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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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5.気高き喫煙具

 遅い昼食を済ませたダテは紅茶を煎れてもらい、一時の休憩に入った。

 現在ダテが修士を務める「ドゥモ教」と呼ばれるこの宗派では、わずかばかりの羊と鳥の肉は許されているが、そこは宗教らしく質素粗食が常。野菜を中心としたパンとスープの生活はその本部がある都から移動した今からも、しばらくは続いていきそうな様子だった。


「うーん、この世界にずっといると大将すっかり健康になりそうスなぁ」

『俺はもとより健康だろうが…… まぁ、治らんもんは治らんが。っていうか勝手に出てきて普通にしゃべんな、教会の中だぞ』


 ずずっと音を立て、紅茶を飲む。この地方では一般的な、アールグレイに似たさっぱりとした風味。クモはこの香りがお気に入りなのか、ダテが一人で飲んでいると顕現けんげんしてくることが多かった。

 小言は無視し、クモは物珍しそうにぱたぱたと神父の部屋、ダテに仕事部屋として提供されている執務室を飛び回る。


「ほぇー、やっぱり宗教っていうのは儲かるんスかね? なんかすごく高そうなものがいっぱいじゃないっスか?」

『そうかぁ?』


 言うことを聞かない妖精に対してそっけなく答えるダテだが、言われてみると様々なものが今更に目についた。本棚にある太い蔵書の数々はまだわからないでもない。だが、さりげなく配置されている壺や壁に貼られた地図、蔵書の入っている本棚自体の装飾。足下に見える薄手の紫色の絨毯。そして今ダテが座っている机など、シンプルにして高級感を感じさせる家具や調度品が所々に見られる。

 そのうちの一つ、クモが今丁度浮かんでいるその後ろに見える壁掛けに、ダテの目が止まった。


「大将?」


 椅子から離れ、自分を過ぎて行ったダテにクモが振り返る。ダテが見ている壁掛けには、彼の世界にも存在する嗜好品が掛かっていた。


「パイプレストだな」

「なんスか?」


 それは喫煙具であるパイプを掛ける、パイプ立てのことだ。パイプは一般的に、一回の使用の後、その一本は最低でも再使用までに一日を置く必要がある。理想としては一週間。そして今、止まり木には七本のパイプが身を休めていた。


「曜日毎で変えてるんだな…… いい趣味してる」


 ダテは座っていた机の上、置かれている十センチほどの金具に目をやった。折りたたみ式にカッター、ピック、ダンパーといった道具が一セットにまとめられたコンパニオンという道具だ。


「おー、大将、これ見てくださいよ、なんか女神様っぽいのが掘られてるっス」


 その内の一本。ちっこい指は琥珀色のそれに指されていた。指の先を目にしたダテの顔が、唖然としたものになる。


「……なんでこんなの持ってんだ?」

「……?」

「趣味いいなんてもんじゃないぞ……」

「まー、芸術っぽいっスよね、なんか彫刻ですし……」

「違う、メシャムだ」

「めしゃむ?」


 クモはダテの様子に、不思議そうに首を傾げた。


「最初は真っ白な…… なんつったっけな、かい…… 海泡かいほう石? だっけか。それを彫刻したもんなんだよ。んで、こいつはずっと使っているうちにこうして琥珀色に、もっといけば黒色になっていくんだ」

