9.砂上攻防
数メートルと上方に打ち上げられ、地表へと落下したウェイロン。ダテは軽くバウンドして大の字に寝転がったウェイロンから目を外し、隕石群へと目をやった。
「さて…… あれをなんとかしないとな……」
砕けながらにしてまだ巨石と呼べる大きさを誇る隕石。老人の話の通り、一辺の欠片も残さず処理をするとなれば膨大なエネルギーが必要だった。
ダテは隕石に向けて足を踏み出した。
「……何を、するんだい?」
その足が止まる。
「あんまりじゃないか、まだ話の途中だよ……」
「……お前」
緩慢な動作で身を起こそうとするウェイロンに、ダテの目が険しくなる。
「驚いたよ…… すごいパンチじゃないか」
ウェイロンは確かに、数メートルと上空へと浮き、落ちた。
加減はしていた。だが、多分に怒りに任せた部分もある。少なくとも人間であれば意識など戻るはずもない、ましてや身動きなど出来るはずもなかった。
「……なんで動けるんだ? 未来人ってのは体のつくりが違うのか?」
油断無く、ダテはウェイロンの様子をうかがう。相変わらず普通の人間、魔力も感じない。しかしそうであるはずのそいつは既に地に足をつけ、立ち上がっている。
「いや、遺伝子操作で昔よりはマシな体になってはいると思うけど、ヒトという生物であることには変わりないし、数千年前のヒトと大差無いはずだよ。さっきみたいなのをくらったら一溜まりも無いさ」
「そのわりには元気そうじゃないか……」
「生身ならね」
そう言ってウェイロンはスーツの手首辺りを引き、指先を引き締めた。その仕草にダテは目を伏せ、呆れたように後頭部を掻く。
「……技術の力ってわけか、すげぇな」
「ああ、その通り。僕達ヒトにはこういったスーツはかかせないんだ。宇宙には危険な生物も多いからね…… 特に、とんでもない数の化け物を生身でやっつけちゃうような、ね?」
睨みを利かせて口の端をつり上げる。不適な笑みだった。
「見てたのかよ…… なら相当なアホだな」
「おや、失礼だね」
「アホだろ、そんな危険生物相手に一人でコンタクトを取りに来る。んで、万に一つも好かれる要素のない話を垂れる。アホ以外になんて言えばいい」
「ふむ…… 価値観の違いか…… 君の認識不足かな」
「認識不足……?」
ダテは眉をひそめた。立っているだけのダテの足下で、砂が蠢き、小石が僅かに距離を置こうとする。
「ほんとに危険なら一人で来るわけないじゃないか。僕は賢いんだ」
「てめぇ……」
あれだけの打撃を受けながらこれだけの大言を吐く。ダテの知る中で、ただの人間としては初の手合いだった。
「さて、リョーイチ、さっきのことは水に流そう。僕は争いごと、特に痛いことは嫌いでね。素直にこちらの話に応じてくれないかな?」
「……どんな話だ?」
「君の雇い主について聞かせてくれ。あと、ワクチンの開発者を紹介して欲しい。それくらいかな」
「へぇ……」
相変わらず一方的な話を続けるウェイロン。伊達も、不敵な笑みを返す。
「たったそれだけか、だが、断ると言ったら?」
「そうだね…… ただでは帰せないか」
「ちなみに、言う通りにした場合は?」
「その上で、大人しく投降するなら君の命は保障しよう」
伊達は紫がかった暗い空を見上げ、声にならない笑い声をあげた。
「おや? どうかしたかい?」
ひとしきり笑い、笑顔のままで目線をウェイロンに戻す。
「はー、なんだそりゃ、笑わせてくれるぜ」
「ふむ…… 君の価値観じゃジョークになっちゃうのかい?」
「いんや、ジョークにもならん。呆れて笑っちまうだけだ」
彼は地面に置いてあったままの水筒を手にし、飲んだ。
「お前…… ウェイロンだったか?」
