10.回転する砂時計
倒れて動かなくなった伊達に向かって、ウェイロンは歩き出す。
「隕石には近づきたくないんだけど、珍しいサンプルだ。危険を冒してでも回収する価値はあるね……」
六十メートル、五十メートル―― ウェイロンが伊達に近づく。
四十メートル、三十メートル――
「――はっ!」
「……!?」
突如、起き上がった伊達の右腕から紫色の光弾が射出された。戦闘服が素早く反応し、光弾はウェイロンの頭の横すれすれの位置を通る。
「ちょ、ちょっとちょっと! なんで生きてるんだい!」
「うるせー! あのくらいで俺が死ぬか!」
なおもその手からは光弾が放たれ続ける。
「っていうかそれ何!? どういう仕組みで撃ってんの!?」
「魔法に決まってんだろボケェッ!」
「ま、魔法!? そんな漫画な!?」
「さっきの戦いでも撃ちまくってただろうが! ……ん?」
不意打ちを乗せた反撃とばかりに魔法を撃ち続けていた伊達は、奇妙な違和感を覚えた。
――まさか、こいつ……
高速で射出される光弾。それを避け続けられているのは確かだが、その避け方が不自然というか、どうにもぎこちない。
「うわっ、うわわっ! 待て、待ってくれ!」
そして何より、ウェイロンに余裕が見られない。
その様に、伊達がほくそ笑んだ。
「ふっ…… ふふ…… はははははっ!」
「オ、オオウ……?」
「ははははっ! わかったぜウェイロン! お前、いや、お前ら魔法を知らねーな!」
世界の有り様は様々。魔法使いがいて、精霊もいるようなファンタジックな世界もあれば、魔力が存在せず、魔法が存在しない世界もある。
そして―― 地域や次元によって魔力の有無が隔てられた世界もある。
「知るわけないだろっ! そんなの学会でとっくに否定されてるよ!」
「そうか! お前らの知る世界は狭いな!」
伊達の光弾を避け続けるウェイロン。そのヘルメットの内部が赤く、エマージェンシーを告げて明滅していた。
これは伊達にとって幸運だった。
彼は単純に、戦闘服が「入れられたデータにないもの」への対応に追われているため、動きが鈍くなっているものだと思っている。その考えに間違いは無い。だが、仮に彼が炎や氷塊を放ったり、念動によって石つぶてを放ったのだとすれば戦闘服はこれまで同様、伊達の攻撃をなんなくかわしていただろう。
彼は今偶然にも、奪った魔力である「暗黒」の魔力ばかりを体に宿し、まともに行使できるものはそれを元にしたもののみだった。
「うわー! 死ぬ! 死ぬぅっ!」
「はははははっ!」
戦闘服が対応出来ていない理由、それは「未知の現象」による攻撃。それがもたらす被害や安全域を計算しきれず、ウェイロンの目線から取れるデータのみで回避を促している結果だった。
「ええいっ! この……!」
腕を眼前に組み、ウェイロンは回避を捨てて突撃を始めた。ぼう、と腕の前にプラズマを基にしたシールドが張られ、物理的な破壊力を持つ伊達の魔法を弾いていく。
「おおっ!?」
肉弾戦になれば有利、それを知っているからこその行動だった。ウェイロンの目論見通り、今の魔力が薄い状態の伊達の身体強化は戦闘服のスペックには及ばない。
「はっ……! アホめ!」
戦闘服任せにとんでもない速さで迫るウェイロンを前に、伊達は両手をかざし、唱えた。
「『タール』!」
淀んだ黒い霧が伊達の前方へと放たれる。霧状であるのに粘性を感じさせるそれはウェイロンを取り囲み、全身に絡みつく。
「なっ!? なぁ!?」
止まらないエマージェンシーの中、ウェイロンが混乱する。
「おめでとうウェイロン! お前の『すばやさ』が下がった!」
「な、なんの話――」
言い終わらないうちに、伊達が地を蹴り、立ち止まったウェイロンに向けて突っ込む。
乱打、乱打、乱打――
拳に、足に、四肢全てを使った暴力の渦がウェイロンを飲み込む。
データにある物理的な攻撃に対し、戦闘服は精密な反応を見せる――
「うぐっ……! がはっ……!」
だが、伊達の暗黒魔法『タール』によって鈍くなり、処理の大半を今の異常事態の解析に向けている戦闘服はその鉄壁を徐々に崩し始める。
