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第66話 災厄再び

おはようございます。

今日もよろしくお願いいたします。

ここはホーエン本島の南の沖合5キルの海上。

今、ホーエン本島の南端に位置するワカヤの港から出港した5隻の漁船が操業していた。

これ等の船はワカヤの街の商人マゴベーの持ち船で、漁師達は雇われてこの船に乗っていた。


底引きの網を巻き上げる手を休めずにショウキチは叫んだ。

「おい。次も外れってことはねえよなぁ」


向かいで同じように網を引いている弟のショウゾも首をひねっている。

「今日ほどスカばっかりの日も珍しいぜ。貝殻ばっかで魚らしいもんこれっぽっちもかかりやしねぇ。どうなってんだ? これで4回目だぜ」


ショウキチは操舵室に向かって叫ぶ。

「おい! 船長っ! 今回もスカじゃねえだろうなっ!」


すると操舵室の窓から首だけ出した日に焼けた髭面の男タイゾーが叫び返す。

「うるせぇっ! おまんま喰いたければ、その止まっている手を動かしやがれっ!」


ショウキチは船長の剣幕に首をすくめると、両腕に力をこめて網を引き始めた。


そうは言ってみたものの、タイゾーも今日の漁の出来には不満を覚えずにはいられなかった。

(なんでこんなにひでぇ結果になるんだ? いつもなら、網いっぱいに魚が入る場所なのに……)


すると考え込むタイゾーの目線の先に、煌びやかに飾り立てた1艘の客船が見えてきた。

(おいおい、こちとらこのままだと真っ当な払いをしてもらえねぇっていうのに、どっかの金持ちがお遊びしてやがるぜ……)


そうぼやくタイゾーの視界に入ってきていたのは、コーベンに近い貿易が盛んな港街セッツの商人ジロエモの所有する客船だった。広いデッキはきれいに飾り付けられ、そこにこれまた着飾った男女が入り乱れて昼間から酒盛りの最中であった。


客船が近づいてくるにつれて、そのデッキの上から嬌声が響いているのがショウキチやショウゾの耳にも入ってくる。デッキから顔を出した男が盛大に戻しているのも見えてくる。ほとんど半裸の女性が介抱しているようだ。


「おーおー、金持ち様はいい身分だねぇ、昼間っから酒かっくらって、女と舟遊びしてやがる。こちとらこのままじゃ、タダ働きになりかねねぇってのによっ!」


ショウキチがそう愚痴るのも無理はない。彼らの給料はすずめの涙ほどの固定給にほぼ100%に近い歩合制になっていた。つまり、漁が不出来なら、働いても給料が出ない仕組みなのだ。彼らのボス、マゴベーはケチで地元でも有名な商人でもあった。


通りすぎていく客船を横目に見ながらショウゾが毒つく。

「くそっ! なんで俺たちこんな船に乗っちまったんだ!」

「ぼやいてもしかたねぇ。早いとここの網引き上げて、帰って酒飲んで寝ちまおうぜっ!」

そうショウキチが弟をなだめたその時だった。


それまで、全く手ごたえのなかった漁網に信じられないほどの重さが加わって、ピクリとも動かなくなった。

「おっ! すげぇ! こんな重てぇの俺初めてだぜっ! 急に重くなりやがって、どんな大物がかかったんだ?」

ショウゾがそう感激していられたのは最初のうちだけだった。

次第にかかった何かの重さに耐えかねて網がずるずると海に引き込まれ始めた。


「おい船長っ、なんかやばくねぇかっ! はんぱじゃねぇぞこれっ!」

ショウキチは操舵室を振り返ると、タイゾーに向かって叫ぶ。

操舵室にいたタイゾーも異常を感じていた。

(この重さなんだ? このままだと上げるどころか、船のほうが引きずり込まれるっ!)


