第51話 再会 ※
2週間ぶりに投稿します。
仕事が立て込んでしまって……
よろしくお願いします。
午前中もだいぶん日が高くなった時間。クラウは宿を出て冒険者ギルドに向かっていた。
『レスティ。今日ギルドでキュカに会ったとしても、外には出してあげられないぞ』
『しかた、ないよね。わかってる』
この時間の冒険者ギルドは空いていた。
ギルドの中に入ると、クラウはすぐに手持ち無沙汰にしていたキュカを見つける。
「あ、クラウさん。今日はどうかしましたか? 何か必要な情報でも?」
キュカは笑顔でクラウを迎える。
『キュカ! 4年たっても変わってないわ』
クラウの中でレスティが久し振りに見る友人の姿に声をあげていた。
「あ、いや、そうじゃないんです。お受けしていたバルファンさんの家にいる霊の件、解決したのでその報告に来たんですけど」
クラウがそう説明すると、キュカが驚いて確認する。
「え。なんですって?」
「あ、ですから、解決したのでその報告なんですが……」
キュカは驚いて固まったままだ。
「そんな、今まで結構な人数の冒険者が依頼を受けて全員失敗してたのに……」
その表情にクラウの中のレスティが何やら一人で言い訳をしていた。
『だって、来る人来る人、皆悪霊退散ってやって来るんだもの。だからご退場願ったの。中には銀の杭とか、ニンニクとか、あたしのことなんだって思ってたのかしらね』
キュカはクラウに尋ねる。
「あなた、黄色に成り立てなのにどうやって……」
「どうやってって。ファントムだって聞いたんで、お話を聞いて、亡くなったって事実を伝えて、理解して頂いただけですよ。ファントムって何かの思い出なんかでその場所に縛られていて自分が死んだことを理解できずにいる霊のことだって聞いたことがあったものですから」
「…………。わかりました。ギルドの調査員に確認して貰いますので。今日の午後また来ていただいてもいいですか?」
「あ、そう言えば、セレスティーナさんから伝言があります。3階の元々彼女の寝室だった部屋の壁にキュカさんへのメッセージが有るそうです。確認してみてください」
「え、私あて?」
クラウがそう伝えるとキュカは驚きつつも依頼の完了確認の手配を始めた。
「じゃあ、採取かなにかの依頼をこなして、夕方また来ることにしますよ」
クラウはそう言うと黄色の掲示板を確認して、幾つか対象となる薬草や動物の名前を確認した。
「では、夕方また来ます」
◇◇◇◇◇
クラウはロンディールの街から程近いグラナルの森を目指す。
この森には狩猟依頼の対象となるアシジロキツネやオナガテン等の毛皮が売れる動物や、薬剤の元になるキノコや薬草が自生する場所があった。
クラウはここでレスティやボリスがどのような戦いが出来るのか試しておきたい気持ちも持っていた。
「森に入って獲物を確認したら、レスティとボリスに狩ってもらおうと思うんだがいいか?」
『うん。やってみる』
『わかった。アシジロキツネとオナガテンだったな。やってみよう』
歩きながら、クラウはレスティと声を出さずに会話する。
『レスティ。動物を狩ることに抵抗はない?』
『うーん。まったくないわけじゃないけど、でもこれからいろんなことあるかもしれないし。それくらいできないとクラウと一緒に行けないよね……』
『ああ、多分。時には人だって殺さなければいけない時だってある。オレはそれが出来なくて、ヤシュトの人に犠牲を出してしまったからな。2度とそんなことはゴメンだ。だから、殺ると決めたら殺る』
『うん。そうだよね。私は今まで医者の家に生まれて、助けることばかり考えてきたわ。でも……考えてばかりじゃだめね。まずはこれから試してみる』
森に入って、しばらくしたところでクラウの気配探知に動物が2頭ひっかかった。
『いたぞ。アシジロギツネだ。1頭はレスティが、もう1頭はボリスが仕留めてくれ。やり方は任せる。ここは暗がりが多いし、何処から出てもいいから』
アシジロギツネはその名の通り4つの足の先だけ白い毛で体が茶色の毛をしたキツネだ。毛皮の肌触りが良く高値で売れる。
