第69話 セッツ攻防 その3
朝に更新するつもりでわすれてました。
今回、キリを考えていつもよりかなり短めです。
よろしくお願いいたします。
「くそっ。数か多すぎるな」
トールはそう呟きながらも、両手で握った剣を振り下ろし、返しの動きで切っ先を振り上げた。
彼は闘技場前での乱戦の最中にいた。
彼の正面にいたアイアンクラブが両腕の鋏を切り飛ばされてたたらを踏む。
そしてトールはすぐに後ろを振り返ると彼を叩き潰そうと振り上げられた別のアイアンクラブの腕の付け根に剣を突き刺した。
「おいっ! シンタっ、生きてるかっ!」
彼の周囲では、領主軍親衛隊の兵たち100名が、アイアンクラブと激しい戦闘を繰り広げている。
住民達が避難した闘技場がアイアンクラブの群れに囲まれ、脱出不能との連絡を受けたトールは、直ぐに自分の直衛であった領主軍の親衛隊に現場への急行を命じた。
中には自分達が護るのは、領主、ならびに軍司令であるトールであって、その護衛の任を放置して、住民の救出に向かうことに難色を示すものもいたのだが、トールは次の一言でそれらの雑音を封じて出撃していた。
「何、そこは心配要らんさ。何故なら、俺はこれから自分で闘技場に群がる害虫どもを排除しに行くんだからな。お前達の言う俺の護衛も立派に果たせるさ」
現場に到着したトールは想像を超えるアイアンクラブの群れに驚く。
「なんて数だよっ!」
円形の闘技場の大きさは、高さ20メル、直径300メルほど。直径50メルほどの円形の競技面は地面より10メルほど掘り下げられた位置にあり、その高低差30メルを有効活用して観客席が作られていた。ドーム型の天井がそれを覆い、採光のため天井には多数のガラスがはめ込まれており、闘技場の中を太陽の光が照らすようになっていた。
そして、今。
その周囲や天井には無数のアイアンクラブが取り付き、ひしめき合い、2重に張られた魔法障壁に対して、その強力な蟹爪や、口から吐き出す体液で攻撃をしかけている。
そのとき、その競技場の中には数千人の住民が肩を寄せ合って避難しており、外から聞こえる魔法障壁を激しくたたく音や、時折、天井のガラスから見えるアイアンクラブの姿に、婦女子たちの悲鳴が上がっていた。
アイアンクラブの無差別な攻撃の前に、競技場の周囲には女子供を含む逃げ遅れた人々の無残な亡骸が無数に転がっている。
そして、その中には、必死に抵抗したのだろう。曲がった剣や、折れた槍を持ったまま、商店の壁や、とおりの地面に叩きつけられて、血まみれとなった多くの探検者たちの姿もあった。
「くそっ。いくら精鋭が海岸の防御に回っていたとはいえ、こんな幼い子供まで……」
兵士の一人が、頭から血を流し、左腕を失った小さな男の子の亡骸を抱えて、怒りに震える。
その姿を見たトールは意を決して、親衛隊の兵たちに叫んだ。
「いいかっ! ここは俺たちの街だっ! こんな蟹どもにいいようにされてたまるかっ! こいつらの数に怯むなよっ! 一匹たりとも残さず潰して中の住民たちを助け出すんだっ!」
「「「「「「「「「おうっ!」」」」」」」」」
トールと副官のシンタ、それに100人の親衛隊は、それぞれの得物を抜き放つと闘技場に群がるアイアンクラブ目掛けて切り込んでいった。
セッツ領主軍のほとんどのの精鋭は皆海岸防壁に回っていてここにはいない。だが、親衛隊は領主軍の中でも特に腕の立つものが選抜されている。たった100名だが、怯むことなくアイアンクラブの排除を開始する。
アイアンクラブにハルバートを振り下ろし、槍を突き込み、剣で切り上げる。後方からは複数の弓が放たれ、火や雷の魔法士たちは、自分たちの得意な魔法を次々と打ち込んでいく。
トールたちは、アイアンクラブを排除しつづけ、闘技場まであと60メルのところまで近づいていた。
しかし、そのあたりまで来たところで、それよりも前に進むことが困難になってきていた。
闘技場に取り付いているアイアンクラブのうちの一部が、魔法障壁から彼らに攻撃目標を変えて群がってきたのだ。
