第63話 コーヤの夜
こんにちは。
少しと言うかかなり短めですが切りがよかったので。
またトシフミターンに戻ります。
「見えてきたわ。あれがコーヤの里よ」
ミサキが振り返ってそう言う。
敏文達は途中のアクシデントはあったものの、2番目の目的地である清瀧の瀧の麓にあたるコーヤの里に着いた。
「今日は遅くなったし、このまま里にある宿坊に泊まることにしましょう」
夕焼けに紅くなった空を見上げてミサキが提案する。
コーヤの里を入り口とするコーヤの山々はホーエンにおいて精神的な修行を行う修行者の聖地とされている場所であった。
過去に来たことがあるというミサキの案内で宿坊の受付に着いた一行は、馬を厩舎係に預けると宿泊の手続きをとる。
受付は二股に分かれた通りの正面にあり、受付からそれぞれ左右に1本ずつ道が続いている。その入り口には大きな門がそれぞれ備え付けられ、右の門には男性の衛士が2人、左の門には女性の衛士が2人たっている。
「はい、これがトシフミとブンゾーの坊の鍵。場所はこの道を上っていった先に大きな看板があるからそれで坊の場所を確認して」
そう言ってミサキが指差したのは、受付を正面に見て右側の道。
「私たちはこっちの道ね」
アオイがサラ達を左の道に誘導しようとする。
「あれ、別々なの?」
「なんで?」
サラとアヤメは口々に疑問の声を上げるが、それに笑って答えたのはミサキだった。
「だってここは精神的な修行を目的とした修行場よ。男女が一緒に泊まるということは禁じられているわ」
「そういえば、そう聞いたことがありますね」
ハルもあごにあてていた手をポンと叩くと、思い出したように言う。
「あれ、じゃあ、これから行くっていう清龍の瀧は? いっしょに行けるの?」
アヤメは驚いた表情でミサキに問いかける。
そのアヤメの問いに、ミサキは静かに答えた。
「……いえ。そこは女人禁制の場所だと聞くわ。女性が修行を認められているのは、別にある清心の瀧という場所よ」
「「ええっ!」」
驚くサラとアヤメ。
「じゃあ、私たち何のためにここに来たの?」
「私たちは万命の精霊には会えないってこと?」
「そうね。私たちはここでトシフミの帰りを待つか、あるいは男子禁制の清心の瀧で修行をするかどちらかになるわね」
そのミサキの言葉にがっくりとうなだれるアヤメとサラ。ハルも残念そうにしている。
「でも、清心の瀧の修行で、その身の魔力を増やしたりしたケースもあるそうよ。ここでの修行が役に立たないということはないと思うのだけど」
そのアオイの言葉に、サラはあきらめがついたようだ。
「しかたない。女性が入っちゃいけないんだったら、無理は言えないわね」
一方、アヤメはかなりがっかりした様子だ。
「ここでもだめなの……」
「そういう決まりなのか……。仕方ない。清龍の瀧へは明日俺とブンゾーで行ってくる。何かあったら、これで連絡をとることにしよう」
アヤメの様子に気がつかないまま、敏文は《遠話の腕輪》を指差しながら女性たちにそう声をかける。ミサキが頷いたのを確認したところで、ブンゾーに声をかけて右への道を歩き出した。
「じゃあ、いこう」
「ああ、えっと、男子第23坊だよな」
「さあ、私たちも行きましょう」
「こっちだよ。えっと、女子第15坊だって」
アオイとカオリが先頭に立って左の道を歩き出す。
「アヤメ、魔力が増えるって話しだし、一緒に修行がんばりましょう!」
にこやかにアヤメを励まそうとしたハルに対して、アヤメは下を向いたまま答えない。
「アヤメ?」
心配そうにするハルの方を向くことなく、アヤメはアオイ達のあとを追っていった。
普段と違うアヤメの様子にサラとハルは少し驚いて顔を見合わせたが、ひとつ溜息をつくと皆の後を追って宿坊への道を歩き出した。
その夜、食事を済ませたアヤメは、風呂へ行こうという皆の誘いを断って、一人部屋に残っていた。
「私、このままじゃいけない。このままじゃ、私だけ役に立てない……」
部屋の中に視線を彷徨わせていたアヤメの眼に壁にかけられたハルの装備が入った。
「なんで、彼女だけ……。あたしが先にトシフミと……。王女だから? 私には素質がないっていうの?」
