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第62話 サユリの悲劇・ダイカクの決意

皆様、大変お久しぶりです。


前回はダイカクとその妻サユリの馴れ初めを書きましたが今回はダイカクが何故サユリを喪い、どうしてホーエン王家と袂を別つことになったのか、それに触れたいと思います。

 それは、サユリがマリカ出産のために王宮を離れていた4ヶ月ほどの間に起きた。


 クロエが倒れたのである。


 その日、午前中、クロエは王宮内にある温室で育てられているバラの観賞をしていた。

 そして、お気に入りとなっていた1株のバラを愛でていた。そのオレンジ色をしたバラは彼女の名前がつけられており、品種改良によって作られ、次期王妃となる見込みの彼女に献上されたものだった。

 バラの温室に来るたびに、そのお気に入りのバラの香りを楽しむことが、彼女の日課になっていたのだ。


 クロエはいつものように、そのオレンジ色のバラに近づき、その色を楽しみ、右手を差し出してその花の香りを楽しもうとした。

「いつもの通り、とてもよい香りね」

 そう言って、温室の中を歩こうとしたクロエは2、3歩進んだところでそのままうつ伏せに倒れてしまう。


 周囲は大騒ぎとなった。

 近衛が呼び出され、クロエを温室から運び出す。そばにいた侍女たちは突然の出来事に呆然としており、周りのものが原因を尋ねても、ただ泣きながら首を振るばかりで要領を得なかった。

 王宮の典医でもある魔法士たちが至急対応にあたるが、倒れた原因は全くわからない。


 当時の近衛隊長であったソーライがようやく落ち着き始めた侍女たちから、クロエが倒れた直前に何をしていたのかを聞き出し、温室に向かったのは、その3時間後。

 しかし、侍女を連れて温室に入ったソーライは、侍女たちが言うものを見つけることができなかった。クロエが愛でていたあのオレンジのバラの花は何者かに切り取られていてその温室から姿を消していたのだった。



 王宮の典医たちや急遽呼び出されて対応したオズーノの懸命の努力により、クロエは何とか一命は取り留めたものの、原因となったものが不明であり、オズーノたちの治癒魔法によって体力は回復できたものの、意識を取り戻すことができない。


 クロエは外傷がなく、普段どおりに眠っているようにしているが、その意識はなかなか目覚めることはなかった。

 その3日後、その前の月にマリカを出産して2ヵ月後まで産休の予定であったサユリが、慌てた表情で登城した。


「クロエ様っ!」

 寝室に横たわるクロエに縋り付くサユリ。

「私が休みを戴いている間にこんな事にっ……。クロエ様の危急の時に私は傍にいることが出来なかったっ! どうしてっ! どうしてこんな事にっ!」

 そう言って嘆き悲しむサユリにオズーノが声をかける。

「サユリ。お主のせいではない。クロエ様がお休みになられておられる。落ち着かれよ」

 そう優しく諭されたサユリは、涙にぬらした顔を上げると、黙って頷いた。


 

 それからサユリはまだ産まれて1月のマリカの世話を隣人で丁度3か月前に男の子を出産したソノという女性に頼み、王宮に詰めるようになった。


 その時、ダイカクはキタノダ島で被害が出ていた魔獣の異常発生についてオズーノの代理として調査するために不在にしていた。

 その頃にはダイカクは若いながらにオズーノに次ぐ次席王宮魔法士となっており、その洞察力、魔法士、そして魔道具作製士としての能力高く買われていた。

 今回もオズーノの命に従い魔法・生物研究所の調査団長となっていたのだ。



「おかあさま、マリカのおせわはわたしがちゃんとします。クロエさまのところにいってあげて」

「あたしもがんばるっ!」

 その頃からしっかりものであった当時9歳のキキョウと姉の真似事が大好きだった6歳のアヤメに後押しされてサユリは王宮に詰めることにしたのだった。


 サユリは意識が戻らないクロエにできる限り明るく語りかけながら懸命に看病を続ける。


 だが、そのかいもなく、クロエの意識は一向に戻る気配を見せなかった。



 その様な状況が転機を迎えたのはクロエが倒れてから10日後のことだった。

 オズーノがコーヤの清龍の瀧に向かい、万命の精霊に会い、クロエの状態を回復する方策について聞いてきたのだ。

 そしてすぐさまオズーノの指示により、トーブ島オソレッド山の山中に生えるとされるカンブリルという薬草を近衛師団所属の特務隊が採取しに向かった。


 この特務隊は、通常の護衛任務を主とする部隊ではなく、調査・探索をその主任務とする一方、個人戦闘にも長けた兵が揃えられていた。探検者のランクでいえば、紫のクラス1レベルのものが5名でチームを組み、カンブリルを採取しに向かったのだった。


