第80話 カリーナの願い
おはようございます。
今回はカリーナのエグバートに関する説明が大半になります。少し読みにくいかもしれませんがご容赦を……
前回のあらすじ
さらわれたキキョウを助けるため単身サクラージ島へ向かった敏文。
「詳しくは知らないんだ。ただ、今のエグバートで闇の瘴気が強い原因となっているのがサルターンだと聞いたことがあるだけなんだよ」
敏文はカリーナにそう答えた。
(精霊たちのことは話すべきじゃない……)
敏文はカリーナが感に鋭いことを感じ取り、そして逆に敏文からカリーナに尋ねる。
「サルターンについて君が知っていることを教えてくれないか?」
敏文にそう問われたカリーナは乗り出しかかっていた体を元のソファに落ち着ける。
「私たちに伝わる話では、エグバートは昔は温暖で豊かな土地だったそうなの」
「そうなのか……」
「ええ。今から600年ほど前の話らしいわ。あるとき突然に空から黒い物体が地上に落下したそうなの。そこにはその時、1万人ほどが暮らす街アルダカーンがあったそうよ。ところが、その後、そこから空中に黒い雲が沸きだしたかと思うと、大きなドームを作り、更には上空にどんどんと広がって……そしてそこから生き延びた人はいなかったそうよ。そしてその場所にはだれも近づけなかったって……」
「隕石でも落ちたような話だな……」
「いんせき?」
「空から星のかけらみたいなものが落ちた場合、その時の力で地上に巨大な穴が空いたり、燃えた物が拡散して、太陽の光を遮る事があるんだ。そういった事が起きたのだろうか?」
その敏文の話にカリーナは首を傾げる。
「判らないわ。600年たった今でも、その場所にはだれも近づけないもの」
「600年たっても?! 隕石なんかは、その場所に大きなクレーターはできるかもしれないが、そんなに600年もずっと近づけないなんてことはない。溶岩でも吹き出ているのか?」
驚いた表情の敏文にカリーナは静かに答えた。
「いえ、確かに噴出しているものはあるのだけど、それは溶岩ではないの」
「……」
「そこから噴出しているのは、闇の瘴気なのよ」
敏文はそこではっとする。
「じゃあ、そこに落ちてきたっていうのが!」
「ええ、サルターンと言われているわ。そして、そこから一定の周期で闇の瘴気を大量に噴出している。600年前にカジュガルの大地にサルターンが落ちてきたあと、そこから噴出された瘴気によって、カジュガルの大地に降る雨や吹く風に多量の闇の瘴気が含まれるようになった。最初はそれがなにか知らないままにカジュガルの人々は雨に当たり、風に吹かれていたそうよ。ところが、そのうち、人間が魔人へと変化するようになった。そして野の獣たちも、魔獣化していったらしいわ」
「雨と風が闇の瘴気に侵されていたのか……、するとそこにいた多くの人たちは……」
「ええ、原因が雨と風だと気がついた当時の人々は、仲間や家畜が魔人や魔獣となる中、必死に戦って街や村から逃げ延びた。でも、雨と風が侵されたことで、逃げる場所なんて地上にはなかった。当時のカジュガルの大きな都市のひとつだったニームヴァルの人々は郊外にあった岩山ラーズ山の洞窟に逃げ延び、そしてそれを奥へ奥へと広げることで何とか生き延びたそうよ」
その話に敏文は顔を顰める。
「でも、それだとジリ貧じゃないか。雨は次第に土を浸食する。そうすると飲むための水にも……」
「そう、みなそれに気がついていた。だから必死に解決策を考えたらしいわ。でね、その時に、ほとんどの人が体の不調を訴える中、ある数人がまったく影響を受けていないことがわかったの」
「……闇の魔術を扱えるものか……」
「そう。彼らだけが影響を受けていない、いや、受けてはいたんだろうけど、闇の魔法で体内に蓄積される闇の瘴気を放出することができた。それでね、その時点でその洞窟内に生き残っていた人間に闇の魔法を習得させることにしたの」
そこでカリーナはカップに口をつける。
「それで、助かったのか?」
「一部はね。5万人ほどいたとされるニームヴァルの人のうちそこに逃れたのは約1,300人。そのうち、闇の魔法が習得できたのは、300人にも満たなかったそうよ」
「じゃあ、残りの人間は……」