そう呟いたアヤメは、手をぐっと握り締めるとハルの装備を見ているのがイヤになって、部屋から外の通りへ出て行った。
外は宿坊の明かりがあちこちに灯り、夜ではあるが真っ暗ではない。ほのかな明かりが灯る中、アヤメは宛てもなくフラフラと歩いていた。幸か不幸か絡んでくる男の探検者などはいない。最初に敏文たちと別れた宿坊受付まできたが、夜になると門が閉められていた。女性の衛士が内側を向いて2人立っていた。
「お待ちください。夜はこちらの門は開けることができません」
そう言われて、アヤメはキッと衛士を睨み付けると、来た道を戻っていく。
そして、また自分の宿坊に戻るのもイヤだったアヤメは、そのまま宿坊の敷地内に造られていた庭園に向かって歩き出した。そこは、人工の小川が流れ、緑が多く取り入れられた静かな場所だった。
アヤメは小川の流れを見ながら少しずつ流れを遡って行く。
「あれ?」
ぼんやりと小川の流れだけを見て歩いてきたアヤメがふと顔を上げると、庭園の入り口が見えないかなり奥まで来ていることに気がついた。
「……戻る、か」
そうアヤメが口にしたとき、後ろから女性の声がかかった。
「こんばんは」
「えっ?」
驚いて振り返ったアヤメの眼に入ったのは、少しアヤメより小柄で真っ白な長いストレートの髪を胸の辺りまで垂らした大人の女性の姿だった。
「何か悩み事でもあるのかしら?」
「えっ?」
驚くアヤメに、彼女は笑って言う。
「あら、驚かせてしまったかしら? あなたがとても深刻な顔をしてこんな時間にこんな場所を一人で歩いているものだからてっきり悩み事でもあるのかと思ったのだけど。違う?」
黙ってしまうアヤメ。
「沈黙は同意と同じってよく言うけれど、そのようね。私はサヤメというの。私で良かったら話聞くわよ。まったく知らない人に話をすることで、ほっとすることもあると言うし。一人で抱え込むのはよくないとも言うわ」
サヤメはにこやかにそう言う。
「サヤメさん、っていうんだ。私はアヤメって言うの。なんだか名前も似てるね」
そう言うと、アヤメは少し笑顔をみせる。
「うんと、そこにベンチがあるわね。そこでどうかしら?」
そのサヤメの言葉に、アヤメは少し心を癒される感じがして、誘われるままそのベンチに腰を下ろす。
ベンチに並んで座ったところで、サヤメは特に話を督促する訳でもなく、ニコニコしながら小川の流れを見ていた。
少し時間がたったところで、アヤメはぽつぽつと今自分が悩んでいることを話し出す。
「そう、探検者として先にあなたが知り合った男性のそばに後からあなたの友人がやって来て、しかも、あなたがうらやむような能力を身に着けてしまったのね」
「その能力、私には適性がないんだって。私、風属性の魔法しか使えないんだけど、同じチームには彼も含めて風魔法の使い手がいて。私、役に立てるのかなって」
そう呟くアヤメにサヤメは肩に手を置いて励ましの言葉をかける。
「大丈夫よ。あなたのほうが知り合って長いんでしょ。それに、あなたがさっき言ってたけど、彼には自分の気持ち伝えてるっていうじゃない。それは彼もわかってくれているんでしょ」
「ええ、たぶん」
「身につけられる能力だって、別にその属性がすべてってわけじゃないじゃない。ほかにも属性ってあるでしょ。これから身につけられるかもしれないじゃない」
「私、他の属性にも適性がないって言われたらどうしようって思って。そしたら、私が彼のために役立てることが無くなってしまいそうで……。不安で仕方がないの」
そう言うアヤメにサヤメは優しく彼女を諭す。
「アヤメさん。そうやって下を向いていても何も得られるものはないわ。前をお向きなさいな。きっとあなたに適性がある新しい能力が見つかると思うの。そう思ってがんばる姿を見せることが彼にもあなたが必要だって思ってもらえるきっかけにもなるんじゃないかしら?」
「……そうかな」
「そうよ」
「そうだよね。くよくよしてる女の子じゃ、彼も困っちゃうもんね」
「そうそう」
ぐっと、力を入れて手を握ってアヤメは立ち上がる。
「ありがとう。サヤメさん。私がんばってみる!」
「ええ。期待しているわ。アヤメさん」
