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第64話 万命の精霊そして……

おはようございます。

さぶいッ‼

頭では仕事にいかなきゃってわかっているのに体のほうがいうことを聞きません……。

「こうやって二人で山道を歩くのはシーバの時以来だな」

うっすらと額に汗をかきつつブンゾーが言う。


「ああ、そう言えばそうか……。あれから4ヶ月位になるのか……。早いようでもう、それくらいたったんだな」

そう答える敏文の額にも汗が浮かんでいた。


空調機能があるコートやベストを着ていても、汗をかくほど清瀧の瀧への山道は険しいものだった。かれこれ1時間以上歩いているがまだ半ばにも達していない。

探検者としてそれなりにステータスも上がっているのだが、この山道は平坦ではなく、立ち塞がる大きな岩を鎖を掴みながら登ったり、人の頭位の石がごろごろと転がっていて、歩きづらいことこの上ない道だった。

それでも二人の息が上がっていないのは、ランクなりの身体能力を身に付けた証拠だろう。


「いつもはもっと騒がしいからな。たまにはこういう静かなのもいいさ」

普段サラやアヤメだけでなく、今や8人も女性が同行しているだけに道中もそれなりに会話が途切れなかったりするのだが、今日は黙々と歩く二人の息遣いしか聞こえなかった。


「あの時はまさかこんなことをすることになるとは思ってもみなかったな。こっちに来たばかりで何が何やらって感じだったし、ダイカクに会って魔獣討伐に出掛けるまではあっという間だったし」

大岩を登りきって遥か下を眺めながら敏文は呟く。


「俺はそもそもおまえさんがこんな大層な力を持っていたなんて考えもしなかったさ。よっこらせっと」

ブンゾーは大岩に腰かけると、ショルダーバッグから水筒をだして口にする。

「まあ、最初は何も解らなかったのかもしれんが、今や陽光の精霊からもローメリアの事まで託されるようになっちまった。最早余所の世界から来たとかそんなことはどうでもいい。トシフミはこのホーエン、いや、ローメリアにとって替えの効かない存在になりつつあるってこった」


ブンゾーのその言葉を聞いて、敏文は頭を掻きながら苦笑いをせざるを得なかった。

「全く大層な立場になっちまったもんだな。前は目の前の仕事と家族のことだけ考えれば良かっただけなのに……」


「ま、乗り掛かってしまったからな。及ばずながら俺も最後まで付き合うさ」

そう笑いながら言うブンゾーに敏文は手を差し出して言った。

「よろしく頼むよ」


その手を取ったブンゾーは、立ち上って敏文の肩をポンと叩く。

「さて、もうひと踏ん張り頑張るとしようか」

「ああ」




暫く山道を登っていた二人が周囲の雰囲気の変化に気がついたのはそれから1時間半ほどたった頃だった。

「おい、トシフミ。そろそろかも知れんな。何だか雰囲気が変わったと思わんか?」


ブンゾーの言う通り、今までは所々日光が射し込む山林の中を縫うように連なる山道を登っていたのだが、明らかに木々の密度が上がると共に周囲には濃い霧のようなものが立ち込めて視界が極端に悪くなっている。