そして小窓から顔を出して、網を放棄するようにショウキチ達に指示をしようとしたその時だった。


「「キャーーーーーーッ」」

船の後方から女性たちの悲鳴が聞こえてきた。

その声の方向に振り返ったタイゾーやショウキチ達は自分の目を疑うことになる。


「お、おい、なんだありゃあっ!!」


その視線の先には、先ほど通り過ぎた客船の姿があった。

だが、先ほどまでの煌びやかで嬌声に包まれた様子は一変。客船の船体に無数の触手のようなものが巻きついており、デッキの上では何人もの女性が触手に絡め捕られて悲鳴を上げており、酔って足元がおぼつかないまでも剣を抜いて戦おうとした男が触手に巻き上げられて、海上を左右にぶんぶんと振り回されていた。


その様子を呆然と見つめるタイゾーやショウキチ、それにそれ以外の船員たち。


『おいっ! タイゾーっ。なにやってやがる。早く網を放ってズラかるぞっ! このままだと俺たちも巻きぞいだっ!』

僚船の船長からの《遠話の腕輪》の通信に、はっと我に返ったタイゾーは、船員達に喚き散らした。

「お前たち、なにやってやがるっ! 早く網を放りだせっ! 死にてぇのかっ!」


だが、その判断は遅かったようだ。

タイゾーの船を含めて5隻いたはずの漁船のうち、すでに3隻は触手にその動きを阻まれていた。

「ちきしょうっ! 何だよこれっ!」

必死に鉈や刀、中には魚をさばくための包丁を持って触手と戦っている僚船の船員たち。海の男たちは極まれにだが海の魔獣と闘いになることもあり、それなりに戦闘経験を持っているものが多いのだが、今回は明らかに分が悪かった。


「おいっ。ショウキチっ! 網を切れっ! 俺たちだけでもここから逃げるぞっ!」

タイゾーのその言葉に驚く船員たち。

「いいのかっ! マゴベーに酷い目に合わされるかもしれねぇぞっ!」

ショウキチの杞憂はタイゾーの一喝に吹き飛んだ。

「ふざけるなっ。死にてぇのかっ! マゴベーが何だってんだっ! このまま、ここにいてあいつらと同じ目にあうつもりかっ! 僚船も関係ねぇっ! とっととズラかるぞっ!」


そう言ったタイゾーは船を全速力で動かし始め、ショウキチは網めがけて鉈を何度も振り下ろした。

「ちきしょうっ! 今日はなんて日だっ。このっ、早くっ、切れろっ、くそっ!」


タイゾーはワカヤの漁船基地に向かって、《遠話の腕輪》で連絡を取りつつ、船の速度を急激にあげる。

「緊急っ! ワカヤ沖で操業中、無数の触手の魔物に遭遇っ! 網を放棄して脱出を図るっ! 海軍に連絡をっ! 救援を要請して……ごぼっ」


だがタイゾーの台詞は最後まで続かなかった。

船の後方から操舵室に進入した触手に口を塞がれ、背中から胸を貫かれて舵にもたれ掛かりつつ倒れこんだのだ。

その為、船は港へ向かうことができない。


そしてショウキチやショウゾ達の必死の抵抗も空しく、漁船はほかの僚船や、最早悲鳴すら聞こえなくなった客船と共に海中に没していった。



ショウキチ達の命運が尽きるころ、その数キル先をセッツに向かって進んでいた定期船があった。この船はホーエン本島東側の街、コエドから出航。セッツを経由してコーベンに向かう予定の船で、4組の探検者チームも同乗していた。ランク青、赤、赤、赤の4つのチームだ。


その探検者達が船長の呼び出しによって操舵室前の上部甲板に集まった。

彼らに船長が状況を説明する。

「近海で商人の客船や漁船が何かの魔獣に襲われているらしい。船の速度を上げて早急にセッツに向かうことにした。それで君たちには……」


船長がそこまで話したとき、探検者たちの視界に海原がキラキラ光る様子が入る。


「おい、あれはなんだ? 何だか海がキラキラしてるように……」

ランク赤の探検者チームのリーダーの一人がそこまで口にした時、この定期船は阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれることになった。