「司令っ! この数はっ! 一旦引いて立て直さなければ、囲まれますぞっ!」
隊に2人いる小隊長の一人、シローが叫ぶ。
アイアンクラブの攻撃の密度があがったことにより、親衛隊にも犠牲が出始めていた。
「閣下っ! すでに18名が死亡っ! 負傷も30名近くになっています! このままでは、支えきれませんっ! 一旦撤退をっ!」
「くそっ! やむをえないかっ……、よし、一旦引く……」
トールがそういいかけたとき、突然背後の商家が数件吹き飛ぶと、横合いから別のアイアンクラブの群れが通りに現れた。
「ちっ! しまった。退路を絶たれたかっ!」
トールのつぶやきと共に、親衛隊の兵たちにも動揺が広がる。
「閣下っ!」
「くそっ! 全員後方のあいつらを蹴散らして撤退するぞっ!」
だが、その時すでにトールたちは、無数のアイアンクラブの重囲の中に取り込まれてしまっていたのだった。
一方、闘技場近くまでたどり着いていた、シュン達【ギフーの翼】も、窮地を迎えていた。
トールの館を目指そうと走り出したのだが、一緒に連れていた老人が転倒。脚を傷めてしまったのだ。
もはや目の前に迫っていたアイアンクラブの前にサクラの治療も間に合わず、周囲を囲まれてしまっていた。
シュンやカイトは必死に近づくアイアンクラブを牽制し、魔力が枯渇してすでに魔力回復薬を使い切っていたナナは、サクラが張った《水防》の魔法の壁の中で抱き合うケンや老人たちを背後にメイスを構えることしかできていない。
「くっ! どうするっ! シュンっ!」
そう叫ぶカイトに返す言葉もないシュン。
最早どうすることもできず、脂汗をかきながら、刃毀れだらけの自分のハルバートを握り締める。
そしてアイアンクラブがじりじりとその包囲を縮めてきた。
(くそっ! なんでこんなことにっ! ナナやサクラだけはっ!)
そして、アイアンクラブがその巨大な蟹爪を振り上げてシュンの頭上に振り下ろしてきた。
(ここまでかっ……)
その時、突然周囲に轟音とともに閃光が走った。
「全く、トシフミの規格外は毎度のことだけどあきれるわね」
「あら、そんなこと言ってていいのかしら?」
「それ以外にどう言えと?」
「そんなことより、早くしないとっ」
(だ、だれだ?)
シュンは確かに女性の声を聞いた。
(そんなばかな、ここはアイアンクラブに囲まれていて……)
眩んだ眼がようやくなれてきて、周りが見えるようになったシュンはよろよろと立ちあがる。
「だ、誰かいるのか?」
そのシュンの問いかけに、返された言葉があった。
「よかったわ、無事なようで。間に合ったわね」
「女神……か……?」
シュンにはそうとしか思えなかった。
そこには、美しい女性たちが6人立ち並んでいたのだから。
トールとシンタはその場に茫然と立ち尽くしていた。
彼らはアイアンクラブの重囲の中にあり、多数の負傷者を抱え、もはや全滅を覚悟していたはずだった。
ところが、突然の閃光とともに一瞬のうちに、彼らを取り囲んでいた無数のアイアンクラブはそのほとんどが動かぬ屍と化していたのだ。
「な、なにが起こったんだ……?」
「……さ、さぁ。小官にはわかりません」
いつもは爽やかな笑顔で切り返すシンタも、全くキレがない。
生き残った親衛隊の兵たちも、驚きのあまり、周りを見渡すばかりだ。
「お、おい、あれ……」
兵の一人が闘技場につながる通りの向こうを指さす。
「ん?」
トールとシンタの目には、向こうから数人が走ってこちらに向かってくるように見えた。
だんだんとその輪郭がはっきりしてくると、トールは驚きの声をあげる。
「お前たちなんでこんな場所に! 今のここはうら若き女性のくる場所じゃないぞっ!」
「心配はご無用よ。あなたがここの指揮官かしら?」
先頭にいた女性の声と姿に親衛隊の兵たちにざわめきが起こる。
「おい、あれ……」
「すげぇ美人だな……」
「ああ、そうだ。セッツ領主軍司令のトール=トーヨだっ!」
「私たちは探検者。チーム【純白の朝顔】のミサキよ。ここにいるのは私のチームとそれにチーム【ミスティック】。探検者組合本部の依頼でこの街の援護に来たわ」