「そのようだな。これが受付で言っていた“登ればわかる”という意味か。ここから20分ほど歩くと瀧が見えるって話だったな」

「しかし、あれだな。邪な者はこの先霧の中で道に迷って瀧へはたどり着けないって話だったよな。俺達たどり着けるかな」


ブンゾーのその言葉に敏文は両手を広げて答える。

「ま、行ってみるしかないさ。俺達が“邪”でないことを祈ろう」



暫く霧の中を進んでいた二人の耳に、地鳴りのような体に響く音が聞こえてきた。

「トシフミ。どうやら……」

「ああ。そのようだな」


二人がその音を目指して進んでいくと、急に霧が晴れた一画にたどり着いた。

そして、地鳴りの原因になっていたものの光景が目に飛び込んでくる。


「これが……」

敏文達は息を呑んでそれを見上げた。


高さは50メル以上あるだろうか。途中で3段ほどになっている瀧の流れ落ちる落ち口は霧に霞んで見えていない。

直径30メルほどの滝壺に注ぎ込む水の流れは幅10メルほどの本流と無数の細い流れになっており、注ぎ込む際の飛沫が新たな霧を産み出していた。


「よくぞ参られた」

シャリンという金属の音と共に突然かけられたその言葉に二人は驚いてその声のする方を見る。

そこには白い重ねの装束を着て、幾つかの金属の環が先端についた長い錫杖をついた一人の男が立っていた。


「迷わずにここへたどり着けたようだな」

そう言う白装束の男に敏文は神妙に答える。

「はい。無事にたどり着くことが出来てほっとしています」


「私はここで御瀧を訪れる者を観続けておる。名をイクメイと言う。そなた達は久方ぶりに迷うことなくここまでたどり着いたもの達だ。改めてよくぞ参られた」


「ありがとうございます。もしここにたどり着けなかった場合はどうなっていたのでしょうか? もしかしてずっとあの霧の中をさまよい続けることに?」

そう尋ねる敏文にイクメイは表情を変えずに答えた。

「己の欲望や邪な想いでここを目指したものはここにたどり着くことは叶わない。一瞬瀧の光景を垣間見た後、たどり着くのはこの域に入った元の場所になる。その様な者は何度入っても同じ結果になろう。中にはこの域に漂う霊気の影響で僅かばかりに魔力や精神力の向上をみて帰るものもいるだろうがな」


「それは女性達が向かうと言う清心の瀧も同じなのでしょうか?」

そのブンゾーの問いにイクメイは黙って頷く。


(サラ達も無事にたどり着ければいいが……)

敏文がそう考えていると、イクメイが錫杖をならして話始めた。

「お主達が何故、何を求めてここに来たのかは私からは問わぬ。既にここにたどり着きし者ゆえな。さあ、始めるとしようか」

イクメイはその錫杖を滝壺に向けると一拍の気合いを入れる。

「はっ!」


すると敏文とブンゾーは次の瞬間には滝壺のなかにせりだした半畳程の大きさの二つの岩の上に其々立っていた。


驚く二人にイクメイは告げる。

「そこで、其々が思うがままに瞑想されよ。姿勢はどのような形でも構わぬ。己をさらけ出してな」

そう言うとイクメイはすうっとその姿が見えなくなってしまった。


二人はお互いに顔を見合わせて一つ頷くと、敏文は立ったままで、ブンゾーはあぐらをかいて座り込んだ状態で眼を閉じた。




どれくらい時間が経ったのだろうか。敏文の意識は瀧の存在を感じなくなっていた。それどころか周りの物音も感じられない。


そして敏文が眼を開くと、そこは瀧の前ではなく、真っ白な空間であり、自分の姿以外は何も見当たらない場所だった。


そんな中、敏文に語りかけてくる存在があった。実際の声とは違うようだ。精神に語りかけられている、そう敏文には感じられた。低音で重厚な男声だ。

『お主はここで何を求めるのか?』


『闇の魔力やサルターンの手からホーエン、ひいてはローメリアを守る手懸かりを求めています』


『何故お主がそのようなことを考えなければならぬのだ? ローメリアの事はローメリアの人間に、ホーエンの事はホーエンの人間に任せればよいのではないのか?』


『確かに私はこの世界の出身ではありません。ですが今はこの世界を生きる存在の一つです』


『ほう、それで?』


敏文は促されるまま、自分の考えを伝えようとする。

『今この世界は危機に晒されていると考えています。エクバートの王が闇の魔法の使い手を用いて各国に被害をもたらそうとしております。幾ら彼らの境遇に同情すべき状況があったとしても、平和に暮らしている民の安寧を破壊する権利はないと考えています』


『それはそうであろうな』


『それに、ここホーエンにおいてはエクバートとは別に闇の魔法を用いた【黒カラス】と言う集団が民や王家の安全を損ねております。私は最早他人事で済ますには遅すぎるほど関わってしまいました。私に出来ることならば手を尽くしたいと考えております』


その存在は更に敏文に尋ねる。

『もしお主に何らかの手段が与えられたとして、それでどうするつもりか? エクバートに乗り込むのか? そしてエクバートを滅ぼすのか?』


『恐らく最後にはエクバートに向かうことになりましょう。ですが彼の国を滅ぼす事を目的とするつもりはありません。根源となっているのがその王シダーグなのか、それともその後ろにいるとされるサルターンなのか、まだ判らないことも有りますが、エクバートの民にまで手を掛けては彼らと同じになってしまいますから』


そこまで敏文が話した所で、その場に穏やかな空気が流れる。

『最後に聞かせてもらおう。お主にとって力とは何だ?』


敏文は少し考え、そして力強くそれに答えた。

『力はあくまで目的を達する為の手段です。正しく用いれば民を救うこともできましょう。ですが、使い方によってそれはただただ人を害することもある。その事は肝に命じておかねばなりません。力に呑まれればそれはただの凶器と化します。そうならぬためにどうすればよいのか常に考えていなければならないと思います』