そのリーダーの胸には、真直ぐな形をした銀色のキラキラしたもの、鼻先に鋭い角を持った太刀魚の仲間

シルバーナイフと呼ばれる魚が突き刺さっていた。口から血を吐き出し、仰向けに倒れこむ男。

「なんでシルバーナイフがっ。これ飛んだりしないのにっ……」

そう言った弓使いの女性は飛び込んできたシルバーナイフに頸動脈を切り裂かれ、上部甲板にその血を撒き散らす。


開けているデッキや定期船の窓という窓目掛けて飛び込んできたシルバーナイフはそこにいた人間を傷つける役割を終えると、その体が急速に飛沫を上げながら溶け出していく。その飛沫を浴びた人間や船の床がその強烈な酸性の液体で煙を上げながら溶け始めていった。


そして、暫くすると、船底や側面に穴が開いたその定期船は航行不能となり、大勢の乗客と共に海面からその姿を消したのだった。




「宰相閣下っ。大変ですっ! ワカヤの沖で客船や定期船、漁船などが正体不明の魔獣に襲われているとの連絡が入りましたっ!」

執務室に転がり込むように飛び込んできた宰相府職員のその言葉に、顔色を変えて立ち上がったキジマール宰相は、緊急御前会議の召集を発令する。そして、周囲にいた職員たちに向かって指示を出した。

「全ホーエンの各機関、領主、海岸に面した街に常駐する国軍や、探検者組合などに非常事態を発令っ! 航海中の船舶は至急最寄の港に寄航し、乗客の安全を図るように伝えるのじゃっ! ワカヤ沖だけではないかもしれん。王都も厳戒態勢に入れっ!」


前回の虫魔獣の大量襲撃を受けた後、ホーエンにおいては、非常事態が発令された場合、各所に配置された警鐘が盛大に鳴らされる取り決めがなされていた。

その為その時からすぐにホーエン国内の海岸沿いの各街では、けたたましいまでの警鐘が鳴り響くことになった。




それから30分後、王宮の会議室では国王のマサノブ以下、主要閣僚ならびにオズーノやドーセツらが参集していた。

マサノブが発する。

「状況を説明してくれ」


キジマール宰相が立ち上がり、状況を説明し始めた。

「最初の連絡はワカヤの漁船基地、並びにコエド発でセッツに向かっていた定期船からの緊急通信です。漁船基地の言によると、ワカヤ沖で操業中の漁船から無数の触手を持つ魔獣に襲われ脱出を図ると連絡があった後、交信が途絶えたとのこと。僚船4隻とも連絡が取れないようです。また、セッツに向かう定期船、それから周辺海域を航行していた商船や運搬船からも緊急通信があったものの、全て交信が途絶。ワカヤの国軍監視所からも、沖の船舶が何かの魔獣らしきものに襲われて沈没しているとの連絡が入っております。その後の情報でも、その魔獣らしきものは周囲の船舶を次々と襲いながらホーエン本島西岸を北上している模様です。」


そのキジマール宰相の説明に会議場の閣僚たちはざわめく。

「まさかこのまま王都に……」

先日の王都襲撃の記憶も新しい内に新たな襲撃を受けているのだ。無理もなかった。


「それ以外にも何かあるのか?」

マサノブの問いにキジマール宰相は頷く。

「はい、ホーエン各地で操業中の漁船や商船が魔獣に攻撃を受けたという連絡が入り始めております。現在、ミナミー島南岸、ニシノベ島東岸、キタノダ島南岸で報告が入っております」

「現状どのような指示をしているのか?」

「ホーエン近海を航行中の船舶は、国籍を問わず最寄りの港に緊急入港し、乗員乗客の安全を図るよう指示しております。また、陸海の国軍には、緊急の出動を指示。沿岸の領地を持つ各領主、直轄の各都市には住民の沿岸からの退避、防備の強化を指示。探検者組合、魔法・生物研究所他、魔獣との戦闘に備えられる機関には、最優先での迎撃準備を指示いたしました」


