11.浸食する石
心臓が、狂ったように動く。伊達の体を高熱が支配し、鼓動に合わせて世界が歪む。
「っ……!? なっ…… うぁ……!」
降ろそうとしたウェイロンの足が、声にならない声とともに引かれた。人ならば感じるだろう、触れたくないもの、生理的嫌悪。
――伊達の両腕が、何本もの触手に変貌していた。
「そ、そうか…… そんなことも出来たか…… だが、そんなものは今更……!」
ウェイロンは知っている、先ほどの魔法と違い物理的な質量を持った現象として理解出来るそれは戦闘服の演算可能範囲。要するに対応枠内のものであると。
だが、ウェイロンは知らない、
「無駄な抵抗だ!」
――今まで伊達が変化出来たのは、右腕だけだったことを。
着用者の意思を読み取り、戦闘服が伊達の胸部へと完璧な動作で蹴りを落とす。ヘルメットの内部にスキャンされた対象者へのダメージが表示され、胸骨へと重大な損傷を与えたことを知らせる。
確認し、にやりと笑ったウェイロンの表情が、次に送られたデータにより一変する。
――『アラート エネミー形状変更 損傷率再解析中・・・・』
「……!? なっ!? こ、この……!」
ここにきてのアラートにウェイロンが焦りを見せ、執拗な攻撃を始める。
右足が何度も何度も、伊達に向けて下ろされた。
――『アラート エネミー形状変更 損傷率再解析中・・・・』
伊達はされるがままに、ウェイロンに蹴られ続けていた。
もはや身体強化も切れ、なす術もない。だが、不思議なことに痛みはなかった。あるのは高熱に浮かされる頭と、何かに思考を支配されていく感覚、もう死ぬのだろうという達観。そして――
――あの石は魔力を吸収し、それを元に『ウイルスを吐く』。
再び思い出す。老人の言葉――
「く、くそっ! どうなってる!」
ウェイロンのヘルメットの中、同じアラートが止まない。どんな生物でも単独で打倒可能な最新鋭の戦闘服。それが放つ蹴りは人間など相手にはならず、骨から内臓から、一発で潰せて当たり前の代物のはずだった。
だが、アラートは止まない。むしろ蹴った部位が『硬くなっている』ような気配すら感じる。
「な、なら! もうこれで終いだ!」
ウェイロンは足を振り上げた。目標は一点、伊達の頭部――
「……?」
片足を上げたウェイロンに向かって、何かが飛来した。
それは丸く、白く輝く『光の玉』。
玉は四枚の羽をはためかせ――
「う、うああああああっ……!」
ヘルメットを通過してウェイロンの目の中に入った。
「うぁあっ!? なんだぁっ! 眩しい! やめろ……! あああっ!」
激しい発光を見せ、逃れられては入りこみ、逃れられては入り込み、光の玉はウェイロンの目を狙って飛び回り続ける。着用者が苦しんでいる状況を理解出来ず、戦闘服がメット内を赤く明滅させる。目を閉じようとも瞼の中に入ってくる光の玉に、ウェイロンは頭を振りながら逃げ回る他無かった。
だが、それは長くは続かない。数秒の後、光の玉は輝きを失い、伊達を振り返る。
『マケナイデ……』
そして、消えた――
かっ、と伊達の目が見開かれた。
両腕の触手が波打つように蠢きだす。
「はぁっ、はぁ……! な、なんだったんだい今のは――」
激しい光にさらされ視力が戻らないウェイロンは、急激な動作で跳び上がった戦闘服の動きに振り回されて一瞬意識を失いかけた。
「……!?」
何が起こっているのかを把握出来た時にはすでに遅く、戦闘服の回避出来るレベルを超えた触手の群れが包むように襲いかかっていた。
伊達の左腕と『左足』から放たれた触手は細く、強靱さを持ってウェイロンに捕縛をかけ、その動きを中空に封じる。
徐々に辺りの暗さに慣れを見せ始めた視力が伊達を捉え、ウェイロンはその目が強く、自分に向けられていることを認識した。そして、伊達の右腕が上がり――
「……っ!?」
二本の指先が急速に伸び、刃物と化してヘルメットに衝撃を与えた。
「……っ、くくっ……! やるねぇ…… 怖いじゃないか。だがそんな程度の衝撃ではこの戦闘服のメットは……」
ヘルメットに突き立ったままの触手を見やりつつ、ウェイロンが触手より脱出を試みようとする。
――二本の触手が動き、ねじり合い、互いに絡まる。
「馬鹿にすんなよ、ウェイロン…… 俺の時代にもこれくらいの技術はある」
「なっ……!?」
