2.青き衣の修道士
「この度は私どもの要請に応じていただき、ありがとうございます」
礼拝堂の隣にある応接間にて、低いテーブルを挟んで壮年の男が頭を下げた。見事な白髪から繋がってそろえられた顎髭―― リンカニック型の髭が渋さを見せる、左目にかけられた片眼鏡が印象的な体格のいい男だった。
「私は当教会の神父、レナルドと申します」
「これはご丁寧に。本部にて修士をさせていただいております。ダテです」
それほどガッチリした体型では無いせいか、妙に法衣の似合うダテが丁寧に答えた。
「いやはや、驚きました。まさかお噂に聞くダテ様がお見えになるとは私どもも思ってはおりませんで」
「いえいえ、本部の方では私の扱いに困っているところもあるようで…… あまり良い言い方ではありませんが、体のいい厄介払いというところなのでしょう。とはいえ、私としてはようやく「仕事」らしい仕事を任されたようで、今回の要請を喜んでいる次第です」
「そうですか、それはよかった」
ガチャリと、無遠慮な音を立てて扉が開かれた。
「粗茶でーす!」
レナルドとダテの顔が、開け放つと同時にもたらされた元気でありながらやさぐれた感じのする大声に向く。
そこには盆の上に二組のティーカップを乗せた、青い法衣に身を包む小柄な少女がいた。
「これ、アロア…… お客様の前です。声を落としなさい」
「へーい、あっ、はーい」
いかにも、「たしなめられ慣れている」といった風情で少女は軽く会釈をし、テーブルの上に盆ごと紅茶を置いて部屋を出て行った。
「ふぅ……」
少女が完遂しなかった紅茶を客人の前に置く行程を自ら行いながら、レナルドがため息を吐いた。
「今のは?」
「ああ、申し訳有りません。アロアというのですが、幼い頃からこちらにいるというのに躾が行き届きませんで…… もう十五になるので、そろそろと落ち着きを見せて欲しいところなのですが……」
ベールから薄い色合いの緑髪を覗かせる元気な少女。小柄さと言動からはもう少し幼い印象を受けたが、ダテはそれよりもまず、聞かねばならないと思われる点を述べる。
「……どうして、青い法衣なのです?」
澄み切った空の深い部分のような、青い法衣。
彼が今着ている法衣も、目の前の神父の着る法衣も、先ほど案内に訪れたイサという修士が着ていた法衣も同色。光に照らされた部分がわずかに紫を帯びる黒色のものだ。白ならば高位の者に見たことがある。だが、青は初めてであり、聞いたこともなかった。
「習わし…… というやつですな」
左目のモノクルを少し指先で上げながら、レナルドが言った。
「いつから始まったものかはわかりませんが、当ルーレント教会には修士の中から誰か一人、代表のようなものを決めておく決まりがありまして」
「代表…… ですか?」
「ええ、まぁ…… 儀式や祭事など特別な行事の際、とりわけ目立つ役柄に抜擢される、そういう者です」
妙にひっかかる内容だった。一目で粗雑だとわかるような少女が、その代表をしている。性格的にも年齢的にも、一見した限りのイメージでは不釣り合いなように感じる。
「はっはっはっ……! 今、どうして彼女が、と思っておられますな!」
「え!? あ…… いや……」
思案顔で思わず彼女が出て行った扉を見ていたダテは、思いを見透かされて取り乱した。
「クジです」
「は?」
「その役目に誰が抜擢されるかは、クジ引きのようなもので決めるのですよ」
「ク、クジですか……?」
呆気にとられるダテを愉快そうに見ながら、レナルドはやや困った顔で言う。
「あれはあの通りの性格ですし、長くはいても未経験な子供です。私とて自ら任せていいというのなら先ほどあなたを案内した、イサのような者を指名しますとも」
「ま、まぁ…… ですよね……」
「本人も嫌がっていますし、出来ることであれば役目を降ろしてあげたいのですが、決まりは決まりですから」