「へー、年代物なんスねぇ……」

「……ここまで色が着いてるとなると、百年かもっとかかってるな」

「うぇ!?」

「こいつは傷つきやすいし、落とすと簡単に割れる。そうそうここまではいかん」


 改めて、ダテとクモはメシャムパイプの女神の微笑みに見入る。


「つ、つまり……?」

「ピンキリだが…… そう安くはないってことだ」


 無論、こちらの世界でのそれがどれだけの価値があるのかはわからない。だが、一介の辺境の神父が趣味として持っているには、ひどく不釣り合いに思えた。


「……ところで大将、どうしてそんなこと知ってるんです? 大将なのに」

「大将なのにってお前な。まぁそれはだな――」


 執務室の扉に、ノックの音が響いた。


『クモ、消えてろ』

『あい!』


 ダテが音に振り返り、クモは音もなく光の粒子を残してかき消えた。


「どうぞ」


 入室を促すと、外側の人物は静かに扉を開けた。


「こんにちは、ダテ様。お戻りですか?」

「ええ、挨拶も無く、申し訳有りません」


 イサだった。ダテがこちらに戻って来た時、彼女は教会から少し離れた菜園に行っており、昼食の間も不在だった。

 彼女はダテの様子に軽く小首を傾げた。


「……? どうかなさいましたか?」

「はい?」

「いえ、そのようなところにお立ちになっているので何かお探しかと」


 確かに、言われてみれば不自然な立ち位置だった。机の上には紅茶がまだ湯気を立てているというのに、彼は部屋の中ほどに立っている。しかしこれ幸いと、ダテは素直に話題にしてみることにした。


「いや、実は…… 見事なパイプだなと」

「ああ、パイプを見ておられたのですね」

「はい、貴重な品が見られましたもので」


 貴重と言いながら、さりげなくメシャムパイプへと目をやる。実のところ、他のパイプも同様の価値があってもおかしくはない。だが、そこまでの分別はダテにはわからなかった。


「そうなのですか…… そちらは神父の私物ですから私にはわかりかねます。ですがここへ来られる皆さんがびっくりなされますね、パイプだけになく、このお部屋にあるものには」


 優しげな微笑をたやさぬイサの表情は、シスターとして洗練されている分、見ていても何も読み取れない。主要な人物に探りを入れたいダテにとっては少々厄介なことだった。


「失礼ですがイサさん、ここにある調度品などはどのような経緯でここへ? 何か詮索しようというわけではありませんが、とても高価なものばかりのようで……」


 頭を掻きながら、聞き難そうな体を作って問いかけてみる。もろに詮索だが、イサは特に気にせず答えてくれた。


「信者さんからの贈り物と、趣味で購入した物だそうです。あと…… ご実家からお持ちになった物もありますね」

「ご実家……?」

「レナルド神父は良家のご子息としてお生まれになったと聞いております。神父への道を志し、そして神父となった今でも、ご実家のビジネスは続けていらっしゃいます。お仕事のことは個人的なことですので私どもにはわかりかねますが、お忙しい業務と合わせて行い、時には私財を教会や村に与えてくださることもありますので、皆が神父には感謝している次第です」

「へぇ……」


 ダテは頭を縦に揺らしつつ、感心を見せてうなった。


「立派なお方なのですね、さすがは神父様です」

「ふふっ、神父がお聞きになればお喜びになるでしょう…… と、いけない。ダテ様、アロアを見ませんでしたか?」


 アロア、と聞いてダテの脳裏にこちらを睨む青くてちっこいのが浮かぶ。


「アロア…… ですか? いえ、朝の祈りで見て以来ですが……」

「そうですか…… 何かこちらから小さな子の声が聞こえたような気がしたのですが……」


 意識の中で『ほらな、注意しろよてめぇ』と妖精に飛ばし、イサに尋ねる。


「彼女がどうかなさいましたか?」

「はい…… 昼の祈りの前くらいから姿が見えませんで……」

「じゃあ、二時間近く前ですね」

「たまに祈りや時課に出ず、私どもを困らせることはあるのですが…… こんなに長く姿を眩ませるのは珍しいことで……」


 十五とはいえ、子供のようにも見える少女だ。イサの様子にも心配の色が見えた。


「わかりました。この後私は務めで外に出ます。合間を見て探してみましょう」

「よいのですか?」

「ええ、任せてください。こう見えて少し人捜しには自信があります」


 微笑みを交えて言ってみせると、安心するようにイサも笑って返してくれた。


「……では、お願いいたします。もし見かけたらキツく叱っておいてください」

「ははっ、わかりました。二度と心配かけないように言っておきます」


 イサは一礼すると執務室から出て行った。

 数歩歩き、ダテは紅茶を手に取る。


「ふぅ…… 向こうから色々動き出してくれるってのは楽でいいな」


 冷めた紅茶を飲み干し、彼は扉のノブに手を伸ばした。


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