森にはうっそうと樹木が生えていて、かなり薄暗い。それが逆にレスティ達が動きやすい状況を作っていた。
『……私、こないだ言ってた影の中からの……試してみるわ』
『よし、じゃあレスティ。いこうか』
ボリスの声にレスティが応じる。
『うん』
クラウはその場で待機する。
レスティとボリスが地面の暗がりを伝って2頭に近づく気配がクラウには感じられていた。
するすると近づいていくレスティとボリス。
アシジロギツネが何か違和感を感じたんだろう。ビクッとして立ち止まると耳をそばだてて周りの気配を探ろうとしていた。
風が木の葉を揺らす音だけが辺りに響いている。
そして、辺りをうかがっていた2頭のアシジロギツネが足元の異変に気がついて飛び上がって逃げようとしたその時だった。
突然、地面の暗がりから周囲の風とは異なる風の刃が1頭を襲う。アシジロギツネは気がついて避けようとしたのだが、避けきれずにその刃を首下の柔らかい部分で受けてしまった。
アシジロギツネの首から血しぶきが撒き散らされる。
その瞬間、もう1頭はその場を逃げ出そうといままで歩いて来た方向を向いたのだが、その下の地面からボリスの鼻先が現れたと思ったら、次の瞬間にはアシジロギツネの首を咥えたボリスの姿がそこにはあった。
その強靭な顎の力で、アシジロギツネの喉をしっかり咥えて窒息させている。
「なるほど、影から静かに近づいて一撃必殺の方法で攻撃する遣り方か……」
そうつぶやいているクラウの元に、アシジロギツネを咥えたままのボリスと、治療の魔法を使って首の止血をしたアシジロギツネを抱えたレスティが戻ってきた。レスティが抱えているキツネはもう事切れている。
「2人とも、凄いな」
クラウの言葉に2人は首を振る。
「でも、私気が付かれてたみたい。ビクッとして逃げ出そうとしてたもの」
「そうだな、わしもまだまだけはいをけしきれていなかったようだ。くんれんがひつようだな」
「私もっと自分の気配をしっかり消さないと。相手が気がつかない内に終わったほうがいやな思いをしないですむかもしれないし」
ただ、そう言いながらも、レスティの頬からは動物を殺したことへの悲しみからか一すじの涙が流れていた。
「レスティ。やっぱり動物を殺すことが悲しい?」
「嬉しくはないわ。でも、必要なら仕方ない。慣れないといけないよね……」
レスティは自分の涙を手でこすって拭いていた。
その後、レスティとボリスは気配を消す訓練を兼ねて、依頼にあった分の森の動物達を仕留めていった。そして、夕方近くになる頃には、ずいぶんと気配を消すことが上手くなっていた。
「なんとか、気がつかない内に仕留めることができるようになってきたわ……。でも、たくさんの命を奪ってしまった……」
その表情は冴えない。
「よし、今日はここまでにしよう」
クラウはレスティを気遣う。
「レスティ……。大丈夫か?」
レスティは明らかに表情にいつもの明るさがなく、疲れきった顔をしていた。
「少し……疲れたな……」
「影に入るといい」
「ありがとう。そうするわ。ボリスもいらっしゃい」
レスティとボリスはクラウの影の中に入っていった。
「じゃあ、ギルドに戻ろう」
クラウはそう言うと森の中をロンディールへ戻っていった。
◇◇◇◇◇
ギルドに着くと受付は混雑していた。クラウはキュカに来ている事を顔を見せることで知らせる。
クラウの姿を確認したキュカは頷いて返した。
それからしばらくして漸く受付が空いてきたのでクラウはカウンターへ向かう。
「ごめんなさい。お待たせしてしまって」
「いや、こちらも忙しい時間に来てしまって」
クラウは先に今日の獲物をカウンターへ乗せる。
「これ、今日の分」
「わかりました。ねぇ、エレーヌ! こちらの鑑定頼んでもいい? 私クラウさんと別件があるから」
「ええ、キュカ。いいわよ」
キュカはカウンターに置いた依頼品の鑑定を同僚に頼むと、クラウを別室に連れて行く。
「こっちへ」