そう微笑むサヤメにアヤメはペコリと一礼すると、もと来た道を走って宿坊に戻っていった。
その頃、部屋から姿を消したアヤメが心配になったアオイとサラがその姿を探していた。
「《転移の大図》があればすぐにわかるんだけど。サラ、こっちのほうなのよね?」
「うん、【ミスティック】の探検者の腕輪の感覚だと、こっちの方なんだけど」
2人は夜の庭園を周囲の様子を探りながら慎重に歩いていた。
「あ、あそこ」
サラが少し斜面を降りた小川沿いにある場所を指差す。
「あら、誰かと話しているのかしら?」
そう呟いたアオイは、手を上げてアヤメに声を掛けようとするサラの口を塞いで、しゃがませる。
そして、アヤメから見えない位置の木陰に身を隠した。
「アオイ、どうしたの?」
そういうサラにアオイは、真剣な表情で静かに言う。
「今は出て行かない方がいい」
「なんで?」
「たぶん彼女は自分の悩みを誰かに聞いてもらいたくて話しているんじゃないかしら。私達には言いにくい悩みを」
「あ」
「たぶん、ハルが光属性を手に入れて、自分の先を行っていることで焦っているのよ」
「……なるほど。確かにそうかもしれないね」
「ちょっと、様子を見ましょう」
そう言ってアオイは、アヤメとそのアヤメと話している白い髪の女性に眼を向ける。
夜ではあるが、そこはランク紫の探検者でもある彼女は夜目も効く。
(あの女性……誰かしら? 通りすがり? にしてもこんな夜にこんな奥まったところまで……)
しばらく様子を伺っていたアオイとサラは、アヤメが立ち上がったのを見て、眼をあわせて立ち上がる。
「彼女の姿を見たことは皆には内緒にしましょう」
「……そうね。私達が見ていたことを知ったら、彼女気分悪くするかもしれないしね」
「ええ」
アオイは、アヤメを見送る白い髪の女性の顔を記憶に留めつつ、サラを促して宿坊へ戻っていった。
アヤメが宿坊に戻るとそこには風呂から戻った皆が寛いでいた。
「あ、アヤメお帰り」
ハルが少し様子を伺うような感じで声をかける。
「あの……、さっきはごめんなさい。私、何だか気持ちが……」
アヤメは気まずそうにハルに頭を下げる。
「え? いや、私こそ……。アヤメ、もう大丈夫なの?」
「うん。本当にごめん。明日からの修行、魔力が増えるように頑張るから。一緒にお願い」
そのアヤメの言葉にハルの表情がぱっと明るくなる。
「うん! もちろんだよ! 一緒に頑張ろうっ!」
そこにアオイとサラが帰ってきた。手には何やら袋を下げている。
それを見たカオリが声を上げる。
「お、アヤメも少し元気になったみたいだね。じゃあ、ここの名物のフルーツカクテルを買ってきてもらったから明日からの修行の景気付けにみんなで飲もう!」
その明るい声にアヤメは癒されたような気がした。
「うん。みんなに心配かけてごめんね。みんなのお陰で私元気出たわ」
「じゃあ、明日からの修行にかんぱーい!」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
明るく話すアヤメを見てサラはほっとしていた。
(良かった。それほど深刻じゃなかったのかな……。トシフミには……相談するまでもないかな……)
翌朝、身仕度を整えたミサキ達は、《遠話の腕輪》で敏文やブンゾーと連絡を取る。
『じゃあ、夕方になったらお互いに状況を報告することにしましょう』
『そうだな。気をつけて!』
『ええ、トシフミ達も!』
「じゃあ、出発しましょう! 清心の瀧はここから3時間位歩いた所にあるわ。行く途中も修行みたいなものだから気合いを入れて行きましょう!」
ミサキのその言葉をきっかけに以前に清心の瀧での修行経験がある【純白の朝顔】の4人が先導する。
(あたし、頑張んなくちゃ。みんなより力が足りないんだから! 絶対に何か身に付けて帰らなきゃ!)
アヤメはそう決意すると、清心の瀧があるというコーヤの山の中腹を見上げて歩き出した。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
少し意味あり気なキャラを一人追加しました。今後ストーリーに絡んでくる予定です。




