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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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3.高き星の海


 別にそれを追って入ったわけではない応接室。そこの床には先ほど走り出した青いのが、口元に手を当てながらしゃがみこんでいた。

 入り込んで来たダテの気配を察し、そいつが勢いよく振り返る。しまったというそいつの顔は、口を大きく横に開いた涙目だった。


「なにやってんだ? こんなとこで……」


 今までは修士として丁寧だったダテが、ついと素に戻った。そんな彼の目に、出されたままになっていたティーカップが映る。

 まさかと思いつつ、ダテはテーブルに近寄った。


「……!」


 青いのが、げっ、という顔をした。

 最早確信とばかりに、ダテは自分が使っていたティーカップの底に残る液体に小指を突っ込み、舌先で軽く確かめた。


「……なるほど、妙だとは思ったが、しびれ薬のたぐいか」


 小指を立てたまま、ダテはぐるりと顔を青いの―― アロアに向けた。


「お、おまへ、なんれ……!」

「あん?」

「なんれら”いじょうふなんら!?」


 『なんで大丈夫なんだ』、その言葉で全て察するのは子供でも容易いことだった。

 一服盛ってくれたのはこいつで、自分に薬が効かなかったことに驚き、今自ら失敗を確認に来て舌が麻痺しているのだろう。

 そう推測し、「アホだな」と、ダテは思った。


「はっはっ、私には毒は効きませんのでね」


 無表情で目を逸らしながら、棒読みで笑ってやる。


「う…… うそら”!」


 『嘘だ』と叫ぶアロアだが、残念ながら嘘ではなかった。ダテの体は特殊が過ぎ、毒を受けつけない。例え効いたとしても毒が回るよりも体力が戻り、それを追い出すまでの方が断然早い。今のしびれ薬にしても、飲んでいた時の彼は「紅茶にコショウか何かを入れる文化があるのだろうか」と珍妙な味を楽しんでいたくらいのものだった。


「……どうしてこんなことを?」


 だがそこにいちいちつっこまれるのも面倒。先んじてダテは、このイタズラの真意を問いただしてみることにした。


「……しらん」


 プイとむくれて顔を逸らすアロア。十五歳とは思えない子供っぽさだった。


「君はここにお茶を出すときに、カップを分けませんでしたよね? 神父が飲んだらどうするつもりだったのですか?」


 はたと、アロアの目が開き、固まった。


「まさか…… 分けるのを忘れていた…… とか?」


 まさかな、とは思いたいところだったが正解だった。紅潮していく白い頬が雄弁にそれを伝えていた。


「……まぁいい、とにかく」


 ダテの右手がアロアに向く、その手のひらからは緑色の光が放たれていた。


「……!?」


 しゃがみこんでいた青いのは小動物のような動きで距離を開け、扉を背にして立ち上がった。


「あ、お、おい……」

「う、うるしぇー! やられへたまっは! ほぼえへろ-!」


 勢いよく扉を開き、見事なまでの遠吠えを残して彼女は逃げ去っていった。


「な、なんだよ……」


 ダテはわけのわからないまま、やり場のなくなった状態回復魔法を手に突っ立っていた。



~~



 初日の務めが終わり、ダテは教会内にあてがわれた自室へと戻った。粗末な机と本棚、ベッドが一組だけの部屋だが個室であることは有り難かった。

 直接疲れるようなことは馬車での移動くらいで実務らしいことのない一日だったが、慣れない場所で覚えることも多く、精神的な疲労は自身の思うよりも大きいようだった。机の上のランプを点け、椅子に腰掛けるとそれを自覚する。


『お疲れさまっス、大将』

『おう』


 金色の妖精が体から飛び出し彼の前を飛んだ。音声ではなく、思念によって伊達に呼びかける。


『ようやっと、何かが動き出したって感じっスね』

『だといいがな』


 クモというこの金色は、魔力を元に姿を顕現けんげんさせることが出来る。伊達が魔力を与えずとも勝手に飛び出す、それはその世界の自然に一定以上の魔力があることの証だった。


『ふふん、しかし教会ですか』

『あん?』


 ぽんっと、煙がたって白が基調の妖精然とした服装だったクモが修道服になる。


『どうっス大将! 似合うっしょ?』

『あー、そうだな』


 面倒くさそうに伊達は答えた。元より肩ほどまでの金髪に深緑の目を持つ、市井しせいにはまず見られない作りもののような愛らしさをもつ少女。似合わない服を探す方が難しくもあるのだが、普段の性格がアレなので素直に褒める気にはならない。