螺旋状に絡まりあった二本の触手が、その細い軸で高速回転を始めた。
「あっ……!? ああ……!」
先端がメットの表面と小擦れ合い、耳をつんざく高周波をまき散らす。先端が少しずつ、少しずつと埋没し、その『ドリル』が内部に侵入を始め――
全力で触手を振り切った戦闘服の動きが衝撃となり、ヘルメットの前面が砕け散った。
「ちっ……!」
捕縛から逃れ、地面に転がり落ちたウェイロンに伊達が舌打ちした。
すぐさまに身を起こす様子を見せたウェイロンは、反撃に動くのではなく、膝立ちのままその場にとどまった。両手を眼前へと持って行く、その両の手が小刻みに震えていた。
「うぁ…… あ……! メットが、割れて……!」
酷い狼狽だった。何度も穴の開いたヘルメットの正面を指で確かめ、そこに何も無いことを実感する度、焦りを覚えて顔色を悪くしていく。
愕然と、地面と両手だけを見つめていた視界に、ふと影が差す。
「よぉ」
振り返ることと、吹き飛ぶこと、そのどちらが先だったかはわからない。
いつの間にやら忍び寄っていた伊達の強烈な蹴りが、うずくまっていたウェイロンを宙に浮かせ、地面に俯せに叩き落とした。
「がっ…… かはっ……!」
処理の体制とウェイロンの体勢が悪かったのか戦闘服の反応が遅れ、まともに食らったウェイロンがうめく。顔を上げた先、睨んだままに笑みを浮かべる伊達の顔があった。
「そんな…… なぜ……?」
骨も内臓も無事ではないはずだった。ましてや起き上がるなど不可能。だが今の伊達は確かに二本の足で立ち、苦痛に顔を歪めている様子も無い。
「お、おかしいだろう、なんで平気なんだ……!」
「さぁ? 俺が勝ったってだけじゃねぇのか?」
「勝った……?」
伊達は笑いながら服の裾を掴み、腹から胸の辺りまでをめくり上げた。
「なぁっ……!?」
無駄なく鍛え上げられた肉体の造形はそのままに、肌が金属の光沢を持つ、鈍色に染まっていた。
「へへ…… 際どかったぜ。なんせ普通は胴体まで達したらアウトらしいからな、もう少しで頭まで支配される所だった…… だがおかげで痛覚も何も無い。死なずには済んだらしいぜ?」
呆然となるウェイロンに対し、伊達は悪意のある笑顔のままで歩み寄る。
「さぁ、お前はどうなるかな? 試してみようか」
「た、試す…… 何を……?」
戦闘服の肩口を掴み、「その」方向へ向けて引っ張る。
「メットが割れたってことは、お前ももう俺のご同輩だ。遠慮はいらない、一緒にウイルスまみれになろうぜ?」
「ひっ……!」
恐れていた事実を口にされ、ウェイロンが蒼白になる。引っ張られている方向、その向こうには例の隕石があった。
「ははっ、どうしたどうした、どうせ遅かれ速かれ「こうなる」んだ。さっさと最後までいった方が気も楽だろ?」
ぐにゃりと、掴んでいた手が赤黒く変色し、掴むというより絡みつく。
「うまくいけば俺みたいに化け物にならずに? 済むかもしれん。なったらなったで処理してやるから、試してみようぜ? まぁ俺にはワクチンがあったが、お前はノーロープバンジーってことで」
「バンジーってなんだよ! 意味がわからない!」
「ああ、さすがに二万年もあとじゃ通じないか…… まぁいいや、ほら」
ぐいぐいと引っ張る触手を、ウェイロンは必死にふりほどいた。
「え、ええい! もういい! くそっ!」
「ええっ? そんなこと言わずに……」
「ウイルスになんか洗脳されてたまるかっ! 僕はもう帰る!」
「帰るってお前…… 帰ったって「こうなる」だろ?」
こうなった指先をうにょうにょ動かす伊達。
「ぼ、僕の星は進んでるんだ! ウイルス一種類くらいあっという間に解析できるさ!」
「おお、すげぇな…… だといいが」
「じゃあな! リョーイチ! 行っとくけど帰る邪魔するなよ! ディスプレイが割れただけならまだ戦うには問題無いんだからなっ!」
「はぁ…… へいへい」
つい先ほどまで殺し合いをしていた相手に向かって一方的に別れを告げ、ウェイロンは自らの乗ってきた船に向かって歩き出した。
ウイルスの副作用とも言うべきか、一命は取り留めたが今の伊達にはどの道抑える術も無い。そして、そのウェイロンの行動は彼にとって好都合なことだった。
「さて…… 一応思い知らせておかないとな……」
軽く喉の調子を確かめ、ほくそ笑む。
――彼の「仕事」の仕上げが始まった。




