第79話 向こう側にあるもの
何とか月内に続きです。
よろしくお願いします。
サクラージ島。
それは、ニシノベ島の南端の沖に浮かぶ周囲5キルほどの小島だ。
周囲を断崖絶壁に囲まれたこの島に住む人間はいない。
島の中央には800メル程の岩山がそびえ立ち、島全体にほとんど緑は見られない。
見渡す限り岩ばかりで、この島にいるのは野鳥ぐらいだった。
敏文はセイランの背に乗りこの島に明け方のうちにたどり着いた。
幸いにして天候は晴れであり、上空から島を見渡すことができる。
「ここか。岩ばっかだな。この島のどこにキキョウさんが……。落ち着いて行動しないとな。キキョウさんの命がかかってるんだから……。」
敏文は島の上空を旋回する。
小さな島なので、すぐに一周してしまった敏文は上空からでは何も見つけることが出来なかった。
「しかたない。ごつごつしていて歩いて探すにはちょっと辛そうだが、降りよう。セイラン、俺が降りたら……」
敏文がセイランに自分が降りた後に上空からの捜索を続けてもらおうと指示を出しかけたその時、島の中腹にキラと光るものが見えた。
一瞬、何かに光が反射しただけかと思った敏文だったが、鏡に照らされるように何度も、敏文の目に光が飛び込んで来たことで、そこなのだ、ということが彼にも理解できた。
「どうやらあそこらしいな。セイランあの手前に降りてくれ」
光が発せられた場所は凹凸の激しい岩ばかりの斜面に飛び出した大岩の棚の上だった。
敏文とセイランはその棚に慎重に近づいてゆっくりと降りる。
『トシフミ』
大きく広げた翼を閉じると背から降りた敏文にセイランが声をかける。
敏文が顔を上げると、その棚の先に高さ3メル程の洞窟が見え、その入り口に一人の女性が立っていた。
赤みがかった茶髪の長い髪が風に揺れて翻っている。
「俺を呼んだのは君か?」
敏文はゆっくりと近づきながら、そう言った。
「ええ、私がカリーナよ」
カリーナは髪をかき上げながら、少し笑みを見せる。
(思ったより若いな……。二十歳ちょっとぐらいか?)
その若干大人になりきれていない少女っぽい表情に敏文は意外さを感じていた。
「キキョウさんは無事なのか?」
カリーナの正面に立った敏文まずそう尋ねた。
「ええ、もちろん。そうでなかったらあなたは私を許さないでしょ?」
「ああ」
「ついてきて」
敏文が答えたところで、再び笑みを見せたカリーナは敏文を洞窟に誘うように歩き出した。
敏文はセイランに島の周囲の警戒を頼むとカリーナを追って洞窟の中に入る。
洞窟の中は敏文の予想に反して、明るく照らされていた。
一定間隔に照明の魔道具が設置されており、足元がはっきり見えるほどに明るい。
(もしかしてだいぶ前から準備していたのか?)
敏文はそういかぶしみながらカリーナの後をついていく。
洞窟を進む間、カリーナは一言も発していない。
そして、5分ほど歩いたころ、右に曲がった洞窟の奥に突然広い場所が現れた。
そこは、高さ10メルほどの大きな空間になっていて、なんとそこには、テーブルを挟んで1人がけのソファが向かい合わせにおかれている。
そしてそのソファーの向こう側に、ガラスのような透明なケースの中に横たえられたキキョウの姿があった。
「キキョウさんっ!」
敏文は振り返って彼を見つめるカリーナを一瞥すると、少し早歩きになりつつもケースに近づいた。
『イブキ、キキョウさんは……』
『ああ、問題ないようだ。眠りに落とすような薬をかがされたのだろう。特に異常は見当たらん』
『ケースに魔力的な仕掛けは……』
『いまのところはないようだな』
『そうか、よかった』
敏文がケースの中を目を凝らして見ると、横たわるキキョウの胸のあたりが、うっすらと上下しているのが見える。
それを確認した敏文はほっと息をついた。
そして、振り返るとカリーナに向かって言う。
「キキョウさんが無事なのは確認した。それで、彼女を攫ってまで俺をここに呼び寄せた理由、説明してくれるんだろう?」
「ええ。もちろん。たぶん、長くなるだろうし立ち話もなんでしょう? どうぞ、こちらに掛けてくださいな」
カリーナは入り口に近いほうのソファに手を向けて言った。
敏文は周囲を警戒しつつも、指し示されたキキョウが横たわるケースが目に入る方のソファに腰を掛けた。
すると、どこからともなく、黒い衣装に身を包んだ女性が2人現れて、敏文の目の前、黒いクロスが掛けられたテーブルにソーサーとカップを置き、陶器のポットから飲み物を注ぎ始める。
「紅茶か、よくそんなものこの場所で準備できるな」
「お酒の方がよかったかしら?」
カリーナは向かいのソファに腰かけつつ、自分にも準備されたカップを手に取る。
「いや、酒は親しい人間と飲むほうがいいな。まだ君とはそんな関係ではない」
そういいながら敏文はカップを手に取り、毒物が含まれていないかイブキに確認しつつ、口にする。
「ほう、いい香りのものだ」
そう言った所で敏文はカップをソーサーに置くと、カリーナの顔を見据え口を開いた。
「慌てるつもりではないが、まずは君が誰なのか、そこから話してくれないか?」
カリーナは敏文の落ち着いた様子に驚きの表情を見せる。
「意外に冷静なのね。もっと喰ってかかられるかと思ってた」
「頭ごなしは嫌いでね。だが、これからの話次第ではわからないよ」