宗教にしろ一つの村にしろ、ダテの本来の世界にしろ決まりはある。例え理不尽であろうとも時代に即していなかろうとも守らねばならない、そんな決まりが。
「……難儀ですね」
「ふふっ、とはいえ、そういう強制もあれにはいい薬になるのかもしれません。事実、ああ見えて行事に関しては意外と真面目ですから。きっとクジも、神の思し召しなのでしょうな」
「はは……」
なんと言えばいいのやら、思いつかずにとりあえず笑って流すダテだった。
~~
イサをはじめとする数人の修士達が教会の外へと出、その中にダテも加わっていた。住み込みや通いの者を含めて女ばかり十人に満たないルーレント教会、休暇中の者を除けば総出という絵だ。
「では、イサ。しばらくの間、皆を頼む」
「はい、神父」
イサと挨拶を交わしたレナルドが、体をダテに向けた。
「ダテ様、ご多忙になられるやも知れませんが、どうぞ村をお願いします」
修士の若者に礼儀正しく頭を下げるレナルドの頭に、ダテは手をかざした。
「旅の安全に、祈りを」
黄金色の光の粒がレナルドの体に、無数の蝶のように舞った。その場にいた修士達の何人かから、息を呑む音が聞こえた。
「これは……」
自らの体を取り巻いた光を、レナルドが物珍しそうに見回す。
「祝福です。都の本部の方でやっている旅の儀式のようなものですのでお気になさらず」
「そうですか、ありがとうございます。では、私はこれで…… ああ、アロア! ダテ様に迷惑をかけぬようにな!」
訝しげな表情で修士達に隠れてダテを見ていたアロアが体を震わせ、「お、おぃい……!」と「おう」と「はい」の混じった微妙な返事をした。やれやれと、レナルドは苦笑交じりで一息吐き、彼らに背を向けた。
乗客を待っていた馬車が馬に軽くムチを入れ、神父を運んで遠くなっていく。
「それではダテ様、神父の留守の間、よろしくお願いいたします」
修士達がイサを筆頭に、ダテに向かって礼をした。黒の法衣に混じっている青いのは礼をするべきかどうか周りを見回している間に、礼の機会を逸した。
「不慣れな修士ではありますが、精一杯やらせていただきますので、どうぞご助力を」
帽子を取り、ダテは精一杯の礼儀を尽くして頭を下げた。そして――
「うっ……」
顔を上げ、その状況に絶句した。
明らかに、何人かの修士が「ほうっ」とした顔でダテを見ていた。
――この世界、やはりやりにくいぞ……
ここに来てからの一ヶ月の経験が、面倒を予感させて止まらない。
「さて、ではみなさん、お務めに戻ってください。神父不在の今です、皆が何が出来るかを自分で考えて動かねばなりませんよ」
後ろに居並ぶ修士達をイサが手を打って払った。はたと、皆が我に返ったように教会の中へと庭へと散っていった。
「ダテ様、私も務めがありますので、申し訳有りませんがしばし先ほどの部屋、応接でお待ちください」
「は、はい、ありがとうございます」
「……? では」
ダテの意味の通らない礼に少し首を傾げ、イサもその場を後にした。
慣れてきたとはいえつくづく面倒な世界だと思いつつ、一人にされたダテはぼうっと蒼天に映える白い三角屋根の建物を見る。ここでの「仕事」がこの世界との縁の切れ目であることを願って。
そんな彼に、土を踏む軽い足音が近寄った。
「お、おい! おまえ、なんで……!」
「う、うん?」
青くてちっこいのが、ダテの体や顔をまじまじと見ながら取り乱していた。
「何が、なんでなんだい?」
「う…… うぅ……!」
言葉に窮する様子を見せた後、少女は背中を見せて走り出し、慌ただしく教会の中へと入っていった。
「なんだ……?」
よくわからない所作に呆気にとられて佇むダテ。
彼女の言動の意味が理解出来るまでは、あと三分ほどの時間が必要だった。




