第82話 王都騒乱 接敵
前回のあらすじ:
王都の沖合いに数多くの船が突然現れた。
なんとそれらは魔獣によって沈められたと言われていた船ばかりだった。
職務より妻子を優先した港湾警備局長の独断で王都の埠頭に接舷した船からは……
そして、ついに惨劇の幕があがった。
味方であるはずの兵や救護兵に彼らが襲い掛かってきたのだ。
それまでの座り込んで動くこともできないような姿や、のそりのそりとした動きから一転、女や子供、老人にいたるまで、鍛え上げられた兵士のような俊敏な動きで、救護兵の首筋に噛み付き、海軍兵に対して殴りかかった。そして王都警備隊の兵から武器を奪い取り、それを持ってさらに周囲の警備隊員に襲い掛かる。
各埠頭はさながら地獄絵の状態となっていた。
「なぜだ……」
職務を投げ打って埠頭に駆け付けたアシヤ男爵も逃れることはできなかった。
埠頭に座り込む乗客の中に自分の最愛の妻と娘を見つけた彼は喜色を浮かべて馬から飛び降りる。
「おおっ! 無事であったかっ!」
彼は妻に駆け寄り娘とともに抱きしめた。
だが、彼のその想いに対して帰ってきたのは、望んでいた母娘の笑顔ではなく、彼女たちの牙だった。
その後、アシヤ男爵の姿は赤い光をその瞳に宿す人であったものの群れの中に見受けられることとなる。
埠頭で仲間を増やしたその群れは、本来であれば人々が行き交い、活気に溢れるはずであった商業区である中央エリアの各区に雪崩れ込んでいった。
その頃王宮にもようやく王都沖合いに多数の船が現れたとの第一報が入っていた。
海軍卿のタチバナ伯爵は、王宮の一角にあった自分の執務室でその報告を聞いたとき怪訝な表情を浮かべる。
「デジマやコバシは沈んだはずだな?」
「はっ! セッツで魔獣に沈められたと」
「嫌な予感がする。入港は待たせて臨検しろっ!」
だが、タチバナ伯爵の指示を受けた兵が部屋を出るのと入れ違いに、第二報で王都東方沖合いに魔獣現る、それに続いて第三報で、現場のアシヤ男爵が独断で開門を指示したと聞いて、彼は席を蹴って立ち上がった。
「なんだとっ! 直ぐに各隊に緊急招集をかけろっ! それから、宰相府にも至急報告を入れろっ!」
さらに副官に魔獣への対応と仮に港湾に入れたとしても埠頭に接舷させず、湾内待機とさせるように指示したのだが、時すでに遅く、アシヤ男爵の指示によって、各船が埠頭に接舷し始めていた。
「なんてことだっ! 各隊を完全武装で埠頭へ向かわせろっ!」
タチバナ伯爵は、歯軋りをしながら、王都に駐留する全海軍兵の招集と完全武装での港湾集結を指示しつつ王宮内の国王執務室へと向かった。
そこにはすでに、国王マサノブ、宰相キジマール、陸軍卿オイワ伯爵や文官・武官などが集まっていた。
室内に入るとすぐさまタチバナ伯爵は国王マサノブに膝まづき、胸に手を当て頭を垂れる。
「陛下、申しわけありません。対応が後手に回ってしまいました。現在王都各埠頭に一度は沈んだと報告のあった船が多数接舷しております。海軍の各隊を埠頭に向かわせ、対応を図っておるところでございます」
マサノブは大きく頷いた。
「ふむ、陸軍や王都警備隊の状況は?」
「はっ! 万一に備えて各隊に第一警戒体制を通達、完全装備で待機を指示しております」
オイワ伯爵が直立不動で答える。
「陛下、宜しいでしょうか?」
その時文官の一人が発言をマサノブに求めた。
「申してみよ」
マサノブの許しを得てその男は得意気に話始めた。
「まだ、それらの船が敵と決まったわけではないのではないでしょうか? 命からがら逃げてきたかもしれない国民に完全武装で対するとは、いかがなものかと愚考致しますが……」
その声に普段は冷静なタチバナ伯爵が声を荒げた。
