第67話 セッツ攻防 その1
すみません。更新がずいぶん遅くなりました。仕事が……。
今通勤途中ですが、東京は雪ですね。
雪が多い地域の方には、笑われるかもしれませんが足元気を付けないと……。
今日もよろしくお願いいたします。
「いいかっ! まずは商船の脱出を援護することが最優先だっ! 最大戦速でいくぞっ! 魔法防壁を張れっ! コバシにも伝達っ!」
「「「はっ!」」」
シノサブローの指示に突撃艦デジマの艦橋に緊張がはしる。
そしてデジマの船体に淡い光が張られた。舳先の部分が尖り、船尾の部分が丸くなっているティアードロップ型だ。これは突撃艦の海上部分に張られる物で、艦橋に備えられた魔道具に填められた魔石に蓄えられた魔力により、その魔石が蓄えた属性の防御膜を船体に張るものだ。
これは、外からの攻撃を防御する一方、自艦からのバリスタなどの攻撃は素通りさせる機能になっている。魔石の魔力が続く限りは一定の防御力を突撃艦に提供する機能があった。
デジマはどんどん速度を上げていく。この艦は突撃艦という名の通り、艦隊戦となれば、相手に決定的な打撃を与えるため、水魔法と風魔法の組み合わせによる推進機能で超高速で海上を進むことが可能であり、左右両舷に3基ずつ備えられた魔法属性を付与できる3連射が可能なバリスタ(投鑓器)による攻撃と、乗船している魔法士による魔法攻撃を攻撃の主体としている。
ヒットアンドアウェイの戦法で相手を霍乱しつつ、バリスタや魔法による攻撃で相手に損害を与えるのが主任務だった。
そして、これからデジマが向かおうとしている先では、セッツへの積荷を満載していた商船が4隻、セッツの防壁を目指していた。
背後に迫るものを見た今は、乗員たちが必死に甲板に山積みされていた積荷を捨てている。
シノサブローをイライラさせていた航行速度も、ようやくあがり始めていた。
「遅ぇんだよっ!」
そう、シノサブローが毒ついたとき、一番南にいた商船が触手に捕らわれようとしていた。
シノサブローは振り返ってデジマの機関長トージに叫んだ。
「おいっ、トージっ! 最大戦速まであとどれくらいだっ!」
「あと20秒ですっ!」
「この分だと、あと接敵まで3分ってとこか……」
シノサブローは彼我の距離を考え、今捕らわれた商船を助けるのは難しいだろうと思っていた。
既に、船体全体だけでなく乗組員たちも触手に捕らわれ、船も舳先から海に引きずりこまれようとしている。
「急げっ、ソータっ! 両舷のバリスタを装填っ! コバシにも伝えろっ! 戦法はコードDっ! やつと前を行く商船3隻の間に入り込んで牽制するっ!」
「隊長っ! あの1隻はどうするんですっ!」
副長のソータが巨大魔獣を指さしてそう叫ぶ。
「残念だが、間にあわねぇ。手前にいる3隻の安全確保を優先するっ!」
「了解っ!」
そういうと、ソータは右腕に嵌めた青い腕輪を触って、それに向かって命令を復唱する。艦内の乗組員は同じ通信用の腕輪を装着しており、通常は副長が命令を伝達する役割を担っていた。
そして、ソータは右腕にもうひとつ、突撃艦隊の僚艦の副長に連絡を取るための黄色い腕輪を同じく右腕に嵌めている。次にそれを触るとソータは叫んだ。
「コバシっ! 戦法コードDっ! 復唱しろっ!」
『コバシ、コードD了解っ!』
ホーエンの海軍は戦術を深める中で、各艦種ごとの独自の戦術を編み出しそれを血の滲むような努力で反復訓練していた。
シノサブローの突撃艦隊はその役割上、初撃で急速に接近して相手に打撃をあたえるか、その機動性を生かして、相手をけん制しつつ、主力艦隊の運用を楽にすることが主眼に置かれてきていた。
そのための艦隊運用がいくつかのパターンに分かれており、今回コードDと呼ばれる戦法がとられようとしていた。
