第71話 ミヤザ炎上
おはようございます。
今回の話とのつなぎの都合で前話の最後、敏文とトールの会話の時間を夕方から夜遅くに変更しています。時間的な経過が合いませんでした。計画性が足りずにすみません。
『トシフミ、セッツの防衛、よく間に合ってくれた! こちらも報告は受けている』
『ああ、なんとかな。だが、かなりの被害が出ている。負傷者の治療はあらかた終了しているが、死亡者もかなりの数になるようだ。それに海岸から接近していた【モジュレル】という触手の魔獣はとりにがしてしまった。あれに取り込まれた兵や探検者、それに海上で襲われた人々も』
敏文の表情は苦々しい。
篝火に照らされる中、それは隣にいたサラの眼にもはっきりと見て取れた。
『そんなところすまんが、緊急だ。ミヤザがな』
ドーセツの言葉に敏文はすぐに反応した。
『なっ! ミヤザがどうしたんだっ!』
この日の午前10時ごろ、王都からの通信により、海岸沿いの各都市に警報が発せられたことを聞いたミヤザのノーギ男爵は、ミヤザ所属の漁船が沖合いで魔獣らしき姿を目撃したという情報も踏まえると、もしミヤザが襲われた場合すぐに援軍を得ることは困難と考え、即座に住民の避難を決意した。
「シノハっ! 王都とヤナーガに緊急通信を入れろっ! 万全を図るためすぐに住民を【コノジョウ】に移すと!」
さらにそばにいた兵士に警鐘をミヤザだけでなく、自領内のすべての集落においても鳴らすよう指示をだす。
【コノジョウ】は3方を山に囲まれた谷あいにあり、強固な防壁が3重に張り巡らされている古くからある城塞だ。城壁を持たないミヤザ住民が万が一の場合の避難場所としてあらかじめ指定されていた場所だった。急ぎ足の馬車でミヤザからは3時間程度かかる距離にある。
日頃から住民に危機意識を持たせ、1年に1度、最低限の所持品だけを持たせて避難する訓練まで行っていた。そして篭城を見越してそれなりに備蓄もされていた。
少しすると、ミヤザの街にカンカンと警鐘が鳴り響き始めた。
「カージ、住民を先導して先発しろっ! 魔獣はいつ現れるかわからん。急がせるんだっ! 街にある馬車の類はすべて徴発っ! できるだけ住民を乗せて【コノジョウ】へ向かわせろっ!」
「はっ! すぐにかかります。おいっ、タケイっ! いくぞっ! 男爵様、それでは【コノジョウ】でお待ちしておりますっ!」
「おうっ! 頼んだぞっ!」
男爵のその声に、かすかな笑みを見せると、カージは街中鳴り響く警鐘の音を背にタケイを引き連れて部屋を飛び出していく。
次に男爵は第二警備隊に指示を出した。
「イトー、南のカゴマ、および北のブンゴ方面の海岸沿いに偵察をだせっ! 第二警備隊は両方面の監視とミヤザ周辺地域の住民の避難をっ! 両方面に魔獣の影がない場合は、カージ達の援護に回ってくれ」
「はっ! かしこまりましたっ!」
そう言って立ち上がったイトーの向こうにはイバが扉を開けて出て行こうとしている。
するとその時、男爵の妻アケビが姿を現した。
「あんた。かなり拙いのかい」
「正直今はまだわからん。うちほどの田舎町が襲われるかどうかはな」
「だったら……」
そう言いかけたアケビに対して男爵は言った。
「ここは防壁もないし、守備兵も少ない。もし、魔獣が海岸に現れてからでは遅い」
「そうだね。そうかもしれないね」
アケビは少し俯くと考え込みながら相槌をうつ。
「今ホーエンのあちこちで魔獣が現れているそうだ。うちのような田舎町に援護を出せる領主はおそらくおるまい。わし等だけで何とかするしかない……。そこでだ。お前もこの家の者たちを纏めて、【コノジョウ】へ向かってくれ」
「……やっぱりいかなきゃだめかい?」