 しかしながら、オソレッド山はホーエン国内でも最も瘴気が強く、強力な魔獣が生息する地域であった。特務隊であっても、その採取は困難を極め、5人のうち2名が命を落とすことになった。


 そしてその3週間後、傷だらけの3名になりながらもようやく戻った特務隊の労もあり、手に入れたカンブリル草をオズーノが生魔法で調薬することにより、クロエに投与することができた。


 当時第一王子のマサノブや近衛隊長ソーライ、それにサユリ達が見守る中、オズーノが投与したその薬により、クロエはようやく目を覚ます。


「わ……わたしは……」

「クロエっ!」

「クロエ様っ!」


 未だ事情が飲み込めないクロエのその手をマサノブが握るとともに、サユリがその体に縋り付く。マサノブは男泣きしていた。


「よかったっ! 本当によかったっ!」

 サユリも涙を隠さずにクロエにしがみついている。


「これ、サユリ。今はまだ目を覚まされたばかりで、安静が必要な状態じゃ。嬉しいのは皆同じじゃ。それくらいにしておいてくれぬかの」


「……は、はいっ!」

 サユリは感激のあまりとめどなく涙を流しつつも、クロエの傍を離れたがらない。


「サユリ……」

「わかりました。クロエ様。もしご希望があったら何なりとお申し付けください。サユリはお傍に控えておりますので……」

「……ありがとう。心配をかけたようですね」

「オズーノ様、私はもうしばらくお傍に付かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 サユリの真摯な懇願にオズーノはニコリと笑うと頷いた。

「あまり、お話いただいて体にご負担をかけたりせぬようにな」

「はい」

「ではサユリと付き添いの魔法士以外は皆部屋からいったん退出するのじゃ」

 オズーノに促され、サユリと付添の女性魔法士を3名残して皆退出していく。


 廊下に出たマサノブはクロエに付き従い看病を続けていたそれ以外の魔法士や侍女たちにねぎらいの言葉をかけた。

「みな、これまで1月あまり、本当によくクロエの看病をしてくれた。本当に礼を言う。ただ、意識が戻ったとはいえ、まだ安静が必要な状態のようだ。これからも皆には迷惑をかける」


「そんなっ!」

「そのようなお言葉もったいなく存じます」

 マサノブの言葉に魔法士や侍女たちは次々に声をあげる。


「これからも看病をつづけてもらうことになるだろう。だから今日は皆もゆっくり休んでくれ。よいな」

「「「「はい」」」」

 魔法士や侍女たちは、そう言うとそれぞれが自室や控え室に向かって歩き出した。


 その場に残ったのは、マサノブ、オズーノ、ソーライの3人。

「オズーノ、ソーライちょっといいか?」

 マサノブはそう言って、自室に2人を連れて行く。


 そして人払いをした後、オズーノに問いかけた。

「オズーノよ。今回、よくやってくれた。流石はホーエン唯一の生魔法の使い手だな」

「いえ、万命の精霊の助言なくば、事は成らなかったでしょう。それにオソレッド山までカンブリルを採りにいってくれた特務隊のものの活躍あればこそです」

「そうだな。帰ってきた3名だけでなく、命を落とした2名にも残された家族に厚く報いねばなるまい」

「はい」


「そこで、教えてくれぬか」

 マサノブはそう言ってオズーノに問いかける。

「今回、クロエが倒れた原因は何なのだ?」


 その言葉にソーライが頷いて、オズーノを見る。


「はい。おそらくは温室のバラにキジュルという毒草のエキスが仕込まれていたのでしょう。カンブリルの成分はそのエキスの毒性を中和する効能をもっているのです。キジュルの毒は当初は液体なのですが、空気に触れると次第に気化して周囲に散らばります。無臭な為、知らねばとっさに避けることも叶いません。何者かがバラにそのキジュルの毒を仕込んでいたのでしょう」


「そのバラだが、侍女たちの話では、クロエ様は倒れる直前にいつものようにオレンジ色のバラを愛でておられたそうだ。だが、その話を聞いた私が温室に入った時にはすでにそのバラの花は何者かに切り取られていた」

「そうであったな」

 オズーノの説明に、ソーライが補足し、マサノブが同意する。


「ではやはり、あの侍女が……」

 オズーノが呟くと、2人は苦虫を噛み潰したような顔をして、吐き捨てた。

「実行犯はすぐに始末されたってことだな」

 