「らぁっ!」
腹に蹴りを入れ、振りかぶるように放った渾身の右チョッピングライトが屈まされたウェイロンの頭部に炸裂し、不自然な体勢で体が地面を転がっていった。
その確かな手応えに、伊達が左手をぐっと握る。
「ぬぐっ…… くっ……! なんてやつだ……! 痛い! このスーツを着てて衝撃が痛いなんて初めてだ……!」
「ちっ、まだ動けるかよ……」
地面に手をつき、起き上がろうとするウェイロン。メットの明滅も収まり、意識もしっかりしているようだが、ダメージが残っていることは見て取れる。
「まぁいい、食らえ!」
伊達は手のひらに魔力を集中させ、構わず光弾の発射態勢に入った。
「くっ、くそおおおっ!」
鈍い動きに無理を聞かせ、ウェイロンが半ばヤケ気味に走り込む。
「……!?」
――加速の乗った直蹴りが伊達の胸板を打ち抜いた。
「がぁっ……!?」
再び伊達は、背後にある隕石の壁に背中から激突した。胸に背に、体が四散したのではと思うほどの衝撃が走る。
「え? あ、あれ……!?」
結果に驚いたのはウェイロンだった。
「な、なんで? あれ?」
思わぬ有り難い結果に戦闘服を見回す、異常事態を知らせていたメット内のアラートは消え、動きが重いと感じることもなくなっていた。
「くっ……!」
叩き付けられ地に落ち、横倒しになっていた伊達は必死に体を起こした。
「くそ……」
予想以上の衝撃に体が動かなかった。彼はやっとの思いで上半身のみを起こし、隕石に背をもたれる。
――こいつの、せいか……
伊達は忌々しげに、背中に当たる冷たい石に目を向けた。
ウェイロンがやぶれかぶれに突撃し、構わずそれを打ち倒そうとしたその時、彼の手に集束されていた魔力が霧散し、消えた。理由を考える間もなく、迫っていたウェイロンがそれとほぼタイミングを同じくして急加速し、蹴りを放ってきたのだ。
驚から驚、立て続けに起こった予想外の事態に伊達はなす術もなかった。
――あの石は魔力を吸収し、それを元にウイルスを吐く。
伊達の頭に以前聞き間違いかと思い、老人から二度聞いた言葉がよぎる。
彼らの戦いの場は石に接近しすぎていた。伊達が勝負を決めようと集束した魔力、ウェイロンの体に掛けられた魔法。それらは場に長くとどまっていたために「吸収」の対象になっていた。
そして今、直接触れ続けている伊達自身の魔力も――
「……!」
常態化させている「身体強化」が切れかかっていることに焦り、伊達は触れている石壁から背中を離そうとする。しかし――
「ぐっ……!? かっ……!」
先ほどの攻撃により、背中や胸の骨が何本と砕けていた。絶句する痛みが彼の行動を封じる。
「ふっ……! はははっ! なんだかよくわからないけど僕の勝ち、逆転のようじゃないか! 残念だったね! リョーイチ!」
「ぬ、ぬぅ……!」
まずい、と伊達は思った。
身体強化の切れた伊達の力は「人間よりは強い」程度で、野生の大型動物を倒せるか倒せないか、その程度のもの。大怪我をしていようとしていまいと、目の前の男にかなうべくもない。そしてこの世界、未だ伊達は『禁則』に触れる手段を見出していなかった。
ウェイロンは、睨む以上のことが出来ない伊達に対し悠然と歩き、迫る。
「さて、それじゃあ、丁度いいから君の素性から何から、勝者の権利として聞かせてもらおうじゃないか。僕は『僕が痛いこと』は嫌いでね、素直に話してくれれば骨の二、三本で済むかもしれないよ?」
勝利を確信したウェイロン、これまでにない醜悪な面構えだった。
「クソッタレめ……!」
悔しさを噛みしめながら、伊達は死を覚悟した。
「ふん…… あまり得策じゃないよ、強情張るのは。と、もう策も何もないか…… まぁ、とりあえず……」
「……!」
石にもたれた伊達に向けて、ウェイロンが片足を上げた。
「話したくなるまで踏みつけてやるから…… よく考えるんだな!」
ウェイロンの足が、伊達の折れた胸骨へと向かい、下りてゆく――
「――っ!?」
足が触れるか触れぬか、その時――