「お前は馬鹿か? 一度沈んだと確認された船ばかりだぞ! 各地が魔獣の襲撃を受けている非常事態に王都の警護を預かるものとしてそんな楽観論が許されると思うのかっ!」
「タチバナ伯爵、落ち着き召されよ。陛下の御前だ」
タチバナ伯爵の剣幕を止めたのはキジマール宰相だった。そして意見を述べた文官にも釘を指す。
「お前も状況をわきまえた発言をするのだ。我等は常に最悪を想定して動かねばならぬ。そうでなければ民を守ることは出来ぬのじゃ」
「陛下、ひとまず……」
ところがキジマール宰相がマサノブに意見具申しようとしたその時、執務室にノックの音と共に海軍兵が現れた。
室内にタチバナ伯爵の姿を認めると直ぐ様近寄って耳元で報告する。するとタチバナ伯爵が驚愕の表情を浮かべた。
「海軍卿、いかがしたのだ?」
そのマサノブの問いに、タチバナ伯爵は表情を変えて答えた。
「申し訳ございません。今報告があり、各埠頭に接舷した船から降りた乗客が魔人となり、救護の兵や周囲の民を襲っている由にございます!」
「なんじゃとっ!」
「ばかなっ!」
騒然とする国王の執務室。
「王都駐在の陸海軍並びに王都警備隊、それに可能な限りの王都在所の探検者に召集を掛けよ! 更には王都近郊で直ぐに動員可能な部隊は全て動員するのだ!」
マサノブは直ぐ様立ち上がって指示を出す。
「加えて王都の民の避難を即刻開始させよ。かねてからの計画の通りにだ!」
マサノブは王都全域に緊急避難命令を発すると共に、前回の王都襲撃後に立てられた緊急避難計画に基づいて、港湾外縁の区画から、順次郊外の陸軍駐屯地への避難を指示する。
「宰相! 【ミスティック】は今どうしておるか知っておるか! トシフミは何処におる!」
国王は敏文の所在をキジマール宰相に問う。
前回の王都襲撃の活躍を考えれば、今回も力になってくれるに違いない、マサノブがそう考えたのも無理からぬ話であった。
「確か、セッツの魔獣を撃退したあと、ミヤザが襲撃されたことを聞いてニシノベ島に向かったと……コノジョウの攻防に関わっておるはずです」
「くっ! 何とかコノジョウと連絡を取れっ! 状況的に可能ならば直ぐに呼び戻すのだっ!」
「はっ! 直ちに!」
キジマール宰相は直ぐに部下を呼び出し宰相府に走らせる。
すると、オイワ伯爵とタチバナ伯爵がマサノブの前に進み出た。
「我々は街区に前線指揮所を設け、そこで防御の指揮を取らせて頂きたく!」
「どの様に防衛線を張るのだ?」
マサノブの問いにオイワ伯爵が答える。
「先ずは中央エリアと東西のエリアの境界に防衛線を敷きます。その上で現在魔人となった民が暴れている中央エリアを包囲、それ以上の拡散を防いだ後、精鋭を中央エリアに入れ、民の救出と魔人の殲滅を図ります」
「魔人となった民は救えぬか……」
そのマサノブの表情を見てオイワ伯爵は厳しい表情のまま首を振る。
「わかりません。ただ魔人となった者を気遣うあまり兵に手加減を指示してはその為に迷いを生み、今健常な兵まで失うことになりかねませぬ。魔人となっていない民の保護を最優先といたしたく」
「そうだな……やむを得まい。二人とも頼んだぞ」
「「はっ!」」
オイワ伯爵とタチバナ伯爵は踵を返して国王の執務室を後にした。
同じ頃、ケイジたち【漆黒の猟犬】は王都の中央2区の港から少し離れた王都での常宿、“ロッコの馨り”に泊まっていた。
「ん? なんだこの気配は?」
王都内の不穏な気配に目が覚めたケイジは、嫌な予感にすぐに飛び起き、《速替の指輪》から自分の装備を身に纏う。以前サリナとレイカにそれを渡した時に、その有効性からチームの男たちも同じものを身に着けることにしていたのだった。
感じられる不穏な気配は次第に大きくなっており、ただ事ではないとケイジも考える。