「最初は闇の魔法が使える人間が、瘴気の吐き出しを何とか手伝っていたようだけど、限界はあるわよね。そのうち、闇の魔法が扱えない人間は、蓄積された瘴気によって、魔人と化すか、死を迎えることになる。魔人となった人々は、周囲の人間を襲おうとするから、結局は殺されることになった」
「くっ……」
やり場のない、焦燥感が敏文を包む。
「自分の身内や知り合いを殺さなければいけなかったってことか……」
「ええ。そして、闇の魔法に適応できる人間だけが生き残った……」
敏文は大きくため息をついた。
カリーナは話を続ける。
「そして、いつまでも洞窟にこもっているわけにもいかない彼らは、特に闇の魔法の力を持っていた数人に外の世界の調査を行わせたの」
「それで?」
「その結果、外の大地はそれまでとは一変。豊かな緑はなくなり、植物さえも魔に染まる中、土地も荒れ果ててしまっていた。それでも、彼らはこの原因を突き止めなければならない、その使命感で先へ進んだそうよ。そして、見て、聞いたのよ」
もったいぶったカリーナの言い方に敏文は少し苛立ちを感じつつも先を促す。
「……何を?」
「その“何か”が落ちた場所は、とても瘴気が強すぎて彼らでも近づけなかった。そこで、彼らが耐えられる場所にあったアルダカーンを見渡せる山の上に登ったそうよ。そこで見たものは、巨大な穴から吹き出る瘴気。そして地の底から響き渡るおぞましい吼え声だったそうよ」
「それが、サルターンと呼ばれるものなんだな」
「ええ」
しばし、敏文とカリーナに沈黙が訪れる。
「吼える声がするってことは、何かがある、ではなく、何かがいるってことなわけだ」
「そうね。その後、彼らは苦労の末、ラーズ山の洞窟へ戻りそれを皆に伝えた。そして、そこから彼らの苦難の道はつづく。その場にとどまり続けるよりは、他の都市の生き残りと連携して、少しでも多くの人間をこの状況から救わなければいけない。彼ら300人は30人程の10組に分かれてカジュガル全土に散っていった。カジュガル西岸にあるアルダカーンの反対、カジュガル東岸での再会を約束してね」
「そんな状況じゃ、相当苦労したんだろうな」
「そう伝わっているわ。そして、カジュガル大地の中で中央に聳えるレイラーン山地を越えた東岸に、漸く瘴気の影響が薄い土地を見つけた。そこは、レイラーン山地が壁となってアルダカーンから吹き上がる瘴気をいくらか防いでくれる場所だった。人々は徐々にそこに集まり、街をつくっていく」
「それが今のエグバートにつながるのか」
「そう、エグバートの街ラーレジーンよ」
敏文は腕を組み、考え込んでいた。
「それでその後どうなったんだ?」
「それからも彼らの苦難は続くの。彼らはこのままではいずれ瘴気の影響で自分達は滅びるしかない。そう考えた一部の人間は大きな木造船を造り上げ、それでカジュガルを脱出しようとしたの。それまでだって他の国々との交易はあったのだから船もあったし、交易ルートもあったのよ。それで複数の船で船団をつくった彼らは船出した。1月も航海すれば安全な陸で暮らせる、そう希望を持っていた……」
敏文はその先の話が明るくならないだろう事が予想できてしまい、眉間に皺を寄せる。そしてカリーナの話はその予想通りの話になった。
「でも、結局その船団はカジュガルから脱出できなかった」
「“精霊の暴風”だな?」
「ええ。彼らはそれまでの航海では存在しなかった暴風の壁に行く手を阻まれたそうよ。それでも、何とかどこからか暴風の切れ間がないか、航海を続けたらしいけど、結局見つけることができず、もとのラーレジーンの沖にたどり着いた……」
敏文は眉間に右手を当ててつぶやいた。
「それはシャレにならないな。絶望じゃないか……」
「そうね。暴風に接近する中で、船団の多くが失われただけでなく、多くの行方不明者や死者も出していた。だから、船出した本人たちも、仲間の帰りを待っていた人々も多くが絶望したそうよ」
再び二人に沈黙が訪れる。
そして、カリーナが話を続けた。
「でもね、彼らの中に、アジーズという人間がいたそうよ。彼は絶望する人々を叱咤し、闇の魔法を行使してラーレジーン周辺の土地に含まれる闇の瘴気を少しずつでも排除し、なんとかラーレジーン周辺だけでも人々が暮らせるように少しずつ、変えていったの」
「……そうか」