部屋に入ってドアを閉めると、キュカはクラウに席を勧めてその向かいに座る。
「バルファンさんの家の霊ですが、ギルドでも確認ができました。確かにもうあそこにセレスティーナの霊も、ボリスの霊もいないようです。依頼の完了になります。で、こちらが報酬になります」
キュカはクラウに依頼報酬の入った袋を渡す。
「それとメッセージは確認しました。教えてくれてありがとう。これまでギルドに手間をかけたことや私への感謝の言葉が書いてありました」
そう言うとキュカはクラウに頭をさげた。
「これでレスティが気持ちを静めてゆっくりと眠ってくれたらいいんだけれど」
そう言うキュカに対してクラウは尋ねた。
「ところで今回の依頼は元は誰からのものだったんですか?」
「直接の依頼は左隣の家を持っている人からなの。霊が隣の家に出るって言うことでご夫人が精神的にダメージを受けてしまったみたいで。今はロンディールの別の場所に住んでいるわ」
『え、エマおばさんが……そんな……私のせいで……』
クラウの中のレスティが動揺している。
「今はあの家は誰が?」
「家自体はアレハンドロさんの名義のままよ。本当はあの家は借金の担保になっていてね。アレハンドロさんが行方不明になった時点で、まだ残っていた借金の代わりに売られそうになっていたの」
『そんな、借金なんて……』
レスティが驚いている。
「借金があったんですか?」
「ええ、アレハンドロさんは貧しい人からはあまりお金を取らずに面倒を見ていたみたいだし、お弟子さん達の給料も必要だったから……」
『知らなかった! そんなこと一言も……』
レスティは父親の見えないところでの苦労を初めて知った。
「ところがね、アレハンドロさんのお弟子さんでロドリゴさんという人が師匠が戻った時に家がなかったら悲しむからって、申し訳ないって言いながらも、残っていた家財を売って、それでも残った借金についてはこの街で医者をしながら、残りの負債を返すからってがんばっていて」
『そんな! ロドリゴが!』
レスティにとっては驚きの連続だった。
「じゃあ、もし、アレハンドロさんが戻ったら、家はアレハンドロさんに戻るわけですよね」
「それはそうだけど、今は行方不明でどこにいるかもわからないんじゃね。それとも、どこにいるか知ってるの?」
クラウは一瞬、言いかかったがすんでの処で思いとどまった。なぜだか言うべきではない気がしたのだ。
「いえ、死んだんじゃなくて行方不明だって聞いたから」
「そう」
キュカは俯くクラウを見て微笑んで言った。
「でもあなたのおかげで、依頼主もやっと家を売ることができるしよかったわ」
キュカはそう言うと立ち上がる。
「このあとカウンターに寄って。今回の依頼完了の記録と、今日持ってきてくれた獲物の記録と報酬を渡すから」
クラウは打ちひしがれている雰囲気が伝わるレスティのことを気にかけつつ、立ち上がった。
「わかりました。じゃあ、カウンターに向かいます」
「ええ」
クラウがカウンターに向かうと、先ほど獲物の確認を引き継いだエレーヌという女性が待っていた。
「クラウさん。こちらにどうぞ!」
エレーヌは長い黒髪を両耳の後ろで束ねてめがねをかけている女性だ。
「はい、今回の依頼報酬です。ちゃんと確認してください」
ふとカウンターの向こうを見るとキュカが誰かと話している。こちらには意識が向いていないようだ。
「ありましたか?」
「あ、ええ。確かにいただきました。では、ありがとうございました」
エレーヌの言葉にはっと気がついたクラウは礼を言うと、カウンターを離れギルドを後にした。
クラウはギルドを出ると、《三毛猫のうたたね》に向かって歩き出した。
「今日はもう遅い。ウェスカスへは明日向かうことにしよう」
レスティからは返事がない。
「レスティ?」
『え、あ、何?』
「今日はまたこの街で泊まって、明日ウェスカスに向かおうと思うんだけどそれでいいか?」
『あ、ええ。わ、わかったわ』
クラウはレスティの様子を気にしながらも、宿に向かって歩いていった。