『なるほど……』

その声は暫し沈黙した。敏文がその反応を伺っていると、突然目映い光に周囲が包まれた。そしてその光が収まった時、そこには穏やかな光に包まれた白い龍がその長い肢体をとぐろに巻いて存在していた。いわゆる西洋のドラゴンではなく、東洋の龍の姿をもつ存在だ。敏文が見上げねばならぬほどそれは巨大な姿をしている。


『善かろう。お主に我が力貸すことにしよう。我は万命の精霊。このローメリアにおける生命を司るものだ』


その言葉に敏文は感謝を表して、深く頭を下げる。

『ありがとうございます。お力添え感謝します。申し遅れました。私の名は敏文と申します』


『で、どこがいい?』

『は?』

その万命の精霊の言葉に戸惑う敏文。


『であるから、我が宿るのにお主の体のどこがよいと聞いておる』

『え、私に宿るのですか? 私はてっきり祝福による能力の強化をしていただけるのかと思っていたのですが……。それに陽光の精霊の話では今の私の魔力・精神力では最上位の精霊を宿すのは難しいと……』

敏文は戸惑いと驚きを隠せない。

あの巨大な存在が自分の体に宿るというのだ。今までの自分に宿る精霊たちとは桁外れにその存在感があった。


『ふむ。その点は心配いらぬ。我は生命を司るもの。お主の能力の最大まで魔力・精神力を引き上げることは我には可能だ。まあ、お主の実体の事を考えていきなり最大にというのは無謀だろうがな。それにだ』

万命の精霊の声に力が籠る。

『たまには我も実体の世界で異なる空気を吸うてみるのも面白かろうからの』


『異なる空気ですか……』

敏文はトモエの話を思い出す。

(そういえば、確かディリコの時にも万命の精霊は宿ることを望んだと聞いていたな……)


『そう、あの時は今お主の体に宿っておる天智の意を汲んだ彼が我が宿ることを望まなかったからの……』

『その点ですが、トモエ、あ、天智の精霊のことですが、彼女はとても反省していて、あなたにお詫びしなければいけないと申しておりました。お詫びを受けていただけないでしょうか。もし、よろしければ今この場に……』

そう敏文が言いかけると、万命の精霊はその首を振る。

『それは後でもよかろう。それに我はその事を今更どうこう言うつもりはない』

『……はい』


そこで敏文は、ふと思いついたことを尋ねる。

『では、我々の他の仲間に対しても魔力等を引き上げるというようなことが可能なのでしょうか? そうすれば闇に対するに心強くあるのですが』

『出来なくはない。じゃが、それぞれにその能力は異なる。力を貸しても殆ど効果がないものもおろう。じゃから誰も彼もということは望むでない。その能力だけでなくさがも踏まえて、我が手を貸す意味があると我が判断するものにのみとしよう。お主と行動を共にする中でな』


『わかりました。あなたが望ましいと判断したものにのみ、ご助力をいただけるということなのですね』

『ああ、であるから、我が宿ることによってこのようなことが可能であることは、伏せておいてもらおうか。そうでなければ、お主の元にはその力なくとも能力を引き上げることを声高に求める者どもが溢れ返ることになろう。お主もそれは望むまい?』


