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第55話 門の童女

よろしくお願いします。

8/6誤字修正しました。

 双頭虎との戦いの夜が明け、敏文達は野営地を出発した。この日の行程は特に魔獣に出会うこともなく順調に進んでいる。


 皆思い思いに馬を進めながら過ごしていた。その中でもご機嫌な人間が2人。


 1人は敏文の後ろで馬に跨がって嬉しそうに敏文にしがみついている。

「もう、サラってば朝からご機嫌なんだから」

 そう言うアヤメに満面の笑みでサラは答える。

「だってこうしてると、一人で乗ってる時よりお尻打たなくて、楽なのよっ!」

「それだけ?」

 サラの返事にカオリが突っ込む。

「あと、トシフミを独り占め……クフフフ」

「あ、やっぱりね」

 カオリが両手を拡げる。


 その周囲ではハルとミサキとシオリがぶつぶつと呟いている。

「また出遅れました……」

「……次は私が……でもなんて理由で……」

「はぁ、サラさんズルいです……」


 その日の朝、出発の際にミシェルが馬を失っていたことで誰かが彼女を後ろに乗せるか、彼女に馬を貸して二人乗りするしか無くなったのだが、その話が出た途端にサラが強烈に自分の馬をミシェルに貸すことを提案し、現在に至る。



 そしてもう1人ご機嫌なのが、ミシェルだ。

 精霊のことを学ぶために留学してきて、4年も待ったという話を聞いた敏文は、4人の精霊の中で一番大人の対応ができるセイランにナーラに着くまでの間、ミシェルの質問に答えられる範囲で答えるように頼んでいた。


 それで今、敏文たちと一緒に馬を進めるミシェルの肩にはセイランが止まっている。

「精霊って1つの属性に1人しかいないの?」

「いえ、そうではないわ。精霊は同じ属性に複数いるわ。何人いるかは聞かないで。そして一般の精霊と上位精霊に分けられるの。精霊も成長することもあって、一般精霊が上位精霊にランクアップすることもあるわ」

「なるほどぉ。それであなたはどうなの?」

「そうねぇ。ひみつ」

「え~。けちぃ」

 ミシェルはとても楽しそうだ。その後も、いろいろな質問をぶつけては、セイランに適当にあしらわれている。でも、それでも嬉しくてしかたがないといった雰囲気だ。


 

 そうやって馬を進めているうちに、先頭を進んでいたアオイが後ろを振り返って叫んだ。

「見えたわよっ。ナーラの街だわ」


 ナーラの街は陽光の祭殿を中心に構成されている。街の中央に四角錐の屋根を持つ陽光の祭殿がその煌びやかな姿を構え、その周りに周囲の川から取り込んだ水路を含む庭園が形作られている。

 そして建物の1階程度の低い壁が周囲を囲み、4つの方角に人が往来するための門が備えられていた。その門には2階建の鐘楼のようなものが作られている。

 さらにその周囲に碁盤の目のように東西南北に通りが作られ、祭殿で職を得ている者たちや、祭殿の来訪者を見込んだ商人たち、そして陽光の精霊を崇拝する人たちの住まいが築かれていた。

 最後に街の周囲は高さ10メルほどの城壁で囲まれ、祭殿の内壁と同様に東西南北4つの門で街への出入りを行うようになっている。


 城壁は表面を化粧石で覆われていて、傷のようなものは一切見当たらない。陽光の祭殿は光を司る陽光の精霊を祭っていることもあり、ホーエンの人々からの信仰が篤い場所だ。そんな場所に攻撃をかけるなど、ホーエン全国民を敵に回すに等しく、この祭殿が建立されてからはこの城壁を傷めるような攻撃を受けたことはない。

 神殿から放たれる光の精霊力が周囲に魔獣などを寄せ付けることもないため、この城壁の外側1キル程度には魔獣が入ることができないとされていた。


「もう、この辺までくれば、魔獣に襲われる心配もなさそうね」

 ミサキが祭殿を眺めながら敏文に話しかける。


「そうだな。ミサキはナーラには来た事があるのか?」

「ええ。何度も。冒険者としての旅の安全や健康・幸福を祈るためにね。ホーエンの国民なら、一生に1度は必ず訪れたいと思うものよ」

(日本で言えば、昔のお伊勢参りみたいなものか……)