 クロエが倒れてから2日後、王宮内壁の陰で一人の侍女が遺体となって発見されていた。

 喉を背後から一気に切り裂かれており、即死だったようだ。だが、近衛の捜査によっても犯人の手懸かりをつかむことはできていない。


「ええ。その侍女、カナエというものです。身辺を洗わせたのですが、あの・・前に1度、王宮外に1人で使いに出ておりました。しかし、そこで誰と会い、どのようにしてその毒を手に入れたのかは不明です。それ以上の足取りは追うことができませんでした」


「家族や友人関係は?」

 オズーノの言葉にソーライは首を振る。

「それも洗いましたが、カナエが王宮外へ使いに出たときにはいずれもアリバイがありました」

「くそっ。主犯が誰なのかっ! もし判ったときには極刑にしてくれるっ!」

 

「マサノブ様。事は慎重にあたる必要があると思われます。クロエ様に手を出すということは、ホーエン国内で十分な力を持ったものが糸を引いていると思われます。王家もしくはキドー公爵家にダメージを与えることが目的なのでしょう」

「これで終わりとも思えません。また誰かを狙ってくることも考えられますな」

 ソーライの言葉にオズーノも同意する。


「ソーライ。今後だがおぬしの権限で、カナエのことはもちろん、王宮外に使いに出るものについて引き続き調査可能か?」

「はい、特務隊の調査に長けたものに当たらせます」

「頼んだぞ。ソーライ、オズーノ。こんな思いは2度とごめんだ。クロエだけではない、父上や母上、子供たちにもこれ以上危害を加えさせるものかっ!」



だが、マサノブの想いもむなしく、ホーエン王家には災難がつぎつぎと降りかかる。


まず、9か月後、王妃キヨミが王宮のテラスから転落死したのだ。

そして、次に翌年、マサノブの弟、第二王子であった、カツトモが国内視察中に落馬事故により首の骨を折り即死した。


キヨミ・カツトモの事故の原因に不審な部分もあり、陰謀の疑惑が完全に拭いされない状況だった。マサノブ等は声高に陰謀の可能性を叫んだが、決定的な証拠をつかむには至らず、結果、2件とも事故として処理されてしまう。


そしてその2年後、ホーエン国内を大飢饉と黒血病という疫病の大流行が襲った。

国内の魔法士たちが懸命に治療にあたったが、血液中の毒素が異常増加し体全体が黒色化していく致死性が極めて高いその病気は、ホーエン全土に広まり、餓死者・病死者の遺体が疫病をさらに蔓延させる悪循環で、収束するまでに2年を要した。


その最中に、王家の有力な協力者であったキドー公爵が黒血病にかかり、死去する。領内の対策に追われていたキドー公爵は、資金と蓄積されていた穀物を領内に放出し、抱えていた魔法士たちを領内の各地に派遣して黒血病の鎮静化に必死だった。自身も先頭に立って指揮を執っていたことが災いしたのか、黒血病にかかってしまったのだ。


今際の際にクロエの兄にあたる現キドー公爵に領民の安寧を託して力尽きてしまった。

これにショックを受けたのが国王のナガノブだった。

若い時から、国内の反乱を統一し、強力な権力体制を作り上げるまでに、最も力を貸していたのが先代のキドー公爵だったからだ。


この後、ナガノブの治世に力強さが徐々に失われていく。


災難はこれで収まらない。

さらにその2年後、現在から10年前にはホーエン本島で大地震が発生。

本島在住の国民1万2千の命を奪っていった。その中には王妃亡き後、ナガノブを支えていた側妃であったヨシノの命も含まれていた。


これが、ナガノブの精神を決定的に崩壊させる。

まったく政治に興味を失い、酒におぼれるようになっていった。

後宮の一室に籠るようになり、そのうち、怪しげな占星術師や、商人が出入りするようになる。


その時、危機的な状況になったホーエンを必死に支えたのは、マサノブたちだった。

マサノブが国王代理として、そしてその弟、第三王子であったトモナリや既に宰相の地位にあったキジマールが補佐をして、綱渡りな状況で王家を支えていく。友好関係にあったストランド王国だけでなく、一時は緊張関係にあったトリアードや海運業ではライバル関係にあったサウザン=ユナイトからも支援を取り付け、穀物を大量に輸入し国民の飢餓を食い止めようとした。