敏文はむさ苦しい探検者の野郎どもや妙な色目を使った女たちがわんさかと押し寄せる光景を想像してぞっとする。一も二もなく同意した。



『では、始めようか。トシフミよ。眼を閉じ、心を無にするのだ』

万命の精霊はそういうと、とぐろを解きするすると宙に浮かび上がる。そして敏文が瞳を閉じたのを確認すると、その全身から眩い光を発した。


敏文は自分の体にエネルギーが漲り、全身を駆け巡るのを感じていた。一瞬、体が燃えるような熱さを感じたかと思うと、それは急速に穏やかな暖かなものに変化する。

『ふむ。よかろう。眼を開けても構わぬぞ』


敏文はゆっくりと眼を開いた。そして自分の体の状態を確かめる。それは今までの自分とは全く異なる存在になったかのような感覚だった。

『これで、どの程度魔力や精神力が強化されたのでしょうか?』

敏文のその問いに万命の精霊は満足そうに答えた。

『そうさな。元のお主を100とした場合、2000は軽く超えておるな。それでもお主の最大を考えればまだ随分と抑えておるぞ』


その言葉に狐につままれた表情になる敏文。感覚的にはかなり自分の理解を超えていた。

『はぁ。20倍超ですか……。なんと言っていいのか……。自分にそんな力があるとは……。これでは迂闊に魔力測定なんか受けられないですね』



その時だった。

突然、万命の精霊とは異なるしかも強大な存在の感覚が新たに2つ敏文には感じられた。


『ほう。これは面白いの。万命よ、そのような面白い存在に関わる楽しみ、ワシにもかませてもらおうかの』

『なにやら、急激な変化を感じて来てみれば、万命さんよ。楽しそうなことしてるじゃねぇか』


その場に、巨大なハンマーを背負ったモッサリした頭髪とあご髭、くち髭が繋がった我体のよいオヤジという雰囲気の男と、青白い毛並を整えた巨大な狐が現れた。


『なんだ、お主たち感づいたのか』

その万命の精霊の言葉に、髭オヤジと狐はあきれた声をだす。

『それは気付くじゃろ。これだけの感覚、精霊の存在以外では初めて感じたわい』

『おうよ。こっそり一人で何してやがる』


敏文はその3人?の会話に唖然としていた。

(この強大な力……彼らも最上位なのか?)


すると、髭オヤジが敏文の方を見てニヤッと笑ったかと思うと話し出した。

『おお、すまんな。ワシは錬鍛レンタンの精霊。あらゆる属性の物体の生成・精錬・加工・研磨、そういったものを司っておる。ようは鍛冶屋の親玉のようなもんじゃな。まあ、最上位と呼ばれる精霊の一人じゃの。このホーエンで知られておる金工の精霊はワシの眷属ということになるかの』


青白い毛並みの狐は巨大なその体に見合う大きな尾を振り、牙を剥きながら敏文を見る。

『オレは最上位、厳流ゲンリュウの精霊だ。オレが司るのは水だな。このローメリアの世界、その8割が真水あるいは海水だ。要はこの世界の8割はオレの範疇ってこった』


敏文はその場に溢れる強大な力に圧倒される。


『万命、お前この男に宿ってここから出るつもりか?』

『そのつもりだ』

厳流の精霊の問いに万命の精霊は短く答える。


『見るにこの男、お主を宿したとしてもまだ余力がありそうじゃな。ワシもヒマ……いや、この世界の変化を危惧しておったところじゃ。ワシも寄せてもらおうかの』

『おっ。なんだよ、なんだよ。それじゃオレもっ!』


錬鍛の精霊の言葉に、厳流の精霊も乗っかろうとしたその時、万命の精霊が2人に問う。

『お主達よいのか? 錬鍛はいつも気まぐれにふらふらしておるからよいとしても、厳流は清心の瀧はどうするのだ』

『オレのことより、そういう万命はここはどうするんだよっ!』

『我は後を任せる精霊モノが既におる。ここはそれに任せてこのトシフミと共に進もうと思うてな。今のこの世界の状況は良くない流れになっておる。そろそろ止めねば人のみでなく我らにも影響があるゆえな』


『オレにも後を任せるものはいるんだよ。現に今だって……』

厳流の精霊がそう言ったその時、ピクンとその体が震えた。

『んあ? なんだ、どうしやがった? なに? おい、そりゃどういうことだっ! 勝手にそんなこと決めんじゃねぇっ! 今すぐ戻るからちょっと待ってろっ!』

厳流の精霊は慌てた様子で叫ぶ。


『如何したのだ。厳流よ』

『どうもこうもねぇ。ちょっと、待ってろよ。すぐに戻ってくっからよ。オレが戻るまでここからいなくなるんじゃねぇぞっ!』

万命の精霊の言葉に厳流の精霊はそう叫ぶとすうっと気配が消えた。



『騒がしいやつじゃの。厳流は』

『まあ、おそらく留守を任せた精霊モノに何かあったのだろう。さて、厳流はああ言っていたが、我等はサクとやるべきことを行おう』


万命の精霊の言葉に、敏文は“やるべきこと”を確認した。

『宿る場所と名前……ですね』

『ああ、そうだ』

『では、こうしましょう。万命の精霊は私の左腕に。そしてその名はイブキ(息吹)と』

『どういう意味だ?』

『私の元いた場所では、生ける者の活気や生きる力をさす言葉でした』

『そうか、ではイブキ、これからはそう名乗るとしよう』

そう言うと、柔らかな光と共に巨大な白い龍は、敏文の左腕に吸い込まれるように消え、そこには仄かに龍の姿をした紋章が浮かび上がって消えた。


『次はワシじゃな』

『本当によろしいのですか?』

敏文は錬鍛の精霊に尋ねる。彼はまだ錬鍛の精霊とはほとんど会話をしていない。少し戸惑いもあった。

『よいよい。お主のことはこれから理解すればよい。なによりワシのヒマをつぶ……いや、この世界の良からぬ変化は止めねばならんからの。で、ワシはどこにすればよいのじゃ?』


(本当にいいのだろうか?)

