1.空に羽ばたく者達
黒いジャンパーの男が舞い降りる――
洞窟内、高さ数十メートルの崖より飛び降りた男は、前を開いたジャンパーを煽られるまま、赤く光る底へと加速度的に落下していく。
眼下に見えるはマグマの海。全てを呑み込むこの星の溶鉱炉が蠢き、灼熱を放っていた。
重力が容赦なく体を引きずり込む。
マグマだまりへと、その身が迫り――
――男は『空中を』蹴った。
宙に跳ね返りを映すように緑の光の波紋を残し、その体が急速に前へと飛ぶ。前方宙返りを見せた男は赤い海の中央、小さな台地へと着地した。
片膝と片手を岩盤につき、着地に俯いた男が目を上げる。黒い前髪から覗く光景に、口元が片微笑んだ。
「これだな……」
呟き、男は立ち上がる。
彼の前には、時代の知れない石造りの祭壇があった。
四角い大小の石材を組み合わせたその上部には、三角の屋根の下に一室、小さな空洞が設けられている。
そこには、握った手に納めてしまえるくらいの、小さな灰色の玉が置かれていた。
男の手が、玉へと伸びる――
「……!」
途端、空洞の入り口に四本の紫色の柱が檻のように並び、手の進入を電撃によって遮った。
それと同時に、玉を置かれた一室の真下、広い真っ平らな石板に光の文字が灯り、碑文らしきものが彼へと呈示された。
文字は上方に一行。下方に三文字三行が書かれている。
「『解読』」
かざされた男の手から、灰色のもやのようなものが現れ碑文をなぞっていく。
アルファベットとも梵字とも取れないその文字列は、すべて「日本語」と「アラビア数字」に置き換わった。
――「暗証番号を入力せよ」
変換された上方の一行に、男は一つ鼻で笑い、口の端をつり上げた。その手は惑いを見せることなく、下方三行に並ぶアラビア数字を押していく。
――「4596」
入力とともに碑文が消えた。
したり顔で、進入を妨害してくれた電撃の檻を見やる男。
そして――
待てど、何も起こらなかった。
「……?」
男が眉を潜めたところで再び碑文が光る。
再度、四つの数字を入力する。
――「4596」
何も起こらない。檻は健在。
「……?」
男はジャンパーの内ポケットを探り、小さな手帳を取り出すとページをめくった。そして首を傾げながら、再々度浮かび上がった碑文を、一つずつ丁寧に押す。
――「4956」
しかし、何も起こらなかった。
碑文が光る、「4695」、消える。
碑文が光る、「6945」、消える。
光る、「6954」、消える――
誰が入れるのかというマグマの海の中心で、灼熱に歪む祭壇と格闘する男。
その繰り返しが十回を超えたその時――
――「9645」
消える碑文、その直後――
「ブブー」
祭壇が、『もう諦めろよ』と言いたげに典型的なハズレ効果音を発した。
「ぶっひゃっはっはっはっ! あっはっはっ! くはー!」
ドロンと煙が起こり、男の背後に小さな生き物が姿を現わした。
「なに! なにやってんスか大将! ぶふっ! あんた格好付けて自信満々で! ぶははははは!」
体長二十センチほど女の子が、肩までの金髪を揺らしながら腹を抱えて大笑いしていた。トンボのような四枚の羽と、緑の縁取りのある白いローブ。その姿はまさに妖精だが、窒息しそうに笑い煽る今の様には優美の欠片も無い。
「しかもなに!? 途中から怪しい番号そうあたっ、総当たりっスか!? あーもうダメ! もうダメ! 今回はさすがにツボにハマりすぎ――」
男の手が降り、妖精が叩き落とされた。
ぺちょんと岩盤に跳ね返った妖精がころころと転がり――
「あちゃちゃちゃちゃー!」
マグマに落っこちる寸前で飛び上がった。
「ちょっと! 危ないじゃないスか大将! ……へ?」
男に振り返り、文句を放った妖精が轟音に呆ける。
碑文を浮かばせていた石板が砕け散り、祭壇が煙を噴き上げていた。
「消えた」
「あ~……」
正拳突きのポーズのまま、一室から電撃の檻が無くなった様を確認する男に、妖精は額に手を当てる。
男は何食わぬ顔で灰色の玉を手にすると、薄暗い天井へと顔を上げた。
「……これで、こっちの準備は整ったな」
遠く、その意識は眺め続けてきた少年へと――
――頼んだぜ、『主人公』よ。
それは彼の、幾度と重ね続けてきた成功のスタイルだった。
暗雲を突き破り、吹きつける雨を弾き飛ばしながら一隻の飛行船が空を駆ける。
高貴を振りまくような深い赤の船体。比重の軽いガスを詰め込んだ気嚢には、茨とレイピアのエムブレムがある。
それは船体下部のゴンドラ内にて舵を握る、一人の少年の家柄を指していた。
「シュン、そろそろ限界だ。『真魔法』の影響範囲に入る」
舵輪から手を離し、長い金髪を後ろで束ねた長身の少年が振り返った。
「わかった、行こう」
彼の言葉に応え、シュンと呼ばれた黒髪の少年が頷き、傍らに立つ二人の少女と意を合わせる。
燕尾服の初老の男性が床板へと手を掛け、取り外した。ゴンドラの中に、湿った空気を匂わせる強風が入り込む。
金髪の少年は一礼する男性と操舵を代わり、床に開けられた穴の前に立った。続き、黒髪の少年と、二人の少女も眼下に森を見せる穴を囲む。
「みんな、準備はいいか?」
シュンの一言に、皆が微笑とともに首を縦に振る。
そして彼が床を蹴り、外へと飛び降りたことを皮切りに、残る三人が後へと続いた。
飛行船を離れ、世界に対する点描のように空を落ちる四人の少年少女。
彼らの体がほぼ時を同じくして光を纏い、持ち上がった。
彼らは目配せをし、互いの無事を確認すると寄り集まって空を滑り出す。
それぞれがそれぞれに、全身から別色の光を放ち、その体を宙へと浮かばせていた。
空を突き進む彼ら。やがて、眼下に広がる鬱蒼とした森の向こう、一つの建造物が現れる。防壁を張り巡らされた城のようにも見える石壁の砦。それこそは――
「見えた! レラオンの根城だ!」
彼らの旅の終着点。その出現に金髪の少年が叫んだ。
――いよいよ、か……
シュンが目を凝らし、禍々(まがまが)しくも見えるその地を睨む。
目の前に迫る宿敵の根城。
四人の少年少女達にとっての、決戦の時が訪れようとしていた。
初めての方は初めまして!
すでにお読みくださっている皆様、再来ありがとうございます!
千場 葉です!
一風変わったファンタジー、よろしければ是非、お楽しみください!