「そうか。ご苦労」

それらのキジマール宰相の報告にマサノブは息をつく。


「これはやはり、シャハーブの……」

陸軍卿のオイワ伯爵の呟きに会議場は再びざわめいた。


「そう考えるのが妥当じゃろうな」

キジマール宰相も頷く。


「【ミスティック】は今どうしておる。トシフミはどこにおるのか?」

「現在は新たなる精霊との邂逅のため、コーヤにいるはずです」

ドーセツがそう答えると、マサノブはすぐに指示を出した。

「すぐに連絡を取って、王都に呼び戻せ。緊急事態だとな」

「はっ」

ドーセツはすぐにその場を立ち上がり、会議室をいったん退出しようとした。組合に戻るのではなく、廊下から《探検者の腕輪》でトシフミとさらに行動を共にしているはずの【純白の朝顔】のミサキ達に連絡を入れる為だ。


すると、ドーセツが会議室を出ようとしたその時、扉が開いて宰相府職員が血相を変えて飛び込んできた。

「申し上げますっ!」

「許す。申してみよっ!」

「ただ今、セッツより、海から巨大魔獣並びに小型の無数の魔獣が現れ、駐留の海軍艦船と戦闘に入ったとの連絡がありましたっ!」


タチバナ伯爵が腰を浮かし後ろに控えていた副官に向かって叫んだ。

「なんだとっ。あそこには今は中型の突撃艦が4隻だけしかいないはず。すぐに増援を手配しろっ。コーベンにいる第三艦隊を送るんだっ!」

コーベンには王都守護を担当する第一艦隊30隻の他に、第三、第六の2艦隊が駐留していた。そのうち第三艦隊は迎撃を主任務としており、マリカが取り寄せた魔導銃よりも格段に威力の強い魔導砲を多数備えた主力戦闘艦が5、基本属性魔法を付与できるバリスタを備えた突撃艦が10、通常のバリスタを主装備とする軽戦闘艦が10の25隻からなっていた。海軍に属する魔法士達も多数所属しており、こと打撃力に関しては海軍随一の艦隊だった。


すると、別の宰相府職員が会議室に飛び込んでくる。

「申し上げますっ!」

「なんだっ! 申せっ!」

「ニシノベ島のミヤザならびにブンゴ、ミナミー島のコウチョ、ホーエン本島のカナザ、キタノダ島のゴリョーにおいても、海岸の領主軍、あるいは国軍より魔獣現るの報ですっ!」


マサノブを始めそこにいた全員が椅子を蹴って立ち上がる。

会議室は椅子が転がる音と共に、国王マサノブを見る一同の蒼白な顔面が並んでいた。






ここはセッツの港。王都のすぐ近くにある重要な貿易港である。国内の物流が集まるだけでなく、王都を除いた他のホーエン各地への積荷を下すための各国の交易船が寄港する場所だった。


宰相府からの非常事態宣言を受け、セッツでも警鐘が激しくならされていた。

「なんだぁ? 何があったんだ?」

先日の王都襲撃の報は入ってたものの、直接の被害が全くなかったここセッツでは住民の危機意識はそれほど高いものではなかった。何度か避難訓練と称して海岸沿いにある商人の倉庫で働く人間や荷揚を担う人足組合などは強制的に業務を止められて内陸の国軍の駐留施設まで歩かされていた。


「おい、今日って訓練の日だったか? また商売の邪魔されんのかよ。勘弁してほしいぜっ」

訓練で商売の邪魔をされているという感覚を持っている人間が多く、警鐘に対する反応も鈍いものがあった。


「あれ見ろよっ! 海側の防壁がせりだしてきたぞ。もしかしたら訓練じゃないんじゃねえか?」

彼らの視線の先でセッツの港の防波堤が徐々に高さを増していく。

ホーエンの主要港の防波堤は緊急時には専属の土魔法士によって厚さ5メル、高さ10メルまでせりあがり、海側からの攻撃を防御するようになっていた。現在避難中の船舶の為一部は開口しているが、完全に閉じた時はセッツの港を半円に塞いで防御する造りになっている。


防壁がせりだす中、沖合にいた船舶は寄港命令を受けて順次その中に入っていっていた。


セッツ駐留の突撃艦隊の旗艦であるデジマの艦長シノサブローは周囲を警戒しながら、近海を航行している船舶がセッツに寄港するのをジリジリしながら待っていた。


多くの船が指示に従ってセッツへ急ぐ一方、一部の商船はゆっくりと航行していたからだ。積み荷が崩れる可能性を気にしているのが見え見えで、いくらデジマが警鐘音を鳴らしても一向に速度を上げる様子がない。