アケビのその言葉に男爵は静かに頷く。
「そうかい、しかたないね」
アケビがため息をつく。
「この街、気に入ってたんだけどねぇ」
アケビは男爵が国軍士官であったころから、彼が前線で心置きなく戦えるよう、家の事は任されてきたつもりだった。だから、この指示にも自分も残るとか、いかないというような我侭をいうこともなく頷いた。
「わかったよ。じゃあ先に【コノジョウ】で待ってるからね。ちゃんと後から来るんだよ」
「ああ、大丈夫だ。待っててくれ」
男爵のその言葉を聞くとアケビはにっこり笑って部屋を出て行った。
するとそこに王都やヤナーガとの通信を終えたシノハが戻ってきた。
「王都、それにヤナーガへミヤザからの避難開始の連絡を済ませました」
「そうか」
そして男爵は辛そうにシノハに伝える。
「すまんがミヤザ警備隊は殿だ。海岸の監視を頼む。万一海岸から魔獣が現れるようであれば、牽制をしながら後退することになる。覚悟してくれ」
「わかりました」
シノハはゆっくりと頷く。その表情には穏やかなものがあった。
すでに訓練の上で役割は決まっており、ミヤザ警備隊は残り2隊が住民の避難を行うための時間を稼ぐ役割が割り振られていた。万一の場合は自分たちを犠牲にしても住民たちを逃す覚悟ができていたのだ。
「すまんな」
「いえ。これも住民を護るためです。我々はその為にあるのですから。それにまだ魔獣がくると決まったわけではありません。辛気臭くなるのは早くありませんか?」
そう言ってシノハは笑った。
その頃、ダイカクの家では、キキョウとナミが警鐘の音を聞いて動き出していた。
キキョウはダイカクから与えられていた魔収納のバックに、食料や衣類、治療用や魔力の回復薬、その他避難に必要と考えられるものを家の納戸から次々と収納していた。横にはもうひとつ魔収納のバックが置かれている。すでにナミのバックであるそちらには必要なものが収められていた。
一方、ナミは馬車の用意をしている。2頭立ての幌付の馬車だ。
そこにちょうど警報を聞いて、高等学校に行っていたマリカが帰ってきた。
「お姉ちゃん!」
「よかった。ほら、急いであなたも準備なさい。それからあなたのバックにもこれを入れて頂戴」
そう言ってキキョウが指し示す先には、キキョウが自分のバックにしまったものと同じような品が並んでいた。
「あと、あの荷物はどこに?」
「ああ、トト屋さんの荷物ね。玄関横の物置に入れてもらってるわ」
「マリカ様、こちらに置いてもらいました」
すると、物置の扉を開けたナミがマリカに大きな箱が5つほど置かれた場所を指し示す。
「ナミさん。ありがとう」
そうして、ナミも手伝って、マリカは両方の荷物を自分のバックにしまい始めた。
準備ができた3人は、街道を馬車に乗って進み始める。
「ミヤザから避難する事になるなんて。本当に魔獣が攻めてくるのかな?」
マリカはナミと並んで座った御者台の上で不安そうにそうつぶやく。
「わからないわ。でも、王都の南の海上で魔獣が現れたとか。それにミヤザの沖でも魔獣らしきものを見た人がいるみたい。その近くにあるここが襲われても全くおかしくないわ」
キキョウが幌の中から顔を出してそう答えた。
「そうだね。あ、ソノおばさんっ!」
マリカが街道を大きな荷物を背中に背負って歩いていく年配の婦人を見つける。キキョウが顔を出すと、ソノは振り返って近づいてきた馬車を見上げた。
「ああ、あんたたちかい」
ソノは街の集落から少し離れた場所にあるササヤマ家にとってはお隣さんのような存在だ。3人姉妹のことをいたく気に入っていて、キキョウにとっては暇に飽かせてよく訪れては無駄話をして帰っていく茶呑み仲間のような存在だった。
