがわかりやすく、面白いのだった。


「ねぇアロア? 昨日キッチンからパンが一つ消えてたんだけど……」

「……!? し、知らん知らん! ひ、日が暮れる、さっさと掘らないとお昼の祈りに間に合わなくなるぞ!」


 まだ朝も早い時間。そう話を打ち切って収穫に勤しむアロア。

 原因を作ってしまった「あいつ」の落ち込みよろしく、こちらの機嫌もいまだに直る気配は無いようだった。



〜〜



 四件目の往診が終わり、ダテが民家を後にする。外へ出るとついと見上げてしまう高すぎる空。今日の空には雲一つ無く、あるのは太陽と、並んで浮かぶ二つの月だけだった。


『いい天気っスなぁ、大将』

『だな…… 過ごしやすい気候の場所は助かる』


 山より吹き込む涼しい風を受けつつ、ダテは疲れた様子で牧場の柵にもたれ、目を閉じた。


『お疲れっスなぁ…… 大将』

『ああ、なんか今日はキツイ……』


 往診に行った先の人数が増えていた。都からきた神父の代わり、そんな若者の噂が広まっていったのか、昨日とは違いさして重くもない症状のものまでが彼の診療を受けようと待ち構え、各ポイントが盛況だった。もっとも、そもそもの住人が少ないアーデリッドにおいてはそれでもさしたる人数ではないのだが。

 忙しさのおかげか、とりあえずは落ち込みから解放されたダテは地図を取り出し、次に向かうべきポイントを確認する。


「ダテ様、お疲れですか?」


 不意にかかった言葉に紙から目を離すと、すぐ隣にイサが来ていた。


「お、おっと……」


 いつの間にと、ダテは少し驚きつつ柵から離れる。


「あら、驚かせてしまいましたか」

「い、いえ……」


 サボっていたところを咎められたような気分で見るイサのとなりに、見覚えのある顔があった。名前まではまだ覚えていないが、教会の住み込み修士の内、まだ若い女性である。


「こんにちは! ダテ様!」

「はい、こんにちは」


 笑顔で挨拶を交わしてくる修士に、相も変わらず礼儀正しい聖職者を演じるダテ。もうすっかり慣れてしまったのか、クモがいちいち笑わなくなったのは有り難かった。

 笑顔のまま、のぞき込むようにしてダテの顔を見る修士の肩をちょいとつつき、イサが彼女を振り向かせた。


「ごめんなさいね、少しダテ様とお話があります。あなたは先に行ってて」

「あ、はい、わかりました!」


 ダテとイサに手を振りながら、彼女はその場を後にした。アロアとはまた違った方向性の元気な女性にダテは苦笑する。教会の女性達は年齢と落ち着きが綺麗に比例するのではと少し思った。


「ダテ様、よろしいですか?」

「あ、はい…… なんでしょう?」


 イサは周りに目配せし、少しばかりダテに歩みよった。


「つかぬ事をお伺いしますが、ダテ様はどのような回復の魔法をお使いに?」

「えっ……? あっ……」


 聞かれてダテは、自らの失敗に気づいた。


「お噂では、緑の光が舞うとのお話ですが」


 ダテの回復魔法は魔力を肉体の蘇生エネルギーに変換するという、いわば局所的な新陳代謝を促すタイプのものだった。それは彼が世界に魔力を借りなくても可能であるようにと改良し、研鑽したものであり、純粋魔力の「無属性」魔法だ。

 昨日アロアに指摘された内容からすれば、効率はよくても使っていいものではない。


「これは申し訳有りません…… ずっと使っていたもので。皆さんのお体のためには不慣れな魔法は行わない方がよいと思ったものですから。以後、気をつけます」


 昨日から今日まで何度となく、何人とかけて来た魔法。隠し通せるものではないだろうとダテは素直に謝罪することにした。別に聖なる魔力を使った回復が出来ないわけではない、特別問題も無かった。


「ああ、いえ…… 出来ればお伝えしていただきたいのです」

「……?」


 頭を下げるダテを手で制し、イサが言う。


「とても良いものだと聞きました。可能であれば手ほどきいただけませんでしょうか?」

「えっ? いや…… ですが……」

「確かに、私どもには聖なる魔力以外は禁じられております。しかしそれでも、救える人が増えるのであれば私は知りたく思います。こと、命に関わる尊いことです。神に恥じることでもありません」


 その物言いはイサという人物、いや、立場を見るに信じがたい発言だとダテは思った。

 今属している「ドゥモ教」だけにあらず、ダテは「宗教」とそれを信仰する人々には様々なケースで、何度となく関わってきた。彼が抱く彼らに対する印象は「純粋」であり「堅物カタブツ」。生真面目で非合理な者が多かった。

 思想は多様であれど、ルールを破るということを嫌い、極端なまでに教義に固執する。その傾向は位や年齢の高い者であればあるほど顕著けんちょだ。ルールが有り、破られれば都合が悪くなる者がいる。そして、そこである程度の立場を確保した者がそうであり、頑ななまでに現状の変更を許さない。

 「宗教」も「企業」も、上に立つヤツは結局同じなんだなと、現代日本社会の住人の一人でもあるダテは、常々(つねづね)そう思っていた。


「立派なお心だと思いますが、やはりお教えするのは……」

「難しい魔法なのですか?」

「い、いえ…… 私は神父の代理という状態ですので、実質修士達の取りまとめをしておられるイサさんに教義に反することをお教えするのはいささか問題では、と……」


 頑なさや非合理をうとましくも思いながら、誠意ある人がそれを破ろうとすると止めたくなってしまう。下層の人間の複雑な心境だった。


「……? 私に、ではありませんよ?」

「へ?」


 ぽかんと、ダテの口が開いた。


「残念ですが私はもうこの通りお婆さんですし、新しいことを覚えるどころか、日々皆を見守るだけで精一杯。神父が帰られるまでの間に教わることは出来ないでしょう」

「あ、まぁ…… 難しいかも知れませんね……」


 言ってない、確かにこの人、自分に教えろとは一言も言ってない。彼女の言葉を思い返し、自分の早合点をダテは確認した。

 そして同時、ものすごく嫌な予感を感じ、調べさせた盗賊が「わなはかかっていない」とのたまう宝箱を開くような心持ちで発言する。


「では、だ、誰に教えるのです……?」



「アロアにです」



 脳内に浮かぶ盗賊はクモそっくりだった。


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