痺れを切らしたシノサブローが、遅航している各船舶に警告を行おうとしたとき、遂にそれが現れた。


一番港から南の位置をゆっくりと航行していた小型の商船が後方の海面から現れた無数の触手に捕らわれたのだ。


「ちきしょうっ! だから言わんこっちゃないっ!」

シノサブローは怒りを顕にする。

「艦長っ! どうするんですかっ!」

そう叫ぶ副長に対してシノサブローは命じた。

「デジマとコバシの2隻で救助に向かうぞっ! カイヅとタゴノの2隻はここで誘導を続けろっ!」


そして、ホーエン海軍にとって災厄とも呼べる時間がそこから始まることになった。

 




敏文の元に連絡が入ったのはそんな時だった。

ドーセツからの連絡を受けた敏文はセッツが海からの魔獣の大規模な攻撃を受けていることを説明された。

「くそっ。シャハーブめっ。よりによってこんなタイミングで仕掛けて来るとはっ!」

敏文は毒つく。


「どうするの?」

サラの問いにミサキが言った。

「どうするもないわ。セッツの救援に行かなきゃ」



「でもそうするとアヤメの事は……」

ハルが困った表情をしている。ハルなりに自分との比較でアヤメが追い込まれたということに思うところがあるのだ。


敏文は正直迷っていた。ここでアヤメの事を放置していいわけがない。本当はすぐにでもセイランに乗って後を追いたかったのだ。しかし、セッツの街には大勢の住民が暮らしている。海岸の防壁が展開されたと聞いているが、放置して結果的に住民に被害が出た場合、自分の責任と感じてしまうだろうことは容易に想像ができた。


「くそっ」

ぐっと両手を握りしめて敏文は考え込んでいた。


その様子を見ていたブンゾーが敏文に近づいてその肩に手を置いた。そしてこう提案した。

「なぁ。アヤメを追うのは俺に任せてくれねぇか。セッツはお前が必要なはずだ。お前がアヤメを追って残った俺たちがセッツに行っても、そう大して役に立つわけじゃねぇ。だが、お前が行けば大勢の人たちを救えるかもしれねぇ。だからお前はセッツに行け。かといってアヤメをこのまま放っておくのは偲びない。だから同じチームの俺が追う。それに俺はアヤメがこんなに小さかったころからアヤメのことを知ってるんだぜ」

ブンゾーはそう言うと、自分の腰ぐらいの高さに右手をかざした。


「だが、オソレッド山は紫の探検者でも無事が保障されない場所だぞ。お前になにかあったら、その時は俺は耐えられない」

敏文はそう言って唇を噛みしめる。


その時だった。

ずっと考え込む様子を見せていたアオイが、ミサキに向かって言った。

「ミサキ姉さん。私にもアヤメを追う許可をください」

「えっ? どうして?」

ミサキのその問いにアオイは決意をその眼差しに込めて話し出した。

「私、昨日の晩とその前の日の晩、アヤメが庭園の奥で常闇の精霊に会うのを見ていたのです。その時はアヤメに気遣って声をかけてはいけないと思っていた。あれが常闇の精霊だと知っていれば……。昨日宿坊に帰ってからも、その存在について問いかけていればもしかしたら状況が変わっていたかもしれない。そう思うと私にも責任があるような気がするのです。それに、ブンゾーは常闇の精霊の姿を知らない。私はしっかりと彼女の姿をこの目に焼き付けています。だから私もアヤメを追うことにしたいのです。」


「アオイ。気持ちはわかるわ。アヤメにはキツイことを言うようだけど、私たちの今の任務はナツキ様の護衛よ。あなたはそれを放り出すつもり?」

ミサキは厳しい表情でアオイに問いかける。

「いえ。探検者としての責任は理解しているつもりです。ですから、あくまでアヤメを追ってその居場所を突き止めるまでの時間、チームを離れることを許可してほしいのです」


「そうだな。正直俺も自分だけでアヤメをその常闇の精霊とやらから、奪い返せる自信はねぇ。だからもし居場所がわかったら、トシフミに連絡をしてすぐに来てもらおうと思ってるんだが。それでどうだ?」