コードDは高速で移動し、複数の艦が左右に網の目のように交互にクロスしつつ、わずかにずれながら両舷のバリスタを片舷ずつ斉射、敵の移動を阻害する戦法だった。本来の運用の目的は主力艦隊の到着まで、時間稼ぎをして相手をけん制することにある。
シノサブローはそれを商船が避難するまでの時間と、コーベンからの増援到着まで時間を稼ぐことに活用しようとしていた。
もう、巨大な触手をもつ魔獣の姿は目前まで迫っている。
そして、3隻の商船の側面をすり抜けたと同時に、シノサブローは叫んだ。
「コードD、開始だっ!」
一旦デジマは巨大魔獣に向かって左側に、そしてコバシが右側に舵を切り、ふくらんで航行すると、そこからタイミングを測って、一気に逆側に舵を切る。
デジマが巨大魔獣の右側へ左舷を向けて斜行、少し遅れてコバシが左側へ右舷を向けて斜行する。
巨大魔獣は黒々としたその体の一部が海上に現れており、同じく黒光りした無数の触手がうにうにと蠢いていた。また、海面下に隠れていると思われる部分からも、海上に向けて触手が伸びており、最早何本の触手があるのか数えることも難しい。
デジマ両舷のバリスタに配置されている兵達の顔はいっそう緊張につつまれる。
「なんなんだよっ! この触手の化け物はっ!」
一人の兵のボヤキというより叫びに対して、その一基のバリスタを任されている下士官は大声で叱りとばした。
「魔法防壁がお前らを守ってくれるっ! 今は照準に集中しろっ!」
そしてデジマ、コバシの両艦がわずかにずれたタイミングで巨大魔獣の正面ですれ違った直後、シノサブローの号令が下った。
「左舷、打ち方始めっ!」
デジマ左舷の3基9本のバリスタが一斉射撃される。
まず相手の魔獣にどの属性が有効かを判断するために、3基がそれぞれ、火、雷、風の属性を纏った鑓弾を発射する。コバシの右舷からは、水、雷、地の属性だ。鑓弾にはそれぞれ付与された属性を表す色が塗られていた。
鑓弾はゆらゆらと揺れる多くの触手を切り飛ばしながら、巨大魔獣の本体を目掛けて空気を切り裂く音と共に飛翔する。
そして合計18本の鑓弾がその位置を変えて、巨大魔獣に突き刺さる。突き刺さった瞬間、付与された属性の魔法が発動。巨大魔獣の体のあちこちで属性魔法による爆発が起こる。
「「!!!」」
その瞬間、巨大魔獣は触手を激しく動かして、高速で両脇を抜けてターンしようとしているデジマとコバシに対して怒りを露わにしていた。
「雷撃が最も効果ありと視認しますっ!」
艦の戦闘指揮を兼ねる副長のソータがそう叫ぶ。
確かに18本の鑓弾は本体の各部に突き刺さったが、雷の属性を付与した黄色い色が塗られた鑓弾が最も、激しく巨大魔獣の体を抉っていた。
「よしっ! 次弾以降は全弾雷撃を装填っ!」
デジマがターンを終えて、巨大魔獣の左側、つまり今まで正面であった方向に舵を切り、再び高速でコバシとクロスしようと動きだしたその時、巨大魔獣に変化が現れる。
黒光りするその触手が激しく左右上下に揺れまくると、シュルシュルと上空に伸びた無数の触手が、その高い位置から叩き落とすようにデジマとコバシに向けて伸び下ってくる。
「回避行動っ!」
シノサブローの叫びに、操舵手は速度はそのままに左右に舵を切りながら、上空から落ちてくる触手の先を躱す行動に入った。
「ちきしょうっ! 数がはんぱねぇ!」
バシュ、ボシュっとデジマの航跡の左右で触手が海面に突き刺さる音が激しく起こる。
同時にデジマにはその艦体を覆うほどに海水の飛沫が大量にかかっていた。反対側を斜行しているコバシも同じような状況だ。
デジマの操舵手はよく訓練された名手であったが、さすがに無数の触手が降り注いだことによって、すべてを躱しきることはできなかった。