 そう考えながら敏文はナーラの方角を見ていた。敏文達は西の門に向かっていた。門が近づくと敏文にも周囲とは違う気配に精霊力が満ちているのを感じられる。

「すごいものだな……」


 門の前にはナーラの街に入るために門前の警備兵の確認を受けている人々が順番の列を作っていた。

「結構並ぶものなんだな」

「そうね。ナーラは信仰の街であるだけでなく、祭殿見学や祭殿の周りに集まっているいろいろな古い建物、ナーラの名物、賑わう市なんかを目当てにやってくる人がたくさんいるの」

 敏文の傍に馬を進めてきたアヤメが説明をつづける。

「私も王都に住んでいる時に何度か訪れたわ。とても見るものがたくさんあるし、食べ物も美味しいの」

「そうか。元の世界だと京都や奈良のイメージなんだろうな。なあ、サラ」

 敏文は後ろを振り返って、サラに話しかける。

「うん、そうだね。私も京都や奈良には旅行で行ったよ。とても楽しい思い出だわ。ナーラも楽しめるといいなぁ」

「おいおい。俺たちにはやることあるだろう。遊びだけのためにきたわけじゃないんだぞ」

 浮かれるサラにブンゾーが釘をさす。


「さて、並ばなきゃいけないし、そろそろ馬を降りよう」

 敏文がそういうと、皆自分が乗っていた馬から下りて、その手綱を手に取る。


「やっぱり、降りなきゃだめ?」

「あたりまえだ」

 サラが名残惜しそうにしているが、馬に乗ったままで警備兵の前を通るわけにもいかない。

「はーい。あーあ、この独占も短かったなぁ」


 そして敏文達は街に入る順番待ちの列に加わった。




 30分ほど経ち、ようやく街の中に入った敏文達は、内壁越しに見える陽光の祭殿の煌びやかさに目を奪われていた。

 陽光の祭殿は、外壁よりもさらに上質なミカギ石という天然石で建造されていて、白く光っているように見える。放たれている精霊力の影響もあるのだろうか、晴れた青い空にその姿が映えていた。

「きれーい」

 サラが無邪気に声をあげる。


 今、敏文たちは西の門から神殿の内壁西門へ向かう西の大路という通りを再騎乗して進んでいた。


「まずは、宿を確保しようか。どの辺にあるのかな」

 敏文がそう言うとミサキが応えた。

「そうね。ここは私たちに任せてもらおうかしら」

「姉さん、いつものところでいいんでしょ」

「ええ。お願いね、カオリ」

 ミサキがカオリにそう言うと、カオリは両足で馬の腹を蹴って先へ進む。


「いつも私たちがナーラに来たときに泊まっている宿があるの。私たちが幼い時から知っている人が宿をやっていてね。今日はそこにお世話になろうと思うの」

「いきなり行って大丈夫なのか?」

「ええ。その宿には離れがあってね。いつも気の置けない身内しかそこは使わせないようにしてるの。王都を出るときに数日後に行くって伝えておいたから。大丈夫よ」

「そうか。ありがとうミサキ。助かる。俺は土地勘がないからな」



 ミサキが案内した宿は西の大路から若干北に向かった場所にあった。【牡鹿のやすらぎ亭】という宿だった。宿は土壁に囲まれ、大きく開けられた門からは中に閑静な庭園があるのがわかる。かなり大きな宿だ。

「でかいな。それに歴史を感じる。いいのか俺たち【ミスティック】みたいなぽっと出の冒険者が泊まっても」

「なに、言ってるの。チームランク青でコーベンの救世主みたいなものでしょ。あなたたちは。ナーラでもあの事件は大騒ぎになっていたそうよ。そして貴方がやったことも」

 ミサキは苦笑いする。


 宿の正面には馬を降りたカオリのそばに、前をあわせる着物のようなものを着た白髪の男が立っており、その周囲には、宿の従業員達が敏文たちを迎えていた。

「これは【純白の朝顔】の皆様。いつもご贔屓にしていただき、誠に有難うございます」

「あら、今日は他人行儀なのね。ジュンケイさん」

「いえ、初めてお越しいただいたお客様も居られますので。ようこそ我が【牡鹿のやすらぎ亭】にお越しくださいました【ミスティック】の皆様。それにミシェル様。この宿の主人、ジュンケイでございます」