「そして、アジーズが初代のエグバートの王となったわ。彼らの努力で何とか生き延びられるようになったけれど、エグバートの人々の寿命はそれまでよりかなり短くなってしまった。だいたい、40代半ばまで生きればいいところよ。ほとんどの人間がそれよりも早く瘴気か魔獣のために命を落とすわ」
「厳しいな……」
その敏文の言葉にカリーナは頷く。
「ええ、厳しいわ」
「ふう」
敏文はひとつため息をつくと、カリーナを見据える。
「エグバートのこれまでの状況は今の話でよく分かった気がする。シャハーブが言っていた“お前たちは怠惰だ!”といった状況もな。確かに今の話を聞けばエグバートの人々の状況には同情の余地がありすぎる」
カリーナも敏文をぐっと見つめ返す。
「で、そろそろ本題に入ろう。そのエグバートの状況を踏まえて、君はどうして俺をここに連れてきた? 俺に何を聞かせ、何をさせたいんだ?」
カリーナは少しの間、目を伏せテーブルを見つめていたが、やがて顔をあげてこう言った。
「貴方の力を借りてローメリアの精霊たちにお願いをしたいの! 私たちを救ってほしいと!」
敏文は視線で続きを促す。
「エグバートの住民たちは、もはやかなりのところまで追い込まれています。600年もの間、工夫を凝らして必死に生き延びてきた。でも、この数年、闇の瘴気の濃度がとても濃くなってきているの。エグバートではおそらくサルターンが落下による衝撃から力を取り戻し始め、地上に現れようとしているのではないかと考えている人が多い。だから本当はカジュガルから早く避難したい。でも“精霊の暴風”があるため多くの人々はそこを越えることができないの」
カリーナの目は必死だった。
だが、敏文はそこで疑問を投げかけた。
「ならば、教えてくれ。君やシャハーブたちはどうやって“精霊の暴風”を越えてきているんだ? 同じ方法がとれるんじゃないのか?」
カリーナはため息をつく。
「……そう、思うわよね。わかったわ。エグバートの人間が“精霊の暴風”を越える方法は2つ。一つはかつては見つけることのできなかった“精霊の暴風”の切れ目を船で乗り切る方法。これは、エグバートの人々があきらめずに何度も船を出して調査した結果、判明した周期や事前現象を捉えてわずかな時間に船を乗り込ませる方法よ。ただ、この方法は確実性がないの。切れ目がいつ閉じるかわからず、間に合わなかった場合は船諸共、塵と化すしかないのだから」
「……そうなのか。なら一般人を含めた大量の脱出は無理だな」
「ええ、そして2つ目の方法は1つ目の方法で“暴風のこちら側”にたどり着いた人間との間で闇の魔法で人を受け渡す方法よ」
敏文は驚く。
「そんなことが出来るのか! つまり闇の魔法で通路を作って“こちら側”にこれるというんだな?」
「ええ。でも、暴風を越えてこちらの大陸に来れるような長距離を移動する魔法は非常に多くの魔力を必要とする関係上、そんなに頻繁には使えないし使える人間も限られる。それに受け側の人間もいなければならない魔法だから」
「つまり、長い距離の移動には限られた人間しかこちらには来れないということか……」
「ええ」
そこで敏文は洞窟内のこの部屋の様子を見渡す。
ここにはカリーナを除くと給仕をしていた2人の女性と奥にもう1人いるように敏文には感じられた。
「シャハーブたちは王命で動いているような話をしていた。ならば、“限られた人間”に含まれるのだろう。それで君はどういう立場でこちらに来たんだ?」
カリーナはしばらく迷うような表情を見せていたが、意を決して口を開いた。
「私はエグバートの宰相、アブドサラーム様の手のものです。宰相の命を受けてここにいます」
「彼は何と君に命じたんだ?」
「暴風の向こう側で精霊とつながりのあるものを探して接触せよ。そして、エグバートの危機を伝えて助力を乞うのだ、と」
「なるほど」
カリーナは続ける。
「私たちは、かつてこちらに船で渡っていたアブドサラーム様配下のものの手引きでこちらに来ました。そして、最も精霊と接する可能性が高いと言われているホーエンに渡りました。渡ってからは精霊にかかわる情報を集めていました。最初は陽光の祭殿や、コーヤの清龍の瀧へ向かうことも考えましたが、私たちは闇の魔法を扱うものです」
「……そうだな」