国お抱えの魔法士だけでなく、探険者組合や何れにも所属しない魔法士らも総動員して黒血病を抑え込んでいった。


そうして、王家や王国の各部署、領主達、そしてなんとか復興しようとする国民の懸命の努力により、次第に事態は沈静化し、国力も回復へと向かっていった。



だが、更に悪化したこともあった。

国王ナガノブの状態だ。


ナガノブは日増しに正常さを失っていたのだった。

眼は窪み、頬はこけ、口数が減る一方、時折訳のわからないうわ言のような言葉を呟くようになった。

その為それまでは腐っても現王であり、何らかの見返りを期待してすりよる者もいたのだが、次第に寄り付かなくなっていった。


クロエがナガノブを見舞いたいと言い出したのはそんなときだった。


その希望を聞いたとき正直サユリは嫌な予感がしたのだが、寂しくなさっている陛下の力になりたいというクロエの言葉に強く反対する事が出来なかった。


ただ、その日、サユリは各国の支援に対して感謝を表する為に外訪していたキジマール宰相に随行していた夫ダイカクが久しぶりに帰宅する予定で、午後から翌日までの2日間の休みを取る予定になっていた。


「では、せめて私の休み明けに私も一緒に行かせては頂けないでしょうか。あ、そうですわ、ダイカクが外訪から戻っております。陛下の様子について彼にも見てもらってはどうかと思うのですが……」


サユリがあの温室の件以来、常にクロエの心配をしていることを知っているクロエは、笑ってそれを許したのだった。



その日の夜、久しぶりの一家団欒にはしゃいだ3姉妹が寝静まったあと、寝室に入って二人きりになったところでサユリはダイカクに昼間のクロエの話を相談する。


「ねぇ、あなた。今日ね、クロエ様から陛下のお見舞いをされたいとお話があったの。私は近頃耳にする陛下の様子を考えると何か嫌な予感がして……」

不安そうなサユリの様子にダイカクは優しく尋ねる。

「どうしてそう思うんだい?」

「最近、陛下の側には今までの貴族達と違って、出自のわからない占い師や商人風の人間が出入りしているようなの。それに陛下の様子もすっかり変わられてしまっているわ。以前のような、豪快さの中に伺える優しさのようなものが見えないらしいの。眼も虚ろで何を考えられているかよく解らなくなったと、陛下担当の侍女が言っていたわ」


「そうか、僕もトリアード、ストランドと廻って数ヵ月拝謁していないからなぁ。そんなに様子が変わっておられるとは。僕らを引き合わせてくれたときのあの姿からは想像も出来ないね」

ダイカクはゆっくりと首を振りつつサユリに話の続きを促した。


「それでね、あなたに明日一緒に登城してクロエ様の陛下へのお見舞いに付き添って貰えないかと思って。無理かしら?」

サユリは上目遣いにダイカクを見詰める。


ダイカクはこの表情をしたときのサユリにはかなわなかった。

「仕方ないな。明後日は娘達と出掛けるつもりだったんだけど、説得を手伝ってくれるかい? 何で御機嫌をとればいいかなぁ」


「ありがとう」

サユリはほっとした表情をすると、静かにダイカクの首に両腕を回して、唇を重ねた。



だが、サユリの不安は結果的に払われなかった。

二人が登城の準備をしていたその朝に魔法・生物研究所のオズーノから緊急の要件ということで通信が入ったのだ。


『休暇中のところすまぬ。今王宮より連絡があってな。トーブ島のオソレッド山中から岩暴鬼ロックオーガの群れが現れて麓にあった里がひとつ襲われた。その数は200を越えておるようじゃ』


岩暴鬼とは体調4メル、強靭な岩石の体を持ち、口から溶岩弾を吐き出す鬼で、通常1体を討伐するのに紫以上の探険者か、少なくとも青のランクのチームであたる必要があると言われていた。

それが200、トーブ島在住の国民の存亡にかかわるレベルの話だった。


「なんですって! 岩暴鬼がそんなに? あそこにそんな集団が棲息している情報は今までなかったではありませんか!」


そこでダイカクはオズーノがこの手の話を冗談にしない性格であることを考え、直ぐに謝罪する。

「オズーノ様、すみません、私としたことが……」


『いや、よい。先日の地震の後の大雨でオソレッド山で崩落が起きた際に現れた洞穴から出てきたようじゃ。その200で全部なのかもわかっておらん。そこで国軍、探険者組合が精鋭を送ることになった。ついては魔法・生物研究所からもと頼まれてな』