食事を終え、またあの狭い宿の部屋に入った時、レスティは昨日のようにはしゃいで出てこようとはしなかった。
『レスティ?』
クラウが呼びかけると、弱々しい反応が返ってくる。
『ん? なにかしら……』
クラウは躊躇いながらもレスティに外に出るように促す。
「レスティ、出てきてくれないか」
その表情を見ながら話をしたいと思ったからだ。
「レスティ。大丈夫か?」
出てきたレスティの表情は明らかに沈んでいる。
「うん。いや、うううん。結構ショックを……」
「それは、家の借金のこと?」
「それもそうだけど、それをロドリゴが引き受けてくれていることや、隣のエマおばさんが私のせいで体調を崩していたこと。私があそこに残っていたことや父が行方不明になっていたことで、いろんな人に迷惑がかかっているんだと思うと……」
「でも、それはレスティだけのせいではないし、そもそもレスティだってあそこから動きたくても動けなかったんだから」
「それはそうだけど……」
「ところでロドリゴって人はレスティもよく知ってるの?」
「……ええ。父の弟子達の中でもても誠実・実直で医者としても有望な人なの。私がこんなことにならなければ父は私の相手にって考えてたみたい」
「そう、なんだ……。レスティはどうだったの?」
クラウは複雑な気持ちで聞いていた。
「うん。もし父がはっきりロドリゴとって言っていたら、受けていたと思う。断る理由がない本当に頼れるいい人だったもの」
「そうか……」
「…………あれ、もしかして妬いてくれてる?」
レスティは沈んだ表情の中にも僅かに微笑みながら尋ねる。
「え、いや、別に……」
そう言いつつも顔を赤くするクラウを今朝ギルドを出たときから初めてはっきりと笑顔になったレスティが見た。
「ありがとう。クラウ。こんな私に気を使ってくれて」
クラウはそこでレスティに提案をする。グラナルの森から帰る途中からずっと考えていたことだ。
「なぁ。レスティがもし、人や動物を殺めたりすることに抵抗があるなら、やらなくてもいいよ」
「でも、それじゃあ、私、使い魔としては失格なんじゃ……」
「治療や防御、それに昨日見せてくれた相手を動けなくする技とか使ってくれたら助かる。それで十分だから。オレにはレスティが動物の命を奪うたびにレスティらしい明るさが失われていくように見えた。レスティに苦しみを味わせる事はオレの本意じゃない」
「…………クラウ。ありがとう。やっぱり私、命を奪うことに抵抗が……。ごめんなさい」
レスティは頭をさげた。
「いや、いいんだ。それでレスティがいつものような天真爛漫なレスティに戻ってくれるのならそれが一番嬉しいから」
クラウは本心からそう答えた。
『そのぶんは、わしがはたらこう。レスティ』
ボリスが影の中から言う。
「ありがとう。クラウ。ボリス」
レスティは、少しだけ元気を取り戻したようだ。
「明日は早くにここを出てウェスカスに向かおう。今日はもう休もうか」
「うん」
「どうする? 昨日みたいにそこで浮かんでやすむ? それとも影の中にはいるかい?」
「今日は影の中に入るわ。なんだか昨日はずいぶん迷惑かけたみたいだし」
そう言うとレスティはクラウの影の中に入っていった。
「お休みレスティ」
◇◇◇◇◇
翌日早朝に宿を発ったクラウは、街道を西に向かって戻っていた。
途中、歩きながらクラウはレスティに尋ねた。
「レスティはキュカとはどれくらい親しかったの?」
『学校でお昼を一緒に食べたりする感じかしら。大親友とまではいかないけれどそれなりに親しかった友達の一人かな。たまに家に遊びに来てお父さんの弟子たちと話していたみたいだけど』
「そうか」
『どうしたの? 急にそんなことを聞いて』
「いや、何となく……」
『ふーん。そう』
クラウは何だか胸騒ぎがしていた。何かがおかしい。でもそれが何なのかがはっきりわからない。
クラウは気配探知を使ってみたがここは街道だ。同じ方向に向かう人間なんて山ほどいる。
こちらに害意のある人間かどうかなんてわからない。
(なんだ? 何が引っ掛かるんだ?)
