12.砂漠の果て
不愉快を撒き散らすように砂混じりの岩盤を早足で歩くウェイロン。
「クソッ! まったく大失敗だよ!」
砂漠化の深度を会社に言われるままに直接調査に来ただけ、たったそれだけの仕事のはずだったのに思いもよらないお土産をもたされてしまった。この怒りのやり場をどうすればいいのか、いや、それよりももらったお土産をどう報告すればいいのか。
そんなことで頭の中をいっぱいにしながら船を目指して歩き続ける。
――「『ヘヴゥゥゥンズッ! クラァーッドッ!』」
後方から、いきなりの大音響が木霊した。
聞き覚えのある、というよりもさっきまでよく聞いていた青年の声が、なぜかもの凄いボリュームで、なぜかエコーがかかって耳を打った。
「な…… なんだ……?」
振り返ると青いブルゾンを着込んだ例の青年が、妙にビシッと決まったポーズで背中を向けて右手を上げていた。
意味不明な行動に怪訝な顔を向け、呆然と立ち止まってしまうウェイロン。彼はその目に、輪を描いて意味不明な幻想の光景を見る。
「ワォ……」
天上から、厚い雲と紫の空気を裂いて一筋の光の柱が青年に射した。その光は白く、淡く金色に輝き、淀んだ世界のその場所のみを聖地へと変貌させるが如く周囲を照らす。
かつて多くの他者の隷属を目的に、野心を持った統治者は死を恐れる人々の心理を利用し「宗教」を創った。それは人を動かし、国を動かし、世界を動かし、争いを巻き起こした。「宗教」が完全に否定されたのは遡ること百と五十世紀前。
今では世界でも「考古学」として捉えられる彼の世界での古の歴史。学者でなければ最早知る者も、語る者も無いその頂点の存在の名が、口をついて出る。
「神よ……!」
身が震えずにはいられない、無毛の地に舞い降りた神聖な光に目を奪われ、立ち尽くす。
光の中、空から降る「一振りの聖具」が青年の手へと渡った。
右手が薙がれ、幻想の世界は消失した。
「あれは……?」
青年の手には、一本の白く輝く剣が握られていた。それはウェイロンの知識の中にある「カタナ」と呼ばれる存在だった。両手に握り変えたその切っ先を、青年は隕石へと向ける。
伊達は剣を青眼に構え、目を瞑って深く呼吸を整えた。
隕石までの距離は始めにウェイロンと殴り合った時と同じく、百メートル前後に間合いを開けてある。難しくは無い―― が、それほど容易いことでもない。
隕石の「魔力を吸収」する特性が難易度を上げていた。
「よし……」
慎重に、勝利のイメージを作り上げた伊達が、目を開いた。
残された僅かな魔力を足に灯らせ、垂直に地面を蹴る――
「はあああぁっ!」
上空から神速を持って幾重にも振られた剣、その太刀筋が、とてつもない数の衝撃波となって隕石へと襲いかかる。
二合、三合―― 二十合、三十合――
衝撃波は杭打機のような轟音を響き渡らせ、巨大な隕石の破片に次から次へとひびを入れていく。
第一陣となった衝撃波達が止み、伊達が大きく振りかぶった。
「はぁっ!」
裂帛の気合いと共に放たれた最後の衝撃波、空間に歪みを波立たせたそれが空を走り、
――重い爆音を円周上に轟かせ、全ての隕石を粉砕した。
「行くぜっ!」
打ち上げられ舞い散る破片、その全てが地に伏すのも待たず、伊達が『最終奥義』を放つ――
「『ヘヴゥゥゥンズッ! スラッシャアァアアアーッ!』」
上段から袈裟斬りに振り下ろされた剣から、隕石が元の大きさであろうとも構わず飲み込んだであろう程の巨大さを持った光の波が放たれる。それが剣が走った軌道と同様に鋭角な孤月の形をしているとは、地上の者には放った伊達をしてもわからない。全てを飲み込む、単発にして強大な光の衝撃弾。伊達が持つ究極の切り札にして、未だ破られたことのないまさに最後の技だった。
粉々に砕け舞っていた隕石は光の弾丸に飲み込まれ、その大き過ぎる力に奪うことさえ許されず、頂上の山岳と共に消滅した――
一つ息を吐き、伊達は白刃に自分を映し、頬を掻きながら言った。
