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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
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10.炎を纏いし空の王者

 レラオンが驚きに目を見開く。

 ユアナに投げられたガラの書が風に乗り、高く空へと上昇した。


 書は彼らから遠く、グラウンドの一点へと落下を見せる。


「よしきたっ! うおおおおおおっ!」


 そこに雄叫びとともに、紫の髪をなびかせながら一人の女生徒が走り込んだ。


「いかん……!」


 動こうとするも風に押されるレラオン。かくして――


「うっ……! ああ……!? な、なにこれ……!」


 ガラの書が、シオンの手に拾い上げられた。

 流れ込む情報にたじろぐ彼女の後ろから、笑みを浮かべる金髪の友人が現れ、


「おやおや、お伽噺(とぎばなし)じゃなかったようだね」


 両手に握られたその本に、迷いを見せることなく手を重ねた。


「シオン…… リイク……」


 シュンは呆然と、その光景を見ていた。

 守ることを、救うことを諦めてしまった友人達。彼らが見せたその奇跡の一部始終を。


「は、はは……」


 力が抜け、自嘲めいた笑い声が、湧き上がって喉を突いた。

 友人達を見ながら、シュンは自分がどれだけ思い上がっていたのかと、自らの至らなさを恥じた。守る、救う。そんな上からの考えなんて、全くもって恥ずかしい。

 彼らは上も下も無い、心の底から対等な、大切な友人ではなかったかと。


「くっ……! 一度に『真魔法』の使い手が三人もだと……!?」


 レラオンに焦りが走った。

 ただの魔法合戦であれば、学生三人などものの数ではない。

 だが、ガラの書が瞬時に伝える真魔法は『その者に最も適した属性のみ』。彼らが今、どのような真魔法を習得したのかは、『闇』のみを知る彼には全くの未知。

 加えて彼も今覚醒したばかりには違いなく、まだ自らの力に不慣れな点がある事実は否めない。


 リイクがシオンの手からガラの書を抜き取り、戸惑うレラオンに向け一歩前へと踏み出す。


「さぁどうする! ご所望とあらばこの本、ここにいる全ての者に触れさせるが!」

「ぬっ……!?」


 指揮官が如く精悍な顔つきで叫ぶ少年の後ろ、百名余りの生徒達の姿があった。


「な、何を馬鹿なことを……!」

「僕は公平な男だ! 民が望むのであれば古代の英知、余すこと無く臣民にもたらそう!」


 堂々とした物言いに、レラオンが気圧(けお)される。

 一目に群を抜いた風格を備える少年。そのような危険が過ぎる愚かしい真似を行うようには思えないが、制服が示す通りまだ子供でもある。レラオンには真意が読み切れなかった。だが――


 ――やれって言うのか、リイク……


 ちらと振られたリイクの目を、シュンは見逃さなかった。

 シュンの前には、リイクとガラの書に釘付けになるレラオンの背がある。


「わかっているのか貴様! その書は世界の力の在り方を変える! 凡百の人間の手に委ねていいものではない!」

「そう思うのであれば大人しくこの場を去れ! 僕はお前一人の手に渡すに比べれば、この場の皆に託す道を選ぶ! 我が学友達を信頼する!」


 うつぶせのシュンの体に、『癒やしの力』が流れこむ。


 ――シオン……


 遠くに見えるシオンが、シュンにちろりと舌を出した。

 遠隔から接している地面に流しこんでいるのだろう。『聖』属性の癒やしの力は間違いなく、シオンの魔力だった。


「ふん…… たかだか学生風情が真魔法を知った程度でいい気になるな! 貴様らと私では元が違うのだ! 貴様が行動を起こす前に我が力で奪い去ってやる!」

「ほう、出来るかな?」


 前につき出したリイクの左手に、金の煌めきが宿る。

 煌めきが一瞬に眩い光を発し、リイクの前に青く輝くクリスタル状の盾を出現させた。


「……! 防壁の真魔法だと……! 邪魔な……!」

「どうやら僕の属性は『氷』のようだ。普段最も得意なものが選ばれるようだね」


 リイクの更なるパフォーマンスに、今やレラオンは完全に囚われている。


 ――わかったよ……


 シュンは首を動かし、ユアナを見る。

 彼女は一度、こくりと首を縦に振った。



 ――やってやる……!