ダイカクは承諾を速答しようとしたが、サユリとの約束を思い出す。一瞬迷いが生じたその時、後ろからサユリの声がした。


「あなた、迷うことはありませんわ。トーブ島の国民の命を守ることの方が優先です。行ってください」

そう言うとサユリはダイカク愛用の魔法の袋と、魔法士として装備一式を抱えて現れた。

「すまない。この埋め合わせは必ず」

「ええ、高いですわよ。フフフ。何をしていただくかはお帰りまでに考えて置きますわ」


ダイカクは後ろ髪を引かれつつも自宅を出発した。

「あなた、気を付けて、無事に帰って来てください」

サユリは笑顔でダイカクを送り出した。



ダイカクは未だにその時のサユリの笑顔が忘れられない。


まさかその時がサユリと共に過ごせる素晴らしい時間の最後になろうとはこの時のダイカクは思いもしなかったのだ。



ダイカクは魔法・生物研究所の魔法士達を率いて国軍や探険者達の岩暴鬼の討伐を支援し続けた。

溶岩弾から味方を守り、岩暴鬼の防御を削り、そしてとどめをさした。

1ヶ月の苦闘の末、洞穴内の残りの岩暴鬼の討伐にも成功し、何とか事態をおさめることに成功する。

国軍兵や探険者には2割近く、魔法士達にも1割ほどの被害があり、討伐に成功したと言え、ダイカクの心が晴れることがない壮絶な闘いだった。


討伐を終えて国軍、探険者達と共に王都に戻ったダイカクを迎えたのは民の歓声だったのだが、ここでダイカクは違和感を感じる。街中に半旗が数多く翻っていたのだ。

(今回の犠牲者に向けたものか? 今まで大規模討伐の帰還にこんなことなかったが……)


疑問に思いつつも、ダイカクは国軍の将軍や、主だった探険者チームのリーダー達と共に報告の為に謁見の間に向かった。


そこには国王代理を務めるマサノブを始め、トモナリ、キジマール、オズーノら主だった者達が並んでいた。


だが、一様に表情に明るさがなく、やつれた姿をしていた。


(この様子……何があったのだ?)