「よろしくお願いします。すごく広くて歴史を感じられるすばらしい宿ですね。このような場所に泊めていただけるとは」

 敏文がそう言うと、ジュンケイはにこやかに応じる。

「いえいえ、私どもはもてなしを生業とするもの。私どもこそ、王都コーベンを魔獣の大群から救われた皆様にお泊りいただけることは大変光栄なことでございます。どうぞごゆるりとなさってくださいませ」

「ありがとう」

「それではミサキ様。いつもの離れが準備できております。皆様同じ場所でよろしいのでしょうか?」

「ええ、お願い」

「畏まりました。おい」

 ジュンケイはそう言うと、従業員たちに馬を厩に引かせ、敏文たちを離れに案内した。



 離れはすばらしい趣きの建物だった。本館からは隔離され、周囲を美しい庭園に囲まれている。そして、皆が集まれる母屋と廊下でつながる宿泊用の寝室がある建物が4つある。

 その夜はそのうちの3つを使わせてもらうことになった。男2人に一部屋、女性8人で二部屋を使うことにする。ハルの護衛のため、純白の朝顔から2人ミサキとシオリがつくようだ。そこに、アヤメが加わり一部屋。残りの女性たちがもう一部屋を使うことにした。


「いい部屋ね」

 サラとハル、アヤメもうれしそうだ。


「ところで陽光の祭殿で祭殿長のミコル様にお会いするには、どうすればいいかな」

 敏文がつぶやくとジュンケイが言った。

「ご心配は不要です。あらかじめミサキ様よりご連絡を頂戴しておりましたので、明後日の朝、ミコル様と面会をいただける手筈が整っております」

「そうなのか? いつの間にそんな手配を……」

 敏文は驚いてミサキを見る。


「王都を出る前にね。そんないきなり訪ねてお会いできるほどミコル様はお暇ではないし、それほど陽光の祭殿の敷居は低くないわ。これでも、父の伝で結構無理に時間をとってもらえたの。本当だったら1ヶ月以上待つわよ」

「そうなのか、ぜんぜんその辺は考えていなかったな。迂闊だった。オズーノ様も意地が悪い。教えてくれればいいのに」

「父から私が頼まれていたの。普通一般の参拝者じゃミコル様に個別に時間をとってもらうのは無理だもの」

「そうか、なにからなにまですまないな。助かる」

「トシフミの役に立てるなら喜んで」

 ミサキが嬉しそうに言う。


 その後ろで、妹達がひそひそと話し合っていた。

「ミサキ姉さん、何気に抜け駆けして好感度上げてるんだけど」

 カオリの言葉に、アオイとシオリも同意する。

「意外にしたたかね」

「ズルイです」


「あ、あなた達、な、な、なに言ってるの?」

 動揺するミサキに3人は口をそろえて少し意地悪な笑みを浮かべながら言う。

「「「なんでもない~。こっちの話ぃ~」」」


 そこに無邪気にサラが割って入ってきた。

「ねぇねぇ。祭殿に行く日が今日じゃないんなら、まだ日も高いし、ナーラの街を見てみたいんだけど!」 


 それに対してカオリが答える。

「日が高いって言っても、もうお昼をだいぶ過ぎてるしねぇ。今日は近いところで西の大市をぶらぶらするっていうのはどう?」


 西の大市は【西のみっつ通り】と【北のふたつ通り】が交差する場所にある【牡鹿のやすらぎ亭】から南北に走る通りを2つ西側に行った【西のいつつ通り】にある。


 ナーラの街の通りは東西に横に走る通りと、南北に縦に走る通りからなっている。

 外壁にある4つの門と内壁の4つの門を結ぶ大通りをそれぞれ大路と呼び、その大路を基準に東に1本目にある南北の通りを【東のひとつ通り】、西側に1本目の通りをを【西のひとつ通り】と呼んで外側に向かって【ふたつ通り】【みっつ通り】とひとつずつ数が増えていく。大路の南北にある、東西に横に走る通りも同様だ。