ブンゾーが助け舟を出した。


「ミサキさん。私からもお願いします。本当は私もアヤメを追いかけたい。でも、私が追うことになれば、【純白の朝顔】のみなさんはセッツに向かうことができなくなります。この国の王家の人間としてセッツの住民は守らなければいけない。だから私はセッツに向かうしか選択できません。でも、だれかアヤメの為に彼女を追ってほしい。もしアオイさんがそうしてくださるというのならば、私からもお願いします」

ハルもそう言ってミサキに頭をさげる。


「あまり議論している時間はないはずです。姉さん。お願い」

アオイが最後にダメを押した。



「判ったわ。アオイ、あなたはチームを離れてブンゾーと一緒にアヤメの行方を追って。ただ、これだけは約束して。決して自分たちだけで常闇の精霊に仕掛けたり、オソレッド山の強力な魔獣相手に無茶なことはしないと誓って」

そう言うミサキからは妹を心から案じる気持ちが溢れていた。

「ええ、もちろん」

アオイは笑って言う。



「みんなすまない。俺がチームのリーダーとしてしっかり彼女のことを見ていなかったために迷惑をかけることになった。ブンゾー、アオイ。すまないがアヤメのこと頼む。居場所がわかったらすぐに連絡してくれ。何をおいても駆けつけるから」

そう言う敏文にふたりは笑顔で答える。

「ああ。頼んだぜ」

「頼りにしてるから」



「どうやら方針は決まったようだな」

すると敏文の体の中から、イブキが声を上げた。左腕の紋章が淡く光っている。

敏文がその場所を意識すると、光が強くなり、次の瞬間には清龍の瀧で敏文が見た巨大な姿ではなく、敏文とほぼ同じくらいの大きさでその左横に宙に浮かぶ形で白い龍が佇んでいた。

「我がセッツまで、そなたらを運んでやろう」

イブキはそう言う。


「あなたが万命の精霊……キレイ……。あ、でもここで現れて大丈夫なの?」

サラがそう問いかけるとイブキが静かに答える。

「大丈夫だ。今、我の姿はお主たち以外には見えておらん。心配せずともよい」



すると今度は、右腕からヤスツナが声を上げた。

「そうじゃな。そこのブンゾーとやら。お主にはワシから《破闇の長弓》を授けたが、もう少しばかり力を貸してやろう」

そう言うと敏文の右腕の紋章が光ったかと思うと、ブンゾーが薄い光の膜に包まれる。そしてその光が消えたとき、ヤスツナはこう言った。

「これでお主は転がっておる鉱物を自分の思うように製錬し形成することができるようになった。錠を開けるための鍵を作ることや、とっさの折に武具・防具を生成することができるじゃろう。多くは望めぬだろうがな。何かの役には立とう」