「私もこれから集合場所に向かおうとしてたんだよ。と、よっこらせっと」
ソノは横に止まった馬車を見ながら、背中の荷物を背負いなおす。
すると幌から顔をのぞかせたキキョウはソノに声をかけた。
「ソノさん。乗っていってください。一緒に行きましょうっ! マリカ、ソノさんの荷物を持ってあげて」
「うんっ!」
「ああ、助かるよ。足腰にゃ自信あるつもりなんだけど、まだ先が長そうだからねぇ」
馬車後ろからマリカにお尻を押されながらソノが乗り込んできた。
「そうか、マコトさん、今守備隊に入ってるんでしたね」
「ああ、いっぱしに街を守りたいって言って入ったんだけど、大丈夫かねぇ。心配で堪らないわよ」
ソノは夫に先立たれ、30歳になる息子のマコトと2人暮らしだった。
最初はミヤザの商店で働いていたマコトだったが、28歳のとき、自分のやりたいことを見つけたといって守備隊に志願した。今はミヤザ守備隊に配属になり、主に街中の警備を担当していた。
「あの男爵様の下で働いているんですから、大丈夫ですよ」
キキョウはそう言ってソノを落ち着かせようとする。
「そうだよねぇ」
馬車の荷台でキキョウが差し出したクッションに腰掛けたソノは、そう言うと少し落ち着いたように笑った。
だが、その様子を見てキキョウは表情には出さないものの不安に駆られる。
彼女はつい先日の王都での虫魔獣の襲来を思い出していた。
(あの防備が厚く多くの兵や探検者たちがいた王都ですら、あれだけの被害が……。守備兵が少ないここは、もし魔獣に襲われたら、シーバのように大きな被害を出すかも……)
少しすると、キキョウたちを載せた馬車は、避難する住民たちの集合場所のひとつにたどり着いた。
「おや、ソノさん。キキョウちゃんたちに載せてもらったのかい?」
ソノの知り合いの数人の年配の女性たちが、ソノに声をかける。
「ああ、そうなんだよ。途中で拾ってもらってね」
「キキョウちゃん、その馬車、もう何人か乗れるかい?」
別の女性が声をかける。
「ええ、大丈夫ですよ。荷物を私たちに預けていただければ、あと5,6人は乗れます」
その言葉が聞こえたのだろう。第一警備隊の兵士がキキョウたちの馬車に近寄ってくる。
「君たちは……、ああダイカク様のところの」
「ええ」
「そうか。すまないがこのご婦人たちを頼んでもいいだろうか。今の状況では馬車の数に余裕がなくてね」
「大丈夫ですわ」
そう言って笑みを返すキキョウに兵士は頭を下げる。
「感謝する。じゃあ、そこの4人のご婦人と子供を2人頼みたい」
「ええ、わかりました。マリカ、ナミ、荷物を運んで差し上げて」
「避難の状況はどうだ?」
午後1時を回ったところで、男爵はシノハに状況を確認した。
「はい、そろそろ最初に出発したカージの隊が避難民を誘導して【コノジョウ】に到着しそうです。先ほどカージからのそのような連絡が入りました。ミヤザ街中の住民の避難状況は8割がすでに街を出ております。残る2割ももう間もなくかと」
「遅れているのはどのあたりの住民だ?」
「はい、ミヤザの北、ブンゴに近い部分の住民です」
「そうか、急がせろっ!」
その時、兵の一人が部屋に飛び込んでくる。
「閣下っ! 大変ですっ! ブンゴに魔獣が多数襲来しましたっ!」
「「なにっ!!!」」
男爵とシノハは椅子を蹴るようにして立ち上がる。
ミヤザの街が避難民の移動で騒然としていた午後1時ごろ、ニシノベ島ブンゴの街の海岸に突然海から魔獣の群れが上陸した。
その数は約1万。
今までホーエンではその存在が確認されていなかった2メルはある大型の半魚人を中心に1メルを超える巨大なフナムシの群れがその正体だった。