「西の大市ってどんなところ?」

 期待にその大きな胸をより一層膨らませるサラにカオリが説明する。

「ナーラの街の特産品や工芸品、武器や防具、冒険者向けの小道具、魔道具の店もあるわ。そして何よりも……」

「何よりも?」

「ナーラ名物の甘味のお店がいっぱい!」

「甘味っ!」

 サラの顔が満面の笑みに変わる。


「行く! 今すぐ行く! 直ちに行く!」

 そう叫ぶとサラは早速カオリの腕をとって外に向かって歩き始めた。

「ちょっと待って! そんなに急がなくても甘味は逃げないって!」

 引っ張られるカオリが説得するが、サラの勢いは止められない。

「だって限定スイーツがあったらどうするのっ! 30食限定とかだったら無くなっちゃうじゃないっ!」

「ちょっ、ちょっとそんなにひっぱんないでっ!」

 その勢いにカオリはなすすべもなく引きずられて行った。


 それを見ていた敏文は両手を拡げて苦笑いをする。

「さて行き先は決まったらしいな」


「では、後程。ただご夕食にも当宿の料理人が自慢の腕を振るいます。あまりお腹をいっぱいにされませぬよう。ところで夜の料理になにかご要望はございますか?」

 ジュンケイがそう言うと、敏文が少し考えて答える。

「じゃあ、こちらの料理人の自慢の料理を」

「畏まりました。お帰りをお待ちしております」

 そう言ってジュンケイは頭を深くさげた。



 敏文達は宿を出て通りを西に向かう。

 サラとカオリはもう姿が見えない。

「全くサラはっ」


「まあ、いいじゃないですか。私はサラが羨ましいですよ」

 敏文の横を歩くハルが言う。

「なんでそう思うんだ?」


「だってあんなに明るく自分の気持ちを出せる人って……。私は思ったことをなかなか口にする勇気が無くて。だからサラが羨ましいなあって」

「そう思うんだったら、口にしてみればいいんじゃないか? 今は君はナツキじゃなくてハルなんだから。思う通りにやればいい」

「いいのかな?」

 そう呟くハルに、アオイが言う。

「いいんじゃない。周りに気を使う必要はないよ。今はね。だったら、今羽を伸ばしとかないと」


「そっか、じゃあ……。私も美味しい甘味食べに行きたいっ! だから、アオイ、シオリっ。美味しいとこ連れてってっ!」

「……あれ、そっちの欲求? てっきり私は……」

 アオイは首を傾げて笑っている。 


「ほらミサキ、それにミシェル、アヤメもハルと一緒に行ってやってくれ」

「トシフミ達は?」

「俺たちは甘味っていってもなあ」

 そう言うブンゾーに同意しつつ、敏文は言った。


「俺たちは魔道具や武具の店を見て回るよ。掘り出し物があるかもしれないし」

「そう? じゃあ私も甘味食べに行ってくるわ」

「ああ、何かあればこいつでな」

 敏文は腕の《遠話の腕輪》を見せて言った。

「ええ、それじゃ、宿で会いましょう」

 そう言うとミサキはハルやアヤメ達を連れて通りを進んで行った。



「少し落ち着いたな。女が多いとどうも騒がしくて落ち着かねえ」

 ブンゾーがやれやれという表情をしている。

「まあ、そう言うなよ。仲間が楽しそうにしてるのは良いことさ。特にハルは羽を伸ばさせないと」

「そうだな。さ、俺達も行こうか」


 敏文とブンゾーは通りを歩く人たちに話を聞きながら武具や魔道具がある店を探して通りを歩いて行く。



 敏文とブンゾーは何軒か店を回って、《休時の防壁》という夜間を通して魔獣・獣避けの機能を持つランタンのようなものや、《衝刺の拳鍔》という使い手の意思で硬度を上げて衝撃を与えるか、パイルバンカーのように突き刺す杭を発生させる事が出来るカイザーナックルのような武器等幾つか役立ちそうな物を手に入れた。


 そして次の店を覗こうと通りに出たその時だった。



「だから、わたしが届けてあげるって言ってるの!」

「いえっ! 童女様にそのようなことはっ! 我々の仕事ですから我々がっ!」

「わたしがやりたくてやってるんだからいいのっ!」


(なんだ? 騒がしいな……)

 その声に敏文が通りの右手を見た途端、敏文の体に何かがぶつかった。


 なぜか、ぐちゃっという音と共に……。


「ああっ! だから、言わんこっちゃない……」

 追いかけてきたエプロン姿の男が手を膝について息を切らせている。


 そして敏文が自分の胸元を見るとそこには甘い香りのする箱に入っていたと思われるケーキだったものが、盛大に潰れて敏文の服を汚しているのと、足元にぶつかった勢いで座り込む金髪の女の子の姿があった。