敏文は若干不安を覚えつつも、こう答えた。

『では、あなたは私の右腕に。そしてその名はヤスツナ(安綱)と』

『その名の意味は?』

『私の出身の国で、鬼とよばれる魔を切り捨てたとされる名刀「童子切」を鍛えた名工の名です。闇を封じるに力を貸してください』

『なるほどの。よかろう。今からワシはヤスツナじゃな』

また、柔らかな光と共に髭オヤジは、敏文の右腕に吸い込まれるように消え、そして大きな鎚の形をした紋章が浮かび上がって消えた。


『ふう、驚いたな。まさか、こんなことになろうとは……』

敏文がそう呟いていると、大きな気配が現れる。


『ちっ、手間取っちまったな。って、おい、万命や錬鍛はどこ行った?』

厳流の精霊は敏文しかそこにいないのを見て、慌てた様子だ。


『はい、私の両腕に。万命の精霊にはイブキ、錬鍛の精霊にはヤスツナと名乗っていただくことにしました』

その敏文の言葉に厳流の精霊はじたんだを踏んで怒り出す。

『なに? オレを待ってろって言ったのに!』


『しかたねぇな。それじゃオレのもチャチャッと決めちまってくれっ!』

『本当にいいのですか? 清心の瀧の方は?』

あまりのラフな言いように、敏文は少し驚くが、厳流の精霊は気にしていない。

『ああ、ちょいとトラブルがあったが、心配いらねぇよ。オレの分体を作って残してきた。本当はそんなことするつもりじゃなかったんだが、あいつが全く勝手なことしやがって……』

『はぁ……』

敏文は言葉が継げない。


『で、オレの名は? どこにすりゃいいんだ?』

せっかちな青白い狐の勢いに押された敏文は、少し考えるとこう答えた。

『では、あなたはスイメイ(水明)と。そして頸の左手にお願いします』


『よし、スイメイだな。そんじゃまあヨロシク頼むわ』

そう言うと、その名の意味も確認しないまま、大きな狐は淡い光と共に敏文の頸に三本の緩やかな波線の紋章に変化した。


(最上位の精霊を3人も……。ここに来た意味は十分すぎる程にあったな。さて、戻ろうか……ってどうやって戻ればいいんだ?)


『清瀧の瀧を思い浮かべるのだ』

そうイブキが敏文に呼び掛けてくる。


敏文は一つ頷くと、飛沫をあげて霧に煙る清瀧の瀧のイメージを頭に思い浮かべた。




ドドドド…………


滝壺に流れ落ちる水の音が聞こえた。


敏文は胸の前で両手を組んだ姿勢で立ったまま、眼を開いた。

(戻ってきたか……。さっきのは夢ではないよな……)


「戻られたか。……ほう、随分と雰囲気が変わられたな」

そこにはイクメイが滝壺の側に立っていた。

「ん、この気配……、もしやお主っ!」

イクメイは敏文から感じられる気配に何かを感じたようだ。


育命イクメイの精霊よ。我はこの者と共に赴く事に決めた。この域のことくれぐれも頼んだぞ』

敏文の体からイブキがイクメイに語りかける。


『畏まりました』

片膝をついてイクメイは敏文に、いやその身に宿るイブキに向かって頭をさげた。



「さて、ブンゾーは無事に終えたかな?」

敏文がふと横を見ると、ブンゾーは既に滝壺の側に立っている。


その手には見慣れない大弓が握られていた。


「よう、今戻ったのか? ん、何だか雰囲気変わったな。どこがとは上手く言えんけどな。何か得られたのか?」

ブンゾーが敏文に尋ねる。


「ああ。予想以上にな」

「こっちもだ。見てくれこの弓と矢、すごいんだぜ」


『お、ありゃあ、さっきワシが創って渡したやつじゃの。お主達知り合いかの?』

『ええ。そうですよ。大事な仲間です』

ヤスツナの言葉にそう言って敏文はにこやかに笑った。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


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