「此度の遠征、苦労であった。そなた達の活躍により、トーブ島の民の安寧が図れたこと、誠に喜ばしい。そなた達にはその労をねぎらうとともに厚く報いることとしよう」

マサノブの言葉に続いてキジマールが発する。

「今日のところは各自、帰宅してゆっくり体をいたわるように。後日その功に対して恩賞をとらせることになろう。誠にご苦労であった」



拝謁が終わった後、ダイカクは近衛兵に呼び止められ、宰相執務室へと導かれた。

部屋に入るとそこにはキジマールとオズーノが待っていた。


「此度はご苦労であった。まあ、かけてくれ」

勧められてソファに腰を降ろしたダイカクに対し、二人とも口が重くなかなか次の言葉が出ない。


「あの、何かあったのでしょうか? 王都に半旗が数多く翻っていました。それにマサノブ様を始めとして一様にお疲れの表情にお見受けしたのですが……」

沈黙に耐えかねてダイカクが話し出す。


「ああ、そうじゃ。実はな、お主達が遠征しておる最中に王家に不幸があってな」

キジマールが辛そうに語りだした。

「どなたかが亡くなられたのですか?」


「ああ……。クロエ様がの……」

「なんですって! 何が起きたのです? ご病気ですか?」


そのダイカクの問いにキジマールは眉間に皺を寄せながら答えた。

「事故じゃ」

「なんと!」

ダイカクは立ち上がる。


「それに、言いにくいことなのじゃが……、お主の奥方も巻き込まれての……」

そのキジマールの言葉にダイカクの表情は凍りついた。

「……ま、まさかサユリまで?」


「済まぬ……」

キジマールとオズーノが共に立ち上がって深々と頭を下げた。


ダイカクは力なくソファに座り込んだ。


「先年の大地震が原因だと思うのだが王宮の天井の飾石が落下しての。運悪くクロエ様とサユリ殿がその下を通っておられたのじゃ。それでの……」


ダイカクにはそのキジマールの説明の半分も頭に入っていかなかった。

「それで……サユリは……今どこに?」


「あまりに見るに偲びないお姿でな。協議の末、既にクロエ様と共に荼毘にふされておる」


「そんな……」

キジマールの言葉にダイカクは次の句が継げない。



「ダイカク、わしに着いてきてくれるか。いつまでもあのような形で王宮に留めておいてはサユリ殿があまりに不憫なのでな」

キジマールが辛そうにダイカクに伝える。


「娘達はこの事は……」

「クロエ様が亡くなられたことは既に発表しておる。それは知っておろう。じゃがサユリ殿の事はまだ……」


「……そう、ですか……」

頭を抱えながらダイカクは力なくそう言った。

「宰相殿。サユリの所に連れていってください。娘達にも会わせてあげなければ……」



その薄暗い、蝋燭に照された部屋には同じ大きさの白木の箱が2つ置かれていた。

「左がサユリ殿のものじゃ」

キジマールが指し示す。


そしてその白木の箱の前には小さな小箱がひとつ。

「これは……」


「それはサユリ殿が最後に身に付けておられたアクセサリー等を納めてある。形見にと思うてな」

キジマールがそう説明した。



「ありがとうございます……。サユリ……待たせて済まなかったね。さあ、キキョウ達の所へ帰ろう……」



その2時間後、王都のダイカクの自宅からは娘達が大声で哭く声が聞こえていた。



2日後、自宅で行われた葬儀に参列していた近所の住民や王宮関係者が帰った後、泣きつかれて寝静まった娘達を子供部屋に寝かせたダイカクは寂しくなった自分の寝室のベッドに腰かけるとふっと息をついた。


ふと正面の棚を見るとそこにはキジマールから受け取った小箱が置かれていた。

開けてしまうと感情が溢れて止まらなくなりそうだったので、王宮から持ち帰ったあと開けずに寝室の棚に置いていたものだ。


なぜかその時ダイカクは小箱を開けてみる気になって手に取った。そして小箱の蓋を開ける。


「ん? これは……」


そこにはいつもサユリが王宮に詰める時に身に付けていたダイカクが誕生日にプレゼントしたイヤリングやネックレスに加えて、普段は身に付けなかったあるものが入っていた。


「これは、俺が創った《残映の指環》じゃないか! 何故こんなものが……。もしかするとっ!!」


ダイカクは慌てて自分の書斎兼工房に向かう。


この《残映の指環》はダイカク自身が創った試作品で2つの指環が対になっているものだ。見た目は普通の指環で、小さな青い魔石が填まっているものが録画用。はめている人が見た映像を記録することができる。もうひとつの赤い魔石が填まっているものが再生用で記録用の指環と一緒に指にはめることで記録された映像を見ることが出来るようになっていた。


以前試作したあと、サユリに試しに使って貰って効果を試してもらった事があった。結果、試作品だったこともあり、録画時間が5分程度しかないプロトタイプだったので自宅に置いたままにしてあったのだ。


「もしかすると何か映っているかもしれない」


ダイカクは書斎兼工房に入ると自分の試作品棚のから小箱を取り出す。そこには再生用の赤い魔石が填まった指環が入っていた。


その指環を右手中指にはめたダイカクは、キジマールから受け取ったサユリが最後に身に付けていたという青い魔石の指環を同じ中指に重てはめる。そして僅かに魔力を二つの指環に籠めた。


「これは……。話が……違うじゃないか!」


ダイカクは怒りのあまり手のひらに爪で傷がつき血が滴るのも構わず両手を握りしめていた。


◇◇◇◇◇


その日サユリはダイカクを送り出した後、登城するに際してやはり不安を拭い去れず、後で国王の様子をダイカクに見てもらうつもりで、以前試作品として見せられたその指環を持ち出していた。


(後で説明すれば叱られないわよね……)



そして予定されていた通り、昼食後にクロエとサユリはナガノブの居室を訪れていた。


扉が開く瞬間、サユリは「レコード!」と小声で呟くと、クロエに続いて国王の居室に入った。


ベッドは豪奢な天涯つきで、薄いカーテンに覆われていた。そのためベッドの様子がよくわからない。


「陛下? お加減はいかがですか?」

クロエは優しく声をかけながら、ベッドに近づいた。


ナガノブ担当の侍女からナガノブがベッドに横になって起きていると聞いていたからだ。


「あら? いらっしゃらない……。どちらにいらしてるのかしら?」

クロエが驚いたことにベッドにはナガノブの姿がなかった。



(あそこ……何かいる?)