ガキッ、カキンとデジマを包む魔法防壁が触手の攻撃を弾く音が激しく鳴り響く。その数は10や20では効かない。艦体がその音のたびに揺れを起こし、デジマは高速で航行していることもあり激しく揺さぶられる。
「くっ、魔法防壁はなんとか有効なようだな」
冷や汗を流しながら、呟くシノサブローに、双眼鏡を使って後方になりつつある巨大魔獣の様子を見ていたソータが叫んだ。
「隊長っ! まずいですっ! 触手が集束していきますっ!」
今までばらばらに動いていた黒い触手が数十本、1つにまとまりつつある光景がシノサブローの目に入ってくる。
「くそっ! あんなもん喰らったら、艦体がひっくり返ってしまうかもしれん。右舷バリスタっ! あの集束した触手を狙って全弾打ち込めっ!」
そのシノサブローの号令に即座に反応した右舷の射撃手達は、一斉に装填した鑓弾を発射した。
全弾が集束した触手に命中して爆発音と共に激しく煙を噴き上げる。そのため触手の動きが一瞬デジマから見えなくなっていた。
「やったのか?」
ソータがそう呟いた時、煙の晴れた空間には触手が見当たらなかった。
「やったぞっ!」
デジマ艦橋で歓声を上げる乗組員達。
しかし、次の瞬間、巨大魔獣の向こう側で轟音が鳴り響いた。
「なんだっ!」
シノサブローの叫びに答えたのは、ソータの震える声だった。
「隊長……。コバシが……」
デジマ乗組員の眼に映ったのは、巨大魔獣の巨体の向こう側で、コバシが巨大な触手に艦底から中央を貫かれて海上から浮き上がっている姿だった。
「あああっ!」
大きく傾いたコバシの甲板から、コバシの乗組員たちが滑り落ちていく。
そして次々と触手に捕われてコバシの艦体と共に海の中に引きずり込まれていった。
「くそっ! 魔獣めっ! あいつらを! くそぉっ!」
シノサブローは怒りのあまりこぶしを艦橋の壁に叩きつける。
すると、ソータが叫んだ。
「隊長っ! 艦底の防御もしなければっ!」
シノサブローは我に返る。
「おうっ。すぐに艦底にも魔法防壁を張れっ! こうなったら有りったけの鑓弾、喰らわせて黙らせてやるっ! 両舷バリスタ、次弾装填っ! タスケとショータにも準備させろっ!」
タスケとショータはデジマに乗船していた、雷魔法士と風魔法士だった。シノサブローは温存していた彼らも攻撃に参加させ、有りったけの火力をぶつけるつもりだった。
「仲間の仇、取らねぇとなっ!」
その頃、セッツの港に展開されつつあった、防壁の上では国軍とセッツ領主トーヨ子爵の領主軍の兵士や魔法士達が配置につきつつあり、緊急招集された探検者達と共に南の海上で行われていた巨大魔獣と突撃艦の戦闘を見守っていた。
「ああっ! 突撃艦がっ!」
彼らの眼にも、コバシが轟沈する様子が見えていた。
「おいっ、あんなのこの防壁で防げるのか? やばくねぇかっ」
兵士達の間にも動揺が広がっていく。
そうしている内に、コバシの犠牲とデジマの必死の抵抗によって稼がれた時間によって港周辺で寄港を急いでいた商船が収容できつつあった。
最後の1隻が防壁の中に入った瞬間、防壁上の国軍士官が配下の土魔法士達に防壁の完全閉鎖を指示した。
「おい、今閉鎖したら、沖で戦ってる海軍のやつらどうするんだよ。逃げるとこねぇじゃねぇか。見殺しにするつもりかよっ!」
沖の突撃艦を指さしながら、探検者の一人が国軍士官に喰ってかかる。
「おい、よせっ!」
仲間の探検者に取り押さえられるその探検者に、国軍士官はつらそうな表情で吐き捨てるように言った。
「これが戦時の海軍との取り決めなんだっ。」
「……そんなっ。これじゃ見殺しじゃねぇか……」