「むー。何でこんなところにたってんの……。これじゃ“お役立ち”になんないじゃないのー」


 年は7、8歳ぐらいだろうか。肩ぐらいまでのストレートな金髪に両耳の横だけぴょこんと外側に跳ねている。首に黄色いチョーカーをしていて何かの紋様が刻まれたメダルがついている。


 グレーの瞳がクリクリとしていてとても可愛らしい顔立ちをしている。ただ残念な事にその顔はケーキのクリームの残骸でべとべとだ。


「おい、大丈夫か?」

 敏文はそう言うと生活魔法で少女の顔や体を綺麗にする。

 だがその少女は膨れっ面のままだ。


 その時、通りの横合いから別の少女の声がする。

「あらあら、ウーはそんなことで街の人の役に立ってるつもり?」

 その声の主は10歳ぐらいだろうか。

 敏文の足元に座り込んでいる少女より少しお姉さんだ。銀色の髪をアップに纏め、髪止めで纏めている。そして首には足元の少女と同じ色違いの青いチョーカーをしている。

 翠色の瞳が涼やかにウーと呼ばれた金髪の少女を見据えていた。


「あ、アル。……見てたの? だってわたしの前にこの人がっ! わたしはちゃんとケーキをお客さんに届けようとしてたのにっ!」

 

 そう言うウーを横目にアルは立ち尽くすパティシエの男に尋ねる。

「あなたがこの子に配達を頼んだの?」


「あ、北の童女様っ! ……いや、うちの娘に届けさせる積もりだったんだが……西の童女様がわたしがやるとおっしゃって……。持っていかれてしまって……」

「だから、わたしが手伝うっていったじゃないっ! そんなに遠慮しなくてもいいのっ!」

 そう主張するウーにアルは尋ねる。

「ところであなたはそのケーキどこの誰に届けるかちゃんと確認したの?」


 その時、ウーの挙動が途端におかしくなり周囲をキョロキョロと見ている。

「え、えっと……」


「つまりあなたは頼まれもしないのに、届け先も確認しないまま、ケーキを奪って走り出したと……」

 アルがやれやれという表情でウーを諭すように言う。


「ウー。人の役に立つっていうのはそういうことじゃないのっ。困っている人を助けることと、頼まれもしないのに人の仕事をとることは違うんだからっ」


「うー、わたしちゃんと人の役に立つんだもん。立つことしてるもん」

 目に涙を浮かべながらウーは走り去って行く。


「あ……」

 その様子を反応できずに見送った敏文が振り返ると、アルの姿もない。

「おいおい……。なんなんだよ……」

 体にケーキのクリームをべっとりつけたままの敏文は途方に暮れる。


 ガックリと肩を落とすパティシエを周りの商店の店主や店員が苦笑いしながら肩を叩いて慰めていた。

「まあ、童女様のすることだ。取り合えず忘れちまえ」

「まあ、悪気はないんだろうがなぁ。今日はお前がついてなかったってだけだろうさ。気にするなよ」


 パティシエの男は、ひとつ大きな溜め息をつくと、もと来た道を帰って行った。


「おーい」

 そしてそこには放置された敏文とその様子を笑いながら見ているブンゾーだけが行き交う人々に気にも止められないまま立っていた。




 敏文は少しの間呆然としていたが、自分の服を生活魔法で綺麗にすると、笑いをこらえるブンゾーに言った。

「帰るぞっ」

「買い物はもういいのか?」

「ああ、なんだかそんな気がなくなっちまった」



 敏文達が【牡鹿のやすらぎ亭】に帰るとサラ達はまだ帰ってきていないようだった。


「お帰りなさいませ。トシフミ様、ブンゾー様」

 ジュンケイと3人程の従業員が出迎える。


「おや、トシフミ様、何か西の大市でございましたか?」

 敏文の様子を見たジュンケイが何かに気がついたようで尋ねる。

「ああ、ジュンケイさん。もし知ってたら教えてくれ。童女様ってなんなんだ?」

「……。もしかすると西の大市でお会いになりましたか? あの場所だと差し詰め西の童女のウー様か、北の童女のアル様ですかな?」

「両方だ」

「そうでしたか」

 ジュンケイはにこやかに話始める。

「童女様というのは陽光の祭殿で精霊に仕える巫女の見習いの娘達です。全部で5人、内壁の東西南北の門にある鐘楼に住まわれている門の童女と言われる4人と、いつも内壁の内側にある庭園の世話をしている庭園の童女がおられます」