その時サユリは左奥にある窓際のカーテンが不自然に揺らいでいるのに気がついてそちらに気をとられていた。


サユリがそのカーテンに近づこうとした時、部屋に悲鳴が響き渡る。

「きゃあっ! 何をっ!」


その声に振り返ったサユリは、仰向けに倒れ胸を切り上げられて血を流しているクロエの姿を目にして驚いた。

「クロエ様っ!」

駆け寄るサユリの前に、何処から現れたのか血の滴る大剣を抜き身に放って虚ろな目をしたナガノブが仁王立ちしている。

「陛下っ! 何をなさいますっ!」

サユリはクロエを庇いながらナガノブの前にたったのだが、ナガノブはそのサユリをその大きな手で突き飛ばして倒すと、その大剣をサユリ諸ともクロエに突き立てた。


「そんな……。陛下……」

次第に狭まっていく視界の中、サユリの眼には先程揺らいだことで気になっていたカーテンの後ろからローブを着た人間が現れるのが見えた。

「フフフ。まあ、こんなものかな」

男の声でそう呟くのが聞こえる。


「あなた……。ごめんなさい。みんな……ごめんね……」

ダイカクの最愛の人の視界はそこで永遠に閉じられた。


◇◇◇◇◇


ダイカクは立ち上がる。

「こんな話あるものかっ! キジマール殿っ!」


ダイカクは急遽登城するために外套を纏いつつ、家に住込で働いていたメイドのアケミに声をかける。

「緊急の要件で登城する。娘達を頼む!」


「は、はいっ!」

アケミは今までに見たことのないほど険しい表情のダイカクに驚きつつも、深々と頭を下げてその後ろ姿を見送った。



怒りに任せて登城しようと考えたダイカクだったが向かう途中でほんの少し冷静さを取り戻してきた。


(この件、オズーノ様は御存知なのか?)


そこでダイカクはオズーノを訪ねてみることにした。



王都内、魔法・生物研究所の近くにオズーノの居宅がある。貴族街ではなく庶民街の中に構えられていた。



入り口で警護の衛士にオズーノとの面会を希望すると、他ならない次席王宮魔法士であるダイカクの来訪に直ぐに屋敷内に連絡がとられ、1階にある応接室に通された。


「あ、ダイカク様! いらっしゃいませ!」

ダイカクの来訪に気がついたカオリ・シオリの双子の姉妹が近づいてくる。

「ダイカク様。この度は……」

ペコリと頭を下げてダイカクを迎える二人。


その後ろからオズーノが現れた。

「これ、お前達。リビングへ行っておれ」


「はい、お父様。ではダイカク様失礼します」

二人が去った後、オズーノはソファに腰掛けながらダイカクに向き合った。


「さて、如何したのじゃ?」


ダイカクは静かに話始める。

「オズーノ様。此度のクロエ様と妻の事故についてどこまでご存知でいらっしゃいますか?」


「と言うと?」


「オズーノ様は事故の現場を御覧になったり、御遺体をご確認されたかどうかと言うことです」


そのダイカクの問いに首を傾げてオズーノは答えた。

「実は此度の件、わしは研究所におったのじゃが知ったのは事故の翌日朝での。余人が知ったときは既に手の施しようがない即死であり、見るに耐えないお姿であったということで、魔法士達は呼ばれなかったのじゃ。それに余人の眼には晒したくなかったようで直ぐに荼毘に付されたとのこと。じゃから、わしは現場も御遺体も見る機会がなかった」


ダイカクは身を乗り出す。

「おかしいとは思われませんでしたか?」


「そうじゃな。意外なほど手回しが良かったようには感じたが、それだけ痛ましいお姿だったのかと思ったのじゃが……」


その言葉を聞いたダイカクはテーブルの上に二つの指環を置いた。

「これは?」

オズーノの問いにダイカクは言う。

「この青い石の指環は妻が亡くなった時に身に着けていたものです。そして、この赤い石の指環を先に指にはめ、そこに後から青い石の指環をはめてみてください」

「こうかの?」

「そして、僅かで結構です。その指環に魔力を込めて頂けますか?」


そのダイカクの言葉に頷いてオズーノは魔力を込める。


次第にオズーノの表情が変化していく。

「こ、これは……。とすると、事故と言うのは……」

驚きの表情を隠せないオズーノに対し、ダイカクは大きく頷く。


「ええ。事故と言うのはおそらくこれを隠すための方便なのでしょう」


眉間に手を充ててオズーノは唸る。

「ううむ。これは事じゃな。して、お主これをどうするつもりじゃ」


「私は……。私は……」

ダイカクは、上手く言葉が継げない。


「これを見る限り、陛下は何者かに操られて二人を手に掛けたようじゃ。問題はこのローブの男、これが何者かじゃな。恐らく最近陛下の元に出入りしていた占星術師か商人、あるいはそれに付いている者であろう」

「早く手を打たねば、また犠牲が……」


「そうじゃな。明日朝一番でキジマール殿を訪ねる事にしよう」



翌日、キジマールを訪ねた二人は、《残映の指環》をキジマールに見せた。


「そうか。お主達には隠し事は出来ぬな」

キジマールは苦渋の表情を見せる。


「御二人が陛下の御見舞いとして部屋に入られた後、なかなかお出にならないため、近衛のものと侍女が部屋に入ったところ、変わり果てたお姿の御二人と返り血を浴びて大剣を下げて放心されている陛下がおられたようだ。近衛の話ではその時他に誰も居なかったということじゃ。わしらは事が事だけに近衛と侍女に口外を禁じた上でマサノブ様にご報告したのじゃ」