今のところクラウにもよくわからない。
(わからなければ、今考えても仕方ないか……)
クラウは、考えることを止め、街道を進んでいった。
◇◇◇◇◇
翌日、夕方近くに漸く目的のウェスカスが見えてきた。
「レスティ。ウェスカスに着いたぞ」
『ここにお父さんがいるのね』
「ああ」
『でも、記憶喪失なんでしょ。私のことわからなかったらどうしよう……』
レスティは不安気だ。
「その時はまた方法を考えよう。少し暗くなってからの方がいいのかな? レスティの姿を見せるのは……」
『確かに昼間明るいときよりは、人がいないときの方がいいのかも』
少し歩くとパオラのカフェが見えてきた。
「あの店だよ。レスティ」
『あ、思ってたよりオシャレ……』
何だかレスティが失礼な感想を漏らしていたが、それは置いてクラウはパオラに声をかけた。
「やあ、パオラ」
パオラは少し驚いた表情を見せる。
「あれ、クラウじゃないか。どうしたんだい。もう戻って来たのかい?」
「ロンディールの仕事が終わってね。またここに来たんだ」
「そうかい。あ、そんなとこに立ってないで座んなよ」
パオラの勧めるままにクラウはテラスにあるテーブル席に腰を下ろす。
「今日はエドゥじいさんはどうしたんだい?」
クラウは店の奥に入ったパオラに尋ねる。
「たぶん、散歩じゃないかな。大丈夫だよ。いつも少ししたら帰ってきていつもの席に座るから」
「そう。あ、じゃあ、こないだと同じレモンジュースを1杯くれない? よく冷えたやつ」
クラウがそう頼むとパオラが店の奥から返事をする。
「はいよ。ちょっと待ってな」
クラウは席について通りを眺めるとレスティが呟いた。
『エドゥじいさんというのが……』
『ああ。ここではそう呼ばれているよ』
『お父さん、じいさんなんて呼ばれる歳じゃ……』
クラウは少し躊躇ったがレスティに説明する。
『たぶんそれだけレスティを失ったことがショックだったんじゃないかな。オレも最初に本当のアレハンドロさんの年齢を知った時は驚いた』
『そんな……』
その時、通りの向こうからとぼとぼと歩く年配の男性がやって来た。
『レスティ、あれがエドゥじいさんだ……』
『!』
レスティが息を呑む気配が伝わる。
『お父さん……。あんな姿に……。ごめんね。私があんなことにならなければ……。イヴァンに一人でついていったりしなければ……。うっ、うっ……』
レスティが泣いていた。クラウの中で感情を抑えきれなくなっている。
エドゥじいさんは、そんなレスティの状況を知ることもなく、クラウにも見向きもせずに、いつもの席について、やつれたままの姿でまた通りをぼぉっと眺めている。
その時、パオラがレモンジュースを持ってやって来た。
「あら、エドゥじいさん帰ってきたの。この人がね、クラウって言うんだけどね、あんたと話したいんだってさ。ねぇ、聞いてんのかい?」
エドゥじいさんに反応はない。
「ふう。いつもこの調子だからね。ま、仕方ないさね」
パオラはそう言うと苦笑いした。
「残念だな。少し話してみたかったんだけど」
クラウは両手を広げてそう言った。
するとパオラは少し考えてこう提案してきた。
「なら、今夜家に泊まんなよ。元々このカフェは宿をやってた建物でね。2階はその時のつくりのままになってるのさ。時々知り合いを泊めたりするからちゃんとベットメイクもしてあるし」
「え、本当に? それは助かるけどいいの?」
クラウにとっては渡りに舟の状況だった。
「ああ。エドゥじいさんと二人だと食事も会話にならなくてね。あんたさえよけりゃ歓迎するよ」
パオラはそう言うと笑って奥に入っていった。
◇◇◇◇◇
暫くして日も落ち、カフェを手仕舞ったパオラは、奥のキッチン兼食堂に戻ってきた。そして、夕食の準備を始める。