そう探検者が力なく肩を落としたその時、商船の誘導・護衛に徹していたカイヅとタゴノがいまだ奮戦するデジマ援護の為に速度を上げて巨大魔獣に向かおうとし始めた。
ところが、速度を上げ始めてすぐに、異変が起こる。
2隻の突撃艦の航行速度がみるみる落ちたと思ったら、張られていたはずの魔法防壁が消失した。
「おい、あれ……」
その瞬間、2隻の四方の海上からキラキラした何かが群がるように飛び出してきてカイヅとタゴノを覆い尽くしていく。
「あれなんだよ、一体っ!」
防壁上の兵士たちの動揺が収まる間もなく、そのキラキラしたものが消えると艦体の上部構造物が跡形もなくなったカイヅとタゴノが煙を上げながら、海中に沈んでいくのが防壁から見えていた。
「おいおいおいおいっ! 2隻消えちまったぜっ! まるで熔けたみたいにっ!」
「この防壁もやばいんじゃ……あのキラキラしたやつがここに飛んできたら、俺たちもっ!」
兵士たちに動揺が広がる。
そこにさらに追い打ちをかけるように、ただ1隻で巨大魔獣相手に抗戦していたデジマが、巨大な触手の一撃を魔法防壁の上から喰らって、転覆したところに、無数の触手に捕われて海上から見えなくなってしまった。
茫然とする国軍兵士の傍でそれを見た領主軍の兵士たちは半ばパニックを起こしかけている。彼らは領主の警護や街の警らには慣れていても本格的な魔獣との戦闘は未経験の者がほとんどだったからだ。
「大丈夫だっ! この港の防壁には、魔法防壁が3重にかけられているぞっ!」
「あの巨大な触手の攻撃にも耐えられるはずだっ! 落ち着けっ!」
国軍士官と領主軍の士官の叫びに、若干落ち着きを取り戻しつつある兵士や探検者達。
そんな中、ある女性探検者がふと防壁内の商船の方を見ていた視線をその足元に落とした時、異変に気がついた。
「ねぇっ! 防壁の内側の海面、なんだか泡だらけじゃぁっ!」
彼女が気が付いた通り、商船達が先を争うように岸壁に停泊して上陸しようとするその港湾内の海面のあちこちに石鹸を泡立てたような泡の塊が数多く現れ始めた。
「ほんとだっ! おいなんだあれっ!」
「見ろよっ! 防壁の足元の海面、すごい泡だぞっ!」
あちこちに発生した泡の様子は、港で商船を誘導していた港湾職員や商船の乗組員たちの眼にも映っていた。
ざわざわとそして恐る恐る様子をうかがう人々。
「あれはっ!」
防壁から下をのぞきこんでいた国軍兵士の一人が大声を上げて、足元の泡を指さす。
その瞬間、その泡の中から現れたのは一匹の巨大な黒い蟹だった。
その一匹が防壁の内側の壁に取りつくと、その壁を登り始めた。
「おい、あれ鉄甲蟹じゃぁ……」
「バカ言えっ。あんな大きさのアイアンクラブなんて……」
アイアンクラブは海中に生息する蟹の一種で、両足を広げると50セルほどになる甲殻の非常に固い蟹だ。生きているときは通常の包丁などではまったく刃が立たないほど固く黒い甲殻も、一度茹でると赤く変色し、厚刃の専用の小刀でその殻を割ることができ、美味なのでよくこのセッツでも飲食店で饗されていた。
ところが、今現れたそれは大人一人の大きさとほぼ同じ。
探検者たちが騒ぎ出す横で、国軍士官が防壁上にいた魔法士にそのアイアンクラブへの攻撃を指示しようとしたその時、防壁内側に大量に発生した泡の中から、無数のアイアンクラブが現れ防壁を登り始めた。
「!!!!!」
突然の状況の変化に慌てふためく兵士と探検者達。
沖の巨大魔獣も港に向かって近づいてきている。
そして港湾内に現れていたほかの海面の泡からも、巨大なアイアンクラブが現れ、接岸中の商船や、岸壁にいた人々を襲い始めた。
セッツの人々にとって悪夢のような時間が幕をあけたのだった。
読んでくださってありがとうございます。