敏文はカリーナの残念そうな表情を見つつも、確かに闇魔法の属性を持っていると、今の2か所でミコルや精霊と接することは難しいだろうなと考えた。
「すると、最近精霊の力を宿してシャハーブたちのホーエンへの攻撃を退けている人間がいるという話を耳にしたのです」
カリーナが敏文を見つめる。
「そう、あなたのことです。私たちは何とかあなたに接触する機会を持ちたかった。そして、シャハーブたちがホーエンで再び事を起こすこと、その中にあなたの話が最初に現れたミヤザの街が含まれていることを知った時、恐らくあなたは現れるだろうと考えた」
「……なるほどな、その予測は当たったわけだ」
「本当はこのような形ではなく普通の接触の仕方をしたかったのですが、あなたに話を聞いてもらえるかはわからない。それで考えたのが、あなた一人に会うための方法として、あなたに関係のある人を浚う方法を考えたのです。彼女には申し訳ないことをしたと思っています」
カリーナは頭を下げた。ふと見ると、同時にそばにいた女性2人も頭を下げている。
(なるほど、彼女たちもキキョウさんを浚う手伝いをしたんだな……)
「そうか。だが、王命を受けているのはシャハーブたちなんだろう? かれらは、ローメリア全土をエグバートのように闇の瘴気に溢れ、魔獣が跋扈する土地に変えると言っていた。エグバートの総意が精霊に助けを求めているのではなくて、ほとんどの人間が王命に従っているっていう状況じゃないのか?」
カリーナにそう問いただす敏文。
するとカリーナは非常につらそうな表情で答えた。
「彼らは王直属の魔法部隊を率いるマフナーズという女性魔法士の弟子たちです。マフナーズはどちらかというと、積極的に闇の魔法を行使して、“暴風の向こう側”つまりこちら側もエグバートと同じ状況になれば暴風などなくなると考えているようです。そして、今はカジュガルに溜まっている闇の瘴気がローメリア全土に拡散すれば、カジュガルの状況も変わると説いているのです。“精霊の暴風”はエグバートの人間にはどうすることもできない壁です。ならば、壁をいらなくしてしまえばいい、そういう発想なのでしょう」
「で、現王はその話に乗っていると」
「ええ、でもアブドサラーム様は王に迷いがあるようにも仰っていました。だから、他にも方法があるとわかれば、考えを変えていただけるのではないかとアブドサラーム様は考えておいでなのです」
「……なるほど」
しばらく二人に沈黙が訪れる。
敏文が考え込んでいるようにカリーナには見えた。
カリーナはその様子を黙って見守っている。
敏文は精霊たちと会話をしていた。
『なあ、皆。今の話どう思う?』
するとイブキが答えた。
『600年前の事情は我やスイメイ、ヤスツナも関わっておってな。当時は急激にカジュガルで膨らむ闇の瘴気の拡散を防ぐため、窮余の策としてその場を凌ぐつもりで、あの障壁を作ることになったのだ。だが、思っていたよりあの対応が有効でな。瘴気の拡散を防ぐことができたことで、あのままとされているのが実態だな。結果、カジュガルの人間からすれば、閉じ込められることになった訳なのだが、そのまま手をこまねいていては、ローメリア全土がサルターンの瘴気に侵されていたであろうな』
スイメイも答える。
『そんときゃ、仕方ねぇって思ったんだよ。カジュガルの周囲の海も侵されていてな、全体に広がる前に手を打つ必要があった』
『今、状況が変わろうとしているのであれば、別の手を考えねばならんのかもしれんのう。じゃが我らだけでどうこうできる話でもないのぉ』
ヤスツナもそう答える。
『陽光の精霊が言っていた、他の精霊たちの助力を乞う必要があるということか……』
敏文がそう考えたその時だった。
奥から、中年の男性が1人、カリーナのもとに近寄ってくる。
そして耳元で何かを囁くと、カリーナの表情が驚きに変わるのが敏文にもわかった。
「カリーナ、何があったんだ?」
「ごめんなさい、思ったよりもシャハーブの動きが早かったようです」
「ん?」
「ホーエン王都コーベンが今、シャハーブたちの襲撃をうけているようです」
「なんだって!!!!」
敏文はソファから腰を浮かして立ち上がった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
次話から舞台は再び王都へ戻ります。