「おっ、そいつは助かるぜ」

ブンゾーはそれを聞いてニヤリと笑った。


すると次に敏文の右のこめかみの羊の角の紋章が淡く光り、タクミが話し出した。

「じゃあ、ボクからはアオイに《神速》の技を」

そう、タクミが言うとアオイの体が淡く光り、すぐに収まった。

「最初からトシフミほどの速度は出さないようにしてね。体が持たないから。徐々に体を慣らしていって」


「ありがとう」

アオイは真剣な面持ちで頷いた。


「じゃあ、俺たちは行くぜ」

そう言うとブンゾーは馬止めから自分の馬の手綱を外すと馬に跨った。アオイもひらりと馬上の人となる。

「ミサキ姉さん。みんな。また今度」

そう言うアオイにカオリとシオリが声を上げる。

「アオイ姉さんっ! 絶対だからねっ!」

「そうだよっ。必ず皆でまた会うんだからっ!」

二人の叫びを聞いたアオイは大きく頷くと馬腹を蹴った。ブンゾーもすぐに後に続く。

そしてすぐに二人の姿は山道の向こうに消えていった。

「アオイ姉さん、無事で……」

そうつぶやくシオリ。



「では我々もセッツに向かうとしよう」

イブキがそう言うと、次の瞬間、7人の姿はその場から掻き消えた。



敏文が次に意識したときには、7人の姿は光の球体の中にあり、その球をつかんだ巨大な白龍が空を駆けている途中だった。

だが、すぐにイブキは高度を下げ始める。まだセッツには遠いにもかかわらず。


「イブキ、どうしたんだ高度が下がっているが……。セッツはまだだよな?」

「すまぬ。ほんのわずかな時間寄り道をさせてくれ。何、時間はとらぬ」

イブキはそういうと、ナーラを過ぎたところにある山中に向かって進んでいく。


「ん、ここは確か……」

敏文がそう呟いた時、首にかけていた牙の首飾りが振動しているのを感じた。そしてイブキの姿は敏文と同じぐらいにまた縮み、そして光の球体は山道の途中の広場に舞い降りる。


そこは、数日前に敏文達が双頭虎デュアルヘッドと一戦交えた場所だった。

光の球体が消えたところ、すぐさま森の中から姿を現したものがある。


「あ、お前は……」

そう、敏文達の前に姿を現したのはあの双頭虎だった。だが以前と違い後ろに同じ姿をした存在がいた。


すると、2体の双頭虎はイブキの前で腰を落とし、低い姿勢をとった。

「万命の精霊、あなたが再び顕現しようとは。何か重大な事が起こっているということでしょうか?」

以前、敏文と戦ったその1体がそうイブキに尋ねる。

「そうだ。このホーエン並びにこの世界全体に危機が迫っておる。しかるに我はこのトシフミと共に進むことにしたのだ」


「我ら生物の命を司るあなたが起たれるというのであれば、我らはあなたに従い共に進みたいと思います。お許しをいただけませぬか?」

双頭虎は低い姿勢のままそう懇願する。


「お主、この森の守護はどうするのか?」

イブキが双頭虎にそう言うと、手前にいる双頭虎が後ろを振り返ってこう答えた。

「後ろに控えておりますのは我らの子にございます。ここは我が子に預け、我らはあなたと共に。それに我らはそのトシフミに先日敗れ、借りを作ったままになっております。共に進むことでそれを合わせて返せますゆえ」


「トシフミよ。いかがするか? この者の追従を許すか?」

イブキはそう問いかける。

「それは有難い申し出だが、縄張りの件、本当にいいのか?」

双頭虎は2つの頭ですぐに頷いた。

「我らの子が充分に役目を果たすだろう」「ええ、そうね」


「わかった。よろしく頼む」

敏文がそう言うと、双頭虎は後ろを振り返り自分の子にこう言った。

「この森はお前たちにまかせる。立派に守り切って見せろ」

「「はい」」

そう言うと後ろにいた双頭虎は2つの頭で頷いた。


「そのままの姿では、セッツに入ったおり街のものから無用な攻撃の対象にされるかもしれん。少しの間辛抱せよ」

イブキがそういうと光が手前の双頭虎の姿を包み、徐々に双頭虎の姿が縮んでいき、最後には子犬くらいの大きさになった。小さくはなったが頭は2つのままだ。

「ぎゃうっ」

小さくなった双頭虎はそう牙をむいて吠えたが、いかんせん子供のサイズでは迫力より可愛げが勝っていた。


「「かわいいっ!!」」

サラとハルの声が響く。


そう言われた双頭虎は恥ずかしげに前脚で顔をいじる仕草をすると、敏文に近づいてその腕に飛び込んだ。


「よし、ではあらためてセッツに向かおう」

イブキはそう言うと、双頭虎を含め敏文達を再び光の球体に包み、空に舞い上がっていった。

最後まで読んでくださってありがとうございます。


この話から10話分ぐらいの構成を考えていたら、少し間が開いてしまいました。すみません。


遅くなりましたが今年もよろしくお願いいたします。

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