エドゥじいさんはいつの間にか食堂のテーブルに座っていて何か独り言を言っている。
「今夕食を作っちまうからね。テーブルで少し待ってなよ」
クラウもエドゥじいさんの向かいに腰掛けた。
『お父さん……』
レスティはまだ辛そうだ。
『食事を取り終わったところで、パオラも交えて話したほうがいいと思う』
『……そうね。わかったわ』
クラウの話にレスティも同意する。
少しすると部屋にはいい匂いが満ちてきた。
「さあ、できたよ」
パオラは手際よく料理を並べていく。そして自分も席につくと、グラスにハーブティを注ぐ。
「さ、食べよう」
食事の間、エドゥじいさんは何も話さない。黙々と食べ物を口に運んでいる。その代わりにパオラが話し出す。
「クラウ。ロンディールではどんな仕事をしてたんだい?」
「ああ、ギルドの依頼をいくつかこなしていたんだ。森で動物を狩ったり、薬草を採取したりとかね」
「それなら、べつにロンディールじゃなくてもよかったんじゃないのかい? クラウは何でロンディールに向かったんだい?」
クラウは食べ物をハーブティで押し込みながら話す。
「ああ、もともとロンディールが目的地じゃなかったんだよ。オレはロマニールに向かおうと思っててさ。その途中によっただけだったんだ。だから難しい依頼じゃなくて、途中で受けられるようなものを受けていてさ」
「あれ、じゃあなんでウェスカスに戻ってきたんだい?」
パオラが当然の疑問を投げかける。
「ちょっと事情があってね。ちょうどいいから食事をしながらだけど、聴いてくれるかい?」
「ええ、いいけど。あたしでいいのかい?」
「ああ、それとエドゥじいさんもだな。2人にも関係がある話だ」
「え? 私たちにも関係あるのかい?」
パオラは事情が飲み込めず不思議そうな顔をしている。
『レスティ。いいか。これから今までの事情や、アレハンドロさんのことをオレが話す。オレが頼んだら影から現れてくれ。それまで待っててくれるか?』
『……わかった』
「実はロンディールの街で、オレはある行方不明者の話を聞いたんだ」
「まさか、その行方不明者って……」
「ああ、エドゥじいさんのことだ。最もロンディールで行方不明なのはエドゥという名の人物ではないんだ。その人の名はアレハンドロ=バルファン。今は47になるロンディールで医者をやっていた人だ」
「じゃあ、エドゥ……いやこの人はお医者さんだったのかい! …え、47歳? …見えないねぇ。あ、じゃあロンディールでだれか家族が探してるんじゃないのかい! すぐに知らせなきゃ」
パオラが立ち上がって言う。
エドゥじいさんは相変わらず独り言をつぶやいていてこちらの話には反応していない。
クラウは首を振って答える。
「このアレハンドロさんには直接の家族はもういないんだ。」
「えっ! そんな!」
パオラは驚いている。
「ロンディールで医者をしていた時、アレハンドロさんには一人娘がいたんだ。とても綺麗な娘さんでアレハンドロさんにとっては自慢の娘だったそうだよ」
「じゃあ、その娘さんは……」
「ああ、4年前にある出来事で亡くなってしまったんだ。アレハンドロさんはそのときのショックで記憶をなくしたらしい」
「そんな……」
パオラの表情が悲しげなものに変わる。
「あることから大怪我をして意識が無くなった娘さんの治療にあたっていたアレハンドロさんは、娘さんの為に薬を調合して与えようとしたらしいんだ。ところが、薬を与えられた娘さんはそのあとに亡くなったそうだよ」
「じゃあ、この人はそのことを自分のせいだと……」
「そうだろうね。それでショックから記憶を無くしてしまったんだと思う。そして、誰の葬儀かもわからず娘さんの葬儀に出たあと行方がわからなくなったらしい」