「そう? なら慎重に話さなければいけないわね」
カリーナの表情から笑みが消えた。
「私はカリーナ。国はエグバートよ。そして今はエグバートである方に仕える身だわ」
「まあ、ハシームが起こしている戦闘に乗じている時点でそうだろうとは思っていたが……。それで、どんな人間に仕えているんだ? エグバート王のシダーグか?」
敏文のその問いにはカリーナは首を振って否定する。
「その方の名を話すのはもう少し事情を説明させてもらってからでもいいかしら?」
「わかった。先を続けてくれ」
敏文は右手をカリーナに差し出して話を続けるように促す。
「事情を話す前に、ひとつだけ聞かせて。あなたはエグバートについてどのくらい知っているの?」
そのカリーナの質問に敏文は少し考えてからこう答えた。
「ん~、知ってるといってもな。シャハーブの言葉で言われたことぐらいしか解らないな。実際に見たことがある訳じゃないし。多分北海の氷壁の向こうか南海の暴風の向こうかどちらかなんだろうなと。そしてシャハーブやアクバル、それにハシームの言動や姿を見る限りは恐らく南海の向こう側なんだろうなぁ、ぐらいの感覚しかないよ。ただ、かなり人間には厳しい環境なんだろうとは推測できるがね。シャハーブが僕らの国の民が怠惰だと言って自分達の環境と同じ状況を造り出すようなことを言ってたからね」
敏文はあえてナーラで陽光の精霊に伝えられたことは話さなかった。自分の手の内を全てさらけ出すような事は、あったばかりの彼女にするべきことではない、そう考えていた。
「そう、あなたが言ってることはその範囲では大体合ってるわ。エグバートは南海の“精霊の暴風”の向こう側にあるわ。そして人間が生きるにはとても厳しい環境なのはその通りよ。大地には闇の瘴気が満ち溢れて、こちらにいるような普通の動物は生息していないし、魔獣化してしまっているわ。それは森の木々や草花に到るまでもね。作物を育てても、家畜を飼ってもすぐに魔獣になってしまうの」
驚いた敏文は尋ねる。
「じゃあ、何喰って生活してるんだ?」
「魔獣よ。それならエグバートにもたくさんいるもの。ただ、全ての魔獣が食べられる訳じゃないわ。魔獣には闇の瘴気が魔素として含まれていてね。其を強く含むものを食べると……」
「……どうなるんだ?」
「死ぬか、魔獣のようなものになるかどちらかよ。それでも食べないと生きていけない。瘴気の含有が少ない魔獣を選んで食べるしかないの。それでもいずれ、体にたまった瘴気は害を及ぼすわ」
「それは厳しいな……。そんなんじゃすぐにエグバートの人間は全滅するんじゃないのか? 今までどうやって生き延びてるんだ?」
敏文の眉間には皺が出来ていて左手で額を押さえていた。
「体に害のある物が入ったのなら其を出すしかないわ」
「そうか! 闇の魔法か!」
「そうよ。だからエグバートの人間は物心つけば闇の魔法の訓練が始まるの。赤子や幼児の時は大人が瘴気の吐き出しを手伝うこともあるけど、大体が遅くとも5、6歳になる頃には自分の体の闇の瘴気を外に出すこと位は出来るようになるわ。そうでない子は生き延びられない。親からも離されて……」
「……どうなるんだ?」
「……処理されるわ」
「処理!?」
「私たちの間ではそう呼ばれていたの。連れていかれた子供達は皆親元には帰ってこない。連れていかれた後でどうされているのかは私たちには解らないわ」
その話を聞いた敏文は表情を険しくする。
「子供達には罪はないだろうに……」
「そうね、こちらの感覚ならそうなんでしょうね」
カリーナはそう言うと溜め息をつく。
「でも、エグバートでは当然の処置とされているの。もし、闇の魔法が扱えない人間が大半になってしまったらエグバートは人間まで魔獣化してしまう。闇の魔法が扱えない子供は大人になっても自力で闇の瘴気に対応出来ない。恐らくその人たちに出来るだろう子供達も。闇の魔法が使える人間で子孫を作り瘴気に自力で対応できる社会にしないとエグバートは持たないのよ。これは外の人間では解らないでしょうね」
敏文は力がない子供達が次々と殺されていく様を想像して愕然とした。
「まあ、そんな顔をされるのも無理ないと思うわ」
「闇の瘴気を何とかする方法は無かったのか?」
「それが出来ればこんな国にはなってないわよ。私たちの力ではどうにも出来ないんだもの。だから、今の状況に合わせて生きるのが精一杯なのよ」
そう言うとカリーナはソファに背を預けて溜め息をつく。
「原因はわかってるのよ」
「なら……」
「だから、私たちの力ではダメなのよ。私たちにはあの大地で産まれ、育ったせいで闇の魔法しか扱えない。南海に暴風の壁を作っているような他の精霊達の力を借りたり、魔法を使ったり出来ないの。そんな人間があの闇の瘴気の塊みたいなサルターンに勝てる訳がない!」
「サルターン……」
敏文はそこで以前陽光の精霊に聞かされた話にあった名前を聞いて表情を曇らせる。
「その表情……サルターンのことを知っているのではない?」
カリーナは身を乗りだし敏文の顔を覗き込むように尋ねた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
次話もカリーナとの話になります。
来週のどこかで投稿します。