「巫女の見習い? 普段は何をしているんだろう」

「祭殿長のミコル様より光の巫女に成長する為の課題を与えられて5人で競っているとか、いないとか……。今は何やら街の人の役に立つことを自分で考えて行うことを課題にされているようです」

 ジュンケイの言葉に敏文は得心がいったようで頷いていた。

「なるほど、それであの光景か……」

 敏文は先程見たことをジュンケイに話して聞かせた。


「そうでしたか。そんなことがありましたか」

「ケーキを持っていかれた男が結構がっくりしてたな」

 ブンゾーが言う。


「恐らくそのものには後程祭殿の方から何かしらの対応がありましょう。心配には及びますまい。この街のものであれば陽光の祭殿から何かしらの恩恵を受けて暮らしております。今日のような出来事もその中に含まれるものとして直ぐにその者も落ち着きましょう」

 ジュンケイがそう言うと、敏文とブンゾーは顔を見合わせる。


「そういうもの?」

「なんだろうな」


 それで敏文はひとまず童女達の事は忘れる事にした。



 

 その日の夜の食事は敏文を驚かせるものだった。

 海に面していないはずのナーラで鮃と烏賊の活造りが出たのだ。敏文は魚の刺身が大好物だったのだが、ローメリアに来てからは生魚の料理と出会っておらず、こちらでは食べられないのかもしれないと思っていたのだ。

「これはっ! 刺身醤油とワサビかっ!」

 あまりの嬉しさに震える敏文。

「なんだ、あるじゃないかっ! あるんじゃないかっ、生魚の料理っ! すいませんっ! 米酒ありますかっ! 米の酒くださいっ!」


「なに? トシフミどうしたの?」

 驚くアヤメに敏文が叫ぶ。

「これが喜ばずにいられるかっ! 刺身だぞ刺身っ! 俺は何より魚の刺身が大好きなんだよっ! みんな早く席についてくれっ! 待ちきれないっ!」


「ふ、普段のトシフミとはえらい違いね……」

 カオリが呟く。

「ねぇ。こっちでは魚の刺身ってそんなに珍しいの?」

 サラが尋ねるとミサキが答えた。

「そうねぇ。あまり食べないかな。焼き魚か煮魚になるわね、普通」


 そこにジュンケイが現れた。

「いかがされましたか? 何かお口に合わない料理でもありましたでしょうか?」


「あ、ジュンケイさん。いまテーブルに出されている生魚の料理が珍しいっていう話なの」

 ミサキがジュンケイに説明する。

「ああなるほど。当宿の料理人3人のうち1人がニシノベ島よりさらに南にある、ウミドリ島っていう離島の出身でございまして。その島では魚を薄く切って、大豆からつくる醤という調味料と、きれいな湧き水の傍にしか生えないとされる山葵なる植物の根をすったものを混ぜたタレにつけて食べるというのです。ホーエンにはあまり生魚を食べる習慣はないのですが、料理人の自慢の料理をということでしたので、お出ししてみたのですが……、お気に召しませんでしたでしょうか?」


「いや、その逆ですね。あれ見てください」

 ミサキが示したその先には、活造りのまん前の一番取りやすい席に陣取り、すでに醤と山葵を混ぜ始めてワクワクしている敏文の姿があった。 

 