「なぁ…… もういい加減恥ずかしいからさ、叫ばないとダメってのは無しにしてくれないか……? 今も充分恥ずかしいが、後五年もするとさすがに俺も――」
ひょいと剣は伊達の手を逃れ、空を飛んで、天空へ昇っていった。
「あっ、ちょ、おまっ! 待てコラてめぇっ!」
究極の技の究極の難点について改善を要求した伊達を無視し、剣は中空にて光を撒き散らしてかき消えた。
「く、くそ…… なんでそこだけは頑固なんだ……!」
消えてしまった剣に対して悪態をつく伊達、気を取り直し、彼は後方を見る。
「……!?」
ビクッ、と、一部始終を見ていた男が身をすくませた。
にやりと笑い、伊達は大声で言い放つ。
「聞いて驚け! 俺は世界に使わされた勇者ダテだ! 貴様らが何をしようと何度現れようと! 俺は何度だって現れる! 帰ってよく伝えておけ! 次にここに貴様らが現れることは我らが世界に対する宣戦布告と同義と見なすとな!」
右手を向け、残りカスとなった暗黒の魔力弾を一発、放ってやる。どう、と音を立て、ウェイロンの真横にあった岩が砕けた。
「ひっ、ひいいいぃいっ!」
最新の戦闘服により驚異的な力を持ちつつも、中身はただの会社員に過ぎないウェイロンはその驚異的な力を使ってとんでもない速さで逃げ出し、船に戻っていった。
「はぁ…… こんなもんかな……」
ただウェイロンを倒すだけ。それだけではまた、彼の後ろ盾になっている連中がここに来ないとも限らない。圧倒的な別次元の力を見せてからおどしつけて帰らせる。伊達の狙いはそこにあった。
確実性は微妙なところだ。だが、他に思いつくこともない。
自らの思いつく、出来る限りのことは精一杯やる。そこから先は『世界』とそこに住まう者達次第。それが伊達の「仕事」への気構えだった。
発進し、砂煙を巻き上げながら青白い炎とともに小さくなっていく機体を、伊達は疲れた目で眺めていた。やがてそれは空に吸い込まれ、見えなくなった。
一陣の風が舞った――
「……!?」
紫色の瘴気の層が、空気に押し流されるようにもやとなって動き薄くなっていく。伊達は中空を見つめていた視線を下ろし、周囲を見渡す。
吹き飛ばし、鎮座していた地表ごと消滅した隕石の跡、その場所に空気が渦巻いていた。
不可思議な現象に伊達が一歩歩み寄った、その時――
膨大な魔力の波動が隕石のあった場所を中心に吹き荒れた。波動を受けた大地が大輪を広げるように色づいていく。乾いた大地は浅い緑に塗り替えられ、小さな蕾が方々に顔を出す。斃れ伏した者達の体が役目を解放されたように姿を消していく。
閉ざされた厚い雲がその扉を開け、世界に光が降り注ぐ――
植物がその葉を踊らせた。花は思い思いの色を点けた。大樹が待ちわびたように大地に根を下ろした。裂かれた大地からは水が噴き出し、命を称えた。光の粒子が舞い、精霊が在るべき姿で再降臨し、いずこから舞い降りた鳥達が歓喜の泣き声を聞かせた。
伊達は言葉を失っていた。
ふと、気づけば乾いた世界などどこにもない。かろうじて、前に広がる光刃によって作られた大きな窪みと、標高の高さだけが彼に現実感を与えている。
一つ、流れる水が容姿を象る美しい精霊が伊達の元へと寄り、水流の手が彼の手を取った。精霊は連れて歩ませ、優雅に地の一点を指差すと、微笑みを見せて彼の元を離れていく。
指された方向、植物の中に一際大きな輝く芽が生えていた。
歩み寄り、屈み、伊達はその芽に微笑みかけた。
「……お前のおかげで、どうやら命拾いしたらしい。ありがとな」
新たな世界樹の芽は、四枚の葉を風にたなびかせた。
お疲れ様でした。『#5』はこれにて終了です。
今回のお話は『伊達良一シリーズ』の中で
一番最初に作られたストーリーを小説向けに改稿したものです。
お楽しみいただけたのであれば、幸いです。
まだまだ続く伊達の「業務報告」、
終わりまで、どうか気長におつきあいください。