「ああ、覚えていてくれたかい、ウェイロン・マークスだ」
「ありがとよ、ウェイロン。俺は実のところ、ちょっと失敗したと思っていた」
「失敗? それはなんだい?」
「俺は幼く見られる方だが、これでももうすぐ二十二になるんだ。だからいい加減、妙な世界の人間だろうが歳下だろうが、よくも知らない他人様に対して「お前」呼ばわりする…… そんな頭のイカレたガキからは卒業しようと心がけていてね。なかなか直らないんだが」
飲み干し、カラになった水筒を自らの後方へと投げ捨てる。
「お前の性根が最悪で助かったよ。悪党に礼儀を持とうとはさすがに思わんからな」
「ふーん……」
水筒に続き、汚れたマントを脱ぎ捨てる伊達に、ウェイロンの目元が明らかに険しくなる。体中に魔力をたぎらせ始めた伊達の様子は、感じる力を持たないウェイロンにも殺気として伝わっていた。
「どうやら、破談のようだね」
軽くかぶりを振って、ため息交じりにウェイロンが言う。そして、手袋に包まれた拳を眼前に、争いに向けて構えを――
「はっ、遅ぇ!」
ウェイロンが身構え終わらないうちに、既に伊達はその真横に屈み込んでいた。振り向く瞬間すらも与えず、身体のバネを活かした彼の拳が腹部へと牙を剥く。
――その拳が、ウェイロンの片腕にはねのけられた。
「……!?」
反動に伊達はたたらを踏んだ。目を見開き、ウェイロンを見上げる。
「恐ろしいね、なんて速さなんだい。生物としてありえないよ」
「……ちっ!」
体勢を立て直した伊達が再度ウェイロンに踏み込み、両の拳で猛攻を仕掛けた。
動作に音が追いつかないほどの破裂音が間断すらわからぬテンポで鳴り響く。それはまさに機関銃のような乱打。
「うわっ! 速い速い! どうなってるんだい!?」
その伊達の拳が、全てウェイロンの両腕に防がれていた。
「なっ……! なんなんだてめぇ……!」
猛攻を続けながらもその異常なまでの対応速度に伊達が驚愕する。魔力による身体強化、速度だけになく、その破壊力すら超常とも言える彼の攻撃。ウェイロンはその全てを、こともなげに捌いていく。
「……!?」
拳を振るいつつ、伊達は気づいた。
「くそっ……!」
乱打中に放った右フックから連携させ、右足でのローキックを放つ。ウェイロンの左足が軽く上がり、ダメージのカットへと動く。
足と足がぶつかり合う乾いた音が木霊し、その体勢のまま、二人の動きが静止を見せた。
「おや、終わりかい?」
「なるほど、その服…… 完全に服任せで戦えるってわけか、驚いたぜ、すげぇオモチャだ」
メット越しに見えるウェイロンの目線は伊達の動き捉えきれておらず、気配で察しているという風でもなかった。
「オモチャはないだろう、最新鋭の戦闘服なんだよ、これは。一発殴られてスイッチが入っちゃったからね、覚悟して欲しい…… ね!」
ウェイロンの左足が地に降りた。瞬間、その体が屈み込み、猛スピードの足払いが伊達を襲った。咄嗟に軽く跳んで足をかわした彼の腹部に、今通り過ぎていった足が鎌首を上げて舞い戻り、前蹴りを加える。
「……!」
伸びてきた足を、伊達は両腕を上段から振り降ろしてたたき落とし、その勢いで空中回転からかかとを落とす。重い衝撃が両の腕でブロックしたウェイロンの足を、地面へと僅かにめり込ませる。
「残念」
伊達のかかとを掴んだウェイロンがそのまま超高速で数回転し、彼を振り回し、放つ。
――伊達の体が弾丸のように地表を滑空し、隕石に叩き付けられて地に落ちた。
「うん、飛んだね。まぁ生身の生き物としてはよくやった方かな……」
遠く、不気味な巨石の前で俯せに倒れた敵を見やりつつ、ウェイロンは首を振った。