 レラオンの背中を定める。精神をその一点に絞る。

 たった一撃でいい、その背後に穿(うが)つ、絶対的な一撃を『開く』。


 目の前の氷の盾に対し、レラオンが右手に闇を(まと)った。


「くるよ! リイク!」


 シオンが叫んだ。


「ああ! 強烈な一発がくる! 油断するな!」


 爽やかに歯を見せ、リイクがレラオンを睨む。

 レラオンは防御を(こころ)みようとするリイクの様子にほくそ笑む。


「はっ、情けのない話だ! いざとなれば、結局は真魔法を広める勇気などないのではないか!」

「なんとでも言うがいい! その一発、耐えられるかどうか(ため)してやる!」


 シュンの体が炎を纏い、うつぶせから浮上する。


 ――我が友が放つ一発を、お前が耐えられるかをな……!


「言ったな愚か者め! 貴様の盾など我が真魔法の前では――」


 レラオンの右手が、後方へとひかれる。


「無力――」



「『イーグルドライブ』!」



 その強烈な気配に、レラオンが動きを止めた。

 彼の背後から、突き出した右の拳に螺旋状の炎を携え、全身を赤く燃え上がらせ、炎の翼で滑空するシュンが接近する。

 大気を震え上がらせる爆炎が、絹を裂くような怪鳥の叫びを上げ――


 レラオンの背中へと、豪爪(ごうそう)を突き立てた。


 凄まじい速度で打ち上げられ、前方のリイクを越え、生徒達の頭上を吹き飛んでいくレラオン。彼の体はシュン達から遙か遠く、グラウンドのフェンスに当たり、跳ねて落ちた。



 衝突の勢いのまま、生徒達の中へと転がり込んだシュンが立ち上がり、


「……や、やった」


 息も絶え絶えに呟き、膝をついた。



 ――わっと歓声が上がり、生徒達が拳を振り上げ、グラウンドを勝ち鬨の声が包む。


「シュン、大丈夫?」

「ひやひやしたわよ、でも褒めといてあげるわ」

「ユアナ…… シオン……」


 見下ろす二人の顔を見、シュンは安堵とともに目頭が熱くなるのを感じた。


「ありがとう……」


 格好悪く、すぐさまに顔を伏せ、それだけを呟く。

 本当に良かったと、無事に終わらせられて良かったと、そう思った。


「何がありがとうよ、今日のMVPはあなたじゃない」

「がんばったね、シュン…… 助けにきてくれて、本当に嬉しかった……」


 二人の柔らかな声に、シュンは肩が震えることを誤魔化し、


「よせよ…… かっこ悪い……」


 そう、嗚咽混じりに、絞り出すように答えた。

 二人に遅れ、彼らを囲む人垣をぬうように、シュンの背後からリイクが現れた。


「シュン……」


 シュンは伏せていた顔を、呼び声の方へと向ける。



「すまない……」



 ――リイクの膝が崩れ、その長身がグラウンドへと倒れた。



「リイク!」


 シオンが血相を変え、リイクへと駆けよる。

 ユアナが追いかけ、シュンも力の入らない足をもどかしく、不器用に彼へと寄る。


「どうした! リイク…… っ!?」


 息を吐くリイクの腹部から、赤く鮮血が制服を濡らしていた。


「や、やられたよ…… あいつ、吹き飛びながら咄嗟(とっさ)に…… 地面から…… 僕の背後へと、魔力の(とげ)のようなものを……」

「リイク! ちょっと! しっかり…… あっ!」


 声を上げていたシオンが、はっと何かに気づいたような様子を見せ、自らの手をリイクの腹部にあてがった。彼女の手に紫の光が散り、魔力が漏れ出す。

 ユアナがシオンへと顔を送る。


「シオン……? それは……」

「大丈夫、回復魔法…… 私の『真魔法』よ……」


 明かりが灯るように、ユアナが顔を綻ばせた。


「……それは、命拾いだね……」

「調子に乗らない、ちょっとお腹に穴が空いただけで人が死ぬもんですかっ」

「だが…… その魔法は、今はシュンに……」


 苦悶の表情を浮かべるリイクの目線に、シュンは予感を感じた。

 シュンは振り返る、その方向へと。


 グラウンドの歪んだフェンスを背に、レラオンが立ち上がっていた。


 その手には、『ガラの書』が握られていた――


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