『もー、大将はそっけないっスなぁ』


 被っているのは面倒なのか、クモは不満そうにベールを取り、それを消した。


『いつもながらお前は服が楽でいいな』

『まー、買わなくていいスからね』

『はぁ…… 高ぇんだよなぁ…… 服ってのは……』


 椅子から立ち上がり、窓際へと向かう。窓を少し開けると体に染みいるような程良い冷気が部屋に入った。


『でも大将も、馴染んできたっスね』

『ああ……?』


 腰のポケットから金の襟がデザインされた箱を取り出し、一本引き抜く。


『服っスよ。最初見た時は正直うわぁ…… とか思いましたけど、いい感じに思えてきました』

『まぁ慣れりゃ着心地は悪く無いな。どこ行っても頭下げられるのは居心地悪いが』


 伊達が吸い口を持ち、上に向けて睨むと一本は先端に火を灯し、煙を吐き出した。すぐさまに咥えて火を安定させる。


『はー、しかし長かったなここまで。得るものは大きかったが正直疲れたぜ』

『これからっスよ? 大将。わかりやすい目印が出てきてくれたじゃないスか』

『だな』


 目印―― それは今日、一服盛ってくれたアロアという少女。

 その後イサに施設を案内されている間も何度となくこちらをうかがっている様子が見られたが、特に何かを仕掛けてくるようなことはなく、今日は終わった。だが、なんの意図があるのか絡んでこようとすることと、クジで選ばれたという法衣は気にしないわけにはいかない。

 伊達の「仕事」の常道は、まずその場における『主要人物』をピックアップし、それにアクセスすることが習いだ。『主要人物』は時に『主人公』であり、『主人公』は一見にして見分けがつく特徴を持っていることが常。わかりやすいまでの特徴を持つ青い少女は彼の「仕事」上、無視し難い存在だった。


『お前から見て、どうだ? 主人公だと思うか?』

『ん-、大将もそう思ってると思うんスけど、微妙なセンではありますなぁ』

『ほう?』

『だっていきなりしびれ薬っスよ? しかも自爆してるし。あの絡み方は主人公というか……』

『わかった、もういい。それ以上は無しにしよう』

『……ですなぁ』


 クモの考えが面倒くさい方向に行きそうだったのでさえぎっておいた。

 突然都会からやってきた色々なことが出来る若者に、初っぱなからドジを絡めながらちょっかいをかけてくる。考えたくも無いがその人物の方向性は――


『どう考えてもヒロインっスよね、べったべたなラブコメ系の』

『だからそれを言うなっ!』


 主人公、ヒーロー、ヒロイン。そのどれもが指す性別の違いを除けば同じ意味だ。だが後ろ二つの言葉には別の意味もある。主人公がヒーローだった場合のヒロイン、またはその逆だ。


『仮に大将が主人公ってことだったらそうなっちゃうじゃないスかぁ』


 真顔で椅子の背もたれに腰掛けて足をぷらぷらさせるクモ。伊達は背を向け、不愉快そうに煙を噴かした。


『……? そんなに嫌っスか? 性格は難有りそうだけどかわいい子じゃないスか』

『あのな…… 俺は二十五だぞ? もう戸籍上は二十八だ。若い頃ならいざ知らず、薄ら寒い恋愛系の主人公なんざやれるか! だいたい相手は十五じゃねぇか!』

『世間的に見ればロリコンっスな!』

『だから言うなっ! アホっ!』


 伊達が力いっぱい振り返り、なぜか元気いっぱい笑顔で言ったクモに思念が降り注いだ。いっぱい。

 歳のことは抜きにしても、伊達はそういったややこしい「仕事」が嫌いだった。様々な経験を持つ彼ではあるが、人の惚れた腫れたにはうとい。

 人と深く付き合い続けることが出来ない、彼故の弱点だった。


『いいじゃないスか大将、年上のお兄さんが、まだ何も知らない少女に恋心を教えてあげて去っていくんスよ。ここんところそういうのご無沙汰でしたし、たまにはやってくださいよ~』

『お前な……』


 とろーんとした表情でうっとり語るクモ。伊達のこめかみに青筋が立った。


『だって最近バトルばっかでしたし、そろそろそういうのやっとかないと飽きられちゃいますよ?』

『はぁ? お前にか?』

『いえ、読者っス』


 何を言い出すんだコイツは。と、伊達は渋い顔で目を閉じた。


『前に会った時にそういうことを恭次きょうじさんに言われたっスよ。編集さんによく言われるんだけど兄ちゃんの体験だしなぁ…… って困ってました』


 ああ、そういう意味か。と、伊達は煙を吐いた。


『……どうせ俺は読んじゃいないんだからお前の好きに脚色すりゃいいだろ、つっとけ』

『え~』


 クモの避難の声をよそに、再び窓際に立って煙を噴かし始める。


『ま、残念だがな、クモ。今回はお前や恭次が喜ぶような展開にはならねぇよ』

『えっ? ひょっとして大将、なんかわかってんスか?』

『いんや、特にはわかってることなんかないさ。だがなんていうか…… 勘だな。感じるんだ、今回の「仕事」はそんな生温い内容じゃないって空気をな』

     

 開かれた窓から見上げた空。星空は天を青く染め上げていた。


『大将』


 己の勘を信じ、確信を持って空を見つめる伊達に、クモは笑いかけた。


『そういうの知ってますよ、確かキボーテキカンソ――』

「ぶっとばすぞてめぇ!」


 べちゃっと、クモが壁に張り付く。もうぶっとばされていた。



 ――窓の外には満点の星、二つの月が煌々と隣り合っていた。


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