パオラは両手を口に当てて驚きを隠せない。
「そんなことが……それは辛い思いをしたんだね……」
パオラはエドゥじいさんの肩に手を当てて語りかけていた。だが、エドゥじいさんは相変わらず自分の世界に入ったままだ。
「でも、実は違う投薬をしたのはアレハンドロさんじゃなかったんだよ。そして、その投薬をした人間は娘さんが大怪我をする原因を作った人物と同じ人間だった」
「えっ。じゃあ、娘さんは事故じゃなくて誰かに殺されたのかい……」
クラウは頷く。
「じゃあ、この人は自分の娘を喪ったばかりか、それを自分のせいだと思い込んでこんな姿になったって言うのかい。そんなひどい話が……」
パオラは涙を流していた。そしてエドゥじいさんを抱きしめる。
「クラウ。そんな話をどうやって知ったんだい?」
パオラはエドゥじいさんを抱きしめたままクラウに尋ねる。
「その事情を理解できたのは、ある依頼をロンディールで受けたからなんだ。アレハンドロさんの家に留まる娘さん、セレスティーナさんの霊を鎮めるという依頼をね」
「じゃあ、娘さんの霊は4年もずっと……」
「ええ、いなくなったお父さんの帰りを待ってずっと留まっていたようです」
「そんな……そんなことって……」
パオラはもう涙を止めることが出来ない。
「それで、その娘さんの霊はどうなったんだい……」
「……彼女の霊はまだこの世界に留まっています。今もここに……」
「えっ、ここにいるのかい!」
パオラは慌てて辺りを見回す。
「レスティ、姿を見せてくれるかい」
クラウがそう言うと、テーブルの灯りに照らされたクラウの背後の影からレスティが姿を現した。
「……あぁ、なんて綺麗な娘なんだい……。あんた、こんな娘がいたのかい!」
レスティの美しさに驚きつつパオラがエドゥじいさんに声をかけると、エドゥじいさんの虚ろだった表情が初めて驚きのものに変わっていく。
「……あ、……あ、レ……レスティ……な……の……か……」
「あんた、記憶が!」
驚くパオラの声が響く。
「お父さん……ごめんなさい……私のせいで……お父さんがこんなことに……本当にごめんなさい……」
レスティはアレハンドロに近づく。
パオラは少しだけアレハンドロから離れてそれを見つめていた。
レスティはアレハンドロの肩に手を置くとそのまま抱き締めた。
「……ああっ。レスティ、済まない、済まないっ。私が薬の調合を誤らなければこんなことには……私が、私がっ!」
そう言ってアレハンドロは嗚咽を漏らす。
そんなアレハンドロを抱き締めたまま、レスティは優しく語りかける。
「お父さん、違うの。お父さんのせいじゃなかったの。私をサンミエールの崖から落としたのも、私に薬を投薬したのもイヴァンなの。私はイヴァンに殺されたのよ。だからお父さんのせいじゃない……」
「な、イヴァンだ……と。私は娘を殺そうとした男に、最後を託してしまったのか……。なんてことだ……」
アレハンドロは頭を抱える。
「イヴァンはずっと私に言い寄っていたわ。でも、私は彼の金持ちばかりを大事にする姿が嫌だったし、お父さんがそんな彼の姿に頭を痛めていたのも知ってた。だから彼を選ぶなんてあり得なかった。でも、彼は諦めなかった。歪んだ形で私に交際を迫ったの。サンミエールの崖に落ちていたピルロを助けるのと引き換えに私に交際をしろと」
「あ、あいつはそんなことを……」
アレハンドロは驚きを隠せなかった。初めて娘が大怪我をした事情を理解したからだ。
「彼は自分が用意したロープで自分がピルロを助けるからそしたら自分と交際するように言ったわ。私は自分の思いを遂げるためにピルロを巻き込んだ彼が許せなかった。だから自分で助けると言って私がロープで崖をおりようとしたの。そしたら彼がロープを……」