「【純白の朝顔】だって! ランク紫の美人姉妹だって有名なっ!」
親衛隊の兵の一人が声をあげる。
「それにもう一つは【ミスティック】って言ったか? あの王都の魔獣騒ぎで1万を超える魔獣を撃滅したっていう……」
トールの言葉にミサキはニコリと頷く。
「これは君たちの……」
シンタが問いかける。
「そう。最も、その1万をブッ飛ばして、たった今アイアンクラブを壊滅させた張本人は、今は港の方にいってるけどね」
そう答えたのはカオリだ。
「そ、そうなのか?」
「じゃあ、俺たちは助かったのか……」
今まで張っていた気が抜けたのか、次々とその場に座り込む親衛隊の兵たち。中にはその言葉を聴いた瞬間に崩れ落ち、激しい負傷に気を失っているものもいる。
「ねえ、ハル。それにサラ。お願い」
「「ええ。」」
ミサキの言葉に、頷いたハルとサラは、それぞれ周囲の負傷兵に対して治療を始めた。
ハルの両手には柔らかな光が現れ次第に膨らんでいく。そしてその光は幾筋もの光の奔流となって、兵士たちを包んでいく。
サラは肩に乗っていたピュアにニコリと笑いかけると
「お願い」
そう一言伝える。
すると、ピュアが大きな尾を揺らしながら、サラの肩からジャンプした。
そのまま、宙を駆けながら、兵士たちの周囲を駆けまわる。その体からは無数の蒼い光が零れ落ち、兵士たちの体を包んでいく。
「ああっ」
「おお、体の傷がっ!」
「疲れが癒えて、体が動くっ!」
兵士たちが、立ち上がり自分たちの体を確かめている。
「すまない。君たちのおかげで助かったよ」
トールは、ミサキに頭を下げた。
「まだ、それを言うのは早いのではありませんか?」
「アイアンクラブがすべて排除されたわけではないでしょ?」
ハルとミサキがそう言う。
「ああ、そうだな」
トールは闘技場のほうを振り返るとそうつぶやいた。
ほとんどのアイアンクラブは屍となっていたが、わずかながらまだ蠢く姿が闘技場の周囲に見えている。
そして生き残りの数十匹のアイアンクラブが闘技場を離れ、こちらへ向かってきていた。
「私たちはこれから街中の魔獣の排除にかかります。まずはあの闘技場の周辺からですね」
そうミサキが振り返りながら言うと、後ろにいた5人が静かに頷く。
「俺たちもと言いたいところなんだがな、持っている武器がもう使い物にならん。すまないが、俺からも頼みたい。この街の住民の安全の為に」
「ええ、頼まれましたわ」
ミサキはそう言ってニコリと笑う。
そして6人は闘技場に向かって走り出した。
ミサキは両手で腰のレイピアを抜き放つと、すれ違いざまに複数のアイアンクラブを切り裂く。
カオリは左右の籠手で近づくアイアンクラブを吹き飛ばし、シオリは両手持ちした棍でアイアンクラブの攻撃を弾きながら、その口に棍を突きこんでいる。
ハルはその身の回りに数個の光の盾を作り出して、アイアンクラブが飛ばした体液から身を守りつつ、その盾から発せられるレーザーのような攻撃でアイアンクラブの体を貫いていた。
サラも、《水刃》の魔法を通常の魔法士ではありえない数作り出してアイアンクラブを刻んでいる。
最後にミシェルも、火と風と土の魔法を惜しげもなく使って次々とそれらを排除していった。
「凄いものだな、彼女たちは……」
トールのその呟きに、シンタは取り戻した爽やかな笑顔で答えた。
「あの様子では、我々が散々に苦労したのが何だったのかと思ってしまいますね」
「全くだ」
トールも自虐的に一言つぶやいた。
「でも、非才な我々でもできることがありましょう」
「お前、結構失礼なことをさらっと言うな。といっても、反論のしようもないが。じゃあ、俺たちはできることをしようか」
トールはそう言うと、周囲にいる動ける兵たちに住民の救助を指示するのだった。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
セッツ編はあと1話ぐらいだと思います。
が、ホーエンの混乱はまだまだ続く予定です。
これからもお見捨てなく、お付き合い頂けると嬉しいです。