 食事がすすむと、珍しく酒がすすんだ敏文が上機嫌になっていた。サラを捕まえて楽しそうに米酒を飲んでいる。

「すいませーん、この烏賊のゲソを天ぷらにしてくださーい。あと、鮃の骨を唐揚げに!」


 それを見たブンゾーが思わず呟く。

「ま、あれで昼間の事も忘れちまうだろうな」


「え、なに? 昼間のことって? なにかあったの?」

 隣にいたアヤメが聞くとブンゾーは昼間の出来事を傍にいるアヤメとハル、ミサキに話して聞かせた。


「そうですか。どの童女様にお会いしたのですか?」

 ハルがブンゾーに尋ねる。

「えっと、西の童女と北の童女って言ってたな。童女って言うだけあって2人とも子供だ。ぶつかってケーキのクリームがべっとりついたからってそう大したことじゃないさ」


「もしかしてトシフミ……」

 アヤメが少し考え込んでいる。

「どうしたの? アヤメ」

「うん、あのね。多分トシフミは自分の娘さん達のこと思い出したんじゃないかなぁって思って」

「向こうの世界に2人いるんだったな。」

 ブンゾーの言葉にアヤメが頷く。

「ハルやミサキに会う前の話なんだけどね。ニシノベでハカタンに向かって進んでいたときに、街道を進んでいた定期馬車が野盗に襲われているのに出会ったことがあるの。私たちは護衛の依頼を受けていたからトシフミだけが先に助けに行ったんだけど、着いた時にはその乗客の女性と小さな娘さんが殺されていてね……」

「ああ、あったな。それで怒ったトシフミが野盗17人を10秒で切り殺しちまった。」

「10秒っ!」

 ハルが驚く。

「ああ、ただその後トシフミはえらい落ち込んでな。その時初めてこの世界で人を殺したからなんだが、多分殺された娘さんに自分の娘の姿が重なったのもあると思うんだわ。怒りのあまり冷静さを失ったみたいだ」

「そんなことが……」


「今回は殺されたり襲われたりしたんじゃないけど、童女様の子供らしい姿に娘さんたちを思い出したんじゃないかなって。その反動かな、いつもより妙に明るいよね」

 アヤメの言葉にブンゾー、ハル、ミサキが敏文の方を見ると、今度はアオイに絡んで楽しい酒を飲んでいた。アオイも苦笑いしながら付き合っている。


「ま、あまり周りが変な気を回さねえほうがいいな。一緒に明るく騒いでやったほうがいい」

 そう言うとブンゾーは立ち上がり、米酒が入った小瓶をもって敏文の傍にいく。

「私もっ!」「それじゃ私も」

 ハルとミサキが後を追う。


「おう、トシフミ。ご機嫌じゃねぇか。俺とも飲もうぜ」

「私も付き合いますよっ」

「ハイ。トシフミどうぞ」

 ミサキが敏文のグラスに米酒を注ぎ足す。


「おー。ブンゾーにハル、ミサキじゃねぇかぁ。いいよぉ。飲もうぜっ! グラス出しなっ」

 敏文はブンゾーとハル、ミサキのグラスに並々と米酒を注ぐと叫んだ。

「旨い魚と、酒と、ホーエンにかんぱーい! うへへ」



 入れ替わりにに今まで敏文の傍で付き合っていたサラがアヤメの傍にやってくる。

「お疲れ様。ずいぶん絡まれてたね」

 アヤメの言葉にサラは笑って言う。

「いいのよ。トシフミが明るくご機嫌に飲むならね。あ、でもミヤザの時みたいな飲んだくれの集まりみたいになるのはやだなぁ……」

「その時は私たちが頭を叩いて、みんなで布団に放り込みましょ」

「そうね。ふふふ」

 



 その日の夜中。

 敏文が起き上がると、いつの間にか自分の布団で寝ていた。

 隣ではブンゾーがいびきをかきながら寝ている。


 敏文はふらふらと立ち上がり、サイドポーチを手に取ると自分達の部屋を出て、庭に下りていく。

 そして、少し歩いて庭の小路に置かれていた石のベンチに腰を下ろした。そこは、目の前に灯篭と小川、そして池がある。

「ふう。米酒飲んだからかな。醸造酒は残るんだよな……」

 そう言うと敏文は水の上級魔法《水解》で体のアルコールを抜いていく。


 徐々に頭がすっきりする中で、敏文は水面に写る月を眺めていた。そして空を見上げて今度は直接月を眺める。

「ふう」


 するとそこに別棟の部屋からサラが庭に降りてくるのが見えた。近づいてきたサラは言う。

「どう? 酔いは醒めた?」

「ああ。済まなかったな。一人で勝手に出来上がっちまって」

「いいのよ」

 サラも敏文の隣に腰掛ける。


「……何かあったの?」

「ん?」

「いや、いつものトシフミと少し違うなぁって思って」


「……サラには判っちまうか」

「話せないこと? 話せることなら聴くよ」

「いや、サラなら話せるかな……」


 少しの間沈黙が続く。サラは敏文が話し出すのを待っていた。


「恵美が再婚するそうだ……」

 敏文はそう言うと、サイドポーチからスマートフォンを取り出す。


「えっ」

 サラは口に手をあてて驚く。

「こいつで送られてくる内容が本当なら向こうではもう2年半以上経っている。3回忌も済んで、俺の両親や向こうの両親からも勧められたらしい。俺も会ったことがある恵美の幼馴染が娘2人の父親になると言ってくれたんだそうだ。だから、彼に悪いからもう俺にメールを送るのを止めると言って来た」