すると、部屋の扉が突然開いてハヤトとサリナが飛び込んできた。
「ケイジっ! 港のほうが大変な騒ぎだっ!」
「この感じ、魔獣の襲撃!?」
サリナも表情をゆがめる。
「おい、サリナっ! レイカとショウジにもすぐに声を掛けろっ! ハヤトは情報収集っ! 5分でロビーに集合だっ!」
その頃、王都の中は大混乱となっていた。
ようやくに避難を呼びかける警報が王都内に鳴り響く中、港湾に近い庶民街の中央エリア、いわゆる商業区では、魔人化した被害船の乗客たちの攻撃により、寝込みを襲われるもの、あるいはまだ目覚めて間もない状況で、不意をつかれるものが多くでた。
「くっ! なんなんだこいつらはっ! 突然なん……ぐあっ!」
「止めて! 髪の毛を引っ張らないでっ! きゃあっ!」
「ママァ! いたいよぉ! 助けてぇ!」
中には、応戦しようとした探検者や、非番の兵たちもいたのだが、8千人近い魔人が突然王都内を港側から蹂躙し始めたのだ。あちこちで多勢に無勢で襲われていく。
そして、襲われた人間に次々と黒い瘴気のようなものを吹き付けていく魔人たち。
すると、血だらけでもはや息もないと見られる人間がゆらりと立ち上がる。その全てが瞳に赤い光を宿していた。
「おいっ! なんだよあれっ! やられたやつが立ち上がったぜ!」
「ま、まさかっ! あの瞳の光っ! やられたやつはあいつらの仲間にされちまうのかっ!」
「やべぇぞ! てこたぁ、敵がどんどんふえるってこっちゃねえかっ! 逃げようぜっ!」
一方、港の防壁には、そのころには【モジュレル】が現れていた。
さすがに海軍もセッツで起こった出来事の情報は収集しており、【モジュレル】タイプの魔獣の襲撃に対して備えてはいた。
さらに港湾防壁に設置されている魔法障壁もセッツとは比べ物にならないほど強力であり、かつ、魔石も十分に備えられていた。
ただ、セッツの時と異なる点があった。
王都内にすでに王都の住民を巻き込んで1万を超える人数に膨れ上がった魔人たちがあふれており、それらの一部が、内側から港湾防壁の一部となっている港湾管理局の建物目掛けて襲いかかってきていたのだ。
「副長っ! やつらがこちらに近づいて来ます!」
「正面の門を閉じ、陸戦警備兵に完全武装で防御させろ! 奴等を中に入れさせるな! ここを奪われたらあの魔獣が王都に浸入してしまう!」
王都沖の【モジュレル】を指差しながら副長は叫ぶ。
「くそっ! こんなときに局長は家族を優先させたのかっ!」
そう言って机を叩く監視主任。
「そんなことを言ってる暇はない! 今は局長の事は忘れろ! それより防戦急がせろ! 持ちこたえれば海軍卿が必ず増援を送ってくださるはずだっ! 俺たちの踏ん張りが王都を守るんだ! 気を抜くな!」
「「「「はっ!」」」」
その副長の命に監視室の局員たちは一斉に動き出した。
陸軍、海軍の陸戦兵たちは、続々と庶民街の中央エリアと東西両エリアの境界線となる大通りに集結しつつあった。
王宮を要として扇型に拡がる王都コーベンの中で港に近い庶民街は、住宅街である西エリア20区、住宅街に公的機関や文教施設を含む東エリア20区、そして港湾の各埠頭が含まれ、商店や歓楽街、宿泊施設が多く集まる中央エリア10区に別れており、中央エリアはより王宮との間にある貴族街との境界となる内壁に近い方から、第1区、第2~3区、第4~6区、そして港に面した第7~10区があった。
1、2、4、7の各区の西側、それに1、3、6、10の各区の東側に大通りがあり、陸海軍は兵を配置。中央エリアからその大通りにつながる各道路にバリケードを築いて中央エリアを隔離しつつあった。
中央エリアは一番港に近い7~10区、それにその内側にあたる4~6区の一部がすでに魔人たちに蹂躙されつつあり、それ以上の拡散を防ぐためにいったん両軍はここに防衛線を引いたのだ。