そう言うとキジマールは息をついた。


「マサノブ様は取り乱されての。最愛のクロエ様を手に掛けたのが陛下であられたことで怒りの向け場を失われての」


「無理もないの」

オズーノも沈痛な表情をする。


「そこでやむを得ずトモナリ殿と相談の上、御二人の死を事故として扱う事にしたのじゃ。まさか外に向けて陛下に手打ちにされたと公表するわけにはいかんと思うてな」


「なるほどの」

その話に理解を示すオズーノの横でダイカクは怒りに震えていた。

「それで私には真実をお伝え頂けなかったと? もしサユリがこれを残してくれていなければ、闇に葬るおつもりだったのですか!」


「ダイカクっ!」

オズーノが嗜めるがダイカクの怒りは収まらない。


「じゃが、対外的に陛下の手によるとするわけにもいかなかったのじゃ。それに結果的にお主を騙すことになってしまったが、お主が陛下を仇と思うては今後に良くなかろうと思ったのじゃ」

キジマールは苦渋の表情だ。そこでオズーノが助け船を出す。

「しかしのこの映像をお主も見たであろう? どうやら陛下は何者かに操られておったようじゃ。そのローブの男を早急に捕らえねば。いずれ陛下の傍に出入りしておったものの中におるのであろうからの」


しかし、キジマールの表情はその気持ちがそれに消極的であることを物語っていた。

「恐らくその者ももう居るまい。それにローブの男と言うだけでは捜せぬし、もし特務の者に捜させるとすればその指環の映像を見せねばなるまい。さすれば陛下の様子を知るものが増えることになる。それによしんば見つけたとして何の嫌疑を持って捕らえるというのじゃ」


「なっ! では泣き寝入りすると仰せかっ! このローブの男には何も出来ぬと! 奴を高笑いさせて何もしない仰るのか!」

ダイカクは立ち上がって叫んだ!


「では、私が自分でやります!」


「それはならぬ! 認めるわけにはいかぬぞ!」

キジマールが表情を変えて声を荒げる。

「王家の体面を潰す気かっ! お主も王家に仕える身であればそこは耐えてくれっ!」


「なっ! 宮仕えなれば、自分の妻が手にかけられても犯人も捜せないと言うのですか! ならばこのような肩書き私には無用!」

そういい放つダイカクをオズーノは落ち着かせようとする。

「ダイカク、落ち着くのじゃ。落ち着いて座らぬか」


しかしダイカクは、指環を手に取ると一礼をしてその部屋を退出した。


その姿を見たオズーノはキジマールに言う。

「よいのか? このままでは王家にとって大きな損失となるやも知れんぞ?」


「じゃからといって特務をあの指環の映像を見せて動かす訳にはいかぬ……。陛下は最早以前のあの方とは変わられてしまわれた。これが表に出れば比類なき栄光に彩られていた陛下の晩節を汚すことになってしまう。臣下としてそれは出来ぬ」


オズーノはその言葉に残念そうな表情をしてキジマールに言った。

「過去よりも未来を見なければこの国の行く末を誤るのではないかの……」


それに対してキジマールの答えはなかった。


その後、オズーノの説得や慰留があったもののダイカクは次席王宮魔法士の職を辞した。


それに対し、キジマールはダイカクに王宮への立ち入りを禁ずる処置を取る。この処置は当時様々な憶測を呼んだが結果的に今回の一連の出来事が起こるまでは変更されなかった。


王宮の協力を得られなかったダイカクは自分で犯人探しをしようとしたのだが、手懸かりもつかめないまま、2年が経過してしまう。そしてナガノブの崩御が国民に発せられたところで失意のダイカクは王都を離れ、生まれ故郷のミヤザに帰ることにしたのだった。


◇◇◇◇◇


「あの時は辛い思いをさせたの」

オズーノの言葉に苦笑いをするダイカク。


「いえ、オズーノ様にもご迷惑をおかけしました。ただ、またこのホーエンに闇が襲いかかろうとしております。此度は何とかせねばサユリにも顔向け出来ません。彼女もこの国が大好きでしたから……」


「そうじゃな」

オズーノはダイカクを見てニコリと笑った。


「それにうちの弟子も陽光の祭殿で新たな力を得たようです。彼や娘には負けてはおれませんから」


そう言うとダイカクは窓の外を眺める。


(そうだよな……サユリ………)


ダイカクの脳裡には優しく微笑み、頷いているサユリの姿が映っていた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


10月後半に身内に不幸があり、その対応と精神的なダメージからストーリーを先に進める余裕を無くしていました。


ようやく精神的にも落ち着いてきたので掲載を再開したいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

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