「そんな。まだ私達、こっちに来てから3ヶ月経ってないのに……。それにいつ?」

「メールに気がついたのはおとといの夜見張りをしている時だ。多分こっちの1ヶ月が1年なんだろうな……。嘘だと思いたい。こんなのだれかの悪戯だと。でもさ、あまりに内容が具体的過ぎるんだよ……。だってさ、恵美の幼馴染の名前まで合ってるんだぜ」

「トシフミ……」


 敏文は両手で頭を支えながら、がっくりと項垂れると大きくため息をつく。

「前にさ、俺は何がなんでも帰るってサラに向かって言ったよな」

「ええ」

「だけど、他人の妻になった恵美の前に、なんて言って現れればいいんだ? 帰ってきたからもう一度一緒に暮らそうとも言えない。折角俺がいない苦しみから立ち直って前に進もうとしているのに。すぐに帰れるなら止められるかもしれない。でも、今は無理だ。手がかりすらない」

「……」



「俺は弱いな。くよくよして……。なんとか空元気で頑張ろうと思ったんだけど、今日昼間にさ……」

「童女様の話?」

「ああ、ブンゾーから聞いたのか。そう、あの娘達を見てたら思い出しちまってな。で、この有様さ」

 敏文は大きくため息をついた。


「ねぇ、トシフミ。このメールの内容、本当かどうかわからないじゃない。悪戯好きの神様がトシフミに意地悪しているのかもしれないし」

 そう言うとサラは敏文の膝に手を置く。


「ああ」

「だから、今は出来る事をしましょう。今諦める事ないもの。探して、一生懸命探して帰る方法が見つからなかったらその時。帰れたとして、奥さんが本当に再婚していてとても一緒に暮らせないというならそれもその時。誰も知っている人がいない未来についちゃったらそれもその時。もし辛い結果だったとしても、その時は私も一緒に泣いてあげるから」

「サラ……」


「私も一緒にいるよっ!」

 その声に敏文とサラが振り返ると、そこにはアヤメの姿があった。

「そこに私達もいてもいいと思うんだけど。ダメ?」

 ミサキ、アオイ、カオリ、シオリの姿もある。


「その、えと、私もトシフミを支えたい……。私にも支えさせてほしい……」

 顔を真っ赤にしながら、寝る前だからか首飾りを外して元の姿になっているナツキも言う。


「トシフミ。私はあなたにデュアルヘッドから守ってもらいました。その恩返しをしなければなりません。私に出来る事があるなら、私にも……」

 ミシェルもそこに立っていた。


『僕らも忘れてもらったら困るからね』

『トシフミの行くところに私達ついてくんだから忘れないでよね』

 コウ達も敏文を励ます。


「みんな……。ありがとう。本当にありがとう……」

 敏文は涙を一筋流す。


「なんだか不思議。いつも規格外に強くて頼りがいがあるからついつい甘えちゃって」

「私達にもトシフミの思いを聞かせて。私達も頼って。お願い」

 アオイとカオリがそう言う。


「と・こ・ろ・でっ! サラってばずるいっ! またそうやって大事なところでトシフミを独り占めはなしっ!」

 アヤメがプリプリ怒っている。

 


「別にそんなつもりじゃなかったんだもん。誰かが庭に出る音がしたからトシフミかなぁって……」

「そ・れ・で・もっ! そう言う時はみんなでっ!」


「おいおい。ケンカはなしにしてくれよ。みんな夜遅くにすまなかった。本当にありがとう」


「さ、部屋に戻りましょう」

「ああ。みんなこれからもよろしくな」

 敏文のその声に8人は同時に応えた。

「こちらこそっ!」





最後まで読んでくださってありがとうございます。



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