ブンゴの街は大混乱となり、街を逃げ出そうとする住民がハカタン方面やミヤザ方面、それに山を越えてクマモに向かう3本の街道にあふれかえった。
本来街を護るべき国軍や探検者の数は少なく、もともと城壁を持っていなかったブンゴでは、まともな防衛線を張ることもできないまま、海岸、街中で魔獣の群れに呑まれて壊滅。
ブンゴの代官カンモツ=ワキサは、その太った体を馬車に押し込んで脱出を図ったが、巨大フナムシの群れに行く手を阻まれ、その身を覆い尽くされた挙句、骨も残らなかった。
そのまま、ブンゴの街は魔獣に蹂躙されて壊滅的な状態となり、山越えを選びクマモ方面に逃げた住民とミヤザ方面に逃げた住民は何とか難を逃れたが、ハカタン方面に向かった住民は魔獣の群れに追いつかれ呑みこまれてしまっていた。
その後、夕刻を迎えて1万の魔獣の群れは、そのままハカタンを目指しており、クーロ伯爵率いる領主軍5千が篝火を炊いて海岸沿いの街道を封鎖し、迎撃の構えをとっていた。
「なんてこったっ!」
ブンゴへの魔獣襲来の第1報を受け取った男爵は床をけって、怒りをあらわにする。
「あそこも、ここと同じで軍や探検者が少ない、それに防壁もない!」
「そうですな。魔獣の数によってはそう長くは持ちますまい……」
シノハも沈痛な表情だ。
髭に手を当てて考えこんだ男爵は、すぐに決断する。
「よし、ここを引き払う。残った馬車をすべてつれて、ブンゴ方向の住民の避難を急がせる。海岸監視の人間だけ残して、守備隊も移動を開始だっ! 監視の兵には駿馬を与えろ。そして無理をせず、すぐに我々に連絡を入れたら監視をつづけながら【コノジョウ】に向けて撤退するように伝えるんだっ!」
「はっ!」
男爵たちはすぐに館を飛び出していった。
ところが、その最後の避難が開始されてからまもなく。
男爵たちが馬車に最後の住民を押し込んでいるころ。
「あっ! あれはっ!」
「おい、拙いぞっ! あんなものが現れるなんてっ! しかもなんだあの数はっ!」
海岸を監視していた兵の眼に映ったのは、ミヤザの街正面の海から現れた千匹以上の5メルを超える巨大なバシリスクの群れだった。
黒々と光るその体は強靭で、太い4本の足で非常に早い速度で走ることができる。
その巨大なあごは口をあけると1メル近くはあり、一部のバジリスクの口からは炎が噴出していた。
「大変だっ! お館様っ! ミヤザの港に魔獣がっ! あれは巨大なバジリスクですっ! その数およそ1千を超えますっ! 次々と港の倉庫群に火を吐き出して燃やしておりますっ!」
『なんだとっ! わかったっ! お前たちも撤退しろっ! すぐにだっ!』
「はっ!」
そこにいた3頭の馬に跨った監視兵たちは、あわてて踵を返して、【コノジョウ】を目指して移動を開始した。
その頃、男爵は最後の馬車の荷台に乗り、ミヤザを後にしようとしていた。
周囲には護衛となる騎馬兵が4人。
男爵の目には轟音と共にあちこちから煙が立ち上り、炎上するミヤザの街が映っていた。
「くそっ! ギリギリか? いや油断はできんな。いつ追いつかれるかわからん。バジリスクが相手だとすれば、橋を落としてもどれだけ持つか……いや、無意味か……、よりによって……相手が悪いな……」
男爵は魔獣の足止めのため、途中のいくつかの橋を落として時間を稼ぐつもりでいたのだが、現れたのが水や地面の悪さを苦にしないバジリスクであるとすれば、それも効果がほとんど望めなかった。
「おいっ! できるだけ急げよっ!」
これからの苦難を考え唇を噛む男爵の口からは、今はその言葉だけしか出てこなかった。
最後まで読んで下さってありがとうございます。