そして、中央エリアの第1区にある港に面して大きなテラスを持つ劇場が臨時の戦闘指揮所として接収され、設備を整えつつあった。
今そのテラスにはオイワ伯爵とタチバナ伯爵の姿もあった。
一部火災が発生し煙が上がる商業区を二人はそこから見ている。
「想像以上にやられたな。港に一番近い区はかなり厳しそうだ」
オイワ伯爵はそう呟く。
「くっ! もっと早くに止められていればっ!」
タチバナ伯爵は部下であるアシヤ男爵をコントロールできなかったことを悔やんでいた。
「事ここに至っては致し方ない。これからどうするかだ。おい、突入部隊の編成は終わったのか!」
「はっ! 出来ております」
「よし、突入させろ! 生存者の救出が優先だが、魔人化しているものが含まれるかもしれん。油断するなと伝えろ!」
「はっ!」
オイワ伯爵の指示に部下がテラスから劇場内に走っていく。
「探検者組合との連携を取らねば! おい!組合とは連絡は取れたのかっ!」
タチバナ伯爵は部下を呼びそう叫んでいた。
探検者組合は王都庶民街の中央エリアにあった。
港から少し王宮に近づいた中央5区にあったそこは今、魔人たちの襲撃の只中にある。
王都に家をもつ探検者は庶民街の東西のエリアに暮らしていることが多く、それらの人員は順次召集され、組合から指示を受けて陸海軍の指揮に従い防衛線の各所に配置されつつあった。
だが、王都外から王都に入っていた探検者たちの多くが、中央エリアしかも港に近い区に宿をとっていた。それらの人員は探検者の腕輪で連絡が取られ、組合本部に集合するように指示をうけていた。
探検者組合本部より北側の各区に宿を取っていた者も組合本部防衛のため可能な限り本部へ集合するよう依頼が入っていた。
その組合本部前では、探検者のうち土魔法を扱えるものが簡易防壁を4メルの高さに組合本部を囲むように築き、なんとか侵入を防ぐとともに、周辺住民の避難場所となっていた。
組合長のドーセツはその簡易防壁の上に作られた櫓に指揮所を構え、集まってくる探検者達への指示や、避難民達の受け入れの指揮を取っていた。
築かれた防壁の外側、港に面した通りでは近づいてくる魔人と探検者たちの戦闘がすでに激しく行われている。
組合本部に次々と到着する探検者たちの表情は一様に暗く厳しい。
襲ってくる魔人たちが、もとはホーエン国民であり、ついさっきまでは彼らと同じように王都で暮らしていたものたちだったからだ。
中には見覚えのある探検者だったものの姿もあった。
「ちきしょう! エイタっ! タイジロー! お前らまで魔人になっちまったのかっ!」
そう叫びながらハルバートを振るう探検者。
「お願い! 正気に戻ってっ!」
魔人となった同じチームの仲間に悲痛な叫びをあげる女性探検者の姿もある。
彼らの動きにはキレがない。
一撃で倒せるような斬撃を繰り出すことを躊躇っていた。
彼らとて自分たちの手で仲間だったものを撃つことなどしたくないのだ。
「ええい、胸糞悪い! エクバートの奴等、悪辣なっ!」
指揮所から組合員である探検者たちの戦闘を見たドーセツは吐き捨てるように叫んだ。
そして、港まで続く通りに溢れる魔人たちの姿に戦慄を覚えつつもドーセツは周囲の探検者たちに向かって叫んだ。
「もうすぐ国軍の応援も来るっ! 何としても俺たちの王都を、コーベンを守るんだっ!」
「「「「「「おおっ!」」」」」」
探検者や国軍の兵だけでなく、王都の民にとっては悪夢ともいうべき光景がそこには拡がっていた。
相変わらずの遅筆、申し訳ございません。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