「なんてことだ……いくら彼が医療に対して少し歪んだ考えを持っていると言ってもまがりなりにも医者のはしくれだ。いつかはわかってくれると思っていた私が間違っていたのか……」
アレハンドロは椅子に座ったまま頭を抱えている。
「お父さん……」
レスティはアレハンドロを励まそうとする。
「でも、お父さんの記憶が戻ってくれてよかった。4年もの間ここでこうしているなんて私には想像もできなかったわ」
「本当によかったよ。エドゥ……あ、今からはアレハンドロって呼ばなきゃいけないねえ」
パオラはそう言ってアレハンドロの肩を叩いた。
「ああっ、パオラには大変な迷惑を……なんてお詫びしたらいいか……」
アレハンドロは恐縮しきりだ。
そんなアレハンドロを見てパオラは流した涙の跡を隠そうともせず、笑顔を見せている。
「いいんだよ。元々旦那に先立たれて独り身でカフェをやってたんだ。あんたの世話をすることで気が紛れる時もあったしね。気にしないでおくれ」
「ありがとう。パオラ。君にはいくら感謝してもしきれない。本当にありがとう」
アレハンドロはそう言うとクラウの方を見て言う。
「えっと君は……」
「彼はクラウという冒険者なの。彼がロンディールの家でファントムになっていた私を助けてくれたの。そしてここにお父さんがいることも教えてくれたわ」
クラウの代わりにレスティが説明するとアレハンドロは驚いた表情を見せる。
「そうか、君には世話になったようだね。ありがとう。ところでどうして私がアレハンドロだとわかったのだ?」
「実はオレには他人の記憶を見ることができる力があります。先日こちらを最初に訪れた時にあなたのことを聞いたオレはあなたが誰なのか理解するためにあなたの記憶を少し見せて頂いたのです。すると、ロンディールで医者をされていた事がわかりました。ただ、同時に記憶を無くされた経緯も。あまりに辛いご記憶だったのでそのままにしておいた方がよいだろうと最初は思ったのです」
「そうか、君にまで辛い思いをさせてしまったな……」
「いえ、ですがロンディールの冒険者ギルドであなたの家にいるファントムを鎮める依頼がされていて。それがセレスティーナだとわかったのでオレが見せてもらった記憶が役に立つかもしれないと思って依頼を受けたのです」
「そうだったのか」
アレハンドロは立ち上がるとクラウのところにやって来てその両手を取り深く頭を下げた。
「君がいなければ私達親娘は救われない状態のままだっただろう。本当にありがとう」
「ねえ、積もる話もあるだろうしさ。今日はアレハンドロの部屋にセレスティーナも泊まったらどうだい。どうだろうクラウ?」
「そうですね。それがいいと思います」
クラウが同意すると、アレハンドロもレスティも嬉しそうに頷く。
そして二人は2階のアレハンドロが泊まっている部屋に向かって階段を上がって行った。
その様子を見ていたパオラが嬉しそうにクラウに言う。
「クラウ。本当にありがとうよ。あの人の記憶が戻って本当によかった。あんたのお陰だよ。どうだい、お祝いに少しやるかい?」
そう言うとパオラはワインのボトルとグラスを2つ持ってきた。
「いいですね。じゃあ少しだけ」
それから暫くパオラに付き合って話をしていたクラウは少し眠くなってきたので部屋に戻って休むことにした。
自分の部屋に入ったクラウはワインの酔いも手伝ってベッドに横になるとすぐに睡魔に襲われる。
「よかったなレスティ……お父さんと会えて……」
そしてクラウは眠りに落ちていった。
それから少し時間が経った夜半のことだった。クラウはファナの声で起こされた。
「クラウ、オキテ! コノイエガカコマレテイルワ!」
最後まで読んでくださってありがとうございました。




